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29話 ジョゼフのフリーズドライ食品

「クラウ、今ちょっと時間あるかい?」

「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」

「ちょっと僕の書斎に来てほしいんだけど」


 心臓が一瞬ドキッとした。

 何か悪いことしたっけ? いや、今回は心当たりがないぞ。

 ジョゼフ父さんが俺を書斎に呼ぶなんて、説教する時かエリーラ母さんに後ろめたいことがある時だけだ。

 訝しがりながらも、俺はジョゼフ父さんの後をついて書斎に入った。


「これを見せたかったんだ」

「これは?」


 ジョゼフ父さんが見せてきたのは固まった何かだった。

 よくわからないが、硬そうだ。


「これにお湯をかけると、ほらよく見てて」


 そういって、手に持っていたポットからその固形物にお湯をかけた。

 俺がまた何かしでかしたのか考えていたせいで、ポットを持ってることに気付かなったよ。

 紛らわしいから、書斎じゃなくて台所でやってくれよ!……って待てよ。


「これってまさか」

「驚いた? これ、お湯をかけるだけでスープになるんだ」


 固形物はお湯によって溶け出し、一瞬のうちにスープに早変わりしたのだった。


 これって、フリーズドライじゃん。

 えっ、ジョゼフ父さん……え?

 混乱して頭が回らなくなった。


「すごいでしょ? 飲んでごらん」

「これは……すごすぎるよ、父さん! どうやったの?」


 味もエリーラ母さんがよく作ってくれるスープの味だった。

 ジョゼフ父さんは天才だったのかもしれない。

 商売に向いていないと思っていたが、それは撤回する。

 まさか、一からフリーズドライを生み出すとは思わなかった。


「その話をする前に、クラウが屋台を始めたのは僕の仕事がなくなるかもしれないと思ってのことだよね?」

「うん、そうだよ」

「やっぱりか……ありがとう。クラウは僕たち家族のことを思って始めてくれたんだと思うけど、クラウのことも含めて家族は僕が守るからね。心配かけたのは父親として不甲斐ないけど、無理して屋台を続けなくても良いんだよ?」


 ジョゼフ父さんはこちらをじっと見つめてそう言った。

 いつもの優しい温かみのある目には、決意みたいなものが見られた。

 俺がやらなくても父さんなら大丈夫だったかもな。でも……


「最初は父さんが仕事を失ったらまずいと思って始めたけど、今はそれだけじゃないんだ。屋台を始めてから友達もできたし、一緒に働いてくれる仲間もできて、俺の作ったものを喜んでくれる人がいて……それがすごく嬉しいんだ。だから、始めてよかったと思ってるし、無理してやってるわけじゃないよ」


 動機は家族のためだったかもしれないが、今はもっと色んな理由から続けていきたいと思っている。

 俺は自分の思いをジョゼフ父さんに伝えた。


「分かった。クラウはこれからも好きなように自分のやりたいことをやっていいよ。ただ、父上の後継の話もそうだけど。無理だけはしないでほしい。やめたくなったらいつでもやめていいし、その責任は僕がとるから」

「ありがとう、父さん」


 ジョゼフ父さんはこのことを伝えるために書斎に呼んだみたいだ。

 本人は不甲斐ないと言っていたが、俺はそんなことは全く思わない。

 これまでもこれからも、俺の中で自慢の父親はジョゼフ父さんだけだ。


「さてと、言いたいことも伝えたし、これの種明かしをしようかな?」

「そうだった。どうやったのか教えてよ」

「うん。これは氷魔法を使うんだけど……」


 フリーズドライの作り方をまとめると、最初に氷魔法によって食品を凍結させる。

 次に、氷だけを食品から取り除けば完成だ。

 実に簡単のように思えるが、氷だけを取り除くというのはなかなかに難しい。


 だからこそ、ジョゼフ父さんの氷魔法の力が必要となる。

 氷魔法により、食品の中の氷を分子レベルまで細かくし、それを振動させることで昇華を手助けしているようだ。

 これが可能なのも、これまで様々な食材の保存を任されていたジョゼフ父さんの細かい魔法技術の賜物なのだろう。


「どうやってこれを思いついたの?」

「僕はクラウみたいに新しいものを生み出す発想力がないからね。これまでは食材を保存するだけだったのを、今度は完成された料理を氷魔法で保存できないかなって思ったんだ。味についてもエリーラに協力してもらっていてね」


 これは氷室の管理や貴族家で食料保存を長い間、仕事にしていたジョゼフ父さんでなければ思いつかない発想だ。


「これをどうするのかは考えてるの?」

「知り合いの貴族に話を持ち掛けてみて、いずれは軍へ卸していくことになるかな」


 フリーズドライに対して一番需要があるのが、長期的な遠征に出たり、食事に時間をかけられなかったりすることもある軍だろう。

 フリーズドライは軍の食料事情を一気に改善させる革新的な技術だ。


 あれ? 父さんがなんか覚醒している?


 少しは追いついた気がしていたが、まだまだ父の背中は遠いことが分かった。

 これならあの話を父さんにしても大丈夫だろう。


「実は父さんに話があるんだけど……」

「うん? 言ってごらん」

「これから、屋台で稼いだお金を使って、店舗を持つ予定なんだよね」

「ん? 待って待って。一体いくら稼いでるの? いくら屋台が人気だからって、店舗を持つなんて金貨数枚どころじゃないよ?」


 俺はジョゼフ父さんに稼ぎを伝えていない。

 稼いだ金は商業組合の方に預けていて、管理も俺が行っているから、教えなければ知る術はないだろう。

 預入額が金貨20枚を超えたあたりから、言い出しづらくなってそのまま黙っていた。


「それは大丈夫だから、その話は一旦置いといてさ」

「いや、大丈夫じゃないよ。今度一緒に確認行くからね」


 だめか、誤魔化せると思ったのに!

 冗談はさておいて、話を続ける。


「それで、少し先の話になるけど商会を創ろうと思ってるんだ」

「商会?」

「うん。その商会長に父さんがなってよ」


 商会を創ると決めた時から、ジョゼフ父さんに商会を任せるつもりだった。


「……理由を聞いても良いかな?」

「俺よりも父さんの方が向いてると思うんだ。それに俺はまだ子供だし、あと3年後には中央に行かないといけないから。勝手なお願いだけど、一番頼れる父さんにお願いしたいんだ」


 ジョゼフ父さんが仕事を失っても大丈夫なようにっていうのもあるが、商会長は俺よりも人の心をつかむのが上手いジョゼフ父さんの方が向いている。

 もし足りないところがあれば、みんなでカバーすれば良い。


「なんでそこまでして商会を創りたいんだい? 今のままでも上手くやっているみたいだけど」

「確かに今は上手く回ってるけど、さっき言ったように店舗を持つってなったら、人手がもっと必要になるんだ。個人で経営するとなると、管理が大変なんだよね。父さんの開発したやつだって人手は必要でしょ?」

「確かに、僕もそれは悩んでたところだね。……分かった。考えておくよ」


 これでとりあえず商会の話は大丈夫そうだ。

 できれば来年の店舗を開業して、中央へ行くまでに商会も設立出来たら良いかなと思っている。


「ちなみに、父さんが作ったそれの名前は決めてるの?」

「いやー、あまりピンとくるものがなくてね」

「なら、フリーズドライとかどう?」

「フリーズドライ? 響きも悪くないし、それで行こうか」


 そんな感じで、フリーズドライ食品がこの世界で誕生した。

 商会が出来たら、主力の商品になるに違いない。

 俺はそれだけこのフリーズドライ食品に可能性を感じている。

 今はジョゼフ父さんの氷魔法に頼っているが、いずれは氷魔法を使わなくても作れるように工夫していけば大量生産も可能になる。


「そういえば、父さんは料理人とか宛があったりしない? 腕のいい料理人で仕事を探している人とか」

「料理人? 知り合いに何人かいるけど、腕のいい人はみんな貴族に雇われるか、自分の店を持ってるから……」

「だよね。変なこと聞いてごめん」

「僕は知らないけど、サターシャ殿なら僕とは別の人脈があるだろうし、聞いてみようか?」

「うん、お願い」


 先の話ばかりしていたが、実はまだ料理人の問題が解決していないのだ。

 店舗についてはマルハバ商会が紹介してくれるそうだが、提供する料理開発も進めなければいけない。

 これが遅くなると来年に開業できなくなる可能性もあるので、一刻も早く見つけたいところである。


 マルハバ商会を頼るということも考えたが、それは危険だ。

 自分たちの商会を持つとなった以上、マルハバ商会は競争相手でもある。

 もちろん、このまま良い関係を続けていくつもりではあるが、何でもかんでも頼りっぱなしというのは違うし、そんな弱みを見せたらバルドさんがそこを見逃すはずがない。

 俺が軍部魔法学園に行くまでの残り3年と少しでどこまでやれるか楽しみだ。


 この後、商業組合に連れていかれ、俺の稼いだ金額を見たジョゼフ父さんは驚愕し、黙っていたことを叱られた。



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