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125話 選ばれし者

「なぜ断る? (わっぱ)こそ神剣を持つのにふさわしい」

「単純な理由で、俺はあんたが嫌いだからだ」

「な、なんと! 某の天下一品の麗しき鱗を見てなお、忌み嫌うというのか!?」


 リュゼルは鋭い目を大げさに開き、長い舌を出しながら驚く。

 だが、こいつを元にしている本の中の煌騎士リュゼルは、英雄でありながら佯狂(ようきょう)にして狡猾な人物として書かれている。

 何を考えているのか分からないが、こいつのペースに乗るのは罠だ。


「あんた、別に人を殺すことをどうとも思ってないだろ。むしろ侵入者として扱っているくらいだ。幻術をかけた後、何とも思わずに殺したんじゃないのか?」


 リュゼルはずっと俺たちの味方のように話しているが、人が自分の肉体によって殺されたという話をした時、まるで他人事のようだった。

 こいつにとって人を殺すことに罪の意識などなく、俺はそんな相手の頼みを聞こうとは思わない。


「むむ! (わっぱ)の言う通り、某は侵入者に情けはかけぬ。生きていた頃は某の意志で侵入者を成敗したものよ。だが、巫女とその眷属となれば話は別。この場に焔神様の眷族が来たのは初めてのことだ。(わっぱ)になら神剣を任せられると心から思っておるぞ」

「じゃあ、被害者を出さないようにするために幻術をかけていたってのは、噓だったんだな?」

「嘘などついておらん。不思議なことに他族の侵入者共は殺せば殺すほど増える一方だった。そこで某は選別の(のち)、二度とこの場に来ることがないよう幻術をかけ、生かして帰すようにしたのだ。とはいえ、(わっぱ)のように幻術が通じない者、幻術を破った者は同様の末路を辿ったがな。他族の死など某にとっては些末なことゆえ、忠告すらせなんだ」


 リュゼルにとって龍人以外の死はどうでもいいが、眷属である俺のことは気に入っているらしい。

 事実、リュゼルは俺の仲間を人質に取り、有意な状況であるにも関わらず、幻術を通じて俺に忠告してくれている。

 だが、心のどこかで引っかかる部分が多くある。

 生きている時代が離れており、龍人という別の種族であるリュゼルに人への情を持てとは言わないが、俺もまたこいつを信用できない。


「味方面して言葉巧みに俺を騙そうとしているようにしか思えないけどな。あと、俺は仲間に幻術をかけたことを許していないぞ。早く解いてくれよ。話はそれからだろ」

「選別の幻術は、扉が開いた瞬間にかかるようになっているのだ。巫女には効かず、強めにかけてしまったことは済まぬと思うが、時間が経つまで幻術は解けぬ」

「なら、お前の頼みは聞けない」


 魔剣が俺をここに招いたのだとすれば、迷宮核を壊すのではなく、魔剣をどうにかすることで問題は解決しそうだ。

 イーシャとロイクなら何とかできる方法を知っているかもしれないし、そもそも二人に渡すという約束もある。

 俺が持ち主になるなんて、そんな面倒を引き受ける意味がない。


「妙だな。……なるほど、認識の相違か。(わっぱ)は某が躊躇なく侵入者を殺したことが気に食わぬのだな?」


 リュゼルは少し考えた後、俺の内心を探り当てるかのように尋ねてきた。


「ああ、俺にとっては重要なことだ」

「本当にそう思うのか? 某は与えられた役目を全うしたまでのこと。某の目には、(わっぱ)も目的のためなら手段を選ばぬように見えるが」

「っ!? ……確かに俺も直接ではないけど、人を殺したことがある。でも、ずっと罪悪感は残ったままだ。俺があんたと同じだって言いたいのか?」

(わっぱ)がどう思っていようが、事実は変わらぬ。某は(わっぱ)のそこを気に入っておる。愛を知り、平穏を望むが故に、己の内に葛藤があることもな。揺らぎは若人の特権よ。神剣は生を奪う凶器ではなく、世界の灯なり。(わっぱ)の導になるはずだ」

「……」


 今あったばかりのこいつに弱みの部分をつつかれた時点で俺の負けだ。このことについて、反論する術はない。

 流れを変えるために別の疑問をぶつけるべきだろう。


「疑問は他にもある。ここに来る扉はこの炎霊晶が鍵になっていたんだ。俺たち以外の侵入者はどうやって入ってこれたんだ?」

「おお! それは某の神珠(しんじゅ)! やはり(わっぱ)が手にしたか!」

「お前の石だったのか。じゃあ返すよ」

「何を言う。某はすでに肉体のない死龍人。それに見ろ、神珠(しんじゅ)もお主が所有者であると止めておるではないか! どらららららら!」


 リュゼルは俺が炎霊晶を持っていることを知り、嬉しそうに笑った。


「要らないんだけど」

「眷属の誇りだ。大切にするのだぞ」

「はぁ、もういいや。なんでこれが扉の鍵になってるんだよ」

「それは、某がこの祭壇の封印の要としてその神珠(しんじゅ)を選んだのだ。(わっぱ)らのちょうど前に来た男に神珠(しんじゅ)を使い、祭壇への扉を封印するよう頼んで渡したが、そいつがまた面白い男でな」

「その人の名前は? どんな見た目だった? 年齢は?」

「待て待て。順を追ってゆっくり話そう」


 俺たちの前にここへ来た人物。

 そいつこそが、あの学園長室にあった手帳の著者ではないだろうか。

 そうでなければ、炎霊晶が扉の鍵だなんて知ってるはずがない。


 これまで以上に興味のある話に、俺は矢継ぎ早に質問していた。


「あやつは幻術をすり抜けたものの、神剣にはまるで興味がないようでな。某の器の周りを観察し始めたのだ。某は興味を持ち、(わっぱ)と同じように幻術の世界に呼び寄せた。あやつは素性もほとんど明かさなかったから、某も詳しくは知らんのだ」

「じゃあ、名前も分からないのか」

「名も話さなかったが、妙な白い装束に身を包んでおったな。器ばかり見て何をしておるのか聞いたら、『死人が動くという話を聞いて、その動力について調べたい』と言ってきおった。某も変わり者だと言われたものだが、とんだ物好きがいたものよ。某があやつへ手を出さないことを条件に、某が祭壇の封印をした後、神珠(しんじゅ)の管理を頼んだのだ。封印は要を外側に置かねばならず、相成す者が必要でな」

「なんで封印しようと思ったんだ? 次代に継ぐのが役目とか言ってなかったか?」

「神剣が強く望んだ者なら封印程度破ってくる。それだけお主は神剣に好かれているということよ。無論、某を超え、所有権を奪わねば受け継ぐことは出来ぬがな。侵入者も現れなくなって一石二鳥であろう?」


 見たこともない魔剣なんかに好かれてこっちはいい迷惑だ。

 それにしても、悔しいくらいにリュゼルの話は一貫していて穴がなく、本当のことを言っているとしか思えない。


「その男がここに来たのって何年前くらいなんだ?」

「先ほども言ったように、某が死んでからというもの、祭壇に人が来ぬ限り某に意識はない。昨日のことのようにも思えるし、永久の時を過ごしたようにも感じる」


 俺たちの前に来た男はいつここに来たのかはある程度推測できる。

 蔵書館で記録を見た限り、少なくとも20年以上前から学園の生徒や教官たちの不可思議な死亡がなくなった。

 そのころには封印されていたと考えるのが良いだろう。


「あやつは度々ここに現れ、某の肉体を調べておった。なんでも“朽ちぬ肉体”に興味があるらしい。それだけのために命を賭してこの場に来るのだから見上げた執念よ」

「朽ちぬって不老不死ってことか?」

「某に学者の考えは分からぬ。あやつも言葉少ない男だったからのう。果たして宿願を遂げたのか、実に滑稽なり」


 手帳に書いてあったのは、その研究内容だったのか。

 リュゼルはこれ以上知らなそうだし、あと気になるのは本のことくらいか。


「この炎霊晶はお前を題材にした本……えーと、書物にくっついてたんだけど、なんでお前がこっちの世界の物語になってるんだ?」

「なんと! 某が題材の物語とな!」

「龍人じゃなくて人族になってるけどな。各地で凶暴な魔物を倒して、英雄って呼ばれてたみたいだけど」

「それは良いことを聞いた! 某も(せい)ありし頃は、友と各地を旅して回ったものよ。当時は世界そのものが入り乱れ、地上は戦場と化しておった。そこで旅した友が、当時の記録を残したのであろう。存分に旅を堪能した後は、任を与えられ、この祭壇で待つことに決めたがな。(わっぱ)はこの地を寂しいと言っておったが、ここが唯一、某にとって故郷を感じる場所なのだ」

「世界が入り乱れるって、六世界の話か?」

「応。とはいえ、元は一つを無理やり切り分けたに過ぎないものよ。安定などあり得なかったのだ。これ以上の話は今を生きる者の足枷になる。興味があるなら話すが?」

「いや、俺一人じゃ受け止めきれないからいいよ。気になったら自分で調べる」

「潔くて宜しい。あの男も同様のことを言っておったわ。どらららららら!!!」


 リュゼルはカリューの話していた六世界の時代に生きていて、かなり詳しいことも知っているのだろう。

 でも、それは俺が聞いても何もできないし、そんな余裕もない。


「それで(わっぱ)よ。断るならここまで言葉を交わすこともなかったはずだ。決断は出来たか?」

「……ああ。正直、俺はお前のことを信用できないし、お前の頼みは断る」


 誰がこんな殺人鬼の頼みを聞いてやるか。


「だから、俺は自分の意志で勝手にお前の残骸を倒して、この祭壇ごと役目とやらから解放してやるよ。神剣って奴ももらっていく。何かの役には立ちそうだしな」


 頼みではなく、自分から迷宮攻略をする。

 もともとそういうつもりでここに来たのだ。

 元凶である魔剣も持ち主になれば、迷宮に呼ばれるなんてことにはならないだろう。

 その後のことは、その時に考えれば良い。


「そうかそうか! やってくれるか!」

「もちろん、お前を長年の重責から解放してやるんだ。手伝ってくれるよな?」


 リュゼルの残骸は幻術を破る猛者をも殺し続け、今でも魔剣を守りきっている。

 そんな相手に俺たちだけで勝てるかは怪しいところだ。

 本人なら自分の弱点を知っているはずであり、こいつに協力を取り付けるのは必須だ。


 正直なところ、学園長に任せるのが賢い選択なのだろう。

 だが、俺は自分の手でこいつをここから解放して、仲間のもとへ()かせてやりたいのだ。

 最悪、この命を懸けてみんなを逃がす。


「応。某の意思は失えども、肉体は非常に強力故、(わっぱ)らだけでは厳しかろう。某も可能な限り協力する所存だ。刹那であれば、器を止めることもできよう」

「それは助かる。でも、まずはこの炎霊晶の使い方から教えてくれよ」

「それの使い方はな……」


 俺はリュゼルから戦いに必要な情報を集めるのだった。



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