134話 知の御三家
学園長を意識してから、どこか手の平で転がされていることに気づいた。
ただ、どこからどこまで転がされていたのか、証拠もないので全く分からない。
俺たちの敵なのか味方なのか判断できていないのが現状だ。
それは今も変わらないが、病院へ紹介してくれたことや学園に戻ってから受け入れてくれてることから、悪意があるわけではないと思っている。
「君はあの塔の地下で迷宮核を壊したことによって、アルサラント地下迷宮がなくなることを危惧しているかもしれないが、それはない」
「じゃあ、俺が壊したのは迷宮核じゃなかったんですか?」
「いや、あそこにあったのは正真正銘、アルサラント地下迷宮の迷宮核だよ。ただ、すでにこの地下迷宮は別の迷宮核で動いているからね。本物が壊れようが閉じることはないのさ」
俺たちが迷宮核を壊したことが原因で、学園と迷宮とのつながりがなくなるというのは杞憂だったということだ。
それなら、俺たちが学園側に負い目を感じなくてもいい。
学園は迷宮を研究しつくしているのだろう。
「それならやっぱり、最初の依頼は嘘だったんですね?」
学園長の最初の依頼は、迷宮核を見つけて報告することだった。
その時、学園長は見つけられていないという話もしていた。
ところが、迷宮主の部屋は学園長室の真下の地下に隠してあり、そのことを学園長が知らないわけがない。
「順番に説明しようか。私が恐れていたのは、この学園で君が死ぬことさ」
「はい? 何を言ってるんですか?」
学園長は紅茶を飲みながらゆったりと話すが、俺の頭は追いつかない。
「私が何もしなければ、リオネルじゃなく君が死んでいたということだよ。どの未来においてもね」
「……まるで未来を知っているかのような口ぶりですね。それに俺を救うために動いていたみたいな。一体、何をしたんですか?」
「私が何をしたのか、心当たりがあるんじゃないか? 振り返ってみなさい」
挑発するような話しぶりに、俺はもともと問い詰めようと思ってきたことを整理して話す。
「生徒の親に俺が英雄の孫であること話をして、学園から孤立させたのはあなたの仕業だと思っています。そして、迷宮について調べ回る俺に監視をつけていたことも学園の最高責任者のあなたしかできないし、違ってもそんな行為をあなたが気づかないわけがない。もちろん、俺にそれを証明する術はないです」
ここまでは俺自身に実害があったことだ。
全て推測だけで話すしかできないが、それこそが目の前の男の底知れなさを示す証拠になる。
「気になるのは、迷宮に誘導するように動いていたことと学園の地下迷宮に関する本が蔵書館から数冊なくなっていたことですけど、あなたのせいなのかは分かりません。あとは全部、俺の意志で行動してきました」
学園長の取った怪しい行動はこれくらいのはずだ。
全部操られていたなんてことはない。
「ウンウン。それらが真実か否かは答えるつもりがないよ。ただ、もし私が何もしなかった場合、君は私の目をかいくぐり、一人で地下の部屋にたどり着いて死んでいた」
「そんな話、信じられるわけない。俺があなたの目をかいくぐれるわけがないし、実際、俺が忍び込んだ時も簡単に捕まってます」
「君は私のことを超人か何かだと思っているのカナ? 私のテリトリー以外では、透明化されていれば気づかないさ。君がゼラと忍びこもうとしているという知らせがなければ、警戒も出来なかったよ。おそらくシルヴァのローブだろうが、子供に厄介なものを持たせたものだ」
今の話で確信したが、俺に見張りをつけていたのは当たっていたようだ。
報告されたのは、ゼラが塔を上れるか試した時だろう。
見つかるのが前提の作戦だったとはいえ、あまりに早く見つかったものだから、英雄は化け物だと思っていた。
それでもやり方次第では、欺くことも出来るというわけか。
「そんなに俺を死なせたくないなら、そもそも迷宮について話さなければ、近づくこともなかったと思うんですけど」
「……近づいて欲しくないさ。でも、何をしたところで、君は迷宮主に殺されていた。君たちに話したのは、君が一人で迷宮に行かないように、そしてその時期をこちらで管理するためだったんだ」
「じゃあ、リオネルがああなったのも、あなたの想定通りなんですか?」
「そうなる可能性はあったが、君が死ぬのを防ぐためだったんだ」
「……」
俺は学園長に対して言うべき言葉が見つからなかった。
いくら俺が思惑通りに動いていたのだとしても、リオネルが死にそうなのは俺の責任だ。
学園長に言いたいことはあるが、責めることはできない。
「もうあなたの考えはどうでもいいです。リオネルは治せるんですか?」
何より、今大事なのはリオネルを治すことだけだ。
「ああ。もちろん治せるが、そのためには君にも協力してもらう必要がある」
「本当ですか!? 何だってやります」
俺は思わず立ち上がっていた。
治療できないと思っていた矢先、それが可能だという話を聞けたのだ。
できることはなんだってやろう。
「先ほどナディア君に話してもらった通り、リオネル君が目を覚まさないのは精神体が原因なんだ。そして、その領域を扱える者は私の知る限り少数。簡単に会えればいいが、気難しい連中でね。行方が分からないから、コンタクトを取るのに苦労しているんだ」
「じゃあ、俺がその人を探して来れば良いんですか?」
「いや、そうじゃない。先日、君と面会したいという人物が連絡をくれてね。その方は私以上に顔が広いんだ。その方にお願いすれば、医者を紹介してもらえるかもしれない。彼女なら間違いなく、私よりもその領域に精通しているはずだ」
学園長なりにリオネルの治療を行える人を探してくれていたようだ。
俺がここに呼ばれた理由も分かった。
「分かりました。俺が面会する時に紹介してもらえるよう頼みます。でも、俺に面会したいって誰なんですか?」
正直、魔法区の最高権力者よりも広い交友関係を持つ人物なんて想像できない。
俺に対して面会したいというのも意味が分からない。
「立場上、私から詳しく話すことはできないが……裏社会の“女神”と呼ばれるお方だ。私が未来を知っているかのように動いているのだとすれば、彼女こそ真の先見者なのだろうね」
俺では計り知れないほどの人物である学園長でさえ、少し冷や汗をかきながらその人について話す。
もちろん、俺は裏社会の女神なんて聞いたこともないし、面会を希望される心当たりもない。
「面会は三日後の夜だ。私が直接連れて行くから準備しておきなさい」
「……はい!」
すでに面会の日程も確定しており、俺に拒否する権利はなかった。
学園長でも面会を断れないほどの人物であり、その事実に少し気圧されるが、リオネルのことを思い出して気合を入れる。
「私からは以上だが、何か聞きたいことはあるかい?」
学園長は本当にこのことだけを伝えたかったのだろう。
だが、未だに詳しいことはほとんど聞けていない。
聞きたいことがたくさんある中、ふと頭の中にあるものがよぎった。
「あの引き出しにあった黒い手帳は誰のものなんですか? 表紙にF・Nって書いてあったんですけど、蔵書館に置いてあったネヴァン・F・スノウと筆跡が似ていて……。何か関係あるんでしょうか?」
学園長が悪意を持っていないことが分かり、迷宮についても攻略し終えた今、不思議と引っかかるのがあの手帳の存在だ。
リュゼル曰く、あの手帳を書いた人物は不朽の肉体に関する研究を行っていたようだが、何故そんなものを学園長が隠し持っていたのかも気になる。
俺の質問に対し、学園長は考え込んだ後、ため息交じりに話し始める。
「……彼について話すことが君にどういう影響をもたらすのか、私には分からない。だが、きっと話しておくべきなんだろうね。蔵書館で本を読んだということは、ゴルディオ・メザールについても知っているかい?」
ずいぶんもったいぶりながら話すが、話してくれるようだ。
「はい。ネヴァンに匹敵するほど、ゴルディオの研究資料も揃っていました」
「なるほど。ゴルディオはメザール家の初代当主だ。記録によれば、商家生まれの彼は憑りつかれたように迷宮に潜り続け、その研究と成果により叙爵された商人の息子なんだ。魔法区は地下迷宮の管理を任された彼の子孫、すなわち私の先代たちが代々任された知の結晶でもある」
「そんな歴史があるんですね。その割には、学園長がその座に就いたのは最近みたいですけど」
「すでに魔法区はメザール家の手から離れているからね。一つの家が持っていて良い技術ではないのだよ。私もそろそろ腰を落ち着けようと思っていたところで声がかかったんだ」
魔法区では、魔導兵やゴーレムが人の思い通りに動いていたり、魔道具の設備が整えられていたり、魔法を用いた技術はこの国で最先端と言っても良いだろう。
それを一つの貴族家が管理するというのは、国からしたら問題なのかもしれない。
「私の話はこのくらいにして、ネヴァンはゴルディオより一世代後に生まれた迷宮の研究家だ。本名はネヴァン・フランカー。彼はこの学園の元となったゴルディオ研究所に入所して、ゴルディオの弟子になった」
「え? ネヴァンとゴルディオは師弟関係だったんですか?」
「知らないのも無理はないさ。結局、意見の食い違いからネヴァンは数年でゴルディオの元を離れているからね。私もたまたま実家に残っていた資料を見て知ったことだ」
「確かに、二人の主張は違うものでした。二人の資料がたくさんあったのは、この国の貴族だったからなんですね」
ゴルディオは“新たな世界が迷宮だ”と主張し、ネヴァンは“六世界の成れの果てが迷宮”だと主張している。
この意見の食い違いから、二人が離れたのだとしたら納得できる。
「その通り。ネヴァンの生まれたフランカー家もまた、メザール家と同様に優れた研究成果を上げていた。ナディア君の祖先もまたゴルディオ研究所に所属していた研究者で、メザール家、フランカー家、ベンカー家はこの国の『知の御三家』と呼ばれているのだよ」
「はあ」
ネヴァンがこの国の研究者で、ゴルディオと面識があったのは意外だった。
「それで手帳を書いたのはネヴァンなんですか?」
「いや、あの手帳はその子孫、ノウス・フランカーというこの学園の元教師が書いたものさ。私の友でもある」
「元ってことは、ノウスさんはもう学園にいないんですか?」
「ああ。彼は許されない研究を行っていたんだ」
許されない研究というのは、精神体の研究のように国から目をつけられるような危ないものということだろう。
「……先ほど君は蔵書館の本がなくなっていたと話していたが、おそらくそれは彼の仕業だろうね。代わりに置いてあったのが、あの黒い手帳なんだ。中身は読んだかい?」
「いえ、読み始めてすぐに燃やされました」
「ファッファッファッ! その方が良い。捨てられなかった私が言うことでもないがね」
そう笑いながら話す学園長は、どこか寂しそうだった。