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130話 獄炎の中で

「さっきはよくもやってくれたな! お前はぶった斬る!」


 ラフィはクラウ達より一足先に、過熱状態(オーバーヒート)によって全身を発火させたリュゼルへ突撃する。


 ラフィの魔法は、時間が経てば経つほど引き出せる火力も増していく。

 その火力は街一つを焼き尽くすほどに達するが、本人にそのすべてを制御する術はまだない。

 生まれつき魔臓と神器を併せ持ち、巫女(みこ)としてその身に焔神の霊力が宿った際には、魔物に襲われる不運な状況も重なり、その膨大な力を制御できず暴走した。

 それ以来、無意識のうちに体の安全機能が制限をかけたため、引き出せる火力が制限されてしまっていた。


 そのことに気づいてからというもの、いつでもその火力を最大まで引き出せるようにサターシャの管理下で訓練を行ってきた。

 その訓練は学園に来てからも毎日続けており、今では力に意識を飲まれない、自身の制御できる火力の5割ほどの蒼炎までは、即座に引き出せるようになっていた。


 幻術が解けてから再び火力を引き上げ、ロイクとイーシャが戦いで十分な時間を稼いだ今、ラフィの火力は制御できる最大近くまで達している。


焦嵐咆虎(しょうらんほうこ)


 ラフィを迎え撃つリュゼルは、周囲の炎を魔剣によって新たな現象へ変換する。

 リュゼルの炎は虎の姿へ変わり、その口から人を一瞬で焦がすほどの灼熱の嵐がラフィへ向けて放たれた。


「その程度! 蒼焔貫閃アズール・ピアス!!」


 ラフィは剣先へ蒼炎を集中させると、灼熱の嵐の中へ臆することなく突き進む。

 巨大な朱の光の中へ、一点の蒼き光が飲み込まれた瞬間、朱の光は蒼き光に断ち切られた。

 蒼き光は勢いを止めることなく、そのまま炎虎を(つらぬ)かんとする。


(ぬる)

「ふんっ!」


 死体のはずのリュゼルの口元は、ラフィの一撃を迎える瞬間、わずかに歪む。 

 ラフィの勢いを乗せた鋭く重い一閃は鎧に阻まれ、止まったところをリュゼルは反撃した。

 リュゼルの体を蹴り、ラフィは間一髪のところでそれを避ける。


「ふっ! はあっ!」

「……」


 続けざまにリュゼルへ連撃を仕掛けるが、魔剣により全て跳ね返されてしまう。

 その立ち合いで違和感を覚え、ラフィは一度距離をとった。


「チッ、本当に吸われるな」


 その違和感の正体は、リュゼルの変化を見てすぐに分かった。


 古の鉱人(ドワーフ)によって作られた鎧は接触せずとも、剣戟を交わすほどの間合いで霊力を吸い取る。

 ラフィの炎を吸ったリュゼルは、その身から蒼炎を発火し、その熱により龍人の耐火性に優れた鱗をも溶かしている。


 龍人以上の熱耐性を持つラフィでも、リュゼルの近くでは炎天下で直射日光を受けるくらいの暑さを感じており、額から汗が流れる。

 いつの間にか、二人のいる祭壇は火の海に囲まれていた。


「お前、そのまま自滅する気か?」

「……万雷転火(ばんらいてんか)


 クラウの作戦では、鎧が壊れなかった場合、鎧の性質を利用して、本人が燃え尽きるまで燃料となる攻撃を与え続けるというものだった。

 それでもラフィは、その身を犠牲にして戦うリュゼルに忠告する。


 意思を持たないリュゼルの肉体は何も答えず、魔剣を構えるのみ。

 火の海を電気へ変換し、集め、雷の鎧を全身に纏う。


「そうかよ」


 ラフィもそれに応じて剣を構える。

 先ほどよりも火力を抑え、剣が溶けないように火力を集中させて間合いを測る。

 二人の間には、熱を忘れるほどの静寂が広がった。


「ふんっ」

「……」


 先に動き出したのはラフィだ。

 (オーラ)を纏うことで、魔法による爆風を最大限生かして加速し、関節部を狙って一瞬で詰め寄る。


天雷(てんらい)

「っ!」


 リュゼルは相手が動くのを待っていたかのように雷を纏った剣を振りかぶる。

 その瞬間、ラフィは危険を感じ、咄嗟に避けようとするもののどこへ避けようにも死の警告音が鳴り響いて止まない。


墜刃(ついじん)


 考える間もなく、リュゼルは雷の剣は振り下ろした。

 それは落雷の如き一閃で、人が避けきれるようなものではない。


(あれ、この感覚って)


 ラフィには、剣を振り下ろされる時間がゆっくりと感じられた。

 そして、思い出した。この感覚は、(オーラ)を習得するためにサターシャに雪山へ連れて行かれ、死にかけた時の感覚であると。


「はあああああ!」


 ラフィの脳裏に死が呼び起された時、剣と自身の間に巨大な盾が現れた。

 その盾は、リュゼルの剣筋を地面へ反らす。

 落ちた雷は祭壇全体に広がるが、すでにラフィは祭壇から姿を消していた。


「ラフィ先輩、お待たせしました!」

「……ありがと。でも、一人でなんとかできたから」

「分かってます。自分も微力ながら援護させてください」


 盾をラフィと剣の間に飛ばし、ラフィを抱えて祭壇から離れたのは、不思議なオーラを纏ったリオネルだった。

 リオネルの手には、先ほど投げたはずの燃え盛る盾が握られている。


「うん。助かる」


 ラフィはその様子に驚きつつも、少し表情を和らげてリュゼルへと向き直った。



 *****



「落ち着いたみたいだな」

「ああ。少し馴染んできた」

「なんだか良いところ取りされたみたいだわ」


 俺は手のひらを握りしめながら、感覚を確かめる。

 離れた祭壇ではラフィとリオネルが協力してリュゼルと戦っている音が聞こえるが、状況はかなり厳しそうだ。

 攻撃を加えれば加えるほど、あいつはその力を増す。

 だが、とにかく攻撃を加え、あいつを燃やし続けることしか、俺たちに勝ち目はない。


「だはははは! もう今の俺たちじゃ熱で近づけないからな」

「ったく、笑い事じゃないわよ」


 そう言うロイクとイーシャは、汗をかきながらも超高温となった室内に残り、戦いの様子を見守っている。

 二人には、可能ならば鎧の破壊し、無理なら攻撃を浴びせて過熱状態(オーバーヒート)まで追い込むように伝えてあった。

 その役割を果たしたのだから、後は俺たちが仕留めるだけだ。


「悪いな。行ってくるよ」

「油断するなよ」

「気を付けてね」


 見送る二人を背に、俺はリュゼルの元へ向かった。


「ふっ!」

「はあ!」

「リオネル!」

「はい!」


 ラフィとリオネルは連携を取り、双方向からリュゼルに攻撃を浴びせる。

 その周囲には、リオネルの意思に従い、焔鱗の盾が宙を移動している。

 防御が薄いラフィが狙われれば、リオネルの操る焔鱗の盾がそれを防ぐ。逆にリオネルが狙われた時は、ラフィが即座に猛攻を加え、リュゼルの注意を逸らす。

 ラフィの攻撃は言わずもがな、地王のオーラを纏ったリオネルの拳による一撃は鎧を貫通し、すでにリュゼルの肋骨を何本か折っている。

 自らの炎とこれまでの戦闘による蓄積された損傷により、リュゼルの動きは目に見えて鈍り始めた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「もうちょっと踏ん張れ」

「はい!」


 ただし、リオネルの体力もほとんど限界に近い。

 すでに戦い始めてから一分半ほど経過しており、ロイクの見立てよりリオネルは地王のオーラを維持している。

 活力剤の効果もあるが、鍛錬を欠かさず、精神を鍛え続けてきたリオネルの底力がこの土壇場で彼を動かしているのだ。


斬雷(ざんらい)

「うっ、しまった」

「避けろっ!」


 疲れは集中力を乱す。

 そのわずかな隙をつき、リュゼルはリオネルへ迅雷の如き剣技を放った。


「第一録、六連礎打(ろくれんそだ)!」

「!?」

「クラウ殿、助かりました!」

「くら……クラウ?」


 ちょうどその瞬間、俺は祭壇へたどり着き、焔鱗手甲による六連撃でその攻撃を中断させることに成功した。

 焔鱗手甲は炎そのものであり、龍人の強靭な鱗を超える硬さを持つ武具でもある。

 俺とリュゼルは10歩ほど離れているものの、焔鱗手甲が伸びることによって、拳を届かせた。


「リオネル、良くやった! 一旦、下がって守りに集中! ラフィ、攻撃の手を緩めるなよ!」

「はぁ、はぁ、はい」

「う、うん」


 二人は戸惑ったような反応をしながら、俺の言葉に従う。

 だが、今はそんなことよりも、強敵にどれだけ自分の力が試せるかという好奇心の方が強い。

 俺は高揚感を覚えながら、再びリュゼルに武技を放つ。


降壌掌(こうじょうしょう)!」


 地を走る熱流のように手甲が波打ち、リュゼルの顎を下からえぐる。

 俺の力で放てる武技は、どれだけ体を上手く使おうとも、威力が大幅に落ちる。

 それなら的確に人体の弱点を狙うことで、最大限の威力にするだけだ。

 そして、この戦いは俺だけじゃない。


蒼炎槍穿(アズール・フューリー)蒼炎流刃(アズール・ヴェイン)


 ラフィは技を繋げ、絶え間なく連撃をリュゼルに浴びせていく。


斬雷(ざんらい)

「遅い。反襲崩拳(はんしゅうほうけん)


 リュゼルは素早い剣技で俺を狙ってくるが、今ならその動きもかなりゆっくりと見える。

 むしろ、その動きの隙をついて反撃していく。

 前衛から下がったリオネルも役割を果たしており、危険があれば焔鱗盾で俺とラフィを守護してくれる。


 戦闘はいかに自分たちの得意な(フィールド)をつくるかだ。

 熱に耐性がある俺とラフィ、地王のオーラに守られたリオネルだからこそ、火を恐れずに攻撃を続けられる。

 俺たちの連携による一方的な強襲に、リュゼルの体は崩れかけ始めた。


 この型こそ俺が描いていた作戦だったが、全て上手く行くとは限らない。


「クラウ殿、目から血が……鼻血まで」

「え?」


 俺の体もまた、限界に近づいていたのだ。

 今は高揚感で痛みもないが、この戦いで限界以上の力を出していることはなんとなく感じている。


(いや、一度止まれば動けなくなる)


「最後だ! ラフィ、全力を頼む!」

「分かった。制御できるか……ちょっと時間が欲しい」

「なら、ラフィ先輩の変わりは自分が」

「頼んだ」


 リオネルも俺と同じように限界に近そうだが、それでも表情に出さず、ラフィと前衛を交代する。

 ラフィは集中状態に入り、リオネルと俺で猛攻を続ける。

 すると、この戦いの終わりを感じたのか、リュゼルも構えを変え、最後の炎を燃やす。


「……転火万象、獄門に通ず」


 その身を焦がす炎は黒く変色し、異様な雰囲気を放つ。

 それを見た瞬間、本能的に俺は後ろへ下がっていた。

 その火はこの世に存在してはいけない、絶望的な負そのものだ。

 間違いなく人が触れてはいけない火である。


「リオネル、近づくな! 明らかにやばい。離れろ!」

「いやです! 自分が守ります!」

「ばか、ごぼっごぼっ」


 俺はリュゼルに近づこうとするリオネルを止めようと動くが、血を吐いてしまい、動けなくなる。


黒焔地獄(こくえんじごく)

焔鱗結界(イグニス・スクタム)


 黒い火が放たれる前に、焔鱗盾はドーム状になり、リオネルとリュゼルを包み込んだ。

 すぐにその中で何かが爆ぜ、焔鱗盾も炎となって空気中に消えていった。


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