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32話 貧困街と奴隷商館

「そういえば、坊ちゃん。料理人を探してるとかで」

「うん。なんでルインスが知ってるの?」


 訓練終わりにルインスが尋ねてきた。

 何故か、俺が料理人を探していることを知っているようだ。


「いやー、珍しく副団長が難しそうな顔をしてジョゼフ様からの手紙を読んでいたのを見つけましてね。こっそり見させてもらったっす」


 普通にそういうのを覗き見るのはダメな気がするが。


「手紙とか覗き見るのはやめなよ。なんか変態みたいだよ」

「へんたっ……いやいや! そんな趣味はないっすよ。ただ、必要そうなことに関しては気になるとつい見てしまう悪い癖があるのは認めるっすけど」


 ルインスは少しショックを受けたようだが、いい気味だ。


「それで、なんで突然聞いてきたの?」

「自分に心当たりがあるので。ただ、副団長も同じことを思いついた上で、この話は坊ちゃんに伝えるか悩んでたと思うんすよね。ま、副団長も忙しそうなので、自分が先に伝えようかと」


 料理人の心当たりとサターシャが悩んでいたことが関係あるのだろうか?

 全く話が掴めないぞ。


「どういうこと?」

「そうっすね。見てもらった方が早いので、付いてきてください」


 正直、料理人については一刻も早く見つけたいので、ルインスに心当たりがあるならとついていくことにした。


「どこまで行くの?」

「もうちょっとっすよ」


 ルインスはアブドラハの商業区域を通り過ぎ、俺もまだ来たことがない区域へと足を踏み入れた。

 昔、サターシャに外へ連れ出されたとき、こっちの方は子供には危ないから近づかないようにと言われた場所だ。

 その時のサターシャの様子が怖いものだったので、絶対に近づくもんかと心に誓ったのを覚えている。


 あたりを見回しても受ける印象は、廃れたような建物が並ぶ住宅街だ。

 建物は多いのに、不思議なほどに活気がない。

 騒がしい商業区域を通ってきたからというのもあるが、どうしてここまで違いが出るのだろうか。


「ねえ。本当にここで合ってるの?」

「間違いないっす。ここからは自分から離れないようにするっすよ」


 そういうルインスの顔は真剣そのものだった。


「誰かに見られてる気がするんだけど」


 不自然な静けさの住宅街を歩く恐怖心からか、誰かに見られてる気もしてきた。


「ざっと8人くらいっすね。建物から覗き見てるっす」


 いや、見られてるんかい。

 ここ、本当に怖いよ。


「さ、着いたっすよ。用があるのはここの建物っす」


 ルインスが指さしたのは重厚で無機質な印象の建物だ。

 灰色に古びた石造りの壁は無機質な街並みにしっくりと溶け込んでいるが、入り口付近には強面の男が二人立っており、不気味な印象を与えている。

 この区域では、建物の入口に警戒するかのように人が立っているのを時折見かける。


「どちら様ですか?」


 俺たちが建物の中に入ろうとすると、一人の強面の男に止められた。


「安心してください、客っすよ。紹介状ならあるっす」

「確認させていただきます。……失礼しました。中へどうぞ」


 ルインスが何かを渡すと、男はそれを確認し、中へ通された。

 少し怯えつつも、ルインスの後ろにぴったりとくっついて中に入る。

 建物の中は外から見る印象とは違い、きらびやかな調度品が置かれ、床には派手な刺繍が施された豪華なカーペットが敷かれていた。


「いらっしゃいませ、お客様。ご案内いたします」


 そう言って出てきたのは小太りの胡散臭そうな男だった。。

 頭にはターバンを巻き、ローブの上からは細かで派手な刺繍の入ったベストを着ており、その手や首には金の装飾具が着けられている。恰好からして商人なのだろう。

 同じデブでもカリムの方が見た目はまだマシだ。

 言われるがまま、俺たちはその商人の案内に従った。


「ルインス、ここは一体何なんだよ?」


 俺は小声でルインスを責めた。

 こんな怪しいとこに目的も言わず連れてくるなんて。


「ここは奴隷商館っす」

「はぁ!?」


 俺は驚いて、つい声に出てしまった。

 ここが奴隷商館ということは、入口の男たちは警備をしていたのだろうか。


「どうかされましたか?」

「すみません。預かっている子がこの素晴らしい飾りに驚いてしまっただけなので、お気になさらず」

「そうでしょう。これらは全て私の趣味でして。好きなだけ見ていってください。見るのはタダですから。おっほっほ」



 このおっさんぶん殴って良いか?

 イラつきつつ、ルインスをにらみつける。


「本当にどういうつもりだよ」

「詳しくはもう少し待ってください」


 ここまで来たら、ルインスに従うしかない。

 俺は黙って歩いた。


「こちらの部屋です。どうぞおかけください」


 案内された部屋は通路よりもマシだった。

 それでも少々趣味が悪い置物があり、照明も豪華なものだった。

 俺たちは黙ってソファに座る。


「それで、本日はどのようなご用件で?」

「腕のいい料理人の奴隷を探してるっす」


 商人の質問にルインスが淡々と答えた。


 え? 奴隷の料理人だって?


 思わずルインスの顔を見るが、無視された。


「そういうことでしたら、何人か見繕いましょう」

「いや、今日は自分たちで直接探してみて、購入は別の日にしたいと思ってるんすけど」


 ルインスが小袋をその商人に渡す。

 その小袋の中身を確認すると、商人は頷き、


「分かりました。では、使用人に案内させましょう。もし決まりましたら、また私が対応いたしますので」


 そういうと、商人は部屋から出ていき、ルインスと二人で残された。


「ルインス、いい加減説明してよ」


 分からないことだらけだ。

 いきなり奴隷商館に連れてこられたと思ったら、今度は奴隷の料理人って、どういうことだよ。


 正直、この世界の奴隷について俺が知ってることは少ない。

 サターシャは聞いても詳しくは話してくれないし、他の誰かに聞くわけにもいかない。

 本や新聞なんかにも詳しく載っているわけではない。

 載っていても、ジョゼフ父さんがそういう情報は見せないようにしていただろう。


「すみません、少し嘘をつきました。料理人に心当たりがあるっていったのは嘘っす。全くの嘘ってわけでもないんすけどね。どのみち、今日ここに連れてくるつもりだったので、そのついでっす」

「全然話が見えてこないんだけど」

「それは見たほうが早いので」


 ルインスがそう言った途端、部屋のドアが開き、使用人と思われる女性がやってきた。


「お客様、こちらへどうぞ」


 そう語る使用人の顔は無表情で生気を感じられない。

 ルインスが立ち上がるので、俺もその後をついていく。

 建物は外から見たよりも大きく、通路は複雑だった。

 使用人は建物の構造を知り尽くしているようで、すんなりと裏口にたどり着いた。

 裏口の厳重なカギを開け、一度外に出た。


 入口の建物のせいで隠れて見えなかったが、外には別の大きな建物があった。

 いや、入口の建物で隠していたという表現が正しい。

 なんとも無機質という言葉が似合う建物だ。

 ここにも、警備をしている男がいる。

 使用人がその男に建物の扉を開けるよう指示した。


「うっ」

「坊ちゃん。我慢するっす」


 建物の中からは、少しきつい匂いがした。

 ルインスはなんともなさそうな顔だ。


「まさか、ここに」

「はい。ここに奴隷が収容されているっす」


 予想通り、この建物は奴隷の収容所のようだ。

 使用人が戻ってきて、案内を続けた。


 中の様子は薄暗く、部屋が何か所にも分かれており、すべての部屋に檻がついてあった。

 薄暗いせいでよく見えないが、部屋の中は寝台があり、一部屋に何人か人間や獣人が入れられている。


「明かりをつけますね」


 使用人が手に持っていたランプに明かりをつけたが、檻の中ははっきりとは見えない。

 しかし、見えなくても視線だけは感じる。


「ここからが職人の奴隷になります。彼は獣王の国で料理人をしていた経験があります。金貨8枚といったところでしょう。こちらの檻の方にいる彼は店の借金を払えず、奴隷になった料理人です。少々粗暴なところがありますが、腕は良いという話です。彼の借金も併せて、金貨10枚になります。こちらは……」


 使用人は明かりで檻の中を照らしながら、奴隷の詳細を淡々と説明して歩いた。

 照らされた奴隷たちの首には金属製の首輪が着けられていた。


「女性の料理人がご所望でしたら、料金は男性よりも高くなりますが、ご覧になられますか?」

「いや、今日は男性だけで大丈夫っす」

「承知しました。でしたら、以上が今紹介できる奴隷になります」

「ありがたいっす。この子と相談したいんで、離れてもらっても良いっすか?」

「それはできません。私は置物だと思っていただいて構いませんので」

「本当に何もするつもりはないっすから。これでどうっすか?」


 ルインスは女性の使用人に何かを渡したみたいだ。

 後ろにいる俺からは見えないが、チャリッという音がしたので、大体の想像は付く。


「……かしこまりました」


 使用人はそう言うと、手に持っていたランプをルインスに渡し、会話が聞こえない距離へ移動した。

 俺たちからは見えないが、使用人からは俺たちのことが見える。

 変なことをしたらすぐにばれるだろう。


「こんなの、ひどい……」


 狭い空間に人を入れて、衛生もクソもあったもんじゃない。

 建物の上の方には格子がついていて、換気はされているようだが、今が夕方に近いというのもあるが、日は入りにくく、匂いは籠ったままだ。

 こんな場所に閉じ込められたら、すぐに頭が狂ってしまうだろう。


「ごほっごほっ」

「誰か! 助けて! そこにいるんでしょ? おじいちゃんが病気みたいなんだ」


 突然、反対側の檻の方から声が聞えた。

 俺は咄嗟にルインスからランプを奪い、それを声のする方へ向けて近寄ると、獣人の少年がこちらに向かって助けを求めていた。


「ルインス、助けないと!」

「できません。坊ちゃん」


 慌ててルインスの方を向くと、返ってきたのは否定の言葉だった。


「なんで!?」

「ここにいるのは奴隷。この店の商品です。勝手に助けることは許されないっす」

「じゃあ、どうしたら……そうか、俺がお金を払えば」

「少し落ち着くっす。もちろん、それなら助けられるっすよ。でも、その後どうするんすか? そうやって他の奴隷も買って助けるんすか?」


 そうだ、一旦落ち着け。

 俺が慌てても事態は変わらない。


「ルインス、俺はどうしたら良い?」


 俺はこの場で一番落ち着いているルインスに頼ることにした。


「まずは、当初の目的である料理人は見られたので、ここから出ましょう。それで、落ち着いてから考えればいいっす。ご老人の病気次第っすけど……」

「おじいさん、大丈夫ですか?」

「……私は大丈夫です。ごほっ、それよりどうか孫を助けてあげてください」

「おじいちゃん!」


 ルインスの言う通りだ。

 今、俺が彼らをここから出してもその後の面倒を見れない。


「何か問題がございましたか?」


 使用人がやってきた。


「いや、何もないっすよ。誰を買うか揉めてただけっす。まだ今日は結論が出なさそうなんで、また相談して決めてから来るっす」

「かしこまりました。では、出口へ案内させていただきます」

「待って、この子とそこのおじいさんはいくらなの?」


 使用人が出口へ向かおうとする前に、俺は尋ねた。


「そうですね。彼らは労働力としては役に立たない奴隷なので、金貨1枚といったところでしょう」


 その言葉を聞いて、俺は獣人の少年に声をかける。


「ごめん、今は無理だけど絶対に助けるから」


 少年の目に一瞬だけ微かな光が宿ったが、すぐにその光は消え、諦めの色に変わった。


「坊ちゃん、行きましょう」


 ルインスに手を引かれ、俺はそのまま奴隷商館を後にした。




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