26話 サターシャ先生の魔法
「カリムは無事にアブドラハから出て鉱山へ送られたようです」
「そうなんだ……」
「こればかりはクラウ様が気に病む必要はありません。本来なら、平民が貴族とかかわりを持って悪事に手を染めたというだけで、一族が全員処刑されることだってあります。それが、彼自身のこれまでの行いに見合った罰を受けることになったのですから」
カリムは奴隷に落ちて、鉱山で強制労働することになった。
大きな罪を犯した罪人は馬車の荷台に乗せられ、見世物のように街の通りの一部を徘徊した後、罰を受ける。
これは変な気を起こす輩を減らすためにも必要なことらしい。
平民の不満を発散することも兼ねているそうだが、俺は見に行かなかった。
俺たちもカリムの被害者ではあるが、そこまで大きな被害を受けたわけではないし、見ていて気分がいいものではない。
「ルフェル家については爵位のはく奪と財産のほとんどを没収という形で決着がつきました」
「家族や働いてた使用人たちは?」
「使用人については別の貴族の屋敷で新たに働き口を探すか、新たな職を探すことになるでしょう。教養がある者が多いので、仕事に困ることはないはずです。その家族についての処遇ですが、その子供はフロスト騎士団の監視のもとで騎士見習いとして教育します。ルフェル夫人は、しばらくの間別荘で軟禁となります」
とりあえず、フリード子爵のおかげで事件と無関係の人は罰せられずに済んだみたいだ。
「今回の事件についての報告は以上ですが、前も言ったように他の貴族から閣下と生き残ったルフェル一家への風当たりは強いままです。クラウ様が閣下の後を継ぐと決心をされたので伝えておきます。これが貴族の宿命というものです」
「大きな力には大きな責任が伴うってやつだね」
「その通りです。閣下に面と向かって歯向かうことのできる貴族は領主様くらいしかいませんが、ルフェル一家は厳しい視線にさらされながら生きていくことになるでしょう」
フリード子爵には申し訳ない気持ちもあるが、それでも俺の考えは変わらない。
責任やプライドなんてものより人の命は重いんだ。
この世界を知っていくにつれて明確になってきた違和感の正体がこれだった。
もし、ルフェル一家が生き残ったことを恨むんだったらそれでもいい。
一度死んだ経験がある俺が、全身氷漬けにしてでも生きていることのすばらしさってやつを語ってやる。
「それでは、久しぶりに魔法の訓練をしていきましょう」
「はい! お願いします」
サターシャ先生との魔法の訓練はカリムの事件以来で本当に久しぶりだ。
「そういえば、サターシャ先生の魔法そろそろ教えてよ」
サターシャ先生が魔法の使い方を教えに来た時に、どんな魔法を使うのか聞いたことがある。
その時は、「時が来たら教えます」と言って教えてくれなかった。
それからなんとなく聞かなくても良いかと思っていたが、祭りの時にラフィと話して、聞いてみようと思っていたことだ。
「そうですね。そろそろ教えてもいいでしょう。クラウ様、魔法で剣を作って私に切りかかってみてください」
「うん。……行くよ」
俺はすぐに氷で短剣を作ると、サターシャ先生に振りかぶった。
何をするか分からないが、サターシャ先生なら大丈夫だろう。
トンッ
サターシャ先生はゆっくりと俺の腕をつつく。
ツルッ
次の瞬間俺は持っていた短剣を地面に落としていた。
確かに躊躇いはあったが、決してわざとではない。
サターシャ先生が俺の腕をつついた途端、力が抜けてしまったのだ。
「今何やったの!?」
「これが私の魔法です。当てられますか?」
なんだろう、相手の力を奪う魔法か?
いや、触られて魔法を使われた感じはしなかった。
そうなると力を奪うのは関係ないはず。
じゃあどうやって……そうか、俺の動きを見抜いたのか。
短剣を振りかざした瞬間、力が抜けるタイミングを見極めて、その部分をつついたなら納得できる。
「目に関係する魔法……とか?」
「正解です。私の魔法は『視る』ことに特化した魔法です」
考えが当たったみたいだ。
でも、視ることに特化ってどういうことなんだろう。
「具体的には何ができるの?」
「今みたいに相手の動きの弱点を視ることもできれば、相手の体内の魔素も見ることができます。視たいと思ったものはほとんど視ることができますね」
なんだそれ。強すぎないかその魔法。
「まさか未来まで視えちゃったりして」
「素晴らしい想像力ですね。当たりです」
「はぁ!? 視えちゃうの、未来?」
「見えますよ、未来も」
おかしいよこの人。
未来まで見えるってどんなチート魔法ですか?
「とはいえ、予知とは違って、視えるのは視覚情報から演算して予測できる範囲までです。それに魔素もかなり消費する上、演算するのに脳の処理が大きいためか、使った後は大幅に疲れるので、めったに使いません」
そうはいっても、未来まで予測して見えるなんてズルいだろ。
「でも、なんで今までそんなすごい魔法のこと黙ってたの?」
「私の魔法は地味なので、クラウ様はがっかりするんじゃないかと思っていました」
がっかりするわけがない。むしろ凄すぎて反応に困るよ。
「ところで、虎の獣人と戦ったようですが、その戦いはどうでしたか? あの時は倉庫内の敵に魔法使いがいないことは分かっていたので、クラウ様一人でも大丈夫だとは思っていましたが……」
俺はカリムが雇った傭兵の獣人との戦いを思い出す。
すぐにサターシャ先生が助けに来てくれると思っていたが、扉の前を魔法使いが守っていたせいで、少し時間を稼ぐ必要があった時のやつだ。
「そうはいってもあれは結構危なかったよ。あの獣人、氷の壁はすごい力で破るし、凍らせても何故か弾かれたんだけど。獣人ってあんなに力強いのかと思ってびっくりしたよ」
「それはおそらく『獣気』ですね」
「獣気?」
「一度見せましょう。先ほど言っていた氷の壁を作ってみてください」
俺は言われるがまま分厚く硬い氷の壁を魔法で作った。
「フッ!」
バキバキッ
サターシャ先生は気合を入れてその氷の壁を殴りつけると、氷は粉々に砕けた。
いやいや、おかしくない?
魔法で作った氷の壁は自然の氷より密度を凝縮しており、岩くらいの硬さのはずだ。
こんなの俺がやったら間違いなく殴りつけた手の方が壊れる。
サターシャ先生の細腕でこれほど力が出せるのは理解できない。
「こんな感じでしょうか? 本来持つ獣の本能を解放して、身体強化をする獣人特有の技みたいなものです。活力や気力といった生命エネルギーを利用するので、体力消費が激しいのは欠点ですが、獣人なら誰でも扱える点は強力です」
「じゃあ、あの時向こうが本気で殺そうとしてたら危なかったんじゃないの?」
「私の見立てではクラウ様が勝つでしょう。ごろつき風情なら大した獣気は使えませんし、なにより獣人は魔法が使えませんので。ですが、世の中には並みの魔法使いでは勝てない獣人もいるので、油断すれば危険ですよ」
獣気というのは、獣人によって練度みたいなのがあるようだ。
サターシャ先生は俺が勝てると思っていたようだが、獣人と戦うってなったら本当に気を付けないと一撃受けただけでやられる。
とはいえ、俺でもごろつきになら勝てるってことは魔法が強力な力というのは変わらないらしい。
いや、ちょっと待てよ。
「獣気って獣人だけが使えるんじゃないの?」
「その通りです」
「じゃあなんでサターシャ先生も獣気を使えるの?」
「今見せたのは『気』です。獣人のそれとは少し違いますが、似たような原理で身体を強化できます」
「それって、誰でもできるものなの?」
「気はあくまで基礎です。ここまでは騎士団でも使える者はいますが、その先はまだいないですね。私は生命エネルギーの流れをこの目で捉えられるので」
ということらしい。
サターシャ先生が化け物すぎることが分かったよ。
「ですが、この国には自然に生命エネルギーの扱い方を覚えて扱っている人もいますよ。魔法が使えない剣士達は、この気を剣術に組み合わせて戦います」
やっぱ俺に戦いなんて無理だ。
魔法だの気だの常識外れの人たちと戦うなんて命が何個あっても足りない。
「魔素も見えるんだよね? 前に俺の魔素量は平凡って言ってたけどどれくらいなの?」
「基準が難しいので、私の知る中で一番魔素量の多い閣下と比べさせていただくと、クラウ様の扱える魔素量は閣下の10分の1~2程度、貴族の中では平均くらいですね。高位の貴族になると、クラウ様の倍以上の方が多いです」
これまで自分の魔素量を他人と比べたことはなかったが、どうやら貴族の中では平凡な部類に入るらしい。
魔素量がすべてではないが、上位の貴族の多くが大量の魔素量を扱えることからも、魔法使いにとって魔素量がどれだけ大事なのか分かる。
魔法使いには、『魔器』と呼ばれる魔素を取り込むことができる特別な臓器が存在する。
前世の人間や、この世界の魔法を使えない人間とは、そもそも体の構造が違うのだ。
魔素量とは大気中から取り込んだ魔素をその臓器にどれだけ蓄えられるかということだ。
そして、魔法使いは蓄えた魔素を消費することで魔法を発動する。
言葉にするのは少し気が引けるが、その感覚はどこか排泄に似ている。
申し訳ないが、実際のところそんな感じなのだから仕方がない。
魔素を貯め込みすぎると気分が優れなくなってしまうので、時折魔法を使って発散しなければならないのだ。
こういう魔素量の話を聞くこともなかったから面白いな。
「騎士団だと誰の魔素量が一番多いの?」
「……そうですね。クラウ様には知っておいてほしいことではありますが、これは騎士団の機密事項ですので、どうか内密にお願いします」
「うん」
「騎士の中で魔素量が突出しているのはルインスです」
ルインスか。
意外なような、そうでもないような。
ルインスはバーベキューの日に初めて会った親しみやすい男だ。
「ですが、騎士団で一番はおそらくラフィですね」
「そうなの!?……でも、おそらくっていうのはどういう意味?」
まだフロスト騎士団の全員と会ったことがあるわけではないが、魔法使いは結構いるはずだ。
それを差し置いてまさかラフィが一番多いなんて。
「彼女は特別です。私の目でも彼女の魔素は完全には視えません。表現が難しいですが、魔器が眠っている状態と言いますか……。ただ、下手をすれば、閣下を超えるほどの魔素量です」
「そんなにすごいの!?」
「……この話はいずれしようと思っていたんですが」




