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118話 説教と状況整理

「ラフィ先輩を連れてきました。事情も説明済みです」

「申し訳ないけど、クラウは動けないように縛らせてもらってますわ」

「……」


 リオネルとラフィは走ってきたようで、すぐに戻ってきた。

 ラフィは何を考えているのか分からない目で、椅子に縛られた俺を見つめてくる。


(来て欲しくなかった……)


 そんなことを考える資格がないことは分かっているが、その顔を見た瞬間に後悔する。

 二人が来るまでの待ち時間で、頭は冷静になっていた。

 友達を利用し、魔法で攻撃して、拘束されていることが情けなくて仕方がない。

 そして、そんな姿を幼馴染に見られていること、それ以上に情けないことがあるだろうか。


「あー、えっと、……ごめん」


 俺はラフィから視線を外すために、頭を下げ、床を見ながら謝る。

 もっと言うべきことがあるはずなのだが、何を言えば良いのか分からない。

 一度空気を変えて欲しいと思うが、なぜか誰も口を開かないため、無言の時間は続き、それは永遠のように感じる。

 じっと待っていると、誰かが近づいてきて、目の前で止まった。


「敵は?」


 初めて聞くドスの効いた低い声に戸惑い、俺は慌てて顔を上げる。

 そこには、周囲の空気を揺らめかせる陽炎を身に纏い、目から火花を散らしたラフィが立っていた。

 本人から熱さは感じないが、室温が急激に上がっているのを感じる。

 近くにいたレオノーラは顔を引きつらせて俺たちから距離を取っており、ゼラもいつの間にか教室の外に近づいているので、今のラフィに近づきたくないのだろう。


「俺が悪かったんだ。本当にごめん! 一回落ち着いてくれないか?」


 茨の拘束さえもいつの間にか焼き切れていたため、俺は立ち上がって説得する。


「手帳はどこ?」

「あっ、これです! 僕が持ってます!」

「ん」

「え? 分かりました!」


 リオネルから話を聞いていたのだろう。

 今度は学園長から盗んだ手帳の在りかを尋ねるラフィに、ゼラは持っていることを伝える。

 そして、手で寄こせと合図するラフィに魔法の腕を使ってその手帳を渡した。


「こんなもの要らない」

「ちょっと待っ」


 俺の制止も虚しく、手帳は目の前で燃やされてしまった。

 まだ序盤の序盤、迷宮核へ通じる部屋の鍵についてのメモしか読めていない。

 メモによれば、手帳には迷宮核のある部屋に関することやアルサラント迷宮に存在する主に関すること、迷宮核の利用法といった研究が記されており、これまで読んだ本よりも迷宮の真相に近づけそうに感じていた。

 数少ない迷宮の謎を解明するための重要な情報源だったのだ。


 ボロボロと灰になりかけている手帳を見て、俺は絶望感や焦燥感を覚える。


「それは……」

「お前は反省しろ!!」


 あんまりだと思って抗議しようとするが、激怒するラフィに睨まれ、強制的に黙らされてしまう。


「……あの情報はすごい価値があるんだ」

「どれだけ価値があってもそれで仲間が傷つくなら、それはゴミ以下だ」


 ゼラを傷つけようとした俺には、何も言い返すことができない。


「いつから迷宮に執着するようになったんだ? 学園長に話をされるまで迷宮なんてほとんど知らなかったし、興味もなかっただろ」

「それが俺にも分からないんだよ。迷宮に触れるにつれて、迷宮に近づくにつれて、どんどん引き寄せられていくんだ」


 俺はいつの間にか迷宮に興味を持つようになっていた。

 蔵書館で本や資料を読み進めていて面白いとは思ったが、執着するほどではなかったはずだ。

 手帳を見た瞬間、今まで隠れていたその執着心が爆発して、今もそれが残っているから俺も困惑している。


「じゃあ、そのきっかけを作った学園長が敵か?」

「いや、学園長は敵ではない……と思う。やってることが回りくどいし、直接何かされてるわけではないんだ」

「お前、あいつに洗脳されてるんじゃないか? 自分で自分の行動が分からなくなるなんて、あり得ないことだぞ」

「分かった。一回、整理さくれ」


 俺はこれまでの流れをラフィに説明する。


 俺の目線からすると、学園長は常に敵だった。

 予想が正しければ、英雄の孫であるという情報を操作し、俺が蔵書館へ行くきっかけを作ったのは学園長だ。

 それに、迷宮を調査し始めた俺に監視をつけるようになったことも怪しく感じる。

 ただ直接手を出してくることはなかったので、俺は様子を見るために一度調査から離れた。


 俺が学園長室へ忍び込んだのは、いつまでも動かない学園長の反応を確認しつつ、迷宮に関する情報を盗み出したかったからだ。

 学園長室に侵入すると、学園長は事前に想定していたかのような動きで俺を捕まえた。

 そこで俺は迷宮の情報をゼラに任せ、学園長から情報を引き出す方針に切り替えた。

 しかし、盗みに入った手前、会話は難しく、学園長も警戒して情報を与えず、接触の時間もわずかだった。


 今になって考えると、この時から俺の行動には違和感が生じており、学園長の反応よりも迷宮の情報に吸い寄せられていたと思う。

 学園長の反応を確認するという目的と迷宮に関する情報を盗み出すという目的を達成する上で盗みを働くのは悪手すぎる。

 俺はいつの間にか芽生えていた迷宮の情報を得たいという衝動に身を任せて、迷宮の情報を盗む方を優先していた。

 これが俺の知っている学園長を判断する材料だ。


 話を聞いているうちにラフィの周囲の陽炎はなくなり、熱も収まってきた。

 遠くにいたリオネルとレオノーラは近づいてきて、会話に参加する。


「その話だと敵寄りだろ。あいつは何かしらを知っていて、私たちにそれを隠している。お前がおかしくなったのもあいつが私たちを集めて迷宮核の話をしたせいだ」

「クラウの言う通りなら、直接手を出しているわけではないみたいですし、そう決めつけるのは早いと思いますわ。今のクラウの言葉を信ずるかどうか、判断できないのがもどかしいところですわ」

「レオノーラの言う通りで、俺の話は予想も含まれてるし、俺自身が疑わしいことも事実だ」

「簡単なのは、学園長に直接お話させていただく機会を頂くことですけど……」


 俺の立場を忘れずに考えてくれるレオノーラの存在はありがたい。

 自分の主観を含めた事実を話しているが、俺はすでに誰かに操られている可能性もあるのだ。

 そんな人間の話を完全に信じるのは危ない。


「いや、それは止めた方が良いんじゃないか? 先ほどラフィ先輩がおっしゃっていたように、学園長がクラウ殿を洗脳しようとしている可能性があるなら迂闊に近づくのは危険だ。相手はフリード様と肩を並べる英雄だぞ」

「もどかしいですわね」


 学園長にも立場があり、これまでも俺たちが証拠を掴めないように立ち回っている。

 そんな相手にこちらから話し合いを申し込んでも、昨日の二の舞になる気がする。


 ……それとは別で、迷宮とは別のことで最後に啖呵を切った手前、すぐには顔を合わせにくい。


「俺が失敗したばかりに申し訳ない。俺に分かるのは、全部学園長の掌の上で踊らされてたことくらいだ。ラフィの言う通り、学園長が俺たちに隠し事をしてるのは間違いないし、あの手帳を持ってたんだから、迷宮核のある部屋とその鍵について、知らないわけがないんだ」

「“迷宮核のある部屋”とその“鍵”ってなんですか?」

「大抵の迷宮には迷宮核を守る主がいるんだ。そして、アルサラント地下迷宮も例外ではない。あの手帳によると、迷宮の主が存在する部屋があるらしいぞ。その鍵は俺が持ってるから、また後で見せるよ」


 メモには“永久の番人はアルサラントの地下に眠る。鍵となるは二分せし脈動する紅蓮の宝石”と書かれていた。 

 意味が分からない部分もあるが、蔵書館でそれらしいものを俺は見つけている。

 寮に置いてあるため今は手元にないが、あれ以外に考えられない。


「あの……皆さんは学園長を疑っているんですか?」


 これまで黙っていたゼラがおどおどしながら口を開き、全員が顔を向ける。


「ゼラだったな。お前はどう思うんだ?」


 ラフィがゼラの質問に質問で返す。

 忘れていたが、今俺たちが話している内容は不敬な内容だ。

 ラフィはゼラの意見を聞いて、どういう立場なのか見極めるつもりなのだろう。


「僕は学園長が悪い人だと思えない。初等部の頃の話なんだけど、僕、色々と問題を起こして学園を退学になりそうになったことがあったんだ。その時こっそり学園長が話を聞きに来てくれて、今も学園にこうして居られてる。だから、そこまで悪い人だとは思えないよ」

「なるほどな」

「良い意見ですわ」


 ゼラは緊張した様子で、はっきりと自分の考えを伝える。

 学園長のことをこの中で一番知っているのは、この学園に長く居るゼラだろう。

 そのゼラの話は一番説得力がある。


「ゼラの考えは分かった。俺たちは学園長と関りがなくてさ、よく分からないから怪しむことしかできなかったんだ」

「自分が知っている限り、生徒も教官方も学園長を信頼されているように感じますし、尊敬すべき御方であると思います」


 ここで出せる結論としては、怪しいが明確に敵とは言えないといったところだろう。

 俺たち四人は目を合わせてそのことを確認し合う。


「それを含めて、俺たちはどうするべきか考えよう」

「どうするかっていうのは、クラウのおかしな状態を治すってことであってますの?」

「当然だ。また暴れて私が呼ばれても困るからな。一人で抱え込みすぎるからそうなるんだよ」

「……ごめん。反省します」


 ラフィからの棘がすごく突き刺さる。

 だが、みんなを巻き込みたくないと思って行動した結果、事態を複雑にしてしまった俺が悪いのだ。


「クラウ殿が最近始めたとおっしゃっていた団体の活動は迷宮と関係があるのですか?」

「ワークギルドは別件だ。さっきも言ったように、学園長の監視から逃れるために始めたことだけど、金策と学園の改革をしたくて始めたんだ」

「学園の改革!? 僕、初耳なんだけど……」

「話がややこしくなるから、それはまた今度話すよ」


 ここまで来たら隠さなくて良いだろう。

 ワークギルドは本当に迷宮とは関係ない、俺の趣味である。

 学園長には何をやろうとしているのか気づかれているようだが、好きなようにやれと許可をもらっている。


「お前のそういうところが原因だからな」

「あはは、秘密主義ってわけでもないんだけど、色々あってさ」

「次はないぞ」

「ラフィの言う通り、もう隠し事はなしですわよ」

「はい」


 再びラフィに睨まれるが、反省したからこそこうして話しているのだから許してほしい。

 釘を刺してくれる友達がいて助かる。


「それで自分で言うのもあれなんだけど、俺の迷宮に執着してる状態を治すには、迷宮核を壊すしかないと思うんだけどどう思う?」

「今のクラウ殿はどんな状態なのでしょうか?」

「ラフィが手帳を燃やしてから落ち着いてきたけど、迷宮に引き寄せられてる感覚はずっと残ってるんだよな。時間が経っても、近づいてもそれが強まる……みたいな感じか?」


 すでに迷宮という渦に飲まれており、渦の中心に近づくにつれ、その吸引力が強まっているようだ。

 言葉にし難いが、自分の意志とは関係なく、俺はいずれ迷宮にたどり着くという確信がある。

 迷宮核を壊して今の状態が治るかは分からないが、渦から抜け出すには根本を経つのが効果的だろう。


「なら早く見つけてぶっ壊すぞ」

「そうですね。早めに気づけてよかった」

「危険ですけど、それしかないと思いますわ」

「僕もできることなら協力するよ」


 全員、俺の状態を理解してくれて、協力してくれるようだ。


「提案なんだけど、情報も集まったし、あいつらと手を組むのはどうだ?」

「いいじゃねえか。私が話を通しておく」


 ラフィは獰猛な笑みを浮かべる。 

 今は前とは違い、俺たちにも迷宮核を見つける目的ができた。

 鍵を持っているのは俺たちであり、協力を結ぶ交渉もこちらが有意に進められるだろう。

 彼らが迷宮に何を求めているのか――それを知るのもまた楽しみだ。


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