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137話 魔剣と予言

「……魔剣ですか?」

「フフ……とぼけるなよ。馬鹿弟子と共に手に入れたはずだ。その腰にあるのがそうか? わらわに見せてみよ」


 イラーハは確信した様子で、俺の腰についた短剣を指さした。


「はい。転火魔剣(トモシビ)というらしいです」


 俺は短剣を腰から外し、革の鞘から抜いてイラーハに見せる。

 普段は持ち歩くことはないが、リオネルへの交渉に必要になる可能性を考え、持ってきたのだ。


「ふむ、一見何も感じぬ普通の短剣だが……間違いなさそうだな」


 イラーハはそれをじっくり観察した後、静かに感想をこぼした。

 だが、それよりも気になることがある。


「あの……馬鹿弟子って誰のことですか?」

「イーシャから聞いてなかったか? わらわが魔剣を探すようにあの子を学園に送ったのだ。そなたが魔剣を見つけることは分かっておったから、その手助けになればと思ってな」

「いやいや、それはおかしいですよ。だって、イーシャもロイクも俺たちとは初対面だったし、二人も最初は自分たちで探してましたよ」


 イラーハの言葉が真実なら、これまでの学園でのすべてが彼女によって仕組まれていたことになる。

 あの二人との出会いも彼女の手の内だったなんて信じられない。


「もちろん、運命の赴くままの偶然さ。たどり着く先は無数にある。ただ、少しばかり運命はわらわに味方しているだけのこと。“開運”こそが、わらわの生業よ」

「……俺たちはずっと魔剣のために利用されていたってことですか?」

「利用? そう思いたければそう思えばいい。だが、そなたの意思にわらわの介入する余地があったかどうか、胸に手を当てて考えれば分かるであろう?」

「いや、それにしたって……」

「あまり考えても無駄さ。彼女はこういうお方なんだ」


 俺が納得できず言葉に詰まっていると、学園長は首を横に振りながらそう言った。

 彼女に責任を擦り付けるは違うが、何とも言えない不快な感情が胸に残る。


「学園長も魔剣のことは知ってたんですよね?」

「ウン。君が所有者になることをイラーハから聞いて、彼女への協力を決めたのさ。色々気になることはあるだろうね。だが、君がここに来た目的を忘れてはいけないよ」

「……はい」


 そうだ。今の状況が誰かの意図するものだったとしても、俺のやるべきことは、リオネルの治療をしてもらうことだ。


「条件の仲間になるって、何をすればいいんでしょうか?」

「特に何かしてもらう必要はない。わらわたちは魔剣の所有者を管理しておるだけだ。強いて言うなら、魔剣に関する情報があれば報告してもらいたいくらいだな」

「えっ、それだけでいいんですか?」


 イラーハの提示した条件は、想像以上に簡単なものだった。


「それだけだぞ。そなたは何を身構えておったのだ?」

「魔剣を使って戦力にする、とかだと思ってました」

「フッフッ……逆だ。争いに使われないよう、わらわたちで管理しておるのだ。ちなみにだが、そなたの師のルインスも加盟しておる」

「ルインスも!?」

「あやつも魔剣持ちだ。そなたのことを知ったのもあやつが聞いてもないのにペラペラと話すからよ」


 ルインスも俺と同じように魔剣を持っていたようだ。

 一度確認の手紙は送るとして、それが事実だとしたら、少しだけ安心する。


 そして、ふとリュゼルが言っていた言葉を思い出した。


「これの前の持ち主が、『神剣が人を選ぶ限り、戦の世は終わらぬ』と忠告してきました。魔剣って一体なんなんですか?」

「……神剣か。前の持ち主は相当昔の人物のようだな」

「龍人族の騎士でした」

「それなら納得だ。あまり話すことはないが、魔剣を持つ者なら知っておいて良いだろう。アルメスト、お前はどうする?」

「私も気になるね。魔剣持ちは幾人か知っているが、それが何を意味するのかは初めて聞くよ」

「では、話そう――」


 学園長も魔剣についてはあまり知らないようだ。

 イラーハはテーブルに両肘をつき、手を組んで話し始める。


「今でこそ魔剣と呼ばれているが、もとは王選の神剣であった。今となっては、女神が遺した負の遺産と言うべきだろう」

「王選、ですか?」

「ああ。その名の通り、王を選ぶための剣だ。始まりの地に降り立った女神は、“与える”ことでしか人を愛せぬ存在であった。ある日、女神に祈りを捧げた二十人が、それぞれ王になることを望んだ。しかし、一つしかない世界で、王となれるのはただ一人。女神は願いを叶えようとし、世界を二十に裂こうとしたのだ」

「それってルミア教の話ですか?」

「いや。奴らは過去を脚色しすぎている。本来、女神に名などない。名なき女神を、勝手にそう呼んでいるにすぎぬ」

「すみません。続けてください」


 俺がルミア教という名前を出すと、イラーハは少し不機嫌な様子でそれを否定した。

 彼女の宗教はまた別のものらしい。あまりその名前は出さないほうが良さそうだ。


「いくら世界を創り変える力を持つ女神でも限界があった。二十人とそれに従う者たちは女神を責め立て、妥協する形で生まれたのが王を選ぶための神剣。強力な力を手に入れた二十人は争い続け、一人一人と数を減らしていった。未来を見通せる女神でも、ここまで人の争いが続くとは思わなかったのだろうさ。いつしか二十人は五人まで減り、争いも最盛期を迎えた頃、女神はその身を捧げることで世界を六つに分けた。今も神剣は残り続け、新たな王を選び求めているわけだ」


 イラーハの話が本当ならば、魔剣とは本当に神様が創り出した剣ということになる。

 争いのために生まれたようなこの剣は、まさしく負の遺産と言えるだろう。


「二十人の王か。では、魔剣は二十本も存在するのかな?」

「その通りさ。その魔剣を含めて、わらわが存在を確認しているのは十三本。他はまだ探している最中というわけだ」


 それだけの数の魔剣持ちがいるというのは恐ろしい。

 そして、その半数以上をすでに確認している彼女の情報網には驚かされる。


「それで、どうする? クラウ・ローゼン」

「リオネルを治療していただけるなら、俺にできることはなんでもやります」

「その意気は買おう。フリードは良き孫を持ったようだ」


 イラーハは雰囲気を柔らかくして、俺のことを褒めた。

 始めは危険な人物かと思ったが、イラーハは思ったより悪い人間ではない気がする。

 むしろ、彼女の活動を手伝った方が、俺にとっても良さそうだ。


「ファッファッ。あなたにしては、珍しく譲歩していると思ったが、気に入ったのかい?」

「罪滅ぼしも兼ねてさ。余計なところで怨恨を残すのは、わらわにとっても不都合だ」


 “罪滅ぼし”というのは、俺たちを利用していたことか、リオネルが死にかけてしまったことか。

 どちらにせよ、リオネルが元気に戻ってくれるなら、それでもう十分だ。


「そうだ、クラウ・ローゼン」

「あっ……はい」


 心の中で喜んでいると、イラーハから声をかけられ、俺はハッとしながら返事をする。


「サターシャはどうだい?」

「どうっていうのは?」

「変わりがないかと聞いているんだ」

「はい。最近も手紙をくれて、元気にしているそうですけど」


 イラーハはサターシャとも知り合いなのだろうか。

 サターシャからは、白霧の森の主からもらった種を受け取ったことや近況の報告の手紙を受け取ったが、特に変わったことは書かれていなかった。


「……変わりがないなら良い」


 少し考えこむ様子で、イラーハはつぶやいた。


「サターシャに何かあるんですか?」


 その様子に、俺は不安になり、つい言葉に出ていた。


「……そなたたちに話すべきか、否か」

「私は出ていようか?」

「その方がいいな。お前には関わりがない話だ」

「クラウ、私は外で待っているよ。では、失礼」


 空気を読んだのか、学園長は一人で部屋から出て行った。

 静かで神妙な空間の中、俺とイラーハは一対一で向かい合う。


「サターシャとはどういう関係なんですか?」

「……ああ」


 その空気に耐え切れず、俺が質問をすると、イラーハは考え込む様子で答えた。


「似た運命を持つ者だ。向こうはわらわのことをあまり知らないはずだが……。わらわの目を見よ」


 突然、イラーハはヴェールに手をかけるとそれを上げて、俺に顔を見せた。


「赤い……瞳?」


 イラーハは想像以上に凛とした顔立ちで、思っていたよりも若々しかった。

 ただ一つ、目に焼きついたのは、その紅にきらめく瞳だ。


「この赤は、魔族の証だ。感情が昂ぶれば、瞳は紅く染まる。青き瞳を持つ魔族もいるが……それはさておこう」


 そう言うとイラーハの瞳は静かに黒へ戻り、彼女は再びヴェールで顔を覆った。


「だからたまに瞳が赤くなったんですね!」

「ああ。魔族は他の種族に比べて生きづらく、数も少ない。だが、何の因果か、わらわとあの子は神眼を持って生まれた」

「神眼?」

「女神の力の一つ、『全てを見通す目』と『未来を見通す目』だ。とはいえ、原初よりだいぶ劣る力のはずだがな。わらわは見通すよりも望みを叶える方が向いておる」


 イラーハは本当に未来を見通していたようだ。

 しかし、サターシャの目も彼女と同じように神様の目だったとは驚きだ。


「未来は無数にあり、一つに決められたものではない。だが、運命という大いなる定めによって、必ず通らねばならぬ場面もある」

「……」


 あまりに大きすぎる話に、俺の心はついていけなかった。


「そなたのような迷い人は、その定めからわずかに離れておる。運命とは、この世界に働く強制力だからな。だからこそ、そなたに話す意味があると思ったのだ。――わらわが見た未来を」


 もったいぶるように告げられる言葉に、俺は思わず唾を飲み込む。


「近い未来で、サターシャこそが人類の敵になるであろう」


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