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128話 過熱状態

「さあ、第二ラウンドだぜ! 魔剣も使って、全力でかかってこい」

「……」


 リュゼルの炎を受けてもほとんど無傷であったロイクの頑丈さは傍から見ても以上である。

 本人もそのことに自信があるようで、今度はリュゼルを迎え撃つ気のようだ。


万雷転火(ばんらいてんか)


 ロイクが煽った途端、世界が一瞬にして変化した。

 リュゼルからあふれる炎は蒼い静電気を発し、徐々に規模が大きくしていき、遂にはゴロゴロと音を立てて雷の鎧となる。

 炎で覆いつくされていた天井からも、いつの間にか電気が走っており、それらは全てリュゼルの持つ魔剣に向かって収束していく。

 雷に打たれたような状態にも関わらず、リュゼルは仁王立ちのまま剣を両手で引き締めて持ち、雷の鎧はその規模を膨らませていく。


「ロイク逃げろ! これは無理だ!! 相手が動かないうちに撤退するぞ!!」


 轟音の中、俺は声がとどくように全力でロイクに向かって叫んでいた。

 あれは魔剣の力だと思うが、リュゼルに聞いていたものと全く規模が違う。

 雷を纏うなんて俺たちが立ち向かえる相手じゃない。

 圧倒的な力の差を感じ、俺は早々に撤退の判断を下す。


「安心しろ! 俺は死なない。撤退判断は俺の指示だったよな。お前たちは逃げろ!」

「今のあいつに何言っても聞かないわよ。あなたたちは逃げなさい」

「何言って……死にたいのか?」

「馬鹿言わないで。死にたいわけないでしょ。あたし達なら倒せるけど、生半可な気持ちで向かって倒せるような相手じゃないわ。早く逃げなさい」


 俺は全員が生きて帰れるように、逃げることを視野に入れてこの戦いに臨んでいる。

 だが、ロイクとイーシャは端から逃げることは選択肢になかったようだ。


「自分は……クラウ殿の指示に従います」

「ちょっと待ってくれ」


 その差に戸惑い、俺はどうしたら良いか分からなくなる。

 ルインスからは格上の相手から逃げることは正しく、生きることが大事だと学んだ。

 だが、それと同時に重要なことも学んだはずだ。


 そんな俺に、機を伺いながら後衛として待機しているラフィが話しかけてくる。


「私は残る。クラウは逃げて」

「ラフィ?」

「私は切り札だから。私がクラウの代わりにあいつに引導を渡す」


 そのラフィの目を見た瞬間、俺は自分に足りていない物を自覚した。


「そうだ……倒す覚悟だ」

『どうしても逃げられない状況もあると思うっす。そう言う時に忘れちゃいけないのが、どんな敵でも最後まで諦めずに“倒す覚悟”っすね。逃げて生きる、時間を稼いで生きるってのは重要っすけど、倒す覚悟も同じくらい生きるために重要なんすよ』


 そんなルインスの言葉が蘇る。

 倒す覚悟がなければ、格上どころか同じくらいの相手でも負け、死んでしまうこともある。

 俺はみんなを殺させたくないという一心から、逃げることばかりを優先していた。


(俺は炎やら雷やらを使ってるあいつの見た目で弱気になってただけじゃないか。なんて、情けない)


 反省は後にして、覚悟を決めよう。


「撤退はなしだ。俺も戦うぞ」

「分かりました!」


 リオネルは嬉しそうに返事をする。


「もう逃げる機会はないかもしれないわよ?」

「俺たちなら勝てる! だろ?」

「良い顔つきになったじゃない。痛っ、なにすんのよ!」

「チッ、集中しろ」


 イーシャは判断を変えた俺を揶揄(からか)うが、敵に集中しろとラフィに蹴りを入れられている。


 よく考えれば、この心強い仲間たちがいて負けるわけがないのだ。


「やっとか、さあ来い!」


 そんなやり取りの間に、リュゼルの方も電気を溜め終わったのか、態勢を低くし、突きの構えで剣先をロイクに向ける。


雷噛青龍(らいごうせいりゅう)


 リュゼルは雷そのものとなり、あらゆるものを削りながら目にもとまらぬ速さでロイクへ向かう。

 その姿は蒼き龍のごとし。雷轟と共に、空気、地面、空間、すべてを貫く。


「地王拳第八録……剛遁(ごうとん)! ふッ! ぐぬおおおおおお!!!!」


 ロイクはそれを全身で受け止めようと試みる。

 剣を両手でつかみ、足を地面にめり込ませ、逆に押し返そうと踏ん張るが、こらえきれずに雷に呑まれたまま俺たちの方の壁へ吹き飛ばされる。


「くっ、盾投げ(シールド・スロウ)!」

「氷壁」


 すぐにリオネルは盾をクッションになるように投げ、俺は氷の壁を生みだし、ロイクを受け止めようとするが、二つとも簡単に割れてしまう。

 衝撃は和らげられたものの、普通の人間なら潰れて死んでいてもおかしくないほどの衝撃でロイクは壁に激突した。

 体を貫通されていないだけマシとも言えるが、あの雷を受け止めようとするのは無謀だろう。


 意思はないはずのリュゼルは、先ほどやられた分をやり返したとでも言うように、祭壇からこちらを見つめる。

 すでに雷の鎧は消えており、イーシャが与えた分の力は使い果たしたようだ。


「……ビリビリするぜ。いける気がしたんだけどな。思ったより足場が脆かったみたいだ」


 壁に激突したロイクはすぐに立ち上がり、ふらつきながら歩きだす。

 俺は彼の驚異的な耐久力に驚くものの、今はそんな場合じゃない。


「ロイク、あの鎧は壊せそうか? 手入れしないで放置されてた鎧だ。手ごたえはどうだった?」

「いや、打撃じゃ難しいかもな。あれは間違いなく鉱人(ドワーフ)が作った鎧だ。銘までは見えなかったが、マグメルの鉱人(ドワーフ)でもつくれる奴はいないんじゃないか? 機能と強度を考えれば、国宝と言われてもおかしくないくらいの代物だぞ。俺の師匠なら誰がつくったか分かるかもしれないが、俺には分からん」


 あの鎧を壊さない限り、リュゼルに俺たちの魔法は届かない。

 逆に炎に変えられて、先ほどのように強力な攻撃が飛んでくることになる。

 どうすればあの鎧を突破できるだろうか。


「ただ、機能には限度ってものがあるはずだ。それにどんな職人の腕でも経年劣化を完全に防ぐのは難しい。保存状態も悪そうだし、手入れもしていないならなおさらだ。俺は引き続き殴る。そっちも好き勝手攻撃して良いぞ。俺の頑丈さは分かっただろ?」

「ああ。じゃあ、次は俺たちも加わる」

「やっと私の出番か」

「いや、ラフィはまだだ。今はとにかく火力を上げ続けることを優先して欲しい。前線はロイクに任せる。イーシャも頼んだ」

「任せとけ。イーシャ、お前は当てたら許さんぞ。一応、痛みはあるんだ」

「あんたが邪魔さえしなければね」


 二人はリュゼルの元へ飛び込んでいき、効かないこともお構いなしに攻撃を当て続け、敵に隙を与えない。


礎打(そだ)、! 崩塔(ほうとう)!!」

揺らめく月の帳(ヴェイル・ルナリス)……朧天照域(グラン・ネフェルテム)


 ロイクはその拳でリュゼルを光の領域へ押し込む。

 リュゼルが足を踏み入れた瞬間、イーシャが呪文を唱え、巨大な光の柱が天井を貫くような勢いで照射される。


「……」

輪を描け(オルビス)……締め付けろ(グラヴィス)……月輪縛鎖オルビス・グラヴィーナ

「お前はずっとその中にいろ!」


 イーシャはその光の柱の中にいるリュゼルを縛りつけ、ロイクは殴り続けることで逃げ出すのを防ぐ。


「氷弾! 氷弾! 氷弾!」


 隙を見ながら俺も光の中に氷の弾を入れ続ける。


「リオネル、今のうちに飲んでおけ!」

「これは何ですか?」

「魔力回復薬だ。このまま行けば、もうすぐ俺たちの番だぞ」

「あの二人でも十分行けそうですけど」

「いや、あれだけ攻撃すれば、おそらくあいつの言ってた過熱状態(オーバーヒート)が来る! そうしたら、俺たちの番だ。ラフィ、そろそろだぞ」


 リュゼルが俺に注意するように話したのは、あの鎧と魔剣だ。

 鎧は魔素や霊力を炎に変え、魔剣は炎を別のものに変換するという相互補完のような関係になっているが、あいつが言うには鎧の方に多少問題があるとのことだ。

 曰く、なんでも炎に変えてしまう代わりに、燃えすぎると自分自身まで耐えられないほど燃え上がってしまうと。

 それが過熱状態(オーバーヒート)であり、俺たちの唯一の勝ち筋でもある。


「準備は完璧。クラウも?」

「もちろん、俺もやるぞ。奥の手もあるからな」

「自分も行きます! おえっ、……まずい」


 三人で成り行きを見ながら準備をしていると、光の柱から爆発が起こった。


「クソッ、下がれ」

「きゃああああ!!!」

焦嵐転火(しょうらんてんか)……灼熱獄牢(しゃくねつごくろう)

「大氷壁」


 その爆風は部屋全体に広がった。

 一番近くにいたロイクはその危険を察知し、イーシャを抱えて爆風が届くよりも早く俺たちの近くにやってきた。

 それを見て、俺は氷の壁を張り、爆風からみんなを防ぐ。


氷土領域(フロスト・テラリウム)


 ついでに部屋の半分ほどを氷で包み込み、灼熱状態の部屋を冷やす。


「いきなり何すんのよ!」

「馬鹿、あいつのあの姿が見えねえか? クラウのおかげで何とかなったが、お前みたいな生身の人間は一瞬で丸焦げだ」

「嘘……燃えてる……」


 文句を言い始めたイーシャだが、ロイクの指差す方向を見て絶句する。

 先ほどの爆風で、氷の壁があった場所を境目に部屋は地獄と化しており、イーシャたちがいた場所の周囲の床は溶け、天井からは炭化した瓦礫がゆっくりと落ちていた。

 空気は重く、焦げた金属と焼けた石の匂いが混じり合っている。

 その先には全身が燃え上がり、それでもなお悠然として立つリュゼルの姿があった。


「ラフィ、先に行ってくれ」

「分かった!」


 すぐさまラフィは突撃していく。

 このメンバーの中で、今のあいつの相手が務まるのは炎が効かないラフィだけだ。

 リュゼルとラフィはすでに激しく剣を交えている。


「ふぅ……俺もまだやれる」


 そういうロイクは息を切らしており、本人は隠しているようだが、オーラも薄れており疲れがにじみ出ている。

 あれほどの力を引き出すのだ。負担も激しいのだろう。


「いや、ロイクのその状態は数分しか持たないんだろ? 少し休んでてくれ。今度は俺たちの番だ」

「俺たちって、あんたあいつと戦えるの?」

「ああ。そのための力なんだろ」


 俺は懐から炎霊晶を取り出す。

 こいつの使い方はリュゼルから教えてもらった。


焔鱗装(ラグナート)!」


 炎霊晶が輝きだし、俺の周囲を暖かな光が包み込んだ。


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