116話 本当の計画と黒幕
アルケミカにとある魔法薬を依頼し、その開発を待っている中、ワークギルドの方で動きがあった。
「クラウ! 僕たちと一緒に働きたいって言ってる子がいるんだけど、どうかな?」
「どんな奴なんだ?」
「僕も最近話しかけられて知り合ったんだけど、その子、お金に困ってるみたいなんだ」
「お金にね……。俺たちと同じ学年だよな?」
「うん。でも、僕とは別のクラスの子だよ。チラシを見たって」
お得意の団体が、人手の足りていない他の団体にうちを紹介してくれた結果、ワークギルドにはある程度の仕事が集まるようになった。
営業の効果も多少あるが、新規の割合としては2割弱といったところだ。
まだ少し足りないくらいだが、次のステップに移るべく、ワークギルドの人員募集のチラシを張り付け始めたばかりである。
(とうとう来たか。純粋な理由なら良いが、どうだろうか?)
応募理由がお金というのは、十分納得できる理由だ。
学園の生徒は、貴族や有名な商会の後継ぎが多いわけだが、中には貧困層の生徒もいる。
学園の方針が能力主義であるため、入学費用さえ用意できれば、どんな立場でも入学できるし、学園側からスカウトされた生徒もいると聞く。
貧困でなくても、仕送りがないとか友達の付き合いといった理由でお金が必要な生徒もいることは先輩方から確認済みであり、そういう生徒にもワークギルドを利用して欲しいと思っている。
疑う余地があるとすれば、同学年のリーダー格が送り込んだ人物の可能性があることだ。
警戒している奴が影でこそこそと団体を作り始めたとなれば、俺なら人を使って情報を集めるだろう。
学生の単なる勢力争いにそこまでやるかは分からないが、ビジネスは常に最悪を想定して然るべきだ。
内部崩壊なんてことがあれば、俺の計画は水の泡になる。
(まあ、別に問題ないんだけどな)
「じゃあ、その子のことはゼラに任せるよ」
「ええ!? 僕が!?」
「もう俺よりも仕事が早いし、これから人が集まるってなれば、教える機会もあるだろ? 嫌なら俺がやるけど、どうする?」
「……僕にできるかな? 人に教えるなんてやったことないし」
「そんなに怯えることもないんじゃないか? 俺とお前は誰からも教わらずにこれまでやってきたし、最初のうちは一緒に回るだけでも良いんだ。困っていたら、話を聞いてあげてくれ」
「そうか。それくらいならできるかも。僕、やってみるよ。でも、本当に人が集まってきて、勢力ができ始めてるよね。これならもうすぐ、クラウの問題も解決すると思うよ!」
「そうだな」
(ごめんな、ゼラ)
励ましてくれるゼラに対し、俺は内心で謝る。
実のところ、勢力がどうこうといった話は、俺の計画をごまかすためのつくり話である。
嘘ではないが、男子生徒から憎まれてる問題を解決するのは本当の目的ではないし、俺は誰にもそれを話していない。
ゼラに本当のことを話せない理由は二つある。
一つ目が、ゼラには俺の代わりにワークギルドに集まる生徒と関わって欲しいと思っているからだ。
ワークギルドは他団体から仕事を請け負う役割を持つだけで、責任は仕事を引き受けた生徒側に発生する。そのため、生徒が送りこまれてこようが、全く影響がない。
生徒が意図的に問題を起こそうと思っても、迷惑が掛かるのは仕事先だ。
そんな人材を派遣するワークギルドの評判も下がるとは思うが、どちらかというと仕事をした生徒本人の責任が大きく、意図的に問題を起こした生徒には仕事の斡旋を止めればいいだけだ。
唯一恐れているのが、俺の目的が広まってしまうことだ。
だからこそ、信頼がおける、それでいて何も知らないゼラに、外の対応を任せたいのだ。
二つ目は、“黒幕”の意図が分からず、慎重にならざるを得ないからだ。
俺が現在の状況に陥ったのは、誰かが裏で糸を引いているからだと考えている。
入学早々、氷魔法を使ったことで、俺が英雄の孫であると周囲に知れ渡り――その結果、女子生徒たちは権力目当てで近づいてきて、男子生徒たちは嫉妬から敵意を向けてくるようになった。
当初は「そういうこともあるか」と軽く考えていたが、ある出来事をきっかけに、俺は違和感を覚えるようになった。
クラリス先輩には申し訳ないが、俺は状況を打開するため、女子生徒たちとの会話の中で、先輩と俺が付き合っているかのような発言や態度を意図的にとった。
少し工夫は必要だったが、狙い通り「クラリス先輩と付き合っている」という噂は広まり、これで騒動は収まるかと思われた。
しかし、それでも女子生徒たちの態度は一向に変わらなかったのだ。
一夫多妻制の貴族社会においては、既に相手がいる男に対する関心が消えないことは不自然ではないかもしれない。だが、このとき俺の中で、“人為的な操作”を感じ取る直感が働いた。
何者かが、俺がフリード子爵の孫であることを生徒の親に意図的に広めたのではないか、と。
さらに、俺が迷宮について調べ始めた頃から、誰かに監視されているような感覚を覚えるようになった。
その気配は調査中ずっと続いていたが、試しに迷宮の調査をやめてみると、感覚は徐々に薄れていった。
そうした経緯もあり、今は迷宮に手を出さずに様子を見ている。
監視の意図が掴めない以上、軽率な行動は取れない。
とはいえ、“黒幕”の正体には、ある程度の見当がついている。
その黒幕とは、アルメスト学園長だ。
振り返れば、迷宮探しに関する俺の行動は学園長の助言に沿っていた。
女子生徒たちを避けるために蔵書館へ向かい、そこで迷宮に関する書物に触れた。
俺は確かに自分の意志で行動してきたつもりだ。だが、それでも拭いきれない違和感がある。
女子生徒の態度が変わらないこと、迷宮の調査を始めてから学園内で監視が始まったこと、助言が俺の行動を先回りしたものであること。
こうした違和感の積み重ねが、否応なく学園長という存在に行き着くのだ。
(考えすぎなら良いんだけど、仕方ない。直接確認してみるか)
学園長に会って、反応を見れば分かるはずだ。
ただし、俺の計画は学園の現体制にとって都合の悪いものであり、目的が知られれば、妨害される可能性がある。
だからこそ、今まで教官たちとは極力距離を取ってきたし、今も接触には慎重にならざるを得ない。
「はぁ……。ゼラ、少し付き合ってほしい。かなり危険だけど、ゼラにしか頼めないんだ。責任は俺がとるし、失敗しても報酬を出すよ」
「大丈夫なのそれ? 何をやるつもり?」
「これは絶対に誰にも口外しないでくれ」
あの本のことも確かめておきたかったし、学園長にはかくれんぼに付き合ってもらうとしようか。
*****
球体に触れて魔素を込めると、箱の扉は閉まり、無事に動いたことに安堵する間もなく、箱は一気に上昇を始めた。
しばらく待つと箱は動かなくなり、箱の扉が開く。
俺が箱の外へ出ると、扉は閉まり、下へ降りていった。
初めて来たときは、その奇妙な内装に驚いたものだが、今は真夜中ということもあり、部屋の中は真っ暗で何も見えない。
俺は急いで霧石から作ってもらった懐中電灯に魔素を注ぐ。
すると、青白い光が一直線に学園長の作業机を照らした。
(誰かが来る前に急いで探すぞ)
エレベーターを使ってやってきたのは、もちろん学園長室だ。
ローブで身を覆って透明化しているものの、魔素を注がなければ動かないエレベーターが無人で動くはずもないので、学園長がいれば終わりだった。
学園長の動向を一介の生徒に過ぎない俺が知る由もないため、一か八かの賭けだったが、賭けには俺が勝ったようだ。
俺は暗闇の中、足元を照らしながら慎重に窓に近づき、鍵を開けておく。
念のためにテマドからパラシュートを借りており、緊急時に帰りは時間のかかるエレベーターではなく、窓から逃げるつもりだったが、使わなければいけないようだ。
……エレベーターの箱が使用者もいないのに勝手に下がる訳がないのだから。
パレシュートは人工飛竜失敗時の安全用に用意したものらしい。
テマドは何でも揃っている素晴らしい団体だ。
(さてと、ネヴァンの本がまだ存在しているとすれば、置いてあるのは学園長室かと思ったけど……)
俺が急いで探しているのは、アルサラント地下迷宮について書いたネヴァンの本だ。
管理人の話を聞いて、学園長が隠し持っていることは間違いないだろう。
蔵書館のあそこの棚だけ不自然なスペースがあるのも気になるし、管理人と学園長がつながっているのは怪しすぎる。
本の持ち出し禁止を提案したのは学園長という話だし、その前に持ち出したのだろう。
結局、俺は学園長室に来る羽目になっていたのだと思う。
とはいえ、学園長自信が迷宮核を探すように依頼をしたにもかかわらず、迷宮核を見つけさせないような行動を取る理由が分からない。
学園長のことは分からないことだらけだが、『自らの意思で行動し、求め、掴んでこそ、それは価値ある知識となるのです』という管理人さんの言葉通り、俺は欲しい情報を奪わせてもらう。
(クソッ。間に合わなかった)
俺が作業机の引き出しに手をかけ、そこに鍵がかかっているのを確認した瞬間、エレベーターの箱が開く音がした。
俺は慌てて、机から離れ、部屋の隅に移動する。
パチっ
来訪者が指を鳴らすと、すぐに部屋の明かりがつき、室内はメルヘンな雰囲気を取り戻す。
「ウンウン、目的のある“いたずら”は嫌いじゃないが、これは少々度が過ぎているな?」
「……」
「私の前では隠れても無駄さ。姿を現したまえ、クラウ」
「うっ!?」
突然、肺の空気が押し出されたような感覚に襲われ、俺の膝が勝手に崩れ落ちた。
空気が重く淀み、全身が鉛のように沈む。俺はうつ伏せに倒れ込み、抵抗を諦めてローブを脱いだ。
そして、来訪者である学園長の前に姿を現す。
「一体、どういうつもりだね? ここが立ち入り禁止だということは、君も承知しているはずだが?」
「ネヴァンの本を……探しに来ました。どこに、ありますか?」
全身の重圧に耐えながら、俺は何とか視線だけを向け、言葉を絞り出す。
「……残念だが、私は知らないよ」
「そう、ですか。……一度あなたと話したいと思って、来ました」
「君はただの生徒であり、今は立派な泥棒だ。そして私は、この魔法区を統括する学園長。君と話す理由などない」
その感情の読めない冷たい声が耳に届いた瞬間、圧迫感がふっと消えた。
「分かりました。でも……今、俺と話さなかったことをきっと後悔しますよ」
「好きなようにやるといい。クラウ、学園が嫌いかな?」
「……俺も話しません。でも、学園長の方針は好きです」
「そうか」
俺は窓からではなく、正面のエレベーターを使って帰ることにした。