20話 後継ぎと雨雲を呼ぶ魔道具
「へ? 後継ぎって俺が……ですか?」
「もちろん、そうじゃ。お主以外に誰がおる」
「ちょっと待ってください。父上!」
突然何を言い出すんだこのおじいちゃんは……。
平民の俺がいきなり貴族の、しかも子爵家の後継ぎになるって話が飛びすぎるだろ。
今まで黙って聞いていたジョゼフ父さんがそんな突飛な話をするフリード子爵に待ったをかけた。
「クラウはまだ子供です。いきなり後継ぎだなんてそんな」
「今すぐにとは言っておらん。だが、ゆくゆくは儂の代わりにこの家を継いでもらいたいと考えている」
「だとしても、さすがに許せません。父上がサターシャ殿にクラウに魔法の指導をするよう命令したという話を聞いた時から怪しいとは思っていましたが、父上なら貴族の当主になることがどういうことを意味するのか分かってますよね? それなのにクラウを後継ぎにするなんて……」
ジョゼフ父さんは必死に俺が後継ぎになることを反対した。
ここまでジョゼフ父さんが頑なに反対するとは珍しい。
それだけ大きな問題があるってことなんだろう。
というか、サターシャ先生に俺の魔法指導をするよう命じたのはフリード子爵だったようだ。
俺はてっきり、ジョゼフ父さんが頼んだのかと思っていた。
「ジョゼフ、これは情ではなく利の話だ。貴様も一端の商人なら情だけで語ろうとするな。今の貴様の地位があるのは誰のおかげか忘れたわけではあるまいな? その恩を返そうとは思わんのか」
「っ! ……ですが、クラウのことなら話は別です。クラウを後継ぎにするくらいなら、僕が代わりになります」
「それが無理なことくらい分かるじゃろう」
フリード子爵はジョゼフ父さんには厳しく接しているようだ。
「貴族になるっていうのは何か大きな問題でもあるんですか?」
「ああ。その話をしよう。この国の貴族の当主は皆、軍人でなければならん。つまり、後継ぎになるには軍に所属する必要があるということじゃ」
なるほど、軍人でなければ後継ぎになることはできないらしい。
だが、そうなると気になるのは……
「でも、ただ軍に入るだけじゃダメなんですよね? もしかして、軍人として功績をあげなければいけないんですか?」
そこが問題だ。
ジョゼフ父さんが反対するくらいだから、軍に入って終わりという話ではないはずだ。
もし、戦争で功績を上げなければ後継ぎとして認められないのだとしたら、フリード子爵の提案は受けられない。
戦争に参加するとなったら、俺はほぼ間違いなく死ぬだろうし、そうなればフリード子爵の後を継ぐこともできない。
何より、死ぬと分かっていてこの提案は飲むわけにはいかない。
「いや、功績を上げる必要はない。が、それでも一定以上の階級がなければ認められん」
「その一定以上の階級に上がるには、どうすれば?」
「うむ。中央にある軍部魔法学園を卒業することが条件だ」
なるほど、そこを卒業することがこの国の貴族として認められる最低条件というわけか。
ジョゼフ父さんが貴族にならなかった理由も俺がフリード子爵の後継ぎになることに反対している理由も分かった気がする。
ジョゼフ父さんの性格じゃ軍に入るのは厳しいだろうし、俺のことを心配したうえで反対しているのだろう。
教育係としてサターシャ先生を2年前から俺のもとに送るあたり、フリード子爵はかなり前から俺を後継ぎにすることを考えていたようだ。
「それって何歳ぐらいからの話ですか?」
「初等部が7歳からで、中等部の卒業さえしておけば良いはずじゃから、編入という形で12歳からになるかのう」
俺がいま8歳だから、12歳になる年に学園に入るとして、あと3年半といったところか。
「クラウ、学園と言っても危険なところなんだ。僕は子供の時、体が弱くて諦めたけど、そのことについては今も後悔してないよ」
「それについてはこれまでサターシャから報告を受けておる。そのうえで、これからも鍛錬は続けてもらうが、クラウには学園を卒業できるだけの実力があると判断した」
ジョゼフ父さんは俺が学園に行くことに反対のようだ。
決断する前に、俺はフリード子爵に聞いてみたいことがあった。
「ところで、フリード子爵は何を隠しているんですか?」
「ん? 隠しているって何をじゃ?」
実はジョゼフ父さんを叱っている時からずっと気になっていたことだ。
「よく顎のあたりを触っているから気になっていまして。父さんも後ろめたいことがあると同じ仕草をして、毎回母さんにバレてるんだよね?」
俺がジョゼフ父さんの方を向くと、
「いや、それはクラウの方じゃない? 何か隠しているときはいつもこうやって顎に手を当てているよ」
まさか! 気づかなかった。
俺も無意識のうちにジョゼフ父さんと同じ仕草をしていたなんて……
血は争えないらしい。
そんな話をしていたら、突然、
「わっはっは! そうか、そうか。仕草だったか」
フリード子爵が大笑いし始めた。
驚いてフリード子爵の方を見やると、
「すまんすまん。これで儂の中の長年の謎が一つ解けた。クラウよ、礼を言うぞ。わっはっは」
一瞬で張り詰めていた空気がほどけてしまった。
フリード子爵は落ち着きを取り戻すと、少し間を置いて真剣な表情に戻った。
「……これは言うべきなのか迷っていたが、話そう」
先ほどの緩んだ空気はまた真剣なものに変わった。
「ザヒール商会とルフェル男爵に関わっていた組織のことなんじゃが……儂には心当たりがある」
「えっ」
「え?」
「は?」
何を話すのかと思ったら、かなり大事な話だった。
っていうか、後ろにいるサターシャ先生まで初耳らしく、驚いていた。
「うむ。儂と奴らには深い因縁があってな。儂の手でその因縁にケリをつけるつもりだったんじゃが、どうやら、奴らもかなり慎重でな。儂がケリを付けられなかった時、儂の代わりにクラウ、お主にアブドラハを任せたいと考えたわけじゃ」
「なんですかその話は? 初耳ですよ!」
「だから、言っておるだろう。儂の手でケリをつけるつもりだったと。儂はもともと貴族という立場にこだわりはないし、ジョゼフも平民として生きることを決めた時、儂の代で子爵家は終わりでもいいと思っていた。だがのう、そんな風に思っとった時に、例の組織が現れたんじゃ」
「組織の狙いは一体何なのですか?」
「……時折、領主様がアブドラハに雨を降らせておるじゃろ?」
サターシャ先生が動揺している姿は初めて見る。
迎夏の日とか雨が続かない時、領主様が雨を降らせる。
それが何か関係あるのだろうか?
「あの雨はある魔道具によるものじゃ。このことは儂と領主様しか知らん。奴らはその魔道具と儂の命を狙っておる」
あの雨って魔道具の力だったのか。
天候を変えられるほどの魔道具ってそんなのすごすぎないか?
組織が狙う理由も分かる。
「待ってください。閣下と辺境伯様以外知らない情報を何故、組織が持っているのでしょうか? それに、魔道具を狙う理由は分かりますが、閣下の命を狙う理由も分かりません」
サターシャ先生の言う通り、その辺の理由が分からない。
「うむ。もともと奴らの魔道具だったそれを儂が盗んだからじゃな」
「は!? 何してるんですか?」
いや、本当に何をしているんだ、このおじいちゃん。
そんな代物を盗んだら狙われるに決まってるじゃないか。
「待て待て、話は最後まで聞け。正確には、結果として盗むことになった、じゃな。あの魔道具はかつての儂の戦友から預かったものなんじゃ。預かった当初は、儂もあの魔道具のことはよく分かっておらんかったんじゃが、雨雲を呼び寄せ、雨を降らせることができるというのはすぐに分かった」
「それを返すことはできないんですか?」
返すことができれば、狙われることもないんじゃないかと思ったが、
「それはできん。まず、あの魔道具はその戦友が命からがら奴らから盗み出し、儂に『何があっても奴らに渡すな』といって預けてきたんじゃ。理由は分からんが、それが戦友の最後の遺言じゃ。そして、アブドラハが成り立っているのも、その魔道具によるところが大きい。魔道具を使う前のアブドラハは今ほど植物も育たず、人が住み着けるような場所ではなかったんじゃ。故に、盗んだと言われても仕方がないのう」
雨雲を呼ぶ魔道具。
それのおかげでアブドラハの土地は人が住めるくらいには豊かな土地になっている。
組織にその魔道具を奪われてしまえば、アブドラハは人が住むことができない不毛の地に戻ってしまう可能性があるってことだろう。
そうなれば、アブドラハに住む多くの住民が住む場所を失ってしまうことになる。
今更、返すこともできないという訳だ。
それに、フリード子爵の戦友の遺言というのも気になる。
組織はその魔道具を使って、一体何をしようとしているのか。
「戦友から託された魔道具を使ってしまったこと。それが儂の罪であり、組織との因縁じゃ」
そうつぶやくフリード子爵の表情は自身の過ちを悔いるような、そんな重みがあった。
「フリード子爵はどうして、その魔道具を使ったんですか? 人が住めないような土地なら、魔道具を使ってまで住む必要はないじゃないですか」
「そうじゃのう。少し儂の昔話になるが良いか?」
「はい。聞きたいです」




