27話 ラフィの話と最後の訓練
サターシャ先生はラフィの話を始めた。
「ラフィがどういう経緯で騎士団見習いになったのか聞いていますか?」
「うん。戦災孤児の時に奴隷になって逃げだしたところを騎士団に助けられて拾われたって」
「なるほど。……それは少し違います。彼では、私たちと彼女の出会いを話しましょう」
そういうサターシャ先生はいつも以上に真剣だった。
「数年前のあの日は騎士団で、はぐれの目撃情報が出た山間部付近を捜索していました。『はぐれ』というのはご存じですか?」
「うん。普段は高魔素地域に住んでる魔物の中でも、人の住む街に近づいてきたやつのことだよね?」
はぐれについてはラフィから聞いていたことがある。
「その通りです。そのはぐれのもとへ向かう途中、天へ向かう一筋の光が見えました。ただならぬ気配がしたので、私はその場所に急いで向かいました」
「まさか、その光って」
「はい。私がその場所に到着したとき、大型魔物の死体と壊れた足枷を付けた一人の少女が倒れている姿が見えました。あたりを見回すと少し離れた木陰のところに、まだ小さい子どもたちが数人集まっていたので、状況はすぐにわかりました」
「その倒れていた少女がラフィだったんだね」
「そうです。その後、その少女を含めた数人の子供たちを騎士団で保護しました」
ラフィはおそらく魔法を使い、シータ達を守るためにはぐれを一人で倒したのだろう。
「でも、ラフィは魔法が苦手みたいだったけど」
魔法が思うように使えず、練習しているという話は聞いてるし、コツとか俺の練習のやり方とかを何度か聞かれた。
その練習の甲斐もあって、最近は小規模な魔法なら安定して使えるようにはなったとこの前会った時に言っていた。
「クラウ様は自身の魔法で作った氷を冷たいと感じますか?」
「感じることもあるけど、剣を握った時はあまり感じなかったかな。あと、氷虫とかを触ってもそんなに感じないかも」
「人の体は自身の力で体が傷つけられないよう力を制御する機能が付けられています。そして、魔素によって自身の魔法と体が適応するように育つので、自分の魔法が自分を傷つけるということはほとんどありません。例を挙げるなら、限度はありますが、閣下は生物が凍り付く環境を魔法で作り出しても自由に動き回れます」
氷魔法使いは冷たさとか寒さに適応した体に育つってわけね。
確かに、かき氷を食べるときとかは普通に冷たく感じるけど、氷魔法で作った生物とかは冷たいとは思わない。
自分の魔法なんだから当たり前だと思っていたが、これ、魔素のおかげでもあったんだ。
「とはいえ、氷は氷。その本質が変わるわけではありません。ラフィで言えば、火ですね。彼女はおそらく火に対して恐怖心を抱いているのでしょう。それが原因で、魔器が本来の機能をしていないというのが私の見解です。本人はそのことに気づいてない様子ですが」
「でも、はぐれを倒したときはすごい魔法を使ったんじゃないの?」
サターシャ先生が見たという大きな魔法を使えるなら悩む必要などないはずだ。
「これはあくまで推測ですが、死に直面した瞬間、魔器が本来の機能を取り戻し、魔法が勝手に発動した結果だと思います。その衝撃で気を失ったのか、気を失ったから魔法を発動できたのかは分かりませんが、本人が意図して行ったものではないでしょう」
「なるほどね」
火への恐怖心か。
俺の場合は氷魔法が使えるようになってから氷をおもちゃ代わりにして遊んでいた。
身近にある便利な道具みたいな印象で氷に対して恐怖心はないから、それが魔法にどう影響するのか分からない。
「彼女自身は気を失っていたので、奴隷商から逃げて魔物に襲われたところを騎士団に助けられたと思っています。ですから、クラウ様にもそう話したのでしょう」
「ラフィにそのことは教えてないの?」
「当時の彼女は強さに飢えていました。それこそ本当のことを伝えればすぐにでも死地へ飛び出し、自らを死の淵へ追い込もうとするくらいには。今は少し落ち着いたようですが、それでも彼女が危険を冒して全力の魔法を使ってしまったら、このアブドラハが危険に晒されかねません。もっと精神的に成長してから本当のことを伝えるつもりです」
アブドラハが危険なほどの魔力量か……。
俺の目から見てもラフィは強さに対して、異常なほど固執しているところがある。
「騎士見習いにしたのも監視の意味があるってことだよね?」
考えたくはないけど、そんなに危険ならこの街に入れない、もしくは暴走する前に……という選択肢だってあり得ただろう。
「アブドラハで魔素を視ることができるのは私くらいなので、ラフィの魔素量について知っているのは彼女を含む騎士団と閣下だけです」
「そっか。でも、受け入れてくれてありがとう」
「……私も、もとは奴隷でした。なんでも視えてしまうこの目を忌避した親に捨てられました。そんな私を救ってくださったのがエリゼ様です」
サターシャ先生から驚くべき事実が告げられた。
自分と同じような境遇だったラフィを、今度は自分が助けようと思ったのだろう。
「じゃあ、エリゼさんにも感謝しないとね。俺はサターシャ先生が先生で良かったよ」
「私もクラウ様が立派に成長されて嬉しいです。ラフィとも仲良くしてあげてください」
「もちろん。あいつは意外といたずら好きだったり、負けず嫌いだったりするけど良いやつだよ」
「それなら良かったです。それと、これからは私ではなく別の者がクラウ様に指導を行うようになるでしょう」
「え!? なんで? 嫌だよ!」
突然すぎるサターシャ先生の発言に反射的に言葉が出た。
でも、俺の指導はサターシャ先生以外考えられない。
「クラウ様、あなたは十分に成長しています。私が魔法について教えられることはすでにありません。私はどちらかというと魔法よりも近接戦闘の方が得意なので」
「じゃあ、『気』について教えてよ!」
「クラウ様も分かっていると思いますが、それはあなたの強みを消してしまいます。教えることはやぶさかではありませんが、それは今ではありません」
俺の強みは遠くから自由に魔法を使って相手をかく乱することだ。
気を覚えて無理に近接戦闘を行えば、その強みが消える。
それに相手と近接で戦う自信なんてない。
「大丈夫です。クラウ様は私がいなくてもきっと立ち上がれます。もしそれで心が折れてしまいそうな時は周りを見てください。あなたは決して一人じゃありません」
「……うん」
サターシャ先生がいなかったら、俺はまだ引きこもっていただろう。
それを引っ張って立ち上がらせてくれたサターシャ先生は誰が何を言おうと俺にとって最高の先生だ。
そんな先生を困らせてるようじゃだめだ。
「サターシャ先生が誇れるように頑張るよ」
「はい、期待しています」
*****
突然最後になった俺とサターシャ先生の魔法の訓練も終わりを迎えた。
「ここまでにしましょう」
「ありがとうございました」
色々と思うことはあるが、これからも関係は続いていくのだ。
サターシャ先生の期待にこたえられるように精進していこう。
「次回からはルインスが教えに来ると思います」
「え? ルインスなんだ」
「彼の方が魔法に関しては上手く教えられるはずです」
ルインスはどんな魔法を使うんだろうか。
「サターシャ先生はどうするの?」
「私は騎士団の指導に専念することになります。我々も備える必要があるので」
そういうことか。
それなら忙しくなる理由も分かる。
「これからは私のことは『サターシャ』とお呼びください」
「うん。サターシャ、これからもよろしくね」
「はい。お任せください」
サターシャは優しく微笑みながら俺の頭をそっと撫でた。




