35話 奴隷問題解決の糸口
「ふわぁ」
「まだ朝だっていうのに、ずいぶん眠そうだな。休んだ方がいいんじゃないか?」
「そうですよ。まだクラウさんは子供なんだから無理はいけませんよ」
おっと、いかんいかん。
アイスクリーム作り中だというのに、気が抜けたのか、大きなあくびをしてしまった。
そこをマークさんとジェシカさんに見られた。
「いえ、大丈夫です。これからバルドさんと話があるので」
そう。今日はすごく大事な日だ。
気を抜いてる場合じゃないぞ。
いつものように、アイスクリームが保存できるよう樽いっぱいに氷を作って、マルハバ商会に納め、マルハバ商会までやってきたカイとメリアと一緒に出来上がったアイスクリームを屋台の方まで持っていく。
「よし、これで後はここに氷を置いておくから」
「うん、後は任せて」
「今日も頑張るぞー」
屋台の方は俺がいなくても回るようになったので、全て二人に任せている。
シータ達は本当にたくましくなった。
接客に自信もついてきたようで、街の人からは良い評判を聞く。
むしろ、俺の方こそ接客が下手になっているみたいで、久々にお客さんの前に立ってあたふたしていた時は、「あの、変わりましょうか?」と言われたくらいだ。
成長は嬉しいが、心の底では泣いた。情けなくなって、給料を少し上げた。
給料は上げすぎれば問題だが、それくらいの働きをしてくれているので問題ない。
アイスの売れ行きも順調なようで、めちゃくちゃ稼いでいる。
そして、今日。何が大事なのかっていうと……
「お待ちしておりました」
ハーリドさんに出迎えられ、バルドさんのいる部屋に入る。
「おう。待ってたぞ」
いつもの緩やかな空気とは違い、部屋の雰囲気は少し緊張が張り詰めている。
この緊張感も久しぶりだ。
初めてバルドさんと対面したときを思い出す。
「で、話ってのはなんだ?」
バルドさんがそう切り出した。
「はい。これから行う事業に投資してもらえませんか?」
「話してみろ」
「実は商会を立ち上げるつもりなんです。奴隷を買って事業の拡大を目指しているんですけど、そこに投資してもらえないでしょうか?」
そう、俺はマルハバ商会に投資してもらうために来た。
「お前なら別に金に困ってないだろ。かき氷とかアイスで十分稼いでんだから。それに、お前の親父も何やら動き出してるみてぇじゃねえか」
流石にバルドさんなら、ジョゼフ父さんが貴族から新事業のために貴族から資金を集めていることくらい知っているか。だが、今回の話はそれとは別だ。
「父の事業とは別件です。確かに、バルドさんの言う通り、投資だけが目的ではないんです。俺はこの街の奴隷の現状を改善したいと考えてます。今、この街で戦えない奴隷がどうなっているのかはバルドさんなら知っていますよね?」
「……ああ」
バルドさんは頷く。
そのまま沈黙しているので、俺は話を続ける。
「いくら昔、敵対していたとはいえ何にもしてない人たちがずっとあんな扱いをされるなんておかしいと思いませんか!」
俺は勢い余って立ち上がる。
「奴隷は戦争が続く限り増えるし、俺たちがどうにかできる問題じゃありません。でも、だからと言って、それを見て見ぬふりをしている俺たちだって共犯じゃないですか。根本は変えられないですけど、俺たち商人なら彼らの雇用先をつくれる。俺はアブドラハの商人みんなで、彼らをあの檻から出したいんです」
思いだけは伝えた。
ルインスが帰った後、頭を振り絞って考えた。
どうやってあの少年みたいな子を減らせるのか、あの檻から出せるのかを。
「それで、投資をしてもらいたいってのは?」
「はい。この問題はうちだけが取り組んでも解決しません。マルハバ商会っていうこの街で一番大きな商会の力が必要なんです。マルハバ商会が投資してくれた、この取り組みに協力してくれた事実があれば、少しずつですが他の商人たちの意識も変わると思うんです」
「……お前の気持ちは分かる。俺にも子供がいるからな。だが、商売は慈善事業じゃない。商人に利益がなければ誰もその話には食いつかないぞ。商人が奴隷を雇おうとしない現状が答えだろ?」
バルドさんの言っていることはもっともだ。
結局、奴隷を雇うことが損失にしかならないなら、誰も進んでそれをしようとはしないだろう。
「確かに、奴隷を雇うことは商人にとって負担が大きいです」
「そうだ。奴隷の教育、管理、世話……今考えただけでも、やらなければいけないことはたくさんある。そんな手間をかけるぐらいなら普通に出来る奴を雇った方がいい」
この国の奴隷制を調べたところ、奴隷になった人は購入した金額以上の金を購入者に支払うことで解放されるか、一定の契約期間を設け、その期間内に労働を果たし、契約が満了すれば解放されるかのどちらかのようだ。
購入する時に契約魔法によってつくられた契約書を使って契約を結ぶ必要があり、それによって奴隷が購入者に対して危害を加えたり、逃げ出したりするのを防ぐらしい。
もっとも、奴隷を守るための契約でもあり、購入者が奴隷に対して乱暴な扱いができないようにできる。
それに、契約通りに支払いが行われなかった場合、奴隷はそのまま解放されることになる。
昔は契約をせずに奴隷を購入することもあったそうだが、その時は奴隷に対する扱いもひどく、それに反発した奴隷が主人を殺したり、逃げ出したりと問題になったそうだ。
そのため、契約に関しては必ず結ぶ必要があるってわけだ。
ちなみに、雇い主が倒産した場合、奴隷はそのまま自由になれるが、意図的に不利益になるような行動は契約魔法で制限されるらしいので、そのあたりの心配もない。
「ですが、商人側の利益もちゃんとあります。奴隷を雇うのは、短期的には商人にとって負担が大きいです。最初のうちは購入費以外に、衣食住とかも用意する必要がありますから。ですが、長期的に見れば、安く労働力を確保できて、人件費を削減できます。教育の問題もありますが、単純作業の労働力を欲している商人だって中にはいるはずです」
奴隷は契約に基づいて働き、その賃金の一部を貯めることで、最終的に自由を買い戻すことができる仕組みである以上、長期的に見れば商人にとって大きな利がある。
自由になりたい奴隷からしたら、いずれは自分が自由になるという目標のために一生懸命働くはずだ。
一定の契約期間を結ぶ方もあるが、それは商人というよりもお金持ちが奴隷を買う時にする契約だ。
「よくそこまで奴隷制について調べたな。だが、さっきも言ったように、奴隷を買わない奴らがほとんどだ」
「その一番の原因は、印象のせいだと思うんです。昔の奴隷制が酷いものだったせいで、奴隷を雇うことに良い印象がない人がたくさんいるはずです」
これについては、アイスを一緒に作っているときにマークさんに意見を聞いてみた。
そうしたら、奴隷を雇うことに恐怖心があったり、中には奴隷制自体を知らなかったりする商人も多いんじゃないかという話になった。
ただ、前世の価値観に縛られている俺とは違って、この世界では奴隷を買って雇うことに対する倫理観てきな抵抗はあまり強くないようだ。
「でも、今は商人も奴隷も守りつつ、商人は利益を、奴隷は自由を手に入れられるように変わってるんです。後はそういう制度に変わっているということを周知して、印象を変えるだけなんです」
本当は人を救うため制度でも、知らない人が多く、うまく機能していないといった問題は前世でもあった話だ。
「だがな、目に見えない印象を変えるのは難しい。人間ってのはまず見た目から人を判断するっていうからな。うちの商会でも気にかけている部分だ。その問題をどうするつもりだ? 何か考えがあるのか?」
そう。俺はこれをバルドさんに言いに来たんだ。
「はい。俺がその奴隷への印象を変えてみせます! 奴隷を雇って、事業を拡げて、少しでも奴隷を雇うという選択肢を商人に知らせる。そのためにバルドさんに協力してほしいんです。前に言ってたじゃないですか、『良い土壌でしか上質な果実が実らない』って。奴隷だって街の住人です。一緒にアブドラハを変えましょう!」
後は、俺の倫理観の問題だ。
人を商品みたいに売り買いするなんて、どうかしてると思う。
それに俺だって奴隷に対して怖い印象があるし、本当に大丈夫なのか不安しかない。
でも、誰かがやらなきゃ、彼らは一生檻の中だ。
「……分かった。うちがお前の事業に出資してやる。その代わり、お前の親父が始める事業にマルハバ商会も絡ませてくれ。うちは従業員の生活を背負ってるからな。そこで得られる収益があれば、まあ何とかなるだろう。あとは、お前が考えてるその事業について詳しく教えてくれ」
「その辺はまた今度、父を連れてくるので改めて話しましょう」
ジョゼフ父さんのフリーズドライ食品事業も、最初のうちは軍をメインに売ることになるんだろうが、市場への販売経路を用意しておくに越したことはない。
俺は、今のところ考えている事業計画をバルドさんに話した。
*****
「それにしても、見て見ぬふりをしている俺たちも共犯……か。まだ8歳の子供に言われるとは、耳が痛いな」
ひとまずの話し合いと予算の交渉が終わった後、バルドさんはそうつぶやいた。
「すみません。熱くなってしまって」
「ったく、うちのぼさっとしてる新入り達にも聞かせてやりたいところだぜ。話してる途中で、思い出したんだが、俺の知り合いにも奴隷を雇ってる獣人の商人がいるな。会ってみるか?」
「ぜひ、お願いします」
そうか、獣人の商人で俺と同じように考えている人もいるのか。
そういう人を味方に付けるのは良いな。
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「準備が出来次第、最初の奴隷を受け入れようと思ってます」
「そうか、これから忙しくなりそうだな。あんま無理すんなよ」
「大丈夫ですよ。そういえば、バルドさん、お子さんがいたんですね」
バルドさんと雑談をしばらくした後、そのまま屋台の様子を見に行った。
誤字報告ありがとうございます。




