18話 事件の顛末とクラウの葛藤
「お久しぶりです。クラウ様」
「久しぶり。……ってなんか呼び方変わってない?」
「クラウ様が立派に成長なさっていることを実感しましたので」
今日はサターシャ先生に騎士団の兵舎へ呼ばれてやってきた。
サターシャ先生は俺の成長を認めて、「坊ちゃま」から「様」呼びに変えたみたいだ。
少し違和感はあるが、成長を認めてくれているのはすごく嬉しいな。
「今日お呼びしたのは、ある程度例の件がひと段落したため、当事者であるクラウ様にご報告を差し上げるためです」
「お疲れ様。それで、結果はどうなったの?」
「はい。まず、クラウ様の協力のおかげでザヒール商会と裏組織とのつながりの決定的な証拠をつかむことができたので、ザヒール商会に対して強制捜査を行いました」
ザヒール商会が危険な組織と繋がっていることは以前から知られていたが、今回の拉致事件に関わった悪党たちの証言が、その証拠を決定的なものにしたのだろう。
「そのおかげで、以前申し上げていた通り、ザヒール商会と裏組織、それからアブドラハの貴族家が密かに結託し、不正取引を行っていた証拠を確保することができました」
貴族家までこの件に絡んでいたとなるとかなり大事だったらしい。
「ですが、問題はここからです。ザヒール商会の商会長及び、その貴族家の当主、どちらとも死体となって発見されました。どちらの死体も誰かに殺された痕跡がありました」
「え!?」
どういうことだ? 裏で手を組んでいたはずの二人が、まさか殺されていたとは……。
それに、商会長ならまだしも、貴族家の当主ってことは少なからず魔法は使えたはずだし、護衛だっていたはずだ。
「我々は、両者と手を組んでいた組織がその犯行に及んだと考えています」
確かに、一番筋の通った可能性はそれだ。
ここで他の第三者に殺されたっていうのは考えられないもんな。
「我々は嵌められました。組織は私たちがザヒール商会の息子を相手取っている間にアブドラハから完全に姿を消しました。組織から金で雇われていただけの悪党だけを残して」
要するにトカゲのしっぽ切りみたいなものか。
貴族の魔法使いを殺せるほどの組織か……危険すぎる。
それに、カリムもおそらく逃げる時間を稼ぐために利用されていたんだろうな。
「捕らえた者たちはその裏組織の目的は知らされていなかったようで、現在調査中ではありますが、おそらくもう情報は手に入らないでしょう」
騎士団が調査し始めた段階でそれに気づき、手を組んでいた首謀者たちを殺して逃げるような慎重な組織だ。
大事な情報を残して逃げるはずがない。
「もしかして、アブドラハの雰囲気が悪くなってるのって裏組織がいなくなったから? 祭りの日もひったくりがあったんだけど……」
俺は祭りの日にラフィとともに窃盗犯を捕まえたことを話した。
「そうですね。おそらく裏組織がいなくなった影響で空白が生じ、その空白を狙って悪党どもが権力争いをしているといったところでしょう。衛兵と協力して騎士団でも治安維持の強化をしておきます」
それはすごくありがたい。
騎士団も協力してくれるなら安心して商売を続けることができる。
「それで、カリムはどうなったの?」
「彼は我々騎士団がとらえていたので無事ですが、今回の件は貴族家も関わっているため、良くて奴隷落ち、最悪死刑は免れないでしょう」
「……そっか」
カリムがやったことから考えると罪に問われるのは間違いないと思っていた。
あいつは俺だけじゃなく、アミルやシータ達にまで手を出してきた。
今でも許そうとは思えないし、あいつが素直に反省できる奴だとは思えない。
ただ、死刑……か。
貴族と関わっていたのは、カリムの父親だ。
それで死刑になるかもしれないというのは……。
「カリムだけではありません。今回関わりのあった貴族家についても、領地または領主様への反逆罪でその家族は全員死刑になると思われます」
「家族ってことは、当主の子供たちも!?」
「はい。……良いですかクラウ様。貴族は大半が魔法使いです。いくら子供であっても、その力は軍に匹敵します。その力を使って反乱を起こす可能性も考えられる。その危険を排除するためにも必要なことです。前にも言いましたが、大いなる力には大いなる責任が伴います」
「そんな……」
この世界では人の命は軽い。
頭では理解できるが、俺の心にずっしりと重いものがのしかかる。
この世界で生き抜く決意をしてから何度目になるだろうか、この言葉にできない感情によって俺の胸が締め付けられるのは。
「お気持ちは分かりますが、仕方ないことです。あまり背負わずに」
「……うん。ありがとう」
俺はサターシャ先生の顔を見ることができなかった。
サターシャ先生は俺のことを成長したと言ってくれたが、そんなことはなかったらしい。
絶望的な無力感が心を支配している。
「……い、……おい!」
「ぐうぁ」
ドンと後ろから足でけられた衝撃があり、驚いて後ろを見てみると、ラフィが後ろに立っていた。
「オレを無視するとはいい度胸じゃねえか」
「……ああ、ごめん気づかなかった」
考え事をしていたら、いつの間にか景色が変わっており、兵舎の外に出ていた。
「何か用でもあったのか?」
「いや、たまたま氷屋が兵舎から出てきたのを見つけてな」
「ああ、そうか。じゃあな」
今は少し一人で考えたい。
そう思って、また帰ろうとすると、
「待てよ。ほらこれ」
「え……ほうき?」
「今日はオレが掃除当番なんだ。手伝ってけよ。ほら、早くしないとオレがさぼってるみたいになるじゃねえか」
ラフィは強引に俺にほうきを渡すと別のほうきを持ってきて掃除を始めた。
何故か手伝わされることになったが、ラフィにはいつもシータ達の送迎時の護衛とか、うちの屋台が壊されたときの片付けとかで世話になっていたので、掃除を手伝うことにした。
二人で黙々と作業して数分くらい経過したとき、
「なんかあったのか?」
ラフィから話を切り出してきた。
……そんなに顔に出ていただろうか。
「ああ、ちょっとな。ザヒール商会の件で……」
俺は自分がどう話したのか、はっきりと覚えていない。
カリムが良くて奴隷落ち、最悪の場合は死刑になるかもしれないこと、そして事件に関わっていた貴族の家族も全員が死刑にされる可能性があることを、ただ感情のままに話した。けれど、話しながら自分の中に広がる無力感……いや、何かもっと深く、どう言葉にしていいか分からないもやもやした感情を、たどたどしく話した。
貴族の子供までもが死刑になるって話をしたとき、ラフィの体が少し反応したが、それでもラフィは何も言わず、俺の下手な話を最後まで静かに聞いてくれた。
「仕方ないことだと思うぜ、オレも」
「ああ、頭では分かってるんだが……」
「でも、それが何か変だって思うなら、無理に分かろうとする必要なんてないだろ」
「え?」
俺は思わずラフィの方を見た。
仕方なく受け入れるしかないと考えていた中で、そんなことを言われるとは思わなかった。
「その貴族の家族が実際に関わっていたかどうかってのは分からねえが、少なくとも子供が関わっている可能性は低いだろ。それなのに危険だからって理由でその子供まで殺すのはおかしいって考える氷屋の意見も一理あるだろ。だが、貴族も関わってくるってなったら最後にそれを決めるのは領主様だ」
「ああ」
俺が言葉にできなかった感情をラフィは上手く言葉にしてくれた。
そうだよな。やっぱおかしいよな。
「それを踏まえたうえで、氷屋がどう考えようが自由だろ」
「ああ、ありがとうラフィ!」
「おう」
心のモヤが晴れた俺は掃除道具を片付けて、もう一度サターシャ先生のいる部屋を訪ねた。
「サターシャ先生、お願いがあります。サターシャ先生が仕えている貴族の方に面会させてください」