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126話 種は絶えども、火は絶えず

「色々教えてくれて助かった」

「某が教えたことなど、戦っているうちに気づくであろう。策を思いついたか?」

「ああ。おかげでお前を倒すために必要なことは大体分かったし、作戦も決まった。さっき話した通り、俺が合図を出したら体を止めてくれよ」

「龍騎士の名誉かけて役目を果たそう。ただし、今の某では一度が限界。全力をもってしても止められるのはおそらく数秒程度故、あまり頼りにするな」

「それでも十分助かる」


 リュゼルの肉体はすでに本人の意思がない状態だ。

 それでも古の大戦で活躍した英雄だけあって、今の俺たちが通用するかは怪しい。

 話を聞いた限り、勝ち目はあると思うが、リュゼルの主観に基づいた情報なので、実際に戦ってみないと分からないことが多い。

 その辺は一発勝負の中で確かめていくしかないだろう。

 もし撤退を判断した場合は、リュゼルに合図を出して、みんなが逃げる隙をつくる。

 慎重さを失えば、待っているのは誰かの死だ。


「リュゼル、お前には言いたいことも色々あるけど……たった一人で果てしない時間を役目のために耐えてきたってのは、素直に尊敬するよ。最初は乗り気じゃなかったけど、お前と話せてよかった」

「そうかそうか! 某も最後に語らえたのが(わっぱ)で良かった!」


 リュゼルは蛇のような鋭い目をさらに細めて笑う。

 出会い方は最悪だったが、話しているうちに俺は信念の上で行動しているこいつを憎むことができなかった。

 ただ、幻術で仲間を傷つけたことは忘れていない。きっちり成仏させることで手打ちとしよう。


「さて、(わっぱ)には、龍人族について聞いてもらいたいことがある」

「そういえば、龍人族って初めて会ったんだ。今まで聞いたこともなかったし、どういう種族なんだ?」

「……であろうな。龍人はすでに滅び、最後の生き残りが某なのだ。とはいえ、某も死んでいるようなものだが」

「えっ、なんで……」


 自分の種族が滅んだことを語るリュゼルに対し、俺は言葉を失う。

 言われてみれば、リュゼルは自分のことを龍人族最後の騎士と言っていた。

 今までに鉱人(ドワーフ)や獣人、海人といった色んな種族に会ってきたが、種族が滅ぶという発想がなかった。


「同志は故郷で終わりを迎えることを選び、某は役目のために生きながらえることになった。それだけのことよ」

「俺に聞いてもらいたいことっていうのは?」

「おそらく龍人族と地上に生きる者が直接話す最後の機会になるであろうから、(わっぱ)には知っておいてもらいたいのだ。某らのことを」

「分かった」


 こんな頼みを断れるはずがない。

 俺は覚悟を決めて、リュゼルの言葉に耳を傾けた。


「我ら龍人族は、その身に火を宿す種族よ。某らは“神楽火(かぐらび)”と呼んでいるこの火に形はなく、熱もなく、触れることもできぬ。されど確かに、身の内に灯っておる」

「火を宿す?」


 体に火を宿すなんてありえないと思うが、妙に心当たりがある。

 俺は思わず聞き返していた。


「応。はじめうちはただの微かな灯。だが、雨に濡れ、風に吹かれ、世の苦しみと喜びを知るうちに、それは徐々に形を変えていく。

 時に誰かの火を受け継ぎ、時に自らの火を授ける。そうして火は連なり、絶えることなく燃え続ける。やがて、その火は新たな者へと受け継がれ、次なる火種となる。そうして、我らは生き、燃え、繋いできた。

 今、(わっぱ)がいるこの空間も某の火が生み出したものよ!」


 突然、リュゼルの体はまばゆく光を放ち、それに呼応するかのように祭壇は輝きだした。

 溢れる光は辺りをくまなく照らし、俺はその暖かな重みで押しつぶされそうになる。

 光を通じて、リュゼルの信念、想い、覚悟、そう言ったものが伝わってくるようだ。


「これが龍人族の火か」

「こうして暗闇を照らすことも出来れば、想いを伝えることもできる。決して命を奪うだけの火ではない。むしろ、安寧の世こそ、龍人族の宿願なのだ」


 龍神族に宿る火とは、魔法のように自由自在なものらしい。

 今かけられている幻術もまた、その火によるものだというのだから不思議な力だ。

 その雄弁な語りと光に圧倒されていると、唐突にリュゼルの表情は神妙なものに変わった。


「……種族は滅びようと、某の内に焔神様から授かり、同士たちが継いできた火が燃え続ける限り、それは真なる滅びではないと信じ続けてきた」


 唯一の生き残りであるリュゼルが死ねば、龍人族は完全に滅ぶことになる。

 そう考えると、これまで神剣を守る役目を担っていた彼の覚悟は相当なものだったはずだ。


「だが今日、某は(わっぱ)に新たな火種を見た。これを喜ばずとしてなんという。永き時を過ごしたことに一片の悔いを残さず、誇りをもって仲間の元へ逝ける」

「おいおい、俺にそんな大層なものはないぞ。確かに霊力ってやつは、なんとなく感じるけど、かなり小さいし、そもそも俺は龍人でもないし」


 話を聞くうちに分かったが、リュゼルの話している神楽火(かぐらび)は、イーシャとロイクが話していた霊力のことではないかと思う。

 二人がどういう感覚なのか分からないが、俺の体の内側には暖かい火種があるように感じる。

 だが、俺の内側に宿る火は、リュゼルのものと比べれば小さく、こんな幻術を使えるようになるとも思えない。


「今は小さき火種でも、いずれ形を成すであろう。それに火も大きければ良いというものではない。大事なのはその火を絶やさぬことだ。焔神様の眷族に選ばれ、神剣に選ばれた(わっぱ)ならば、いずれ分かる時が来るだろう」

「まだお前を倒せてないし、受け継いでもないのに気が早すぎるって」

「心配せずとも(わっぱ)には強き友がおろう。それに“鱗”の使い方も教えた。さて、時間差はあれ、まもなく幻術が解けるはず。(わっぱ)、名はなんという?」

「クラウ・ローゼンだ」

「くらうろーぜん……神剣が人を選ぶ限り、戦の世は終わらぬ。そなたに託せて良かったぞ。どららららららら!」

「うわっ!!!」


 リュゼルの笑い声が徐々に遠くなっていき、俺の視界は真っ白に変わった。

 そして、閉じた瞼を開くと俺は現実の世界にいた。


「もう戻ってきたんだよな?」


 長い夢でも見ていたような感覚だ。

 視界はあっという間に戻り、気づけばあの神聖な祭壇からは想像もできないほど廃れた空間の入り口の壁に背を預けて座っていた。

 隣にはリオネルとイーシャが座っており、たくましい背中を持つ少年が俺たちを守るかのように立っていた。

 その少年ロイクは、俺が目を覚ましたことに気づいたようで、ゆっくり振り返る。


「おっ、気づいたみたいだな」

「ロイク、もう起きてたのか。大丈夫だったか?」

「ああ、変な術にやられていたみたいだ。まさか精神世界で龍と戦わされるとは思わなかった。クラウもよくあれから抜け出せたな」


 どうやってか知らないが、ロイクは自力で幻術を破ったらしい。

 話したいことは山ほどあるが、それは今すべきことではない。


「見張りまでありがとな。話は後にして、まずはみんなを起こそう。……あれ、ラフィは?」

「俺が目を覚ました時には、彼女はもう動いていたぞ。二人でみんなを壁に寄せた後、上から誰か来ないか見張るために部屋から出て行った」

「……リオネルとイーシャにこれを少し飲ませてみてくれ。多分、目を覚ますはずだ」


 俺は鞄から薬を取り出し、ロイクに渡す。

 これはあの団体に作ってもらった改良版の魔法薬だ。

 味は相変わらず激マズであり、時間経過で弱まっている幻術なら破れるくらいの衝撃を味覚に与えると思う。


「俺はちょっとラフィの様子を見てくるよ」

「分かった。……おい、阿保ヅラをさらしたままいつまで寝てるんだ。そろそろ起きろ」


 ロイクがイーシャの口に薬のビンを運んでいるのを確認し、俺は部屋から出た。

 外に出てすぐ、うす暗い洞窟の中で明かりすら点けず、ラフィは壊れたかごの前で縮こまって座っているのが分かった。


「レオノーラもゼラも来てないみたいだな。ここに来て、どれくらい時間がたったんだ?」

「……そんなに経ってない。私たちがここに来てからまだ10分くらい」


 後ろから話しかけてみるが、しっかりと返答があった。

 かなり長い時間リュゼルと話していたはずだが、幻術の中では時の流れが違うらしい。

 それでも流石に誰か来ているはずだが、レオノーラとゼラが入口を抑えてくれているのだろう。

 そんなことを考えていると、ラフィは急に立ち上がり、振り向き様に勢いよく俺に向かって飛び込んできた。


「うううううっ、無事でよかった!!!」

「うおっ、え?」


 ラフィをとっさに受け止めたものの、情報量の多さに困惑してしまう。


「みんな死んじゃって、クラウもリオネルも守れなくて。私、また一人になって」

「大丈夫。みんないるから! 俺たちは幻術をかけられてたんだ!」

「寂しかった!! うわぁぁぁぁぁぁ」


 何を見たのか分からないが、リュゼルの幻術は精神をかなり追い込んだようだ。

 暗さではっきりと顔は見えないが、ラフィは俺の胸に顔をうずめ、肩を震わせながら涙を流している。

 普段は弱さを見せることを嫌い、大人びているように見えるが、これが本来の彼女なのだろう。

 そんな姿に動揺しながらも、俺は落ち着くまで声をかけ続け、声が響かないように胸を貸すことしかできなかった。



 *****



「……もうやだ」

「誰だって友達が殺されるのを見たらそうなるよ」

「それ! 思い出すしちゃうからもう言わないで!」

「ごめん。えーっと、あっこれ、飴もあるんだ。舐めると元気が出るぞ」

「食べ物で釣ろうとしないで!」


 不満を述べながらも、ラフィは俺から飴を受け取り、すぐに舐めはじめる。

 散々泣いた後、彼女はわがままな状態に入ってしまった。

 みんなのもとにはまだ戻りたくないというので、俺は食べ物で気を引きながら機嫌をとる。

 迷宮に来るということで、非常食を持ってきていてよかったと心から思った。

 落ち着かせることには成功したので、これから戦えるか確認をしておく。


「これから迷宮主を倒したいんだけど、できそうか?」

「……やる。許さない」

「そうか、良かった。俺はみんなが幻術にかかってる間に、迷宮主の魂と話してたんだけど、あいつも成仏したがっててさ。孤独から解放してやりたいんだ。魔剣を使うみたいだし、ラフィがいないと勝てないと思う」

「絶対に許さない」


 ラフィの感情は怒りに変わったようだ。

 リュゼルとの戦いの主軸は、ラフィになることは間違いない。

 戦いになれば、冷静に立ち回るだろうし、そこは信頼している。


「じゃあ、そろそろみんなのところに戻ろう。レオノーラとゼラの頑張りを無駄にするわけにはいかないしな」

「うん」


 俺たちは立ち上がり、再び祭壇へ足を踏み入れた。


「ロイク、あんたふざけんじゃないわよ! あんなのを飲ませるなんて信じられないわ!」

「目が覚めたんだから良いだろ。寝ている方が悪い」

「お二人とも、もう少し静かにしてください」


 祭壇では意識を取り戻したイーシャがロイクに詰め寄っており、リオネルはそれをたしなめている。


「みんな起きたみたいで良かった」

「クラウ、あんたなんてものを持ってきたのよ! おかげで気分は最悪よ!」

「あれは活力剤だから、これから戦うにはちょうどいいんじゃないか? 味は最悪だけど」

「言われてみれば、力が湧き出るような?」

「あんた騙されてるわよ。あんなまずいの毒に決まってるわ」


 リオネルは素直に信じ込み、イーシャは文句を言う。


「これから戦うってのは、あいつとだよな? 存在感が明らかに別格だ」


 ロイクは階段の上にいるリュゼルの残骸を指さす。

 本当に彼がいると話が早くて助かる。


「そうだ。俺はみんなと同じようにあいつの幻術にかけられて、あいつの魂と話してきたんだ。あいつは俺たちに倒されたがっている。俺たちなら勝てると思うし、作戦もある。お前たちが狙ってる魔剣もあいつが持っているぞ」

「本当なのそれ?」

「詳しく教えてくれ」

「ああ。まず、あいつの倒し方なんだけど」


 俺はリュゼルを倒すための作戦をみんなに共有した。


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