133話 リオネルの状態
リファ教官に連れられてやってきたのは、あの塔ではなく、教官や職員が集まる施設の応接室だった。
ここに来たのは、ワークギルド設立の時に書類を提出した時くらいだ。
少し後ろめたい気持ちがあるからか、自然と視線は下向きになり、傍から見たらこれから説教される生徒に見えるのだろう。
すれ違う人は、一度リファ教官に挨拶をした後、俺を見て何かを察したような顔で去っていく。
事実、説教のために呼ばれた可能性の方が高いので、間違いではないのだが。
「失礼します。クラウ・ローゼンを連れてきました」
「あ! リファリファと問題児君がやってきた! 待ちくたびれたお~」
「ファッファッ、入りたまえ」
応接室の扉の奥から、聞きなれない子供の声と陽気なアルメスト学園長の声が聞えた。
少し驚いていると、リファ教官が入れと扉を開けながら無言で合図をする。
お辞儀をしながら中に入ると、大きめの白衣を着た小柄で幼い少女と学園長がソファで横並びに座り、アフタヌーンティーを楽しんでいた。
「無事に怪我は治ったようだね。クラウ、退院おめでとう」
「はぁ、ありがとうございます」
「さあさあ、遠慮せず掛けなさい」
「すみません、その前にその子は?」
学園長のくすんだ白い髪とは違い、きれいなブロンドで長髪の少女は、学園長の子供というわけではなさそうだ。
「ナディちゃんのこと子供って言った! 問題児君、嫌い!」
すると、子供は両手両足をバタバタしながら不満げに怒り出す。
だが、長すぎる袖を揺らしながら怒る様は、弟のリトが駄々をこねているような感じがして微笑ましく見える。
「ごめん。何か気に障ることを言ったかな?」
「フンッ、もう問題児君とはしゃべらないんだお」
腰を低くして話しかけるが、嫌われてしまったようだ。
「ファッファッ。容姿は彼女のコンプレックスなんだ。少しだけ周りより小さく見えるが、君の倍は生きている。ナディア君も多少の粗相を許すのが大人のレディの嗜みというものだヨ」
「そうだったんですね! すみませんでした」
「ムーーーー。……次は許さないんだお」
「はい。すみません」
避けようはなかったが、容姿で子供だと決めつけ、コンプレックスに触れてしまったのは良くない。
無神経だったと謝罪することで、なんとか許しをもらえた。
それにしても、ナディアという名前に聞き覚えがある。
確か、クラリス先輩とゾーイ先輩が性格の悪い天才といっていた魔道具開発者ではなかっただろうか。
その天才開発者が、この子供のような見た目の人物だったとは驚きだ。
「まずは彼女の紹介からしようか。彼女はナディア・ベンカー。学園の教官の一人で魔物学、医学、魔法学、様々な分野に精通しているが、ここでは主に魔道具の研究開発を担当してもらっているよ」
「ナディちゃんはナディちゃんだよ」
「おい、ナディア。自己紹介くらい自分できちんとしろ」
「ナディア・ベンカーだお」
「初めまして、クラウ・ローゼンです」
扉を閉め、見張りのように立っているリファ教官が叱ると、ナディアさんは少しだけ姿勢を正して自己紹介した。
やはり、先輩たちが話していたのはこの人だ。
「私が彼女をこの場に呼んだわけだが、君が一番知りたがっているリオネル君の状態について詳しく説明してもらうためさ」
「なんでそれを!? ぜひ、リオネルの治療法を教えてください」
学園長は、俺がこの場で一番聞きたかった話題を真っ先に持ち出してきた。
それだけ聞ければ俺はどんな処分を下されてもいい。
「彼女はあの病院の責任者だからね。落ち着いてゆっくり話そう。クラウ、掛けなさい」
学園長に宥められ、俺は向かい側のソファに腰を下ろす。
「では、ナディア君。任せるよ」
「仕方ないんだお。……問題児君、はっきり言うけど、リオネル君はいつ死んでもおかしくないんだ」
「は?」
ナディアさんの雰囲気が一変したと思ったら、その口から出たのは衝撃の言葉だった。
「冗談ですよね? だって、リオネルの心臓は動いていたし、怪我も少しずつ治ってるって。後は目を覚まさせるだけですよね? 確かに痩せているように感じましたけど、いつ死ぬか分からないなんてそんなこと……」
「クラウ、冷静になろうではないか」
「……はい。すみません」
その言葉を飲み込めず、自分に聞かせるように言い訳を並べるが、それは事実を受け入れたくない無駄な抵抗だ。
ナディアさんは医学にも詳しいという話だし、冗談を言ってるわけではないことは分かる。
学園長に諭され、少し落ち着くのを待ってもらった。
「お願いします。それで、どうしてそんな状態なんですか?」
「問題児君の言う通り、体の方は全身火傷があるけど重傷ってほどでもない。問題児君の方が酷かったくらい。問題なのは肉体じゃなくて、精神体の方なの」
「精神体ってなんですか?」
「魂や霊体なんて呼び方もあるけど、ナディちゃんはそう呼んでるの。体を魔動機に例えるなら、操縦しているのが精神体ってところかな。どうやってそうなったのかは分からないけど、今のリオネル君の精神体はボロボロに砕けてて、操縦者がいない状態なんだ」
肉体の方は問題ないというのは、主治医から聞いていた話だ。
それにも関わらず、リオネルが目を覚まさないのは、もっと体の根幹の部分が壊されていたからということらしい。
普通なら嘘だと一蹴するような話だが、俺はリュゼルの例を知っているし、他の魂を宿したこともあるから疑うことはない。
「精神体は少しの損傷なら修復することもあるけど、あれだけ壊されていたら元には戻らず、崩れる一方なの。そしたら、もう起きることはないし、いつまで彼の精神体が持つかもナディちゃんには分からないの」
「でも、リオネルを治す方法はあるんですよね?」
「ナディちゃんは医学も精神体についても研究してるけど、精神体に触れる手段はまだ見つかってないんだ」
「そんな研究が見つかれば、国を挙げて首を刎ねようとするだろうな。研究するにはあまりに危険すぎる内容だ。精神体が見える魔道具だって、軍の上位しか知らない重要機密になる。開発者であるナディアのように、生きられても軍の監視下でしか行動を許されないだろう。ここでの話は外に流すなよ」
「はい……」
ナディアさんの話にリファ教官はなぜ研究されていないのか付け足す。
その内容は納得するもので、その研究が世の中に流れれば、混乱することは間違いないだろう。
それでも俺は諦めるわけにはいかない。
「リオネルがあんなになったのは俺のせいなんです。あの時、迷宮主から逃げる選択をしていれば、いや、そもそも学園長に迷宮主のことを全て任せていれば……。あいつはこんなところで死んでい奴ではないんです! 少しでも治療法を知っていそうな人を紹介してもらえませんか!? 迷宮核を壊した処罰はいくらでも受けます」
「迷宮核? 話が見えないんだお?」
「ンンっ! ナディア君とリファ君、ご苦労様。ここからは私の個人的な話をさせてもらおうかね」
俺が頭を下げると、学園長はわざとらしく咳払いをする。
どうやら、二人に部屋から退出してほしいようだ。
「承知しました。失礼します」
「えー、ナディちゃんも聞きたい!」
「ダメだ。ほら、行くぞ」
ナディアさんはじたばたと抵抗するが、リファ教官に引きずられるようにして連れて行かれる。
「そうだ! 問題児君が興味あるなら今度ナディちゃんの魔導具工房においでよ。場所はクララに聞いてね!」
そう言い残し、ナディアさんは部屋から消えていった。
クララとはクラリス先輩のことだろうか。
魔道具関連で俺の知り合いはテマドの二人しかいないので、間違いないだろう。
天才と呼ばれる彼女の工房は凄く気になるが、今はそれどころではない。
「きちんとロックしておかないとね」
学園長はその場で指を鳴らす。
すると、外からの音が聞えなくなり、部屋の中が一瞬静かになった。
「学園長、それで俺に話があるっていうのは?」
「いや、ここからは個人の話としよう。始めに言わせてもらうが、リオネル君のことで君が責任を感じる必要はない。君の性格からして難しいかもしれないが、責任は私にあるんだ。すまなかったね」
アルメスト学園長はなぜか俺に謝罪をする。
だが、俺自身は謝られる意味が分からずに、困惑するのみだった。
「どういう意味ですか? 依頼では迷宮核を見つけたら報告するって話だったのに、勝手に迷宮主と戦ったのは俺の判断ですし、学園長からあの手帳を盗んだのも俺です。謝るべきなのは俺の方です」
「話しても信じてもらえないだろうが、それは全て私の狙い通りなんだ」
「ね、狙い通り?」
その言葉に背筋が凍るような感覚がした。
誤字報告ありがとうございます。
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