121話 使徒と神霊具
「迷宮内じゃなくて、塔の地下?」
「ええ。最も強い縁を辿ったら、そこに扉が見えたわ。その先までは分からなかったけどね」
縁を辿るというのはよく分からない感覚だが、イーシャには何かが見えるのだろう。
サターシャと似たような魔法なのだろうか。
「はぁー。俺たちがいくらここの迷宮を探しても、手掛かりが見つからないわけだ。まさか外に鍵があるなんてな」
これまで迷宮を探索し続けていたロイクは呆れたように溜息をついた。
迷宮の主が魔剣を持っていることは知っていると言っていたが、それ以外は本当に知らないのだろう。
「待て。私たちにも分かるように話してくれ。まずはイーシャのその力のことから説明しろ。本当にさっきのモヤモヤした奴で本当に分かったのか?」
「そうですわ。神秘的で見惚れてしまいましたけど、今のは魔法ですの?」
ラフィとレオノーラは占いの力が気になるようで、イーシャに問いかける。
「魔法に似てるけど少し違うわ。というか、私たち魔法使いじゃないもの」
「は? お前、普通に魔道具使えてただろ」
「どういうことですか!? 自分もロイクが戦闘試験で魔道具を使ってるのを見てましたけど」
イーシャの告白に、戦闘試験で二人が魔道具を使っていたのを見ていたラフィとリオネルは信じられなさそうに反応する。
「俺もイーシャも魔器がないんだ」
「ええ!?」
「学園でもそんな生徒に会ったことないよ! 聞いたこともない!」
「嘘ついてんじゃねえだろうな? 」
「つくわけないでしょ! この力に関して偽りを語ることは禁忌なの。一度でも嘘を吐けば、真実が覆い隠されてしまう。破るくらいなら死を選ぶわ」
そう言い切るイーシャの言葉からは、自身の力に強い誇りと信念を持っていることが伝わる。
「そもそも魔法使いかどうかなんて今は大した問題じゃないでしょ?」
「ああ、その通りだ。その力は一体何なんだ?」
イーシャもロイクも魔法使いにあって当然の魔器がないにも関わらず魔法のようなものを使っている。それに、戦闘試験で配られた魔道具も魔素を注がなければ動かないものだった。
魔法使いではないというなら、彼らは一体何者なのだろうか。
「見せるのが早いわね。神霊具、烏夜照らす月鏡」
「おいおい、嘘だろ……」
「すごいですわ!!!」
イーシャのピアスの宝石が黒く輝いたと思った瞬間、それは姿を変えて鏡に変わった。
「じゃあ、俺も見せるか。神霊具、地王の鍛録数珠」
「ロイクもですか!?」
「とんでもないものを見てる気がするよ」
今度はロイクが服の中に仕舞っていたロケットペンダントを取り出すと、その飾りの宝石が黄色く輝き、右手首に数珠となって巻き付いた。
「それがお前たちの力の正体ってわけか」
「そうよ。あたしたちもあなたと同じ使徒なの。仕えてる神様は違うけどね」
「この魔素の起源であり、神から与えられた力を『霊力』というんだ。ちょうど魔法使いの魔器のあたりに霊力の集まる『神器』があるはずなんだが、クラウも感じるか? 俺たち以外の使徒は初めて見るし、魔法使いがどうなのかは知らないんだ」
「確かに感じてるよ。魔素とは別の暖かい何かをな」
「……」
「それが霊力だ」
増えないはずの魔素が増えた原因が分かった。
魔素ではなく霊力というらしいが、俺は氷魔法しか使えていないし、現状大きな違いはないだろう。
「占いも霊力を使っていたんですの?」
「そうよ。まあ、占いって言ってるけど月詠は“運命を観測”する力。干渉はできないし、制限も多いから大したことはできないけどね」
「いやいや、もの凄いですよ。そんなことができるなら国が放っておかないはずです」
「だからこの話は内緒でお願いね! あなたたちが簡単に話すような人じゃないのは分かってるけど」
「もちろんですわ」
あまりにも俺たちを信用しすぎている気もするが、それだけ心を許してくれているならうれしい限りだ。
実際こんな話をしても面倒事が増えるだけだし、巻き込まれたくない。
「そいつで迷宮主の情報は分からないのか?」
「ラフィ、あんた話聞いてた? 制限が多いって言ってるでしょ! そんなことが出来たら、もっと早く魔剣探しも終わってたわよ」
「使えねえな」
「ムガー」
一通り能力の説明を終えた後、ラフィとイーシャが揉め始めた。
仲が良いのか悪いのか分からない二人だ。
「あの馬鹿は放っておいて、先のことを話そう」
「そうだな」
それを見たロイクが呆れたように溜息をつき、俺に話しかけてくる。
「決行日をいつにするかだが……」
「それなら、ちょうど十日後に教官会議があるはずだ。その時なら学園長も不在で、教官からの監視も薄くなる」
「……なるほど。それなら十分準備が出来そうだな」
扉の場所は想定外だったが、もともと考えていた決行日が一番いい。
一番の懸念点は、学園側に戦闘中に割り込まれることだ。
たまたま学園長室の塔の地下にあるとは考えづらいし、ほぼ間違いなく学園長は扉の存在にも部屋の存在にも気づいている。
教官会議中なら俺たちが塔に侵入したことに気づいても、この前のようにすぐに対応するのは難しいだろう。
「迷宮に入ってすぐに倒して、何事もなく目的を達成できるのが理想だ」
「なら、後はお互いの実力を把握しとこう。その後に息を合わせる訓練だ」
「だな。おい、二人ともいい加減喧嘩はやめてくれ。空いてる訓練場に行こう」
「ぶっ倒してやるよ」
「望むところよ。今度は本気で相手してあげる」
戦えるとなってやっとラフィもイーシャも喧嘩を止めた。
「俺はまずリオネルと戦ろうか」
「自分もロイクと手合わせしたいところでした。胸を貸していただきます」
ロイクも打って変わって、戦闘モードの顔つきになった。
「その後はイーシャの代わりに俺が全員と戦るからそのつもりで頼む」
「お手柔らかに頼むよ」
「お願いしますわ」
「ぼ、僕もやるのか……」
「だっはっはっは! 安心しろ。加減はしてやるから」
俺たちはそのまま訓練場に移動した。
*****
「よし、止めにしよう」
「やっと終わりか?」
「勝ち負けを決めるのが目的じゃないからな。それにしても、その氷は厄介だ。敵にしたくないぜ」
「全部受け流しといてよく言うよ」
俺はロイクとの手合わせを終え、厄介という誉め言葉をもらった。
一方、俺からロイクへの感想としては、よく分からないというのが正直なところだ。
軽く対峙してみて、ルインスのような掴めない感じとサターシャのような奥深さを感じた。
リオネルとレオノーラとの戦いを見ても余裕で攻撃をあしらっており、実力は底知れなさを感じる。
迷宮主との戦いでは非常に頼りになるだろう。
「はあああ!!」
「やあああ!!」
隣ではラフィとイーシャが魔法無しの模擬戦を行っている。
結局、ロイクに怒られ、イーシャも使徒の力は使わないようだ。
ラフィから話は聞いていたが、イーシャの実力は今のままでも十分あるし、問題なさそうだ。
「強奪する手!」
「うおっっと!」
ゼラとロイクの手合わせは、ゼラの不可視の腕がロイクの不意をつくところから始まった。
「何か伸ばしてるな? だが、空気の揺れで丸わかりだ!」
ロイクは伸びた手のすべてを超人的な動きと勘で避ける。
「掴まえた。なるほど、こいつを引っ張れば!」
「うっ、うわあああああ!!!!」
そのまま一本の見えざる腕を掴むと、全力で引っ張り、ゼラを空中に引き上げた。
「良い魔法だが、戦い慣れてないな。でもまあ合格だ。残り10日で鍛えてやる」
ロイクは落ちてきたゼラをキャッチしながら合格を告げるが、想定外の恐怖にゼラの顔は青白くなり、声も届いているか怪しい。
「お前、強すぎるだろ。それも使徒の力か?」
「……まあ、そんなところだ。それよりお前の炎霊晶、加工するなら鉱人しかできないから、加工して欲しかったら言ってくれれば紹介するぞ」
「そうなのか? でも、知り合いにいるから大丈夫だ」
「本当か? 良かったら名前を聞いてもいいか?」
「ガルダさん。生活を豊かにするものをつくりたいって、いつもお世話になってる凄腕の職人さんだ」
「そうか! ガルダ爺、元気にしてたのか!」
「知り合いなのか?」
鉱人で共通の知り合いを持つ人が学園にいるとは思わなかった。
「ああ。俺の生まれは|鉱人の街マグメルだ。かなり薄いけど鉱人の血が混じってる。ガルダ爺には子供のころに世話になったんだ。色々あってお互いにマグメルから離れて、行方も知らなかったし、知り合いに会えるとは思わなかった」
「今はアブドラハで大人気の鍛冶職人をやってるよ」
「そうか、ありがとう。機会があれば会いに行く」
ガルダさんはあまり故郷の話をしない人だったが、きっと寂しい気持ちは抱えていたはずだ。
知り合いと会えれば喜ぶだろう。
「あれ? でも、イーシャと同じ町の出身って言ってたよな?」
「鉱人の街の出身なんて言えば面倒だろ?」
「なるほど」
鉱人の需要は非常に高いが、どこに住んでいるのかは秘匿されている。
その場所を知る人は限られており、知っているなんて言えばどんなことになるかは容易に想像がつく。
「もしてかして、加工するとさっきの神霊具って奴になるのか?」
「いや、条件は分からないな。俺たちも先代の神霊具を受け継いだにすぎないから」
「そうか」
迷宮の主との戦いで役に立ちそうならと思ったが、どのみち間に合わないだろう。
さて、あと10日でできる限りの準備をしよう。
みんなが生きて帰れるように。