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132話 戦いの跡

 目が覚めたのは、迷宮を攻略してから三日後のことだった。

 気付くとベッドに寝かされており、体には管が数本つながっていた。

 口には呼吸器が着けられており、声を発することが出来ない。

 すぐに何があったのかを思い出し、起き上がろうと力を入れる。


「うっ」


体が焼かれるように熱く、動こうとするだけで激痛が走る。


「ん? ……気が付いた?」


 ラフィが椅子に座って寝ており、俺のうめき声で起きてしまったようだ。


「こ、こ……」

「ここは病院。学園の医療室じゃ治療できないから、魔法区一の病院に連れてこられたんだ」

「り、お」

「無理に喋らないで。リオネルも同じ病院にいる。目は覚ましてないけど、命に別状はないって」


 その言葉を聞いて、一安心する。

 色々やらなければいけないことはあるが、それよりもリオネルの安否だけが心残りだった。


 目を覚ましたことをラフィが主治医に伝えに行っている間、戦いのことを思い返す。

 リュゼルとの戦いは本当に誰が死んでもおかしくないものだった。

 ロイクとイーシャの協力、リオネルの身を挺した守護、炎霊晶、何かが欠けていれば、倒しきることは出来なかったはずだ。


 そして、なんといっても大きいのが、死体にも意思があったことだろう。

 地王の魂を宿してから気づいたが、死体には確かに意思があった。

 ロイクにやり返した時や俺のような戦いに疎い者では気づかない繊細な殺気、魔剣を使用した技もどこか見せつけているようであった。

 部屋に入ってから、全てにおいて俺たちを“試していた”わけだ。


 その答えも今となっては分からないが、俺と話したあいつ本人の意思が残っていたのかもしれない。

 次代へ魔剣を継ぐために理から外れた迷宮主となった英雄は、譲るのではなくきちんとした形での継承を求めていたのだ。

 俺が幻の中で話したあいつは、ただの幻だったのか、それとも本人の願いだったのか。

 間違いなく言えるのは、あいつは俺との約束をきちんと守った。

 価値観は最後まで相容れなかったが、憎むことは出来そうにない。


 ぼんやりとした頭でそんな風に結論付けたところで、白衣を着た大人とレオノーラを連れてラフィがやってきた。



*****



 主治医の話では、俺は全身の筋肉が裂けており、重度の筋肉痛で動けなくなっているらしい。

 さらに、内臓や目にも大きな損傷があり、再生魔法で徐々に治療していけば後遺症も残らず、十日程度で完治するようだ。

 しばらくの間、食事は管を通してというのは最悪だが、数日の我慢なら問題ない。


 それよりも問題があると、主治医は深刻な顔で語った。


「落ち着いてください! まだ動いてはいけません」

「っ、う、だ! うそ……っだ!」

「落ち着け!」

吸精(ドレイン)

「あぁ」


 管を外して無理やり起き上がろうとする俺を、ラフィが押さえつけ、レオノーラが魔法で力を奪う。

 残り僅かな力を奪われれば動くことも出来ず、俺は天井を見上げることしかできない。


「う、そ」

「我々もできうる限りの手を尽くしています。しかし、彼の状態は単なる外傷によるものではないようで、我々でも初めて見る症例です。残念ながら、現時点の医療技術では、手の届ないと言わざるを得ません」


 医師は苦しげに言葉を区切った。


「ご友人だからといって、今の君に伝えるべきではなかったのかもしれません。ですが……隠しておくこともできませんでした。

まずは、君自身の傷を癒すことを最優先してください。焦りは君自身を削るだけです」


主治医の話によれば、リオネルの外傷そのものはすでに治療を終えている。

 しかし、本人の意識は戻らず、脈と鼓動はあるものの、体の機能は完全に停止しており、まるで死人のような状態だという。


 原因として思い当たるのは、あのリュゼルが放った黒い炎だが、それが分かったところで、どうこうできるわけでもない。


「……れ、お」


 俺は、ベッド脇に立つリオネルの妹・レオノーラに視線を向けた。


「私は、心配していませんわ」


 彼女はきっぱりと言い切った。


「お兄様なら、きっとすぐに治して起きてきますもの。クラウが思っているより、ずっと頑丈なんですのよ?

クラウも、まずは自分の怪我をきちんと治すことを優先なさって。でないと、お兄様が目を覚ましたとき、『守れなかった』って、きっと後悔することになりますわ」


 その言葉は優しく、けれども鋭く、胸の奥に突き刺さった。


 一番つらいのは、彼女のはずだ。

 信じて兄を送り出し、ようやく戻ってきたと思えば、意識が戻らないと告げられたのだから。


 ぼやけた視界の中でも、彼女の目の下にはくっきりとクマが見える。まともに眠れていないのは明らかだった。

 それでも気丈に振る舞い、周囲に心配をかけまいとする姿に、胸の奥に罪悪感と、どうしようもない責任感が湧き上がる。


「りお……だいじょ、ぶ。……まかせろ」


 リオネルの治療法は、きっと見つけ出す。

 そのためにも、まず自分が動けるようにならなければならない。


 俺は療養に専念することを決めた。



*****



「検査の結果、全て良好です。辛かったと思いますが、良く頑張りました」

「先生、ありがとうござました」


 魔法区の病院は、魔道具の設備が充実しており、最先端の治療を受けることが可能である。

 臓器の損傷や四肢の欠陥も再生できるようで、俺は毎日体力の限界まで治療してもらった。

 治療はとにかくつらく、体を元のように動かすためのリハビリも大変だったが、その甲斐あって七日で完治した。


 試験的な意味で創設されたこの病院は、今は負傷した魔法使いのための医療施設だが、今後ここで生まれた技術や知識が医療を支えていくことになるだろう。


「ラフィもありがとな。さっ、行こうか」

「うん」


 リハビリや治療に付き添ってくれた友人に感謝し、俺たちは一つの病室へ向かう。

 その病室は他の病室とは隔離されており、寂しげな雰囲気を漂わせている。


「ふぅー」


 俺はその扉の前に立ち、深く深呼吸をする。

 重厚な扉は軽く力を入れれば開くものの、これから向き合う現実を思うと重みを増した。

 取っ手を横に引っ張るとガラガラと扉は音を立てて横にスライドした。


「お兄様、クラウとラフィが来ましたわ」


 退院と同時にやって来たのは、リオネルの病室だ。

 主治医に退院するまで行かないことを約束されたのだ。

 看病していたレオノーラは少し疲れた顔をしながらも、笑顔で迎える。


「……調子はどうだ?」

「相変わらずですわ。でも、火傷も徐々に治ってますの。いつ起きても……起きてもおかしくないのに……」


 レオノーラは最初こそいつも通りだったが、話しているうちに耐え切れなくなったのか、目から涙がこぼれた。

 一度流れると涙は止まらず、それを見たラフィが寄っていく。


「外行くぞ。少し気分転換だ」


 ラフィは泣いているレオノーラをエスコートし、病室の外へ出て行った。


 俺は病室に一人残り、ベッドに近づく。

 リオネルは包帯で全身を巻かれ、管につながれた状態で瞼を閉じている。

 再生魔法はまだかけられていない様で、顔には火傷の跡が残ったままだ。

 管からしか栄養を補給できないこともあり、前よりも痩せて見える。

 寝ているというには穏やかではなく、まるで死んでいるかのように見えるのはこの部屋の雰囲気が悪いせいだろう。


「リオネル、必ず起こしてやるからな。また一緒に飯を食おう。それまで死ぬなよ」


 怪我自体が命に関わらなくても、このまま目を覚まさなければ、体は弱っていくだけだ。

 俺はリオネルに約束し、退院した。



*****



「クラウ・ローゼン、答えろ」

「はい!」


 俺はリファ教官と一対一で講義を行っている。

 退院してからの学園での生活は、遅れた分を取り戻すことから始まった。

 成績が退学に直結するため、学習は全て自己責任なのだ。

 それにも関わらず、リファ教官は毎日一時間、補講の時間をつくってくれた。

 ラフィとレオノーラは学園に通っていたので、受けているのは俺だけだ。


『筆記試験で落ちそうな者は、毎年集めて補講を開いている。だから、特別なことではない。担当のクラスから落第者が出るなど、教育者として恥ずべきことだ』


 リファ教官はそう言うが、大人数の生徒がいる中で、一人ひとりに真摯に向き合うというのは非常に大変なことだ。

 教官に感謝しながら、俺は学習に取り組む。

 ラフィとレオノーラにも教えてもらいながら、遅れはなんとか取り戻せそうである。

 

 さて、学園に戻ってから気になることがいくつかある。

 迷宮を攻略したことで、学園に損失を与えたと思っていたが、何事もなかったかのように学園側は俺たちを迎え入れてくれた。

 同じクラスの生徒たちは、俺が病気にかかって休んでいたのだと勘違いしている。

 祭壇での戦いは大規模であったはずなのに、地上に居た誰もそれを知らないのだ。


 レオノーラによると、エリオットたちを鎮圧した後、学園長が現れ、手合わせをしてくれたらしい。

 それを見て集まった学生たちも火が付き、学園長がつくった簡易闘技場で大規模な模擬戦が開かれたとのことだ。

 それで塔の外ではお祭り騒ぎになっていたわけだが、学園の生徒は血気盛んすぎるし、学園長の行動の意味が分からない。


「もう教えることはなさそうだな。今日で補講は終わりにする。とはいえ、周りに追いついただけだ。通常の講義も気を抜かないように」

「はい! ありがとうございました」


 時間になり、教科書を閉じながらそう告げるリファ教官に俺はお辞儀をする。

 いつもはそのまま去っていく教官だが、今日は教壇に立ったまま、俺をじっと見据えていた。


「さて、クラウ・ローゼン。学園長がお呼びだ。用件は分かっているな?」

「はい」


 答え合わせの時がやってきたようだ。

 俺はリファ教官の案内に従いながら、頭の中で話すことを整理するのだった。


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