37話 クラウの入院生活
ま、間に合った。
「……うーん。ここは」
意識がぼんやりと戻り、景色が徐々に鮮明になっていく。
「クラウ、起きたのね!」
まだぼんやりとしているが、エリーラ母さんの声が聞こえる。
見知らぬ天井だ。
「……うっ」
起き上がろうとすると、頭がズキッと傷んだ。
頭がまだぼんやりしていて何があったか思い出せない。
俺は確か、エリーラ母さんの制止を振り切って、家を出ようとしたところで……
「まだ無理しないで、寝てなさい」
「母さん、ここは?」
「ここは病院よ。あなた3日間も意識がなかったんだから」
「……えっ、なんで?」
本当に3日間もここにいたのか。
でも、なんでこんなことに?
「お医者さんが言うには過労らしいわよ。最近、無理をすることがたくさんあったんでしょう? きっと心労もたまっていたはずよ」
過労だって?
最近は忙しかった気はするが、そんなに疲れていたなんて。
眠れなかったり、体が重かったりしたのは、そのせいだったのか。
……待てよ。でも、なんでエリーラ母さんが俺の最近のことを知ってるんだ?
屋台をやっていることくらいしか知らないはずだが……。
「なんでそれを?」
「ジョゼフから詳しい話を聞いたわ」
エリーラ母さんはそう言うと、厳しい顔になった。
どうやらジョゼフ父さんはエリーラ母さんに、俺がフリード子爵の後を継ぐことを決めた話をしたようだ。
「二人してこそこそ何か隠していると思ったら、こんなになるまで……」
「俺が決めたことなんだ」
「だったら、こんな風に心配かけさせないでやりなさいよ!」
そう言われると何も返せない。
エリーラ母さんの言葉には、強い愛情がにじんでいた。
心配をかけたくない一心で黙っていたのに、こうして困らせてしまったことに胸が痛む。
申し訳ない気持ちとエリーラ母さんの気持ちに思わず目が潤んでくる。
「苦しいなら苦しいって言いなさい。いくらあなたが魔法使いでも、いくら強い力を持っていても、心も体も未熟の子供なのよ」
エリーラ母さんの目からは涙がこぼれる。
「ごめんなさい」
「私はあなたが決めたことなら応援するわ。どんな立場になっても私たちの子であることに変わりないもの」
エリーラ母さんは優しい表情に戻り、横になっている俺の頭をそっと撫でながらそう言った。
「ただ、今後もこんなに無理をして倒れるくらいなら私は応援しない。フリード様にも諦めてもらうよう言いに行くわ」
「それはちょっと」
駄目だ。これは本気の目だ。
もうこんなことが起きないようにしないと……。
「クラウ、起きたんだね!」
「ジョゼフ、あなたもよ! なんでこんな大事な話を黙っていたの!」
「ちょっ、母さん、シーッ」
ちょうど、ジョゼフ父さんが病室にやってきた。
だが、ここは病院だ。
どうやらこの病室は個室のようだが、そんな大事な話を大声でするのは色々とまずい。
「私はまだあなたを許してないから」
「そ、それは、ごめんよ」
俺とジョゼフ父さんで怒りの収まらないエリーラ母さんを宥めるのに苦労した。
「クラウ、気づけなくてごめんね」
「いや、父さんは最近、貴族の交渉とかで忙しいでしょ? それに、無理をしないよう言われてたのに、続けたのは俺のせいだし」
「それでもだよ。クラウの気持ちは聞いたし、それを許したのは僕の責任だ。僕もエリーラもクラウを応援したい気持ちはあるけど、やっぱり心配なんだよ」
「母さんからも言われたよ。ごめん。もうこんなことがないようにするから」
エリーラ母さんを何とか落ち着かせ、家に帰した後、ジョゼフ父さんと話すことになった。
両親の心配は痛いほど伝わってくるし、申し訳ないと思う。
俺は心の中で決意する。
家族をこれ以上心配させないようにしよう。
「そういえば、クラウは覚えてる? クラウが高いところによじ登って、落ちそうになった時、一緒に怒られたのを」
「あったね。あれは、トラウマになってるよ」
「その時のクラウはね……」
この後もジョゼフ父さんは俺がもっと小さかった時の話を始めた。
なんというか、改めて家族から大事にされてるんだってことに気づかされた。
「それと、サターシャ殿から謝罪されたよ」
「えっ!? サターシャから?」
「うん。自分の指導が悪かったせいでクラウを追い込んでしまったって。クラウにも謝らせてほしいって。どうする?」
「サターシャは悪くない気がするけど、久しぶりに会いたいな」
「分かった。そう伝えておくから」
ジョゼフ父さんと時間が許す限り色々な話をした。
*****
「クラウ様、申し訳ありませんでした」
「クラウ様、すみませんでした」
「いや、大丈夫だから」
病室の扉が開き、サターシャとルインスが現れた。
二人は何かを手に持っていて、よく見るとそれはお見舞いの品かと思われる花束と果物の盛り合わせだった。
「いえ、クラウ様が無理をしてしまったのも、私の管理不足が招いたことです。申し訳ありませんでした」
「いや、副団長のせいじゃないっす。自分のせいっす。すみませんでした」
「ちょっと、いったん話を聞かせてよ。本当に大丈夫だから」
こんなに謝罪されることなんてないから、びっくりだよ。
とりあえず、訳が分からないので、話を聞くことにした。
「ルインス、自分から説明しなさい」
「はい。本来なら、奴隷のことは慎重に伝えるべきでした。それ以外にも、クラウ様にはフリード様の後継者を諦めてもらうつもりで指導を行っていました。そのせいで、クラウ様には過剰なほど精神に負担をかける結果になり、本当にすみませんでした」
「謝罪はもういいから。……でも、そっか、ルインスは俺が後を継ぐことに反対してたんだね」
ルインスはいつもの口調が変わるくらいには真面目に話している。
後継者にふさわしくないと考えることも理解できるし、俺はルインスが悪いとは思わない。
「いえ、自分が反対しているのは、クラウ様が後継者にふさわしくないと考えているからではないっす」
「え、どういうこと?」
「クラウ様はまだ子供で、色んな可能性があるっす。後継者になることで、それを潰されてほしくなかったんす」
そう言うことだったのか。
ルインスなりに俺のことを気遣った上での行動だったようだ。
「今もその気持ちは変わらないの?」
「いえ。クラウ様こそ、フリード様の後継ぎにふさわしいと考えています。どうか、もう一度自分に指導を任せて頂けないでしょうか?」
「うん。ルインスにも考えがあったうえでのことだったわけだし、こうなったのも自分の限界を見極められないで無理した俺が悪いだけだから。それに、ルインスも指導は分かりやすいからね。これからもお願いするよ」
「はっ!」
ルインスは初めて騎士らしい態度を見せた。
こんな真面目にできるなら、普段からやれよ。
いきなり謝罪をされて驚いたけど、ルインスのことも分かった気がするし、忙しいようで、なかなか会う機会もないサターシャとも話せて良かった。
*****
目が覚めて退院するまでの間に、アミルやバルドさん、シータ達もやってきた。
アミルには、農業の方を任せっきりなっていることを謝ったが、「こっちは任せてゆっくり休んでよ」と言われた。
この事業はアミルの家、つまり薬屋とも連携を取っており、畑で採れた薬草や香草なんかを薬屋の方でも使えるようにしている。
まだ商会は設立出来ていないが、いずれはうちの商会に所属してもらうつもりだ。
アミルの父親も快く了承してくれているので、良い関係を築けている。
アミルは持ち前の人心掌握でファルクたちとも仲良くやっているらしい。
バルドさんには体調管理について叱られた後、こっちは気にするなと言われた。
忙しい時間を割いてきてくれる当たり、優しい人だ。
シータ達にも謝った。でも、給料も十分以上にもらえていて、今はそこまで生活に困っているわけじゃないし、そんなこと気にせず休んでくれと言われた。
ほんと、良い人たちばかりだよ。
そして、最後に見舞いに来てくれたのはラフィだった。
最近は街の治安維持が強化され、シータ達の危険もなくなり、ラフィも忙しくなったそうで、見送りに来ることはなくなった。
こうして話すのはバーベキュー大会の日以来になる。
「おう。元気か?」
「ああ、訓練が終わった後か?」
訓練を終えた後なのか、髪は少し汚れていた。
「ああ」
「疲れてるだろうに、わざわざ悪いな」
「気にすんな」
久しぶりとはいえ、ラフィは相変わらずの様子だ。
「それでよぉ、副団長がオレの燃やした木剣を素手でバシッっと掴むんだぜ? おかしいだろ?」
「それはちょっと怖いな」
「それに、ルインス。あいつが副団長の手紙を盗んで、一カ月間の便所掃除当番にされてさ……」
お互いに最近何をしてたかとか近況を話し合った。
「冬が始まる頃に、オレとミャリア、それに副団長の三人で、春頃まで遠方へ修行に行くんだ」
「そうなのか!? でも、サターシャが良くそんな時間を取れたな」
「そう思うだろ? どうやら、最近魔物狩りから帰ってきた団長を脅して時間を取ったらしいぜ」
なんか、俺の知ってるサターシャじゃないんだが。
「そっか。でも、それは寂しくなるな」
「何言ってんだよ。春なんてすぐだろ。それに戻ったら、完璧に扱えるようになった魔法を見せてやるぜ」
「それは楽しみだな。俺より上手くなれるかな?」
「へっ、言ってろ」
サターシャの指導のおかげか、ラフィも多少は魔法に自信を持てるようになったのかもしれない。
「そういえば、最近騎士団に見習いに入ったんだが、そいつらが氷屋に会いたいってよ」
「えっ、俺に?」
「ああ。なんでもルフェル家っていう元貴族の家の子供なんだが、知ってるか?」
ルフェル家は、ザヒール商会と手を組んで不正を行った貴族家だ。
その家の子供ってことは、フリード子爵が助けてくれて、騎士団に入団することになったってことだろう。
「ああ。この前ラフィに相談したのがその子たちなんだ」
「やっぱそうか。でも、どうやってフリード様を動かしたんだ?」
「それは秘密だ」
流石に、俺がフリード子爵の孫だって話を言いふらすわけにはいかない。
「そうかよ。で、どうする?」
「俺も話してみたいから、今度会わせてくれ」
「おう」
そっか。騎士団の見習いになったんだ。
どんな奴らなのか気になるな。
長いようで短い俺の入院生活は終わった。




