123話 決闘場の中で
クラウたちを見送り、レオノーラはエリオットを行かせまいと警戒する。
「チッ、行かせてしまったか。貴様、名前はなんと言った?」
「レオノーラですわ」
「所作から分かる。貴様は元貴族といったところか。なぜ学園を敵に回すような真似をする?」
「私はただ困っている友達を助けたいだけですわ」
「意味が分からんな。友なればこそ、愚行を止めるべきだと思うのだが」
「こちらにも色々事情がありますの。何も知らないあなたに口出しされる筋合いはありませんわ」
「……やはり貴様らを見ていると虫唾が走る!!
ここはごっこ遊びをする場所ではない!
弱者同士、傷をなめ合う場所ではない!
己の信条を持ち込む場所ではない!
この国に身を捧げ、忠誠を示す場だ。
力を示し、己の有用性を示す場だ。
他人は蹴落とし、己が生き残ることだけを考える場だ。
だというのに、困っている友達を助けたい?
あいつも貴様も何も見えていない!」
「はぁ……」
激昂するエリオットを見て、レオノーラは深いため息を吐く。
そして、目の前の男は警戒するに値しない小物とでも言うように無防備になる。
「つまらないですわね。クラウはあなたのことを努力してきた人間だと褒めていましたけど、正直がっかりですわ」
「な、なんだと?」
「信条もなく、吹けば飛ばされるような張りぼての忠誠心を持った人に有用性なんてものありませんわ!
理想すら見えてない人間がどうやってその結果に近づけるんですの?
無力だった私は一度家族を失いかけましたわ。それを後悔しているからこそ、家族、友達、私の手が届く範囲の人たちは救いたい。困っていたら助けたい。
あなたこそ、誰かに作られた張りぼての世界に生きているせいで、何も見えていないんじゃありませんの?」
「私の世界が張りぼてだと……ふざけるな! 魔連弾!!」
我慢の限界に達したエリオットは、無防備なレオノーラに両手を向ける。
茨の壁を突き破る魔弾の威力は脅威だが、レオノーラは顔色一つ変えずに対処する。
「茨縛り」
レオノーラが指を上に向けた瞬間、地面から伸びた茨がエリオットの腕を縛り上げ、発射される魔弾の向きを変える。
「上ばかり見ていて足元が疎かですわ。戦意を奪う消沈香」
「むッ、毒か!? いつの間……」
さらに、地面に浮き出た魔霧草のような見た目の茨から不思議な香りが放たれる。
その香りを吸ったエリオットは、立つこともままならずに倒れてしまう。
「お手本通りの戦い方に反応。戦いやすくて助かりましたわ」
「……私は、間違って、いるのか?」
「たかが一戦交えただけでそんなこと分かりませんわ。孤高に高みを目指すことを悪と言ってるわけではありませんの。ただ、あなたの足元が一度の負けで揺らぐくらい空虚なら、そういうことでしょうけど」
「あの編入試験、一人でほぼすべての敵を、制圧した生徒がいたと聞く。不気味な植物を操る、正体不明の生徒。それだけの、強さがあるのなら……貴族にだって、なれるはずだ」
「私の理想は先ほど言った通り。貴族になるだけでそれに近づけるのならそうしますわ。でも残念なことに、私の友達はその程度では頼ってくれなさそうですの」
「……嫌な女だ。だが、勝者は正義となり、敗者は奪われるのが世の理だ」
「ウフフフフ、分かっているじゃありませんの。あら、わたくし空っぽなあなたから奪いたいものがありませんわ。仕方ないから、次の戦いの養分にでもなってくださいな。
クラウは人に甘すぎるから、あなたのような小物でも相手をしてあげてしまう。あいにくわたくしにそんなつもりはなくってよ。さようなら」
「あがっ……」
「……一回全て失って、見えるものもあるはずですわ」
その冷酷な少女の微笑みが、今日エリオットの見る最後の光景となった。
レオノーラが指で合図を出すと赤紫色の茨はエリオットの前進を包み込み、魔素と力を抜き取り始める。
そうして意識と体重を失ったエリオットは、抜け殻のようになっていたという。
「悩みますわね。今から助太刀に行くか、それとも……」
レオノーラの視線の先では、複数の学生とゼラが戦いを繰り広げている。
「棘に溢れた決闘場」
その戦いが邪魔されないように茨の柵を作りつつ、塔への入り口を完全に塞いだ。
「ゼラに何かあればクラウが気に病みそうですわね。私が終わるまで見届けないと」
そう言いながら、レオノーラは静かにゼラを見守るのだった。
*****
「ゼラ、防戦一方だな! その浮いた武器は飾りか?
お前たち、いつも以上に痛めつけろよ。今後、抵抗できないよう徹底的に! 最も点数が高かった奴には、ボクが報酬を出す」
「よっしゃ、瓦礫落とし!」
「ロブルのようにはいかない。小雷波」
「玩具たちの強襲」
デインとそれに従ういじめっ子たちの魔法は、ゼラの体を撃ち抜かんと飛んで行く。
「深淵手武! 防御の型、幽手の帳」
その魔法は全て空中に浮いた武器と見えざる手に叩き落とされ、ゼラに届くことはない。
ブリキの人形も一つずつ粉々に壊されていく。
「ロブルがやられた時と同じだ。一体どんな魔法を使ってやがる?」
「透明な壁があるみたいだ。ビリー、」
「魔法を撃つために時間が欲しい」
「分かった。俺が近づいて時間を稼ぐ。滑り水」
「ダズ、手を休めずにボクと魔法を撃ち続けろ」
「分かった。瓦礫飛ばし!」
「腹を貫く!」
デインとダズは遠距離から攻撃を続け、
一人の槍使いが勢いよく飛び出し、刃の付いていない訓練用の槍でゼラの腹部に突きを放つ。
「一番厄介な人形は潰した。相手が多い時は隙を見て一人ずつ潰していけ。時間はかけるな」
「何をブツブツ言ってるんだ!」
「攻撃の型、幽手拳闘。双幽反拳!」
「ぎゅえ……?」
ゼラは現在生み出せる四本の腕の二本を防御に、二本を攻撃に回す。
その二本の見えざる腕で槍使いの顎と腹部にカウンターを打ち込んだ。
槍使いは鳩尾と顎を同時に衝撃を受けてそのまま倒れ、槍は届くことなく地面に落ちた。
「カランがやられたぞ。ロブルの時と同じだ! あいつに一体何があったんだ?」
「うろたえるな! 今、ビリーが解析してくれる。魔法が進化したところでゼラはゼラだ」
「双幽直拳!」
「があっ」
「ダズ!」
うろたえた隙を見逃さず、ゼラはダズを吹き飛ばした。
「準備できた。電界顕現」
「よくやった」
「ごめんデイン、もう魔素がない。ぎゃっ!」
「ビリー!」
ここでビリーの魔法が完成し、雷の粒子が空間に散り、不可視だったゼラの魔法の腕が、雷光の輪郭に包まれて浮かび上がる。
だが、その魔法にすべての魔素を使い果たしたビリーは、ゼラの拳でやられてしまった。
「全員やられたか。だが、分かったぞ! その腕がお前の魔法の正体だったんだな!」
「分かったところでどうにもできないよ。もう僕は君が怖くない。今なら分かる。そうやって虚勢を張るのも、僕を従えようとするのも、君の方が僕を恐れてるからじゃないのか?」
「何を言うかと思えば、生意気なことを言うな! ボクは、ボクはな……お前みたいな奴が大嫌いなんだ! 才能がありながら、おどおどして意気地がない。その内心、ボクたちのことをバカにしてたんだろ?」
「え? そんな訳ないよ。なんでそんな風に……」
「平民クラスと貴族クラスが分けられている理由を知っているか? 魔法使いの才能は生まれ持って決まっている。平民クラスの人間は貴族クラスにはどうやっても敵わないんだ。たまに勝てる奴がいるとしても、お前たちのような元貴族。平民の才能しかないボクたちは、生まれながらにして負け組なんだよ!!」
デインの咆哮が響き渡り、周囲の空気に一瞬の静寂が生まれる。
「だけどな……負け組にだって、負け組なりのプライドがある。そんな中でお前みたいな“上から目線の元貴族”がいると……邪魔なんだよ!」
「……ミレイに気があるんじゃないのか?」
「あ? ああ、ファウベル重工商会と縁を作れるならあの強情女にも価値はあるだろうな。負け組にはちょうどいい女だ」
「そうか。言っておくけど、僕は君たちが負け組だなんて思ったことはない。君は十分強いし、君に付いてきてるダズ達にもそれは失礼だろ」
「なんだ、今度は上から目線だけじゃなく説教か?」
「最後まで聞いてよ。確かに、戦いにおいては平民と貴族で差があると思う。でも、勝ち負けってそれだけじゃないだろ。僕は君の人を束ねる力は凄いと思うし、最近、人をまとめる立場になってその難しさを知った。僕にそういうのは向いてないみたい」
「だからなんだ? まさかボクに同情してるのか?」
「いや、僕は君を許さない。勝手に人を自分のものさしで測って決めつけるな! ミレイは負け組にちょうどいい奴じゃないし、平民クラスは負け組じゃない! お前の思い込みに色んな人たちを巻き込むな! 幽拳乱舞」
「ボクを守れ! 玩具箱の結界」
デインの目の前にはおもちゃの家が現れ、そこからブリキの人形たちが顔をのぞかせる。
人形たちは武器を構えてゼラの腕を止めようとするが、強力な乱打に耐えられず、徐々に魔素へと還っていく。
「お前の狭い世界を打ち砕いてやる! 四幽絶打」
「ゼラあああああああああ!!!!」
ゼラの四本腕の一撃で、デインはおもちゃの家と共に吹き飛ばされ、茨の柵を大きく超えて敗北となった。
「十日前とは比べ物にならないくらい強くなりましたわ」
「あ、手を出さないでくれてありがとうございます」
「何か吹っ切れたみたいですわね」
「はい。怖かったあいつのことが少し分かって、怖さはなくなって。でもやっぱり嫌いだなと」
「それでいいじゃありませんの。さて、ここをどうしましょうか?」
「あっ……」
周囲を見渡すと、茨の決闘場には多くの生徒が興味を持ち、観戦するために集まっていた。
たまたま見かけた生徒が面白そうだと人を呼び、団体活動中の生徒までが見学に集まったのだ。
「ゼラ、あんた何やってんのよ!」
「あいつやるな! 背中から長い腕が四本生えてるぞ」
「この茨の柵を作ったあの子も凄い魔法使いだぞ。どこのクラスだ?」
「なんだ? もっと戦らないのか?」
「レオノーラさん、ど、ど、どうしましょう?」
ここまで目立っているとは思わず、ゼラは慌ててレオノーラに縋りつく。
「少なくともクラウたちが出てくるまで塔の入り口は塞ぎますわ」
「ウンウン。それなら私と戦うというのはどうかナ」
レオノーラが落ち着いて役割を伝えたところで、茨の決闘場に異端者が現れる。
その異端者はステッキを持ち、まばゆい軍服に身を包んだ大男だ。
「がっ、学園長!」
「学園長が来たぞ!!」
「すごい、英雄の戦いが見れるの?」
「今は教官会議中じゃないのか?」
アルメスト学園長の登場により、生徒の歓声は大きくなり、ゼラの顔は青白くなる。
「すぅー。どういうつもりですの?」
「大事なことを教えてくれた君たちに、感謝の意を込めて戦ってあげようという意味サ。私とは滅多に戦えるものではないよ?」
「……分かりましたわ。ゼラ、やりますわよ」
「ええ!? でも……やるしかないよね」
『うおおおおおおおおお!!!』
大歓声の中、レオノーラとゼラはアルメストと戦いを繰り広げるのだった。