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135話 白昼の街

 学園長から呼び出され、リオネルの状態と気になっていた手帳の持ち主のことを知ることができた。

 ただ、なぜ俺が魔剣に誘われることを予期できたのか、いつから予期していたのか、その辺りの詳しい話は教えてくれなかった。

 これまでの行動も全て俺を死なせないためだというが、その理由も聞けず仕舞いで終わった。

 現状で分かるのは、学園長は敵ではないことくらいだ。

 正確に言うなら、敵ではないが、味方とも言い切れないくらいの立ち位置だろう。

 それでもリオネルのために行動してくれているのは、話していて伝わってきた。

 ナディアさんに説明させたのも、俺からの信用や心情を考慮してのことだろう。


 話が変わって、個人的に興味深かったのは、この学園の起源だ。

 前世の記憶で知る学園とこの学園は少し違うような気がしていたが、学園がもともとゴルディオの研究所だったというのであれば、研究施設の色がまだ残っていても不思議ではない。

 かなり学園に関して調べた俺でも知らなかった話で、隠しているわけではなさそうだが、表には出ていない情報のはずだ。


 何はともあれ、この話での大きな収穫は、リオネルを治療できる可能性がわずかでもあると分かったことだ。

 そのわずかな可能性を掴むためにも、学園長でも口ごもるような相手と面会する必要がある。

 果たしてその人物は、何のために俺との面会を申し込んできたのか。

 若干、心当たりはあるが、直接話せば分かるはずだ。

 俺は少し緊張しながら、待ち合わせ場所である学園の入り口の門へ向かった。



 *****



「ずいぶん早く来たようだね」

「ちょうど今来たところですよ。学園長も早かったですね」

「生徒より遅れてくるわけにはいかないからね! さて、そのローブを着るんだ」


 今は寮の就寝時間を少し過ぎた頃。

 昼間は生徒たちで溢れかえってにぎやかな学園の敷地だが、今は人影一つなく、ほの暗い闇に包まれている。

 俺と学園長は街灯の明かりを頼りに合流することができた。

 会話もそこそこに学園長は歩き出し、俺はその後ろに付いていく。


 フロスト騎士団のローブは、寮の監視から逃れる際にも有用だ。

 今は待ち合わせのために脱いでいたが、学園長はローブに袖を通すよう言ってきた。

 理由は分からないが、俺は言われた通りにする。


「基本的に出入りは自由だが、夜だけは別でね。門は警備されているんだ」

「そうなんですね」

「まったく、今後はそのローブの対策もしないといけないようだが」

「普段は抜け出したりしませんよ」

「ファッファッ! 一度明されたタネはなかなか通用しないものさ。それが嫌なら創意工夫するしかない。そうやって何事も進歩していくのではないかね?」


 雑談をしながら歩くとすぐに門に着いた。

 俺の倍以上の高さのある門は、固く閉じられているが、よじ登れば越えられそうだ。


「厳重な警備って何もないですけど」

「地面にゴーレムを潜らせてある。そのローブはゴーレムに搭載されている魔法感知を弾いてしまうから動かないだろうが、着ていなければすぐにゴーレムたちに囲まれるはずだよ。さて、職員用の出口はこっちだ」


 編入試験の受付で見たゴーレムがこの地面の下に潜っていると思うと少し恐ろしくなる。

 学園長は門の横の小さな扉に近づくと横に会ったパネルに触れた。

 何かを打ち込む音がしたと思ったら、扉の鍵が開いた。

 ゴーレムも動く様子はなく、特定の人物はスルーされるような仕掛けでも施されているようだ。


「さて、クラウは夜の魔法区を見たことがあるかい?」

「いえ、初めてです」

「なるほど。それは反応が楽しみだ」


 学園長はいたずらな笑みを浮かべながらそう言う。

 俺は基本的に生活リズムを崩したくない人間だ。

 太陽が昇る時間に起き、太陽が沈む時間に寝るのが普通になっている。

 前世では昼夜逆転なんてこともあったが、この世界の習慣が自然に身に着いたのだろう。

 今は緊張で眠気は少ないが、寮に戻ったらすぐにでも寝たい。


 夜の魔法区に何があるのか気になりながら歩くと、すぐに学園長の言葉の意味が分かった。


「うわぁ……。昼みたいだ」

「驚いたかね? ここは、白昼街さ。試験的に魔法区の一角を使って、一日中陽が昇っている状況をつくっている」

「こんなに灯りを使ったら維持費がすごいかかるんじゃないですか?」


 夜に灯りが少ないのは、前世のように電気から光をつくれるわけではないからだ。

 街灯は、霧石のような特別な石や、火を使ったガス灯などで、どれも使用にはそれなりの費用がかかる。

 それでも、この白昼街では店という店が明かりを灯し、家々の窓からも光があふれていた。

 住民らしき魔法使いたちは、夜にも関わらず談笑をしたり、飲食店に入ったりしている。


「維持費よりも整備の費用の方がかかるね。この灯りは全て魔素を燃料にしているんだ。迷宮はこの世界から魔素を吸収し、それを集めて拡大していく。何百年も前から存在していたこの地下迷宮は魔素の貯蔵庫となっていたわけさ。前も言った通り、あれだけの魔素を貯蔵しながら、それほど拡大していなかったのは不思議なことだが、溜まっている魔素を消費しなければいつ拡大してもおかしくない。そこで、前から試したかったことを実践しているのだよ」


 この白昼街の立案者は、やはり学園長のようだ。

 迷宮から魔素を持ってきて、ここで灯りにして消費させているということらしいが、そう考えると迷宮はものすごく重要な資源といえるだろう。

 アブドラハでも出来ないかと思ったが、迷宮がなければ難しそうだ。


「今、迷宮がない別の場所でもできないかと考えたかい?」

「えっ……まあ、はい」


 そんな俺の内心を読んだかのように、学園長は話し始める。


「理論上は可能だよ。迷宮がなくとも、魔素さえ運べれば良いわけだ。実際、この白昼街は迷宮から直接魔素を運べている」

「なら、その輸送技術を使えれば、どの街でも魔素を自由に使えるようになるんですね。灯り以外にも、魔道具を利用すれば、誰でも魔法が使える時代が来るかもしれません」

「そこまで理解できているなら結構。ただし、問題は山積みだ。先ほど言ったように、輸送にかかる費用は相当な額になる。その費用の負担ができる街は少ないだろうね。それから、魔素は様々な万象の源だが、短時間しか作用しないという弱みがあるのは授業で学んだはずだね?」

「はい。魔法は使用した後、長くて二日程度で魔素に還ってしまう。俺の氷も溶けないようにすれば一日はその状態で持ちますけど、それで消えてしまいます」


 魔法で作られた氷は普通の氷とは違う。

 だからこそ、魔法なのだと実感する。

 魔素が自由に使えるからと言って、アブドラハの水問題が解決するわけではないのはそう言う理由があるのだ。


「その通り。魔法の弱点は時間だ。火や風、光のようにその場で効果を発揮するものとの相性は良いのだが、そのために出資できる街はないのが現状だ。だが、魔道具がさらに安価に増産できるようになれば、また話は変わってくる」

「なるほど。病院もそのために魔道具を……」


 魔道具があれば、魔法の弱点を補うくらいの大幅な効果を発揮できるだろう。

 それこそ俺の肩だの検査や再生の補助に使用した病院の魔道具はいい例だ。


「病院だけではないよ。魔法区にあるすべてが未来のための結晶なんだ」

「ここにきて良かったです」

「ファッファッ! いつか君に見せたかったんだ。さて、もうすぐだ」


 白昼街を抜け、路地を通ると、今度は驚くくらい真っ暗になった。

 さっきまでの光にやられて目がチカチカするが、それでも園長の蛍光色の軍服が目印となり、見失うことはない。


「この建物だよ」


 誰も近づかなそうな裏通りに着き、学園長は立ち止まると目の前の小さな教会を指さした。

 明かりはついておらず、誰もいなさそうだ。


「アルメスト・メザールです」


 学園長は迷うことなくその扉をノックする。

 しばらく待つと、中から人の気配がして、扉が開いた。


「ようこそ。アルメスト様、クラウ様、イラーハがお待ちです」


 教会から出てきたのは、ヴェールで顔を隠し、何かしらの宗教服を着た謎の人物だった。声は中性的で性別すら分からず、その手には燭台が握られている。

 自然と俺の名前を口にしており、どこまで俺のことを知っているのか不気味に感じる。


「入ろう」

「はい」


 俺と学園長は、蝋燭のわずかな明かりを頼りに、その謎の人物の案内に従うのだった。


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