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131話 終焔

「り、お……」


 声が出ずとも、俺はリオネルの無事を確認するが、黒い煙で良く見えない。


「ぺっ。はぁーーーふぅーーー」


 一度落ち着くために、血を含んだ唾を吐きだし、呼吸を整える。

 体にかけた負荷により、体の節々、内臓、骨、あらゆるところがもう限界だと悲鳴をあげているが、戦いの興奮で痛みは思ったよりも感じない。

 一度でも気を抜けば、俺に移した地王の魂とやらは体から出て行く気がする。

 だが、リオネルの無事を確認するまでは、なんとしてでもこの状態を続けなければならない。


 しばらく待つと煙は晴れ、中の様子が見えてきた。


「リオ……おい、嘘だろ」


 リオネルが創った結界の中の床は溶けて削れ、巨大な穴が出来ていた。 

 その巨大な穴を埋め尽くすように黒い炎が燃え続けている。

 穴の中心には黒炎に身を焼かれているリオネルが倒れており、それに向かって剣を振りかぶるリュゼルが見えた。

 技の反動か、リュゼルの動きはぎこちなく、まさに風前の灯といった状態だ。


「氷弾、氷弾、氷弾」


 俺は気付けば、特大の氷弾をリュゼルに向けて撃ちまくっていた。

 リュゼルはピクリと反応するが、黒炎に氷を溶かされ、動きを止めることはできない。


見事(みごと)

「やめろ!!」


 現実はあまりに残酷で、リュゼルは躊躇なくリオネルにとどめを刺そうと剣を下ろす。


(絶対にリオネルは殺させない。こんなところで死んでいい奴じゃないんだ)


 すでにぼやけかけている頭を回転させ、どうにかリュゼルを止める方法を考える。

 そして、逃げる時のために備えていたことを思い出した。


「リュゼル! 聞こえてるなら体を止めろ!」

「ッ!?」


 俺が合図を出した瞬間、リュゼルの体から幻術で見たあいつの輝きが溢れ、自分の体を拘束し、剣はリオネルまであと頭一つ分といったところで止まった。


「届け!」


 俺は手甲を伸ばし、黒炎に包まれたリオネルの体を慎重に引き寄せる。

 直感が告げる。あの炎には触れてはいけない。


「触るのはまずい。消せるか……?」


 試しに神火で黒炎を覆ってみると、幸いにも黒炎を打ち消すことができた。


「リオネル! 大丈夫か?」

「……」


 リオネルの纏っていた地王のオーラはなくなっており、いくら呼びかけても反応しない。

 完全に意識を失っており、特に前側の方の火傷が酷い。

 早く学園の医療室へ運ばなければ命に関わる可能性もあるくらい重症だ。


(俺のせいだ)


 リオネルは自分の役割を十分に果たした。

 あの黒炎がどれくらいの威力なのか分からないが、リオネルが抑え込まなければどうなっていたか分からない。

 逃げずに戦う選択をし、リオネルをこの戦いに巻き込んだのは俺だ。


「……いや、リュゼルを倒さないと。そして、早くリオネルを医療室へ連れて行く」


 自分への怒り、後悔、反省、色々と考えなければいけないことが多いが、ひとまず目の前の(リュゼル)を倒すことが最優先だと自分に言い聞かせる。


 判断してすぐ、リオネルを祭壇の端へ移動させ、俺は自分の服を脱いで被せた。

 その上に氷を置き、火傷を負った患部を冷やす。


「何があった?」


 そうしていると、集中状態から戻ったラフィが話しかけてきた。

 限界以上の火力を出すには、外の情報を遮断する必要があるらしく、さきほどの爆発もリオネルのことも気づいていなかったようだ。

 そんな彼女の周囲は高熱で歪んで見える。


「俺たちを守るために一人であいつの技を受けきったんだ」


 全身であいつの技を抑え込んだのだろう。

 その証拠にリオネルの衣服は前側だけ焼き消えており、腕まで火傷を負っている。


「ケリをつけるぞ」

「ああ」


 リオネルを氷の壁で守りつつ、視線をリュゼルへ移す。

 すでに光の拘束は外れており、もう一度先ほどの技を放とうと溜めているようだ。


「あいつも俺たちも満身創痍だ。早く倒し切らないと、もう一回さっきみたいな技がきたら耐えられない」

「じゃあ、すぐに終わらせる」


 ラフィは剣に火を集中させる。

 蒼炎は火花を散らして燃え上がる。


「燃え尽きろッ!」

「俺も行く」


 彼女は吠えながら、黒炎など関係なしに穴の中へ飛び込んでいった。

 俺もその後を追うが、体が思うように動かず、全身を引きずるようにしてその後を追う。


黒焔牢(こくえんろう)


 リュゼルを中心に黒炎は形を変え、半球状の帳となる。


「重!?」


 ラフィの一撃はその帳を少し歪めるだけで、中のリュゼルまでは届かない。


「クソッ、がッ!」


 ラフィは何度も剣を振るうものの、帳が壊れることはない。


「まだ火力が足りないってのか!」

「火力なら俺も手を貸せる。諦めるな」


 自信の引き出せる限界を超えてもなお、立ちふさがる壁に絶望しかけているラフィに、俺はやっとのことで追いついた。


「この火を受け取れ!」

「火?」


 ラフィの剣を持つ手に触れ、そこにリュゼルからもらった火を全て注ぎ込む。

 まだ神火の使い方は分かっていないが、それよりも今生きることの方が重要だ。

 力を注ぎ込むと、蒼炎は白みを帯び始め、さらにその火力を上げた。

 全ての力を使い果たしたと同時に、焔鱗手甲も消えていった。


「これなら斬れるだろ?」

「やれる!」


 ラフィは目をつぶり、再び剣先に集中する。

 すると、蒼は白へと変わっていき、飛び散る火花はまるで華のように咲き乱れ始めた。


 サターシャから力の引き出し方を、リファ教官から力の使い方を学んだ彼女は、この土壇場でさらなる進化を遂げたのだ。


「これが(オーラ)の二段階。私の炎華気(えんかき)だ」


 その炎の近くにいるだけで、もうほとんどないはずの力が沸いてくる気がする。

 そんな不思議な白い炎は、黒い炎の帳を溶かすように剥がしていく。

 帳が剥がれた先では、リュゼルも力を溜め終えたのか、剣を構えていた。


(しま)い成。終焔転火(しゅうえんてんか)

「ああ、弔ってやる。白華一葬刃アルバ・モルティス・グラディウス

「お疲れ様」


 黒と白は狭い空間の中、静かにぶつかり合う。

 互いに拮抗しながらも、黒は徐々に白へ塗りつぶされていく。

 白が全てを埋め尽くし、視界が晴れた後に残っていたのは、地面に突き刺さった魔剣と壊れかけた鎧だけだった。


「終わった……のか?」

「みたい」


 俺のつぶやきにラフィは剣を鞘に戻しながら答える。


「うおっとっと」

「しっかりして」


 あまりに長かった戦いが終わり、俺は一瞬放心状態になる。

 すると、体から力と共に何かが抜け、世界が早くなったように感じた。

 感覚がおかしくなり、思わずふらついたところをラフィに支えられた。


「あれ? 体が重くて動かない」

「私に掴まって」


 地王の魂が出て行ったのだろう。

 俺はまた別人の体に乗り移ったように感じるが、これが本来の自分の感覚なのだ。

 仕方がないので、肩を貸してもらうことにする。


「これが迷宮核だな。ちょっとしゃがんでもらっていいか?」


 リュゼルの立っていた場所の近くに拳大の結晶が落ちていた。


「どうするの?」

「どうしようか。あっ」


 拾って持った瞬間、それはあっけなく崩れて割れてしまった。


「まあいいか。これで迷宮攻略だ」


 俺がおかしくなった原因が迷宮ではなく魔剣にあるなら、迷宮核は壊さなくても良いと思っていたが、壊れてしまったのなら仕方がない。

 あれだけリュゼルと共に燃えていたのだから当然と言えば当然か。


「おー! 終わったのか?」

「すごい衝撃だったけど、あんたたちは無事みたいね」


 戦いが終わったのを感じ取ったロイクとイーシャがやってきたようだ。

 ロイクはリオネルを抱え、イーシャはすぐに穴へ降りて駆け寄ってきた。


「なんとか、だな。リオネルを早く治療室へ連れて行きたい」

「ひどい火傷だ。クラウ、お前もだぞ」

「え?」


 ロイクに指摘されて自分の体を見てみると、体の隅々に切傷や雷に焼かれた跡が残っている。

 自覚すると痛みをより感じるようになってくるもので、体もより重く感じる。

 だが、もう少しやらなければいけないことが残っている。


「それが魔剣だな」

「約束通り、私たちが貰っていくわよ」

「ちょっと待ってくれないか」


 イーシャが魔剣に近づいたところで、俺はそれを止めた。


「何よ?」

「ちょっと魔剣に触れさせてもらえないか?」

「前にも話したけど、魔剣は危険なものなのよ。所有者以外が使えば大きな災いが起こる。気軽に触れるなんて馬鹿な真似はやめなさい」

「約束を破るつもりはないんだ。確かめたいことがある。それが終わったらすぐに渡すから。頼む! こいつの持ち主との約束なんだ」


 俺たちは、イーシャとロイクに魔剣を渡すことを条件に手を組んだ。

 それを破るつもりはないし、俺も魔剣なんて欲しくはない。

 だが、リュゼルとの約束もあるし、本当に俺がこの剣に選ばれたのかだけは確認しておきたい。


 二人からすれば不信感を抱く行動なのは承知で、俺は真摯に懇願する。


「こいつが変なことしたら私が止めるから、私からもお願い」


 なぜかラフィまで二人に頭を下げる。

 しばらく沈黙が続いた後、イーシャが大きなため息とともに口を開いた。


「はぁぁぁぁぁ。分かったわ。あんたたちの方が活躍してたし、私はほとんど見てるだけだったしね」

「触るだけなら大したことは起こらないだろ。試したいことが何かは気になるが、早くしてくれ」

「ありがとう」


 俺はラフィの肩を借りたまま魔剣に近づき、その柄を握る。

 魔剣の柄は赤黒い色で、ずっしりと重く、不思議と手に馴染む感じがした。


(なにも起こらないな。やっぱり俺に剣は合わなそうだ。重いし扱いづらいし)


 そう思った瞬間、魔剣は俺の手を通じて魔素を吸い始めた。

 魔素の消費に比例して、魔剣はどんどん縮んでいく。

 その様子は、まるで剣が生きているかのようだった。


『は?』


 みんなの声が重なった時には、長剣だった魔剣は獣を解体するナイフほどの大きさまで縮んでいた。


「ど、どういうこと?」

「前の所有者が言うには、こいつが俺をここに呼んだらしい。前の所有者を倒した今、俺が所有者として認められたみたいだ」


 困惑した様子のイーシャにリュゼルから聞いていたことを話す。

 話している俺自身も、未だに俺が所有者なのか疑っているところだ。


「クラウ、その剣の名前は分かるか?」

「剣の名前?」

「魔剣に聞いてみろ。所有者なら分かるはずだ」


 ロイクは魔剣に聞けというが、どういう意味か分からない。

 だが、真剣な様子で言うので、冗談で言っているわけではないのだろう。

 言葉通り、魔剣に名前を尋ねてみる。


(名前はなんですか?)


 若干疑いつつも心の中で尋ねてみると、頭に“それ”が浮かんできた。


「……転火魔剣(トモシビ)

「そうか。一度、地上に戻ろう。話は後だ」

「そうね。暑くてたまらないわ」

「この鎧は二人に譲るよ。壊れてるかもしれないし、俺たちじゃ使えないからさ。できれば、直してもらいたいけど」


 魔剣のことは置いといて、リュゼルの鎧は譲ることにする。


「なら、ありがたく貰ってくぞ。直せるか分からないが、鉱人(ドワーフ)で管理しよう。イーシャ、持ってくれ」

「はいはい」


 鉱人(ドワーフ)にまた修復してもらえると、長年の役目を終えた鎧もリュゼルも少しは報われるだろう。


「ラフィ、もう少しゆっくり歩いて」

「めんどくさい。ほら」

「いや、これは……」

「文句言うな」


 動けない俺はラフィにお姫様抱っこされながら地上へ戻ることになった。



 *****



「こんなのあったかしら?」


 祭壇の部屋を出て、降りて来たエレベーターの穴の場所まで戻ると、前にはなかったはずの梯子がかけられていた。


「ちょうどいい。ありがたく使わせてもらおう。リオネルに負担をかけたくないし」


 リオネルを背負ったロイクが先頭を上り、イーシャがその後に続く。


「自分で登れるぞ」

「気を付けて」


 俺も少しは力を取り戻して、自力で梯子を上っていく。

 穴は思ったよりも深かったようで、暗闇の中、重い足を一歩ずつ上げていく。

 力を振り絞って塔の出口にたどり着いた時には、疲れで意識が朦朧としていた。


「扉が開かねえ」

「それにしても騒がしいわね」


 扉は外で何かが塞いでいるようで、中からは開けられない。

 扉越しに歓声が聞こえ、何かの祭りでも開かれているかのようだ。

 どうするか考える間もなく、扉は誰かの手によって開かれることになった。


「ウンウン、お疲れ様。ゆっくり休むとイイ」

「皆さん、無事ですの!?」


 扉を開いたのは、学園長と慌てた様子のレオノーラだった。

 外では、生徒同士で戦っているのが見える。


「ああ……」


 『ああ、もう大丈夫だ』――そう思った次の瞬間、意識は静かに闇に溶けた。


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