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31話 ルインスの指導とクラウの覚悟

「坊ちゃん、どーもっす」

「ルインス、いらっしゃい」


 サターシャと変わって、今日からルインスが俺に魔法を指導してくれるということで、家にやってきた。


「サターシャは最近何してるの?」


 俺の指導をやめてから、サターシャは家に来なくなった。

 何気なく団員のルインスに彼女の様子を聞いてみた。


「えっ、副団長っすか? すごい気合入ってますよ。前よりも頻繁に訓練に顔出すようになって、うちの隊の奴らなんて訓練が終わるたび虫の息っすね。今後も組織は魔道具を狙ってくるでしょうし、いつ襲ってくるかも分からないっすから、副団長なりの愛ってやつでしょうけど」

「ルインスも知ってるんだ?」

「フリード様と坊ちゃんの話を隠れて聞かせてもらいました」

「ルインスもあの時居たの!?」


 この男、毎回どこから俺を見ているんだ?


「魔法だよね? どういう魔法なの?」

「それは秘密っす」


 そう言われれば追及できないが、気になる。

 そんな話をしながら、家の外の広めの庭に出た。


「さて、じゃあ大事な話をするっすよ」


 ルインスの雰囲気が一気に真面目なものに変わった。


「坊ちゃんのことは色々副団長から聞いてるんすけど、なんでも人を傷つけるのが嫌だとか」

「……うん」

「じゃあ、ザヒール商会の時みたいに、何かあったら別の人が代わりに敵をやっつけてくれれば良いって考えてる感じっすか?」

「っ、そんなわけないだろ! そんなの考えるわけがない」


 俺は自分の代わりに誰かに相手を傷つけてほしいなんて思ったことはない。


「ちょっと聞き方が悪かったっすね。言葉選びとか苦手なもんで、不快にしたらすみません」

「いや、いいよ。実際、ザヒール商会の時の俺はルインスの言う通り、全部騎士団にやってもらっただけだから」


 ルインスの直球な質問に痛いところを突かれ、ついカッとなってしまったが、これまでの俺の行動を振り返ると人に自分の嫌なことを任せているだけだ。


「別に坊ちゃんだけの話じゃないですし、責めてるわけじゃないっすよ。一生戦わずに過ごしている人なんてたくさんいますし、そうなるように騎士団があるわけっすからね。ですが、坊ちゃんはフリード様の後を継ぐつもりのようなので、これからはそういうことにも向き合っていかないといけないっす」


 その通りだ。

 子爵の後を継ぐことを決めた今、いつまでも嫌だ、やりたくないでは済まされないのは分かっているつもりだ。


「でもどうしたら……」


 これまで戦ってきた相手は、いたずら程度の魔法でなんとか乗り切ってきた。

 相手の致命傷になるような魔法は使ったことがない。

 俺の氷魔法で相手から血が出るというのを想像しただけで……怖い。

 それに、どうしても命に対する価値観が俺から離れない。


「坊ちゃんに似ている人を知っています」


 ルインスの表情は何かを懐かしむ様子だった。


「自分が知ってるその人は喧嘩を売られても買わないし、殴られても殴り返さない、坊ちゃんみたいに他の人が傷つくくらいなら自分が傷つくことを選ぶ奴でした。なんでやり返さないのか聞いたら、『暴力では何も解決しない。人には言葉がある。分かり合うまで話すだけだ』って」

「その人は今どうしてるの?」

「殺されたっす」


 ルインスの表情からはどんな思いで語っているのか読み取れない。

 ただ、事実を述べているのは間違いなさそうだ。


「現実はおとぎ話のようにはいかない。理想も大事っすけど、それを語れるのは生きてるうちだけ。やっぱり世の中は言葉で分かり合える人間だけじゃないんすよ」

「……そっか」


 理想ばかり語っていてもだめだということか。

 だが、俺はルインスの言っている人みたいに高尚な理由で人を傷つけたくないわけではない。


「ですが、そいつは最後に命を懸けて戦う覚悟を決めました」

「え、なんで?」

「守るためっす。あれだけ誰かを傷つけることを嫌っていた人が……。ただ、今言ったように結局そいつは死にました。命を懸けて戦えって話じゃない。むしろその人と似ている坊ちゃんにはそうなってほしくないからこの話をしてます。これは覚悟の話っす。坊ちゃんも守りたいものはあるっすよね?」


 守りたいものか……。

 こんな話をラフィともした記憶がある。

 その時は逆に励まされ、俺は何も言うことができなかった。


「……怖いんだ。俺の魔法で傷つけた相手が死んだらって。相手から恨まれるんじゃないか、自分が自分じゃなくなっちゃうんじゃないかって。勝手なのは分かってるけど」


 そう、俺は人を殺してしまうことが怖い。

 傷つけることも嫌だし怖いが、何よりも自分の手で相手を殺してしまったら……。

 考えたくない。でも目を背けちゃいけない。

 心の中で蓋をしていた恐怖が少しだけ溢れ、俺の思考を妨げる。


「良いっすか、坊ちゃん」


 ルインスがうつむいた俺の肩をつかんだ。

 俺が顔を上げると、ルインスは俺の目を強いまなざしで見据えた。


「そうならないために自分が坊ちゃんを鍛えていくし、本来その役目は騎士団が背負ってます。ただ、坊ちゃんにはいざという時のために敵を傷つけてでも大切なものを守る覚悟を持ってほしいだけです」


 ルインスが言うように、俺に足りていないのは覚悟だ。

 だが、覚悟なんてどうやって身につけたらいい?

 長い間、自分の殻に閉じこもっていた俺には分からない。


「焦らなくていいんす。覚悟なんてそんなすぐにできるものじゃないっすから」


 ルインスの言葉で少しだけ冷静さを取り戻した。

 そうだ。俺は成長している。

 今は分からないけど、少しずつ自分の覚悟というものだって分かってくるはずだ。


「ありがとう、ルインス」


 自分のことを少しだけ見つめ直せた。

 一歩前に進めそうな気がする。


「いえ、こちらこそいきなり無理言ってすみません」

「俺にとっては必要なことだから」


 環境に恵まれて育った俺には、ルインスのように指摘してくれる人が必要だったのかもしれない。


「さてと、自分の伝えたいことは伝えられたんで、訓練をやりたいところなんですが……」

「そうだ。今日は何をやるの?」

「今の坊ちゃんに必要なのは、魔法よりも基本的な部分っすね」

「へ?」

「まずは走り込みからやっていくっすよ」

「はぁ!?」




 *****




「はぁはぁ」

「いやー、お疲れ様っす。今日のところはこんなもんすけど、これから走り込みはなるべく毎日やるように」


 魔法の訓練をやるかと思ったら、今日はルインスと一緒に走るだけだった。

 まさか街の外まで出て行って、アブドラハを半周するとは思わないじゃん。

 それにしても、この街は広すぎる。


「ま、魔法は……はぁはぁ、やらないの?」


 息を切らしながら、俺はルインスに尋ねた。


「正直、坊ちゃんはまだその段階ではないっすね。たまに魔法に甘えて、体を鍛えるのを疎かにする人もたまにいるんすけど、坊ちゃんはそんな馬鹿共みたいになっちゃ駄目っすよ。魔素を集める『魔器』も体の一部じゃないっすか? 健康体の方が魔素を集めやすいし、魔法の扱いも良くなるっす」


 俺も鍛えることなく魔法に甘えてきた身なので、馬鹿と言われグサッと刺さったのは秘密だ。

 だが、よく考えてみたら当たり前の話だ。


 魔器とは魔法使いにしかない臓器だが、臓器なら健康でなければ良い働きをしないだろう。

 夏が終わってジョゼフ父さんも時間ができるだろうし、たまに誘って走ることにしよう。

 ただ、驚いたことに俺は人生で初めてこんなに走ったというのに、前世の全盛期よりも走れている。

 前世の時よりも体が軽いし、俺の身体能力はかなり高いのか?

 魔物とかがいる世界だ。

 もしかすると、そういう敵とも戦えるよう、人間自体が運動向きの体に進化していったのかもしれない。

 やっぱり、実際に動いてみないと自分の体のことなんて分からないものだ。


「結局生き残ることが一番大事っす。逃げるときにも、長時間戦うにしても、体力は絶対に必要っす。これは部下にも言ってることなんすけど、生き残るだけで情報を持ち帰ることができるし、またその経験を生かして次につなげる事もできるんす」


 生き残るのが大事っていうのはサターシャも言っていたことだ。

 ルインスはその軽い印象とは異なり、割とまともに教えてくれるし、指導も分かりやすい。

 最初から厳しいことを言われたときは不安だったが、なんとかやっていけるかな。


「今日はこんなもんっすけど、次回はこれに加えて、筋肉の方も鍛えていくんで覚悟しておいてください。特に、坊ちゃんは足腰を重点的に鍛えるっすよ」


 嘘、やっていけないかも……。

 サターシャ先生、戻ってきてくれ。





おそらくルインスがこの章のキーパーソンになります。

少しテンポを上げるために今日は2回投稿します。

引き続きよろしくお願いします。



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