17話 バニラ発見!そしてクラウは思案する
「いらっしゃいませー」
「レモレ1杯と命の実2杯ですね」
「ミルク味はこっちにお願い」
フードファイトバトルの影響で、俺の屋台はこれまで以上に客が入るようになった。
今日は朝からずっと列が並んでおり、俺は氷づくりの機械と化していた。
かき氷機を増やしていたのと、カニ氷達のおかげで効率は上がっているので何とかなっている。
それがなかったら、今頃発狂しながらかき氷機を回していたはずだ。
今日はメリアとカイが働いてくれていて、みんな忙しそうにしている。
最初は俺一人、たまにアミルの二人で店を回していたのに、今じゃ三人でも限界なくらいになってきた。
給料も最初より上げているが、頑張っているみんなを何かしらの形で労わりたいというのは最近考えていて、計画を立てている最中だ。
フードファイトバトルが開催されてすぐというのもあるだろうが、こんなに忙しいと体がもたないよ。ただ、カリムの流した嘘は無事に上書きされたようでその点に関しては本当に良かった。
かき氷を提供できるのはうちだけなので、例の噂にも流されず、応援してくれた常連さんのためにも夏が終わるまで大体あとひと月くらいは頑張って売っていこうと思う。
「コーヒーください」
「少し待ってくださいね」
「もう毎日コーヒーを飲まないとやってられないんだ」
アミルの方も順調そうだ。
前世においてコーヒーは日常的に飲まれていた。
ただコーヒーに含まれるカフェインは摂りすぎると中毒症状も現れるので、その辺は薬屋の息子のアミルも分かって提供しているはずだ。
そう、全部が順調に見える。だが、俺の中で大きな課題が残っているのだ。
夏が終わったらどうしよう?
もともと氷売りを始めたのは、冷魔庫が普及されて氷の価値がなくなるまでに氷を売って稼いで、ジョゼフ父さんが失業してもいいように新しい商売の土台を作っておきたかった。
この夏で新しい商売の土台になるくらいのお金は稼ぐことができた。
かき氷一つの値段がそれなりに高く、それでいて利益率も高い。それに、最近は色んな商会に氷を卸せるようになってきたので、売り上げから給料とか設備費とかの費用を引いた利益は、軽く計算しただけでも金貨50枚を超える。
ここから税も引かれたらもう少し減るが、それでもすごい額だ。
最近は、借りていた屋台を壊されてしまったり、かき氷機を増やしたりと重い出費もあったが、それでも十分新しく商売を始められる資金はある。
夏の終わりにはジョゼフ父さんの1年分の給料の金貨75枚を超える予定だ。
さすが氷室の管理人といったところだが、その背中は超えさせてもらうよ。
新しい商売ってなると、思いつくのは今の屋台から進歩して店舗を持つことだろう。
だが、正直なところ店を構えるのは来年でも良いと思っている。
理由としては、もっと料理の開発に時間をかけたいからだ。
俺の中で、商売はお金のためっていう面もあるが、この世界の食文化を進めたいというか、純粋に前世の食文化に近づけていきたいっていう思いがある。
そのために料理人探しもやりたいと考えている。
ただ、ここで新たな問題が出てくる。
うちのシータ達をどうしようかっていうことだ。
雇った時点で従業員の生活を守る責任が俺にはあるし、雇うことを提案したときにその覚悟はできている。
このまま屋台をやめてしまったら、シータ達はまた日雇いを探さなくてはいけなくなるし、そんな無責任なことするくらいなら端から雇うなよって話だ。
このままかき氷屋を続けても売れるには売れるだろうが、夏場以外のかき氷ってのはあまりピンとこない。
うん、夏以降も屋台を続けるために新しいメニューを考えよう。
そうと決まれば早い。
ラフィがやってきて、閉店作業を終えた後、その足でマルハバ商会へと向かった。
*****
「バルドさん、ちょっと食料庫見せてくださいよ」
「ああ? 今度は何する気だ?」
「いや、ちょっと新作を考えてまして。各地から食料が集まったマルハバ商会の食料庫を見みれば、何かアイデアが沸くかな、と」
「いいだろう。その新作ってのができたら俺に教えろ。それなら良いぞ」
受付に行くと、なぜか毎回バルドさんのところへ通される。
今回はさすがにバルドさんの許可が必要なんだろうけど、どうでもいい用事とかだったらどうするんだ?
まあ、新作を教える条件で、食料庫を見せてもらえることになった。
「食料庫はこちらでございます」
ターバンが似合う商人、ハーリドさんに案内してもらい、食料庫の見学を行う。
さすがアブドラハで1位、2位を争う大商会の食料庫だ。
巨大な蔵の前では、商人や従業員が次々と出入りし、活気にあふれていた。
「どれも腐りにくい食材がこの食料庫には保管されております。こちらが遠方の地域から取り寄せた食材になります」
ハーリドさんが言うように、干し物や香草といった腐りづらいものが食料庫には保管されていた。
何の肉かわからない干し肉や干したキノコ類、風味豊かな香草が所せましと並べられている。
「確かに、保存性が高いものばかりですね」
俺がそう言うと、ハーリドさんは微笑んでうなずいた。
「ええ。特にこの街では、長旅や砂漠を越える商人たちにとって重要ですから、腐りにくい食材の需要は高いです」
アブドラハは辺境にありながら交易の中心地だ。
ここで商売するには、こうした保存性の高い食材が欠かせないのだろう。
俺は次の商売のタネになりそうな食材を探す。
何か良さそうなのはないかなー、ん?
突然、フワッと俺の鼻腔をくすぐる甘い匂いが棚の方から漂ってきた。
俺はその棚に近づき、もう一度その香りを確認する。
「バニラだ!」
「ばにらとはなんですか?」
そう、この甘い匂いは俺の記憶にある。間違いない、バニラだ。
これは新たなメニューのヒントになるぞ!
「あっいえ、こちらの話です。ハーリドさんこの香草をもっと取り寄せてもらってうちで購入することってできますか?」
「確認してきます。その間、別の者に案内させますので少々お待ちください」
思わぬ発見に俺は興奮していた。
だってバニラだよ!
これは屋台だけじゃなくて、俺の店の将来的な主力商品になるはずだ。
バルドさん最高! マルハバ商会最高! バニラ最高!
「……あの、ハーリドさんに案内するよう頼まれてきたんですけど」
「あっ、お願いします」
一人でにやけているところを従業員に見られてしまった。
ちょっと気まずい雰囲気になってしまったが、そんなことよりも屋台で出すメニューを何にするかだ。
食料庫を案内されながら、俺は思考を巡らせる。
今の屋台が成功しているのは、氷という唯一にして最大の武器のおかげだ。
かき氷や商会への氷卸によって、氷におけるブランドをすでに確立している。
今の段階で他の店が冷魔庫を手に入れたとしても、氷における知名度でうちの屋台を超えるところはすぐには出てこないはず。
別に氷にこだわっているわけではないので、氷以外の料理に手を伸ばしても良いが、せっかく確立したこのイメージを捨てることになってしまう。
うちみたいな小規模な店は、うちにしかない武器で攻めてなんぼだろ。
そうなってくると、かき氷の次に屋台で出すメニューは……アイスクリームだ。
バニラの香草も見つけることができたし、他にアイスクリームの味を増やせるようなものがないか探してみよう。
方向性が決まった俺は、それをもとに他の食材を見て回った。
*****
「確認したところ、先ほどの香草は砂漠を超え、海を越えたところにある南方の国から届いたものになるそうです。うちの商会ともつながりのある商人から輸入しているので、取り寄せることは可能ですが、それなりに高価になるかと」
「はい、大丈夫です。取り寄せをお願いします。今食料庫にある分も少し買わせてください。あ、それと気になる香草があって……」
バニラの匂いのする香草は、においを抽出してバニラエッセンスを作るというのが使い道として考えられる。
いろいろ試す必要はあるが、甘味におけるバニラエッセンスの用途は多く、香草の代金なんてすぐに回収できるはず。
俺は他にも食料庫で見つけた新作メニューに役立ちそうなものをハーリドさんに注文したのだった。