122話 ラビリンス・ウォー
迷宮攻略のメンバー全員で顔を合わせてから、十日が経った。
今日は数十日に一度の教官会議の日。学園の警備が最も手薄になる日でもある。
この機会を逃せば、次は数十日後。
そうなれば、俺は自分がどうなってしまうか分からない。
イーシャの話では、俺は迷宮の“何か”に誘われており、迷宮核を破壊すれば解決の糸口になるという。
実際その“何か”のせいで、俺の意識も精神も迷宮に引き寄せられ、ゼラを利用し、さらに傷つけかけた。
この十日間は発作を抑えるため、できる限り迷宮と距離をとり、仲間の監視のもとで行動していた。
まったく、どこまで迷惑をかければ気が済むんだ。
「さて、全部持ったよな」
何度も確認したが、最後にもう一度道具を確認する。
敵を倒そうが俺がやってしまったことはもう変えられない。
だからせめて、その元凶にこの借りを返させてもらう。
そして、俺の話を信じて、見えない敵の手から救い出そうとしてくれる友達を殺させるわけにはいかない。
『クラウ様、ちゃんとご自身のこともっすよ』
(分かってるよ)
恩師の言葉通り、俺も死んでやるつもりはない。
震える手に使い馴染んだ作業用のグローブを嵌め、俺は寮の部屋から出た。
「さて、やってやろうか。迷宮攻略!」
*****
午前中の講義が終わり、予定通り昼過ぎに空き教室へ全員で集合する。
「緊張するなとは言わないが、もっと気楽に構えろよ!」
「物騒な物を持ってますわね」
「ぼ、僕、実戦なんて初めてだから……」
「まだまだ未熟だが、俺が教えた通りにやればそれなりに戦えるはずだ。もっと時間があればよかったけどな」
「……もう、あんな訓練はイヤだ」
「だはははは! 今日の戦いが終わっても訓練は続けろよ。筋は良いんだからな!」
ロイクはこの十日間、ゼラに戦い方を叩き込んでいた。
ゼラは背中に大きな籠を背負っており、中には剣、槍、斧、こん棒といった多種多様な武器が収められている。
その姿は、まるで戦場で敵の武器を奪って戦い続ける古の武人のようで、確かにレオノーラが言った通り、物騒な雰囲気を放っていた。
「リオネルはそんなに緊張してないな」
「はい。もう何もできない昔の自分じゃありません。皆さんの盾として守ってみせます」
「心強いな」
霧の街ミルゼアの経験を経て、リオネルはさらに逞しくなった気がする。
学園でも訓練を通じて成長しており、それを見せる機会だと気合が入っているようだ。
「クラウ殿も荷物が多いですね」
「秘密の薬だ」
俺もこの日のために色々と準備をしておいた。
背負っている鞄には、某研究会に作ってもらった魔法薬が大量に入っている。
不思議な顔をするリオネルに薬の説明をしようと思ったが、それは喧嘩の声に遮られた。
「お前は後ろ、私が前で戦う。お前の“アレ”は邪魔だから撃つなよ」
「逆に決まってんでしょ! あんたが後ろであたしが前! なんで負けたあんたの言うことを聞かないといけないの?」
「威力を確かめるためにわざと喰らってみただけだ」
「負けを認めないなんてお子ちゃまね。強くなれないわよ」
「それなら総合勝利数で私の勝ちだ。黙って言うことを聞け」
「あれは霊力を使っていない私にでしょ!?」
「負けを認めないのか?」
「ンガーーー!!!」
ラフィとイーシャはこれから戦うというのにずっと言い争いをしている。
すでに見慣れた光景になっており、誰も止めることはないが、それは二人の実力への信頼だろう。
「そろそろ会議が始まる時間だ。目標は迷宮核を壊すこと。想定外のこともあると思うけど、命の危険を感じたら自分のことを優先してくれ。戦いの指揮官はロイクに任せる」
「おう。基本的に一人一人の判断に任せる。俺が指示するのは撤退くらいだ」
この中で最も戦闘経験が多いロイクに、迷わず指揮官を任せた。
とはいえ、ロイクが「各自の判断に任せる」と言うなら、それが一番理にかなっている。
実際、俺たちは命令されて動くより、自分で考えて動く方が遥かに実力を発揮できるだろう。
魔法使いは一人一人が強力な分、自己中心的な者が多いのだ。
「事前にあたしとレオノーラで確認してきたから、扉の場所は分かってる」
「大人数で塔に入るところを見られないようにローブから出るな」
「静かに私に付いて来るんですわよ」
俺はゼラ、リオネルはロイク、ラフィはイーシャをローブで隠し、姿を出したレオノーラの後を追いかけて教室を出た。
*****
教官会議のある学園は、たまに団体活動を行う生徒を見かけるくらいで、一人の少女の後を追う透明な集団に気づく者はどこにもいない。
何事もなく目的地の塔へ着くと、一人の少年が入口に座って待っていた。
「ここへ何の用だ? 確か、貴様もあいつらの仲間だったよな。今日ここに学園長は居ないぞ」
その少年の名はエリオット・フェルスター。
学園長から迷宮核探しの依頼を受けた学生の一人だ。
ここで何をしているのか、聞きたいのはこちらの方だ。
「あなたこそ何をしてるんですの? 邪魔ですわよ」
レオノーラは俺の心を読んだかのようにエリオットへ尋ねる。
「学園長様から直々に依頼を受けてな。どうしても抜け出せない会議の日に、学園長室から大切なものを盗む出そうとする不届き者が現れるかもしれないと。私が警備を任されたのだ」
「あなた一人ですの?」
「貴様程度なら私一人でも良かったんだがな」
「フフフフ。出番はないかと思っていたら、本当に現れるとは。お嬢さん、ボクに名前を教えていただけませんか?」
塔の中から薄化粧をした少年が現れた。
エリオットを押しのけ、レオノーラに近づくと、お辞儀と共に頭を下げる。
「あいつは!?」
「知ってるのか?」
ゼラは彼を知っているようで、小さな声でつぶやいた。
「……デイン・ラザフォードだよ。なんであいつがこんなところにいるんだろう」
デインという何度か話を聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。
ゼラは彼を見て少し震えており、未だにトラウマを抱えているようだ。
「レディに名を尋ねるのでしたら、まずはご自分が名乗るのが礼儀ですわよ。どなたか存じませんけれど、あなたに出番はありませんわ。ここを通しなさい!」
「あぁ? 女のくせに図に乗るなよ。出てこい! 侵入者だ!」
そんなデインに対し、レオノーラははっきりと物申すが、それがデインの怒りに触れたようだ。
デインが塔の中に呼びかけると、数人の男子生徒がぞろぞろと出てきた。
「はぁ、小娘一人に何をキレている。これだから平民は……」
「お前もボクと同じ平民クラスだろ! こいつはボクの心を傷つけた。女だろうと許さない」
「身分の話ではない。器の話だというのが分からないのか?」
「同じ準貴族の生まれとして育てられたのだから分かるさ。ボクも君も貴族のプライドを持って育った醜い人間だ。君に同情するよ」
「自暴自棄になった貴様と一緒にするな。……まあいい、私の相手は別にいる。そうだろう? クラウ・ローゼン!!」
学園長がこんなトラップを残しているとは思わなかった。
どういうつもりでエリオットやデインを警備にしたのか。
だが、名前を呼ばれて応じないわけにはいかないだろう。
「呼んだか? 悪いけど、ここは通らせてもらうぞ」
俺はゼラを残したままローブの外に出て、エリオットに相対する。
「クラウ、なんで出てきたんですの!?」
「呼ばれたなら応じないとな」
「フッ、貴様とは戦う時が来るだろうと思っていた。まさか、こんなに早いとは思わなかったがな」
「ダメですわ! 茨の英雄道!」
「ぬおっ」
レオノーラを中心に茨の道が現れ、塔の入り口にいる者たちを外へ無理やり取り除いていく。
「ラフィ、連れてって! クラウの代わりは私がやりますわ」
「ったく、世話焼かせんなよ」
「ええー」
戦う気満々だった俺は透明なラフィに抱えられ、そのまま塔へ連れて行かれる。
エリオットに対しては俺に非があるし、戦うことで気が済むならと思ったが、レオノーラが代わりをしてくれるようだ。
俺はすぐに切り替えて、入口を目指して走り出す。
「行かせるか! 魔弾」
「させません! レオノーラ、気をつけろよ」
「もちろんですわ! お兄様も頑張って!」
俺を狙ったエリオットの攻撃は茨の壁を突き破るが、リオネルの盾に弾かれる。
「エリオット、また今度な!」
声だけで別れを告げ、俺たちは塔の入り口に近づく。
「まさか隠れていたとはね、ボクが黙って行かせると思うかい? |不思議な玩具の戦闘部隊」
「人形!?」
そんな俺たちの目の前に武器を持ったブリキの人形が降ってきた。
人形は起き上がり、行く手を阻まんと構える。
「クラウ、ここは僕の戦いだ。僕に任せてほしい! 深淵手武!」
「ゼラ!」
ゼラは俺にローブを返し、人形たちへと向き合う。
「ゼラ……ボクに反旗を翻すというんだね。少し力をつけたからと調子に乗るなよ!」
「もう僕はお前の人形じゃない。ここでお前との糸を断ち切るぞ」
「なんで言うことを聞けないのかな? その目を止めろ!」
デインはゼラに気を取られ、人形も俺たちの邪魔をしてこない。
ゼラは過去を乗り越えようとしているのだ。
俺たちは任せて目的を果たすべきだろう。
レオノーラとゼラを外に残し、俺たちは塔の侵入に成功した。
「あの魔道具のかごの下に広い地下室があるわ。扉はその先よ」
事前に伝えられていたが、エレベーターの籠は地下を隠すためのブラフだった。
エレベーターの行き先に地下はなく、かごをどかして地下に落ちるしか、扉へ行く方法はない。
「斬ッ!」
ラフィは剣を抜きかごを断ち切り、下の方へ落とした。
重いかごが落ち、反響音が時間差で聞こえてくる。
計算などはできないが、かなりの深さであることは間違いなさそうだ。
「あんた乱暴すぎよ」
「どうせもうバレてんだ。行くぞ」
「行くって、頼みのレオノーラがいないから……きゃああああああ」
「俺たちも行くぞ。舌を噛まないようにな」
『え? うわあああああああ』
ラフィはイーシャを担いで飛び降り、ロイクは俺とリオネルを抱えて飛び降りた。
真っ暗闇の中、しばらくの浮遊感を感じた後、俺とリオネルはそっと地面に降ろされた。
「降り方にはコツがあるんだよ」
ロイクに浮遊はできないはずだが、どうやって着地の衝撃を和らげたのかと聞こうと思ったが、聞く前に答えを言われた。
「ちょっと!」
「シッ、時間がない。あの奥のやつが扉だな。早く開けられるか試すぞ」
「そうだな」
ラフィが炎で照らした地下室は、人の手が入っていない自然でできた巨大な洞窟のようだった。
その洞窟の先に、大きな扉が存在している。
俺は炎霊晶を取り出し、その扉に押し当てる。
「何も起こらないぞ」
「そんなはずないわ。この扉と炎霊晶は間違いなくつながりがある」
炎霊晶を近づけるだけでは開かない様で、扉は微動だにしない。
「触れさせることが扉を開く条件じゃないのか?」
「めんどくせえな。思いっきり押せば……開いた」
別の条件があるのかと思案していると、しびれを切らしたラフィが扉を押す。
すると、炎霊晶を通じて扉に赤い光の線が走り、ゆっくりと扉が開き始めた。
「なんだ焦らすなよ」
「構えろ! 何かいるぞ!!」
ロイクの警戒する声に、俺たちはすぐに警戒態勢をとる。
ここはすでに迷宮の中、相手は魔剣を持っている可能性が高い。
「ホロロー」
「……フクロウ? いや、火炎鳥?」
扉の先に居たのは、魔剣を持った迷宮の主ではなく炎に身を包んだ巨大なフクロウだった。