14話 噂の上書きとフードファイトバトル
「というわけで、無事に事件は解決しました」
「やっぱカリムが関わってたんだね」
「クラウ君が無事でよかったよ」
「もう危険はなくなったから、安心してくれ。あ、ここにいないメリアにもそのことを伝えてあげて」
屋台を閉店後、俺は話せる範囲で事の顛末を話した。
アミルもシータ達も心の中では、自分たちがいるときに屋台を壊しに来るんじゃないかとか、自分たちも狙われるんじゃないかとか色々と不安に思うことがあったはずだ。
それでも一番ダメージを受けているはずの俺を気にして、いつも通りにふるまってくれていたのだからありがたいという気持ち半分、自分が情けなくて申し訳ないといった気持ちだ。
今回の件で、俺たちに手を出すとフロスト騎士団が出てくるという噂が商人の中で広まっているみたいだし、マルハバ商会という後ろ盾もある。
商人が嫌がらせをしてくる危険性はなくなったと言っていいだろう。
「ですが、あの噂をどうしましょうか」
「そうだよね。あの噂のせいで新しいお客さんが来てくれなくなっちゃったのをどうにかしないと」
あの噂というのは、『氷は食べるとお腹を壊す猛毒だ』という紛れもない嘘だ。嘘ではあるが、氷を食べすぎるとお腹を壊すことがあるのは事実だし、実際にかき氷を食べてお腹を壊した人がいたからこそ、広まっているというのもある。
飲食を扱う上で、印象というのはものすごく大事だ。人は安全なものを食べたいと思うし、一度でも悪い印象を与えてしまうとそこから巻き返すというのは難しい。
「大丈夫! そこは俺に任せといてくれ」
カリムの奴め。お前の思い通りになってたまるか。
ここからさらにかき氷を広めてやる。
俺はみんなに考えている作戦を共有した。
*****
「かき氷は食べすぎると体を冷やしてお腹を壊すので、食べすぎには注意してくださいねー」
俺の考えた作戦その1は、正しい知識で噂を塗り替えることだ。
ここでは氷を食べる文化がないため、氷に対して知らないことが多い。
それはそうだ。アブドラハでは氷は年中採れるものではなく、珍しいものだからだ。
なので、みんなが納得のできる正しい知識で噂を書き換える必要がある。
俺たちは氷を食べることで体が冷え、そのことが原因でお腹を下すというその流れを来てくれている客にそれとなく伝えることで、その噂の上書きを行った。
「氷って食べるとお腹壊す毒らしいぜ」
「ばーか。氷を食べると体が冷えるからお腹を下すんだよ」
想定しているのはこんな感じだ。
こうすることで、氷を食べること自体に問題はないという認識につながる。
新たに得た知識とか自分の持っている知識を自慢したくなる人がいてくれたら最高だ。
「いらっしゃいませ。こちらで腹痛に効く薬を売っています! かき氷を食べすぎて体が冷えたそこのあなた。この腹痛を和らげる薬があれば安心ですよ」
作戦その2は薬を売ることだ。
前にアミルの家に行ったとき、腹痛に効く薬があることが分かった。
やはり未知というのは誰にとっても怖いものだ。
氷を食べたら実は腹を壊して、そのまま死んでしまうんじゃないのか? とか腹痛以外にも何か病気を引き起こすんじゃないか? とか未知のものに対しては、あり得ないことまで考えて不安になってしまう。
そこで、薬がすでにあると伝えることで、その恐怖をなくしてやる。
やっぱり安心感て大事よ。
そんな俺たちの地味な努力が功を奏したのか、地道に新しい客も増えてきた。
「クラウすごいよ! 腹痛薬が今までにないくらい売れてるよ」
かき氷の売れ行きが上がるのに比例して、腹痛薬もアミルが驚くくらいには売れている。
うまく相乗効果が機能しているようだ。かき氷のためというよりは念のために買っておこうという人もいれば、長旅をするのに有用そうだなと思って買う人もいる。
ただ、お互いの商品が良い影響を与え合っているということに変わりはない。
アミルと一緒に商売をしていてよかったと心から思う。
そして、最後の切り札である作戦その3だ。
「さあやってまいりました! 第一回フードファイトバトル開幕です」
「うぉぉぉぉぉおおおおお!」
「ルールは簡単。ただひたすらに出されたものを食べるだけ。制限時間30分以内に多くの皿を積み上げたものが優勝だ! そして、記念すべき第一回目の料理は突如としてこのアブドラハに現れた、今や知る人ぞ知る大人気のスイーツ、かき氷だー!! えーこのかき氷ですが、なんとまだ出していない新作も初お披露目とのことです」
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!」
「そして、気になる優勝賞品は…こちら、金貨5枚! 我こそは最強の大食漢だという者は名乗りを上げろぉぉぉ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」
「この大会はマルハバ商会の提供でお送りさせていただきます」
アブドラハの一部の広場を貸し切り、開催されているのがフードファイトバトルだ。
うん、なぜこうなった?
もともと、俺の考えていた作戦はその2までだ。
カリムの流した噂は飲食の提供をするうえで最悪だが、扇風機もクーラーもないこのアブドラハの夏の猛暑の中でかき氷という、いわば砂漠のオアシスのような存在を知ってしまったら、腹痛というマイナスを被ってでも買いたくなるだろうと予想していた。
そのため、作戦その2まででも新規の客は減るだろうが、十分利益にはつながるとは思っていた。
そもそも、かき氷を確実に食べたら腹痛が起こるってわけでもないので、その噂がデマであることは分かる人には分かるはずだ。
しかし、思いもよらず作戦その3まで発展してフードファイトバトルという大規模な大会になるなんて……。
こうなった原因を思い返してみる。
あの事件の後、マルハバ商会にお礼を言いに行った時のことだ。
「おお、それは良かったな」
「何をそんなに悩んでるんですか?」
受付から商会長の部屋へ通された俺が事件の報告とお礼を言うと、禿げ頭のバルドさんは書類から目を離さずに俺の礼を受け取った。
何やら悩んでいる様子で、髪の毛のない頭を掻いている。
「いやぁ、今回の件でザヒール商会が騎士団の取り調べに合ってるだろ? それで、いつもならあそこの商会が取り仕切っている祭りを今年はうちが担当することになったんだが、いい案が出なくてな」
「うわぁ、それは大変そうですね」
「いつもと同じでも良いって意見もあるんだが、ザヒール商会の件でアブドラハじゃ良くない雰囲気が漂ってる。その良くない空気を払拭するって意味でも、この祭りは良い機会だと俺は考えてるんだが……。クラウ、お前なにかいい案はあるか?」
俺は言われるまで分からなかったが、アブドラハの情勢のことに詳しいバルドさんが言っているなら、雰囲気も悪くなっているんだろう。
というかバルドさんて、実は結構いい人なのか?
「バルドさんもそういうこと考えるんですね」
「勘違いすんな。良い土壌でしか上質な果実が実らないのと同じで、街の雰囲気が良くなれば商売もやりやすくなるってだけだ。利益になるからやるだけだ。で、どうなんだ」
「そうですね。祭り、食べ物……、あっ、フードファイトバトルとかどうですか?」
「詳しく話してみろ」
こうして、バルドさんにフードファイトバトルを提案したところ、「面白れぇ。やってみるか」となったわけである。
何の食べ物を提供するかという話になったとき、
「提案者のお前が考えろ」
そう言われたので、かき氷に決まった。本当に良いのか確認したが、
「その企画が好評なら次からはうちの料理でやる。お前の商品で試して様子を見たいだけだから気にすんな」
バルドさんはそう言って、かき氷で案を通してくれた。
こっちの事情を知ってか知らずか。いや、多分この人なら知っているだろうな。
だが、すごくありがたい。このフードファイトバトルでかき氷のことを広めることができれば、カリムの広めた嘘を取り払うことができるはずだ。
そのあとは何度もマルハバ商会と打ち合わせを行い、今日の祭りの日に至るというわけだ。
フードファイトバトルは祭りの目玉企画の一つで、他にも曲芸だったり、武道家同士の戦闘ショーであったり、様々な催し物が目白押しだ。アブドラハの通りは、普段以上に活気づき、屋台や露店が所狭しと並んでいる。
娯楽の少ないアブドラハにおいて、この祭りは街全体を巻き込んだ一大イベントであり、人々は日常の疲れやストレスを吹き飛ばすように熱狂している。
え、自分の屋台はどうしたのかって? 本日は休業です。
普段からかき氷で十二分に稼がせてもらってるし、今日は他のお店にお客さんを譲ってやろうってわけだ。
まあ、それは冗談で、俺の屋台では夏の間だけは7日間のうち5日働いて2日休むみたいな日本のやり方を真似して働いてもらっているが、まだまだみんな子供だ。
こういう祭りの日は遊びたいだろうし、息抜きは大事だよな。
俺はフードファイトバトルがある午前中のうちは動けないけど…。
午後はアミルやシータ達と合流して街の中を歩き回る予定だ。
人の入りはどんな感じだ? そう思って舞台袖から観客席の様子をのぞいてみると、司会の声に呼応するかのように、観客席がどんどん盛り上がっているのが分かる。
「いったい何が始まるんだ?」と興味をひかれた通行人たちも、通りから次々と広場へ足を運んでくる。
「かき氷の新作だと!? 参加するに決まってんだろ」
「参加するわ! 賞金の金貨5枚は私がいただくわ」
「参加者の方はこちらの受付で名前の記入をお願いします!」
うんうん、参加者も無事確保できているようだ。
参加者がいなかったら、最悪バルドさんとマルハバ商会の人と俺でやることになっていたからな。
初の試みなので、トラブルはある程度想定済みだ。
ちなみに、賞金もこの大会の運営費もマルハバ商会と商業組合が負担してくれている。
俺が負担するのは、提供するかき氷くらいで良いとのことだ。
「おいクラウ! かき氷の方は準備できてるか?」
「今ざっと100杯分くらいは出来てます」
かき氷くらい、といったな? これが意外に大変なのだ。
かき氷機は俺しか持っていないし、かき氷が提供する前に溶けても困る。
結局、人型冷蔵庫である俺が会場の裏方で周囲の温度を下げながら、かき氷を作ることを任された。
だが、いくら鉱人職人のガルダさんが作ったかき氷機とは言え、俺一人でゴリゴリしていたら腕がもげる。
そこで、前から練習していた氷魔法の出番がやってきた。
名づけて、『カニ氷』だ。
氷魔法によって生成されたカニは、その大きなハサミでかき氷機のハンドルをつかみ、器用にせっせと回している。
俺は氷がなくなったら追加するのを繰り返すだけでいい。味付けもできているソースを
かけるだけなので問題なし。
ちなみに、前から1台では不便だと思っていたので、ガルダさんにお願いしてもう1台かき氷機を作ってもらった。
自分でもかき氷機の作成を依頼できるくらい稼いだっていうのは成長を感じるところだ。
そして、気になるかき氷の新作は「ミルク味」だ。
ヤギのミルクと砂糖を使ったこのかき氷は、優しい甘さが特徴で、食べた瞬間ホッとするような味わいが広がる。いくらでも食べられる軽やかさが魅力だ。
このかき氷ができたのも、マルハバ商会とのつながりができたからに他ならない。
食品を扱うマルハバ商会では、独自の仕入れ先をいくつも持っている。ヤギのミルクは安定した仕入れが難しいのであきらめていたが、バルドさんにお願いしたら、仕入れ先を紹介してくれた。
貴重品である砂糖も使っているため、ミルク味は一杯銅貨8枚くらいの設定で売ろうと思っている。
また、ヤギのミルクは汎用性が高い。
命の実に混ぜても相性抜群なので、銅貨3枚でオプションに加えることも可能だ。順調に味のバリエーションも増えている。
ローゼン家で振舞ったところ、リトが特に気に入ったみたいで、毎日のようにおねだりされる。そのおねだりの可愛さに負けて、つい作ってしまうんだよね、不思議だ。
会場も夏の暑さにもかかわらず、大勢の人が集まっており、期待のまなざしでいっぱいだ。
エントリー数も初の大会だというのに想定していた10名を超える参加者が集まった。
参加者も初めてのことでどうなるのかイメージがついていないだろうに、堂々とした姿勢で腕を組み、自信に満ちた表情を浮かべている。まるで歴戦の猛者たちのようだ。
かき氷を作っているこちらの方も二匹のカニ氷が全身を忙しく動かしており、準備は万端だ。
参加者たちの緊張が会場を包み込み、その張り詰めた空気を感じ取ってか、会場にいる観客も自然と息を飲む。
シンと静まり返る中、スタッフたちはそれぞれの要望に沿った味のかき氷を一つ一つ丁寧に参加者の前に置いていく。
「準備は良いかぁぁ!!!」
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
司会者の叫びが会場全体に響き渡ると、会場が一気に熱気に包まれる。
「第一回フードファイトバトル! レディィィーーーファイトッ!!!」
カーンッ!!!
試合開始のゴングが会場全体に響き渡り、参加者たちはいっせいにかき氷に手を伸ばす。
熱い戦いが今、幕を開けた。