119話 切り札と協力関係
迷宮核を壊す目的のために協力を結びたい相手は、俺たちとは別で学園長から依頼を受けているロイク、イーシャ、エリオットの三人組だ。
ラフィの話では、三人は迷宮核探しに難航して焦っている様子とのことなので、協力を持ちかけるには最高のタイミングである。
俺たちは協力を結ぶ上での条件を事前に固めた上で、空き教室に彼らを呼び出した。
ゼラ、俺、リオネルの三人で彼らと机を挟んで対面する。
主な交渉役は俺で、二人には何かあれば助けてもらうつもりだ。
ラフィとレオノーラは人数合わせと向いていないという理由で不参加だ。
「それで用事って何よ。こっちも暇じゃないんだけど」
「忙しい中、時間を作ってもらって助かるよ。お互いに有益な時間にしよう」
呼び出されたことに不満げなイーシャが口火を切り、俺は挨拶から始める。
「有益か……。この面子を見れば、俺たちが何の用件で呼ばれたのかは想像がつく。俺たちと手を組みたいってところか?」
「話が早くて助かるよ。ロイクの言う通り、みんなで協力しないか提案するために今日は呼んだんだ」
「フッ、貴様らは興味がないのではなかったか? それがいきなり手を組みたいとは怪しいな」
ロイクは分析能力に長けた食えない少年のようだ。
交渉する上で一番厄介なのはロイクになるだろう。
エリオットは相変わらず高慢だが、優れた指揮力を兼ね備えている。
エリオットにも協力してもらいたいところだが、この交渉で彼の協力は得られないであろうことは事前に予測してある。
「別に手を組んでくれる分には良いじゃないか。実は俺たちも苦戦しててさ。迷宮は探索してるんだけど、中に居るのはゴーレムだけで迷宮の主がいる気配は全くしないんだ。まったく不思議な迷宮だよな」
「もう迷宮探索の許可をもらえたの!?」
ロイクたちはすでにアルサラント地下迷宮を探索しているらしい。
そのことにゼラが驚きの声を上げる。
「うん? さっきから気になっていたんだが、君は誰だい?」
「あっ、すみません。ゼラ・ノルヴァです」
「家名持ちということは、もしや高名な貴族でしょうか?」
「いや、それは昔の話で……」
「高名な貴族なら私が知らないはずがない。それよりも使えるのか?」
ロイクは初対面のゼラが気になっていたようで、じっくりと観察している。
一方で、エリオットの興味は戦闘ができるのかどうかだけなのだろう。
初対面の相手にも関わらず無礼なエリオットが、貴族を相手にしたらどんな態度をとるのか気になるところだ。
「ゼラは俺が呼んだんだ。きっと役に立つと思うよ。なあ、迷宮探索には許可が必要なのか?」
「うん。訓練迷宮は1年の前期の期末試験で合格すれば、探索許可が貰えるはずだけど」
「それなら期末試験の合格に十分な戦闘能力があると教官に認めてもらえれば問題ないぞ」
アルサラント地下迷宮は、生徒の訓練場として利用されており、“訓練迷宮”と呼ばれている。
自由に出入りするには、学園からの探索許可が必要らしい。
学園の規則は多すぎて基本的な情報が抜け落ちていることがよくあるので、確認できてよかった。
「それで? 手を組みたいってだけなら、こんな大げさにしなくても良いでしょ? 早く用件を言いなさいよ」
「分かった。三人をこの場に呼んだのは、協力する上でこちらの条件を飲んでもらいたいからだ」
「条件だと?」
「詳しく聞かせてくれ」
俺が条件という言葉を口にした途端、三人の顔つきが変わり、空気が一瞬にして張り詰める。
純粋に協力できたらどれだけ楽だろう。
だが、俺たちと向こうの目的は同じようで全く違う。
そこを曖昧にして協力はあり得ない。
「まず前提を確認したいんけど、そっちの目的は、学園長の依頼である迷宮核の発見であってるか?」
「その通りだ」
俺が確認すると、エリオットは真っ先に答える。
「じゃあ、迷宮核があるところに迷宮の主がいることも知ってるよな?」
「当然だろう。私たちはそれを探すために迷宮を潜っているのだ」
「そこまで分かってるなら話が早いよ。俺たちが手を貸す条件は、迷宮核の発見じゃなくて、迷宮核の破壊まで協力することだ」
俺たちの目的は、迷宮核の発見ではなく破壊だ。
この違いで危険度は大きく変わってくる。
「何言ってるの? そんなの同じじゃないの」
「馬鹿、全く違うぞ。クラウが言ってるのは、迷宮の主を倒すまで俺たちが協力するなら、迷宮探索を手伝うってことだ。迷宮核を見つけて学園長に報告するのとは訳が違う」
「そ、それくらいあんたに言われなくても分かってるわよ」
その差に気づかないイーシャに対し、ロイクが丁寧に説明している。
ロイクのおかげで交渉は円滑に進むし、なかなか使える奴だ。
「迷宮核を壊すだと? それをする意味が分からんな。迷宮核を壊せばどうなるか知らない訳ではないだろう?」
「ああ。迷宮核がなくなれば、迷宮の入り口は閉じることは承知の上で話してる」
蔵書館の資料には過去に迷宮核を壊した例も載っていた。
その場合、迷宮とこの世界をつなぐ入口は閉じて、二度とその場所に行くことはできなくなる。
迷宮自体が資源の宝庫であり、危険度が低い小規模の迷宮は、迷宮核をあえて残しておくこともあるようだ。
学園の迷宮は迷宮核が発見されていないため、意図せずに迷宮の恩恵を受けている形になる。
「学園側に許可を取らないとそもそもこの話は意味がないんじゃないか?」
「その必要はないよ。迷宮を管理してるのは学園だけど、迷宮に所有権がないことは法律で決まってる。迷宮攻略は誰にでも権利があるんだ」
「私は反対だ。無駄に学園に恨みを買うような真似をするつもりはない」
迷宮核の破壊が法律違反でないとはいえ、学園から迷宮という資産を失わせることになる。
出世を目的とするエリオットからすれば、学園に損を働くような真似はしたくないのだろう。
「俺たちもこの条件は譲れないし、それが無理なら協力の話は無しだ」
「そうか。ならば、話はおしまいだな」
エリオットは立ち上がり、イーシャとロイクも腰を上げたところで、俺は切り札を出す。
「俺たちに協力しないと、迷宮核は一生見つけられないと言ったらどうする?」
「なんだと?」
「そっちには絶対に手に入れられない情報を俺たちは持っている。それがないと迷宮核はたどり着けないぞ。協力してくれるならその情報を話すよ」
「残念だが、迷宮核を壊せば学園長の後ろ盾を得られなくなる。私はそこまでして貴様らに協力する義理はない」
俺の切り札にエリオットは予想通りの反応をする。
もちろん、イーシャとロイクもだ。
二人は再び腰を下ろし、堂々と座り直した。
「……おい、お前たちどうした? まさか、クラウに協力するというのか? 学園を敵に回すことになるぞ!」
そんな二人の様子に、エリオットは少し焦ったように忠告する。
「エリオット、悪いけど先に出て行ってくれ。話を聞かせてもらおう」
「ごめんなさいね。私たち出世に興味なくなっちゃったの」
「これだから平民は……。クソッ、時間を無駄にした」
エリオットは苛立ちながら、教室から出て行く。
突然裏切られたようなエリオットは可哀そうだが、目的が違えばすれ違いもあるものだ。
「リオネル、ゼラ頼んだ」
「分かりました」
「分かったよ」
俺はリオネルとゼラに視線で合図を送り、入口を警備してもらう。
ここからは漏らしてはいけない秘密の話し合いだ。
「二人には別の目的があったんだな」
「お互い様だろ」
最初に話した時、二人は学園長が依頼をする前から迷宮のことを知っていたような口ぶりだった。
その後の行動も迷宮にこだわりがあるようで、そこに賭けて正解だったようだ。
「やっぱり、あんたたち似てる気がして嫌だわ」
「それで、俺たちじゃ絶対に手に入れられない情報っていうのはなんだ?」
「これを見てくれ」
俺は懐に仕舞っておいた“脈動する紅蓮の宝石”を取り出して、二人に見せた。
「たまたま見つけた迷宮の主がいる部屋の鍵だ」
「わずかに動いているような……これは!?」
「まさか!」
イーシャとロイクはじっくりと宝石を見た後、二人で顔を見合わせた。
少し間をおいて、ロイクが口を開く。
「クラウ、これをどこで手に入れた?」
「『煌騎士リュゼルの英雄譚』って本の表紙に付いてたんだ。触れたら留め具が外れてさ」
「あなた、もしかして使徒なの?」
「シトってなんだ?」
イーシャの口から出た“使徒”という聞きなれない言葉に、思わず聞き返してしまう。
「なんだ、知らないのか。炎霊晶の輝きを見るにそうだと思ったんだが」
「この石のことも知ってるのか? 俺にも分かりやすいように教えて欲しいんだけど」
「それは炎霊晶って言って、火の神様から与えられた使徒の証なのよ。ほら、貸してみなさい」
俺はイーシャに炎霊晶を手渡す。
「ほら輝きもなくなったでしょ?」
「本当だ」
イーシャの手に渡った瞬間、炎霊晶の溶岩が流れているかのような脈動も止まり、ただの赤い宝石となる。
証明を終えたイーシャは、俺に炎霊晶を満足げに返す。
「これはあなたの物よ」
「いやいや、本当に偶然手に入れただけで、目的を果たしたら返すつもりだ」
「それができるなら苦労しないんだ」
「やってみれば良いじゃない」
ロイクとイーシャは憐みの視線を向けてくるが、こっちとしては火の神様の使徒だというのも飲み込めていないので、困惑するしかない。
(いや、相手のペースに飲まれるな。まずは二人の本当の目的を聞かないと)
「まあ、それは置いといて、二人が迷宮に潜るのは使徒と関係があるのか?」
「それはあまり関係ないんだ。だが、……先に迷宮核を壊すことにこだわる理由を聞かせてもらえないか? もちろん口外はしないし、話してくれたら俺たちも包み隠さずに話そう」
「分かった。俺たちの目的は、俺のおかしな状態を治すことなんだ」
協力を結ぶ上で、理由も聞かれると思っていたので、迷宮に引き寄せられている不思議な感覚を二人に話した。
「そういうわけで、原因になってる迷宮核を壊せば、治るんじゃないかと思ってるんだ」
「なるほどな。イーシャ、どうだ?」
「あなたのそれ、迷宮のせいじゃないわよ」
「どういうことだ? うおっ!?」
俺の信じられない話を信じるどころか、話を聞いただけで別に原因があると言うイーシャに視線を向ける。
そこには髪が宙に浮きあがり、目を蒼く光らせたイーシャが俺を覗き込んでいた。
「確かにあなたには迷宮と縁があるみたいだけど、それとは違う何かがあなたを誘いこんでいる。でも、迷宮核を壊すことは吉みたいね」
「なっ、え?」
「こいつは占いが得意なんだ。……そうだな。嘘は言ってないみたいだし、鍵がなければいけないってのは分かった。俺たちもクラウに協力しよう」
「……いいのか?」
「そっちが提案してきたんだろ?」
思わぬ出来事の重なりと、あっさりと交渉が成立したことに俺自身が付いていけない。
「一旦この場は閉めて、協力してくれる全員でまた情報を共有しよう。その時に俺たちがなんで迷宮を探索してるのかも話す」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
イーシャとロイクの協力を得ることはできたものの、なんとも言えない感情に襲われながら交渉は終わった。