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19話 フリード子爵とクラウの主張

 ガラガラ……ガラガラ……


 俺とジョゼフ父さんは見事な馬車の中で揺られていた。

 人生初の馬車なわけだが、揺れが激しい。

 これに長時間乗るっていうのは、厳しいかな。

 え? この馬車が今どこを走っていて、どこに向かってるのか、だって?

 今馬車が走っているのは、アブドラハの中でも上位層の人間が住む貴族街だ。

 そして、向かっている先は……


「クラウいいかい。本当に失礼のないようにするんだよ」

「うん、分かってるよ」


 そういう、ジョゼフ父さんの表情は固い。

 俺たちが向かっているのは、グレイシャー子爵家というアブドラハの中で2番目に位の高い貴族の家だ。

 俺はいつもより上質なベストにパンツといった格好だが、ジョゼフ父さんは上に見るだけで上質とわかる白の襟付きシャツを着て、ズボンもブーツもびっしりと決めている。

 まるで一国の王子のようだ。


 なんでこうなったのかというと……


 俺が先日、サターシャ先生にお願いして、仕えている貴族に面会を申し込んだからだ。


 いや、子爵家って何? 規模、おかしくない?

 フロスト騎士団つえーって思ってたけど、子爵家に仕えているなんて思わないじゃん。

 しかも、そんな大きな貴族なのになんで面会が通るんだよ。


 平民と貴族の間には大きな情報の隔てがある。

 うちはジョゼフ父さんが貴族を相手に食料保存だとか氷を卸すだとかで関わりを持っているからこそ、普通の平民よりは貴族のことに詳しいわけだが、それでも騎士団がどの貴族に使えているかなんてことは知る由もない。


 商売をしている街中に貴族が自分からやってくるとか、領主の交代があるとかそういうレベルのイベントがない限り、平民が貴族を目にする機会はない。

 今回みたいに、平民の方から貴族へ面会を申し込んで会うなんてありえないことなのだ。


 想像もしていなかった子爵家というネームバリューに、俺の意気込みなんか吹き飛ばされそうになったが、それでも俺は伝えなければならないことがある。


 だから震えるなよ、俺の足!


 初の馬車だというのに、全く堪能できることもなく、現実逃避していた。


「さっ、着いたみたいだよ。ほらおいで」


 ジョゼフ父さんにエスコートされて、馬車から降りた俺の目の前に現れたのは、貴族らしい威厳のある巨大な建物だった。

 貴族街の方なんてめったに来れるもんじゃないし、子爵家の家なんて初めて見た。


「父さん。俺、やっぱ帰ろうかな」

「いやいや、さすがに駄目だよ? そんな事したら不敬罪ものだよ」

「だよね。……うん、冗談だよ」


 やっぱ駄目みたいだ。

 でも、伝えずに後悔して終わるほうが嫌だ。

 俺はもう一度気持ちを引き締めて、子爵の家に足を踏み入れた。


「ようこそ、いらっしゃいました。ご主人様がお待ちです。私に付いてきてください」

「はい」


 子爵家の家に入ると、少し年配の女性の使用人が出迎えてくれた。

 ジョゼフ父さんが返事をして、その後ろをついていく。

 俺も黙ってその後ろをついていく。


 家の中の様子を見てみると、外から見た景色よりはなんというか簡素なものだった。

 子爵家っていうくらいだから、もっとキラキラしたものが家中に置いてあるものだと思っていたが、それは俺のイメージ違いだったのかな。

 最低限の絵や置物はあるが、特に目を引くものはなかった。


「さっ、ジョゼフ様どうぞこちらへ」

「ローザさん、ありがとうございます」


 この家の使用人ローザさんとジョゼフ父さんは知り合いだったらしい。

 やっぱ、貴族相手に商売をしているだけあって、知り合いが多いのか?

 ローザさんは扉を開けて、部屋の中に入るよう促した。




 *****




 通された部屋の中は書斎のようで、本棚があり、机には軍服を着た一人の老人が座っていた。


「ようやく来たか。そこに掛けよ」


 老人がこちらに目を向けると、机の前にあるソファに座るよう促した。

 ジョゼフ父さんがソファに腰掛けるので、俺もそれにならった。

 ジョゼフ父さんの表情は見えないが、すごく緊張しているが伝わってくる。


「久しぶりじゃな。ジョゼフよ」

「お久しぶりです。父上」


 そう言うと、老人は机から立ち上がり、正面のソファに移動した。

 老人の体は、軍服越しでも分かるほど鍛え抜かれており、右腕がないためか、右の袖がだらりと垂れていた。

 俺はというと……


 えっ、父上って言った? どういうこと?

 目の前の老人がジョゼフ父さんのお父さんってことだよな。

 なんでそんな人がこの子爵家にいるんだ?


 突然の情報量の多さに混乱していた。

 俺はずっと子爵様に会うと思っていたのだから仕方ない。


「あの、父さんの父さんってことは、おじいちゃんってことですか?」

「うん? なんだ、ジョゼフから聞いておらんのか?」

「はい、その、どこまで話すべきかわからなかったので」

「そうか。儂がジョゼフの父にして、このグレイシャー子爵家の当主、フリード・グレイシャーじゃ」


 はぁぁぁ? 

 意味が分からないんですけど。

 ジョゼフ父さんは平民なのにそのお父さんは子爵家の当主で貴族ってこと?

 なんでそんな大事なこと今まで教えてくれなかったんだ?


「それで、お主は?」

「あっ、お初にお目にかかります。おれ、私はクラウ・ローゼンと申します」

「そんなに固くならんで良い。なにせクラウ、お主は儂の孫なのだからな」


 そういって、フリードは俺に向かって頬笑んだ。

 その笑い方はどこかジョゼフ父さんに似ており、本当に親子だというのが分かる。

 少し、緊張はほぐれた。

 聞きたいことは山ほどあるが、それよりも先にするべきことがある。


「それで、儂に用があるという話じゃが」

「はい、その件で今日は来ました」

「ほう、言ってみよ」


 俺が伝えることはもう決まっている、


「ザヒール商会の件について、その息子が更生できるように刑を穏便にしていただくこと、そして不正に関わっていなかった貴族以外の家族への刑を取りやめていただけるようお願いに来ました」

「それは何故じゃ?」


 フリード子爵の雰囲気が厳しいものに変わった。

 表情こそ変わらないが、部屋の空気が一気に重くなったのを感じる。


「はい。まず、ザヒール商会の息子に関しては、やってきたことから考えると罪に問われるのは彼の自業自得です。ですが、死刑になるほどの罪を犯したとは思えません。それに、不正に関わっていた貴族の家族についても、すべての家族が同罪とは限りません。無実の者もいるかもしれませんし、死刑という処罰はあまりにも過酷だと考えます」

「とのことだが、どうなんじゃ? 入って参れ」

「はっ! 失礼いたします」


 そう言うと、サターシャ先生が扉を開けて、部屋の中に入ってきた。

 外から話を聞いていたのだろうか。

 というか、子爵家に来ていたんだね。


「すでに事件に関わっていたルフェル男爵一家およびその家の使用人の身柄は拘束済みで、不正に関わっていた者たちの判別も完了しています。ルフェル夫人、それからその子供たちが関わっていたというのは考えにくいです」

「そうか、報告ご苦労。サターシャ、お主もここに残れ」

「承知いたしました」


 サターシャ先生はそう言うと、ソファに座っているフリード子爵の後ろに立った。


「クラウよ。お主の言い分は理解した。だが、それが難しいというのも理解しておるな?」

「はい。サターシャ先生からも言われました。貴族は魔法使いが大半で、変に禍根を残せばその力が今度は自分たちの方へ向く危険性があるってことですよね?」

「そうじゃ。それに貴族とは、地位と権力を持つ代わりに、大きな責任を負う。その責任を放棄した時点で、それ相応の罰を受けるのは当然じゃ」


 以前の俺ならここで折れていただろう。

 だが、「氷屋がどう考えようが自由だろ」という言葉が俺の脳裏によぎった。

 そうだよな。せっかくフリード子爵に会えたんだ。

 だったら、俺の考えをぶつけるだけだ。


「その罰が責任を放棄した人と関係のない人にまで向くというのがおかしいんです。それに今回の場合は裁く前に当主が殺されているので、判決を下した領主様を恨む可能性は低いはず。それでも、爵位のはく奪とかでその貴族の一家が恨みを持って反乱を起こすっていう可能性もあるかもしれません。でも、当主が何をやったのか、何がいけなかったのかをきちんと教えて指導すれば、恨みを持つのはおかしいと理解できるはずです。人は学ぶことで変われるんです」


 人は変われるはずだ。

 俺もジョゼフ父さんやエリーラ母さん、リト、家族の支えがあって、サターシャ先生の教えがあって、この世界で生きようって思えたんだ。


「俺は外に出るのが怖くて部屋に引きこもっていました。知らない人、自分とは違う種族と関わるのが怖かったんです。でも、家族やサターシャ先生に何度も助けられて前を向けました。商売を始めてみて、アブドラハの色んな人に出会いました。

 カリムみたいに嫌な奴もいたけど、それでも、変なうわさが流れても毎日応援してくれる常連さんやかき氷がおいしいと喜んでくれる人たちがいて、人の温かさを知りました。

 人の命はそんな軽いもんじゃない! 

 一人ひとり大切な存在がいて、つながりがあって、良い面もあれば悪い面もある。教える人が、教える環境があれば人は変われます」


「その役割を誰がやるんじゃ。すでに深い恨みを持っているかもしれん。そういうやつは何を言っても変わらんものじゃ」


 フリード子爵は思うところがあったのか、そう言葉にした。


「みんなで教えるんです。分かるまで、変わるまで何度でも」


 俺が言っているのは理想論だってことは分かっている。

 結局変われるかどうかなんていうのはその人次第だ。

 それでも、俺はその可能性を信じたい。


「そうか、みんなで……か。お主の主張は分かった」

「じゃあ」

「ただ、最終的にその判断を下すのは儂ではなく領主様じゃ。それとクラウよ、お主は商売をしているという話だったな?」

「はい」


 なんだ……少し空気が変わった気がするぞ?


「なら分かると思うが、商人なら理想だけでなく、もう少し実利で考えて物事を話してみよ。儂が領主様に話を通すことはできるが、それを儂がすることに利がない。お主はそれを何か提示できるか?」


 そう来たか。

 確かに、あくまでも今話していたのは俺の考えであって、行動に移すメリットがフリード子爵にはない。

 それに、俺自身がフリード子爵に与えられるものなんてない。


「サターシャ先生、今騎士団でとらえている貴族の子供は魔法を使えますか?」

「はい。とらえている長男、長女どちらとも魔法の才能はあります」

「なら、先ほど言った教育役を騎士団で行うというのはどうでしょう。魔法使いは希少です。それも貴族の子供なら大幅な戦力になるはずです」

「ふむ、戦力になる……か。だが、うちの騎士団はすでに優秀な人材で埋まっておるからのう」


 それは俺も直接見たから分かる。

 フロスト騎士団はすでに戦力の増強が必要ないくらい強い。

 他に提示できるフリード子爵の利益は……。

 俺が頭を悩ませていると、フリード子爵はその顔に笑みを浮かべていった。


「儂の後継ぎになれ」


衝撃の展開……続きもお楽しみに。

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