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124話 龍騎士リュゼル

少々長くなりました。

 炎霊晶によって開いた扉の先には、何百年もの間放置されていたかのような寂れた石造りの空間が広がっていた。

 地下であるはずなのに真っ暗ということはなく、床や天井にちりばめられた不思議な石が光を発しており、全体を見渡すことができる。

 ここはもともと祭壇だったのだろう。

 壊れた石の彫刻や用途の分からない巨大な石も転がっている。

 奥には階段があり、その上には何かが座っているように見える。

 その階段と入口の間に、全身から炎を放っているフクロウが居座っていた。


「ホロロー」


 フクロウは警戒する俺たちをじっと見つめて鳴くだけで、敵対意志はないように見える。


(なんで燃えたフクロウがここにいるんだ? こんな魔物、資料でも見たことがないぞ)


 火炎鳥という鳥でありながら火を放つ魔物は蔵書館の資料で見たことはあるが、それは小さく細い鳥で骨格まで載っていた。

 こんなにブクブクに太ったフクロウではなかったはずだ。


(まずは迷宮核を探そう)


 少し混乱したが、迷宮という不可思議な場所に挑むにあたってイレギュラーがあるこ

 とは想定済みである。

 俺たちの目標は迷宮核を壊すことで、それを確認するのが優先だ。


(こいつが何もしてこないなら、階段を上ってみるか)


 そんな考えを巡らせていたところ、誰かが息を飲んだ気配がした。


「ああああああああああ!!」

「ラフィ、どうした!?」


 すぐに異変が起き、ラフィが頭を抱えてうずくまる。

 俺は慌てて側に近づき、フクロウとの間に入り込んで様子を見る。

 そして、誰もそんなラフィに声をかけないことに違和感を覚え、背中に冷や汗が流れる。


「みんな大丈夫か!? リオネル!」


 リオネルを見るとうつろな目で立ちすくんでおり、俺の言葉は届いていないようだ。


「ロイク! イーシャ!」


 ロイクとイーシャも一歩前に踏み出したまま固まっている。

 その姿には臨場感があり、目の前の魔物が何かをする前に行動する前に動こうとしたようだ。

 俺の声に反応しないということは、二人もリオネルと同じなのだろう。


 このメンバーならどんな敵でも大丈夫だという安心感は早々に消え、鼓動が早くなる。

 まるで世界から自分だけが切り離されたようだ。


「ラフィ、何をされた? みんな固まってて状況が分からないんだ!」

「……ママ……パパ」

「え?」


 初めて聞くラフィの年相応の少女のようなか細い声に、思わず振り向いてしまう。

 その場でうずくまっており、顔こそ見えないが、泣いているようにも聞こえる。


(俺がしっかりしないと! なんで俺とラフィだけ動ける? あのフクロウのせいか?)


「氷弾!!」

「ホロロー」


 特大の氷弾をフクロウ目掛けて飛ばすが、氷弾はすり抜け、後ろの階段を破壊するだけだった。

 フクロウは首を傾げ、何事もなかったかのように鳴き声を出す。


「声帯はあるんだよな。氷弾!」


 今度は全身に氷弾がぶつかるよう小さく分けて連射するが、全く手ごたえがない。

 目も口も毛並みもはっきりと見えるが、それは全て炎でできているようだ。


(埒が明かないな。手あたり次第試してやる)


「おい、俺をここに呼んだのはお前か? 一体何が目的なんだ! 早くみんなを元に戻せ!」


 話が通じるのか分からないが、何者かが俺をここに呼んだのは間違いない。

 それなら用件を聞くのが早いだろう。


「ホロロー」

「まぶっ!」


 話しかけた瞬間、話が通じたかのようにフクロウの目から強烈な閃光が放たれ、俺は白い光に包まれた。これには反射的に目を閉じてしまう。


「……どこだ? ラフィ、リオネル?」


 しばらく待ってから目を開くと、俺は先ほどの寂れた石造りの空間とはまるで違う、神聖な気配に満ちた広間に立っていた。

 すぐにラフィとリオネルを探すが、二人はどこにも見当たらない。


(空はないし、外に出たわけではないよな)


 ここは迷宮の中であることは間違いなさそうだ。だが、この場所は驚くほど明るい。

 天井を見上げると、そこには絢爛豪華な天蓋が吊るされており、風が吹いていないにもかかわらず、わずかに揺れていた。

 天蓋や天井、床に埋め込まれた不思議な石が、太陽のように柔らかく空間を照らしており、まるで昼間のような錯覚を起こさせる。


 足元の床は磨かれた石畳で形作られ、まるで鏡のように光を返している。

 目の前の階段の上には、純白の大理石でできた荘厳な祭壇があり、誰も座っていない椅子が置いてある。

 周囲には小さな噴水が配置され、それぞれが静かな水音を奏でている。


(ここはさっきまでいた祭壇で間違いない。あの石の残骸は噴水の跡だったのか)


 広さそのものは、先ほどの石造りの空間と同じだ。

 だが、空間に満ちたこの荘厳な静けさと太陽のように輝く石の暖かな光が、ここを別の場所のように感じさせる。

 俺がその神域めいた空間を見渡していると、目の前に光が集まり始めた。

 粒子となって舞うそれらは徐々に一つに集束し、やがて人の形を成していく。


(わっぱ)、ここは気に入ったか?」

「いや、見た目と違って寂しいよ。それよりも俺を迷宮に呼んだのはあんただな?」


 人の形となった“そいつ”は、人間ではないようだ。

 背中には人間にないはずの翼が生え、尻の方には細長い尻尾が現れた。

 顔の形は爬虫類のように細長く変化し、体の隅々に燃えるような鱗が浮き上がる。

 最後に残った光が一閃すると、それは燃えるような金色の鎧へと姿を変えた。

 それは陽光をそのまま鎧にしたような、圧倒的な存在感を放っている。


「どららららら!!! 応、その通り。(わっぱ)をメイキュウに呼んだのは、この龍王リュゼルに相違ない!」


 そいつは胡坐をかき、笑いながらリュゼルと名乗った。

 敵対してくる様子はないが、こいつが俺の敵というなら倒すしかないだろう。


「氷」

「待て、(わっぱ)よ」

「……!?」


 攻撃しようとしたのが気付かれたのかと思い、心臓が跳ねる。


「某は龍王でもないし、(わっぱ)を呼んでもないぞ」

「は?」

「全て冗談よ! 成り行きで言ってみたが、メイキュウとは何だ?」


 リュゼルは「どららららら!」と、口を開けて大笑いする。まるで雷鳴のような響きだ。

 こいつと話していると調子が崩される。


「じゃあ、さっきの場所に戻れないのか? 俺は仲間をどうにかしないと」

「まあ待て。戻ったところで(わっぱ)では何もできなかろう。仲間とやらは某の幻術にかかっておるからな」

「やっぱりお前のせいか!」


 迷宮のことを知らないようだが、幻術とやらを使ってみんなをおかしくしたのはこいつらしい。

 俺が詰め寄ろうとしたところで、リュゼルは鋭い爪の生えた手を広げて制止の合図を出す。


「話を聞かぬ奴だ。(わっぱ)らを守るためにかけたのだ。この祭壇に着いてすぐ、(わっぱ)の目には何が写った?」

「燃えたフクロウのことか?」

「フクロウ? 聞きなじみがないのう。(わっぱ)よ、近くに寄れ」


 リュゼルの言葉には不思議な力がある。

 俺は警戒しながらも言われた通りに近づいていた。

 リュゼルは躊躇なくその鋭い爪で俺の頭に触れると、再び「どららららら!」と笑い始めた。


「滑稽滑稽。実に愉快だ!」

「何がだよ」

(わっぱ)の記憶を覗き見た。あの肥えた鳥がフクロウか!」

「おい、勝手に見るな! っていうか、そんなこともできるのか?」

「当然」


 リュゼルは金色の爪で顎を撫で、ニヤリと笑う。


「ここはいわゆる魂の世界。この黄泉戯(よもつたわむれ)の冥王と呼ばれたリュゼルにかかれば、魂から記憶を読み解く程度、容易なことよ」

「冥王って……あんた一体何者なんだ?」

「冗談だ! 某は冥王でもなければ、ここは魂の世界でもない。(わっぱ)が見た肥えた鳥は某の幻術よ。どららららアッ!」

「いい加減にしろ! 話が分かりづらいんだよ!」


 俺は苛立ち、リュゼルの背中に小さな氷を落とした。

 リュゼルは面食らった表情をした後、濡れた犬のように全身を振るわせて、明かに気分を落ち込ませる。


「某は氷が大の苦手なのだ……」

「こっちも少し気が立ってるんだ。無駄な冗談はやめてくれ」

「つまらん奴よのう……。ここは某の幻術の世界。幻術の中から幻術をかけて(わっぱ)をここに連れてきたのだ。そんな神の如き業を成す某こそ、龍人族最後の騎士にして焔神様の眷族、龍騎士リュゼルなり!」


 龍騎士リュゼル……間違いなく『煌騎士リュゼルの英雄譚』の主人公、煌騎士リュゼルと同一人物だろう。

 本になるくらいだから、元となる人物や話は存在する可能性はある。

 ただ、あの本では人間として書かれていたし、龍人族なんて聞いたことがない種族だ。

 とはいえ、見た目が明らかに人間とはかけ離れていることから、こいつが龍人族というのは嘘ではないだろう。


「お前は何が目的で俺たちに幻術をかけた?」

「某の役目は次代の担い手へ神剣を託すこと。某は(わっぱ)と少し語らいたくてな。巫女には申し訳ないが、幻術を直接かけさせてもらった。巫女以外は部屋の幻術にかかったようだから、今頃は幻の中で龍と戦っているのではないか?」

「俺たちが話してる間に死んだりしないよな?」

「その心配は無用。むしろ、一人は幻術を破ろうとしているくらいだ。地人(ちびと)にしてはなかなかにやりおる」


 神剣というのは……おそらく魔剣のことだ。

 こいつの言葉を信じて、みんなが死ぬことがないというなら、聞きたい話は山ほどある。


「その巫女ってなんだ?」

使族(しぞく)に焔神様が宿っているとは某も驚いた。主神の御心は常に測りがたいものだが、それが炎の導きならば、燃え尽きるまで従おう。(わっぱ)もその強張った表情を見るに薄々気づいているのだろう?」

「……」

「神剣はな、強い感情を持つ者には少しばかり重すぎる。強さを求めるものには少しばかり(こく)すぎる。そして、利用しようとする者には決して扱えぬ」


 リュゼルの静かな言葉には重みを感じる。

 俺は真剣に耳を傾け、その言葉を受け止めることにした。


「某が炎となってから、不思議なことに招かれざる者たちがこの祭壇に現れるようになった。(わっぱ)のように神剣に選ばれた者ではない侵入者がな。彼奴らは祭壇からあらゆるものを盗み、最後には神剣に手をかけ、命を落とした。それからというもの、某は被害者を出さぬために扉を潜った者に幻術をかけ、選別しておるのだ」


 『迷宮とは六つの世界の成れの果てである』というネヴァンの主張を思い出した。

 もし、この場所が別世界にあった場所で、この世界に迷宮として現れたのだとしたら……なんて考えてみるが結論は分からない。

 俺はそれよりも大事なことを言っていたのを聞き逃さなかった。


「待ってくれ。神剣に選ばれたって、俺をここに呼び寄せたのは神剣なのか?」

「それ以外に何がある?」


 あっけらかんと黒幕の正体を言うリュゼルに腹が立つ。

 俺はまだこいつを完全には信用していない。


「何十年も前から生徒や教官がここに来て死んでるはずだ。お前が殺したんじゃないのか?」

「扉が開かぬ間は意識がない故、時の流れは分からぬが、(わっぱ)と同じくらいの歳の使族(しぞく)は何度か見たぞ。中には(わっぱ)のように神剣に選ばれた者、自力で幻術を破る者も現れたが、神剣に手を出し、某の肉体に斬られた」

「某の肉体って、あの椅子に座ってる奴か」

「そうだ。すでに某とあの肉体は離れておる。神剣を守るためだけの器があの肉体だ」


 俺が見た祭壇に座っている鎧は、リュゼルの残骸だったわけだ。

 動きそうになかったが、魔剣を盗もうとしたら動き出すのだろうか?


(神剣に選ばれた人も殺すとか、もう訳分からないな)


「ずいぶん厄介なことになってるんだな。お前は魂かなにかか?」

「いかにも。肉体は失えども焔神様から授かった炎は、今だ某の内にあり」


 整理すると、魂となったリュゼルは幻術をかけて神剣の所有者を選別しつつ、守っている。

 そして、あの残骸のリュゼルに意志はなく、魔剣を狙う者を片っ端から攻撃するといったところか。


「俺が幻術にかからなかったのは眷族だからか?」

(わっぱ)も幻術にかかっておる。某のかけた幻術は心を映す鏡よ。

 強さを求める者には強敵を見せ、欲を抱く者には果てなき宝を、恐れを抱く者には絶望を見せる。

 (わっぱ)のように愛を知り、平和を願う者には、肥えた鳥が見えるのかもしれんな。どらららららら!」

「いや、俺はこの祭壇を壊すために来たんだけど」


 俺は気が短い方だし、感情を抑えるのは得意ではない。

 普通に争いが嫌いなだけだ。


(わっぱ)がどう思っていようが、見えたものが全て」

「まあいいや。俺をここに呼んだのは理由があるんだろ?」

「応。某が探していたのは、(わっぱ)のような継承者。(わっぱ)には器となった某に引導を渡し、次代の神剣の主になって欲しいのだ」


(やけに持ち上げてくるからそんなことだろうと思った)


 俺は内心毒づき、溜息を吐く。


「断る。絶対に嫌だね」


 そして、俺はリュゼルの提案をすぐに断った。


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