115話 進展と魔法薬
「あんたら、仕事引き受けすぎやで。最近、知らん奴までうちに話しかけてくるさかい、もう何がなんか分からへんねん」
「すみません、俺の責任です。今後は先輩を仲介しないで仕事を受け付けるようにしますね」
「どないするんや?」
「前から考えてたんですけど、自分で団体をつくろうかなと」
「具体的な活動は何するん?」
「最初のうちは、今と同じように仕事をワークギルドに集めます」
「なら、色々教えたるわ。うちの名前も貸すで」
ゾーイ先輩を仲介人として紹介された仕事を引き受けるうちに、先輩の負担が大きくなりすぎた結果、想定より早く計画を進めて団体をつくることにした。
三人いれば建物も借りられるらしく、俺とゼラ、あとはゾーイ先輩に名前を借りる形で出来上がったのが『ワークギルド』だ。
少人数ということで、申請もすんなり通り、テマドの近くにある小さな建物を借りた。
ワークギルドの運営のための準備は、依頼書の型をつくったり、クラリス先輩の伝手で新聞を作っている団体に名詞の作成をお願いしたりとやるべきことが多く、屋台を始めた頃を思い出すきっかけになった。
ここまで準備しても、仕事の依頼を集めて俺とゼラがこなしていくのは変わらない。
変わったところは、依頼人にワークギルドの建物に来てもらって、依頼書を提出してもらうことくらいだ。
『商売は機会が何よりも大切だ』というのは、バルドさんからの金言である。
早すぎれば転び、遅すぎれば逃す。機会を見極めることが、商売人の腕の見せどころだ。
現状は入念に計画を練りつつ、商機を見計らっている。
仕事を引き受けては、それをこなす日々を続けていくうちに、ゼラに変化が起き始めた。
「設営とか清掃は僕がやるから、運搬とか買い出しみたいな仕事はクラウがやってよ」
「一人でも大丈夫か?」
「うん。その方が早いし、仕事の方が多すぎて人手が足りないから」
「分かった。そうやって提案してくれるのは助かるよ」
ゼラは仕事を通じて得意を理解し、自分から意見を言うようになったのだ。
デイン・ラザフォードという同じクラスのリーダー的存在にいじめられていた頃と比べて、顔つきはどこか凛々しくなった気がするし、良い方向に進んでいると思う。
「そう言えば、最近デインから嫌がらせを受けてるって話を聞かないな。平気なのか?」
「あー。なんというか、クラウが大変な状況だったから言わなかったけど、もう大丈夫だよ。なぜか僕の魔法がどんどん進化してるでしょ? それであいつの手下を倒したら、手を出されなくなったんだ」
ゼラの成長は想像以上に早いようだ。
もともと頭の回転は良く、強力な魔法を使える優秀な人材だったのは知っていた。
足りていないのは自信と自己分析、自分事としてとらえられる責任感くらいだと思っていた。
それでも、自信がついただけで周りの環境を変えられるというのは、ゼラにも腐らずに積み重ねてきた“これまで”があるからだろう。
そして、ゼラの変化に呼応するかのように魔法は日々進化を遂げている。
最初、手のひらからしか出せなかった不可視の魔法の腕は、今では上半身のどこからでも自在に出せるようになり、その本数も5本まで増えた。
本人は学園の生徒にしては珍しく温厚な性格であるが、不可視の強力な腕を5本も使って攻撃されれば、普通の人なら対策する間もなくやられるだろう。
戦いよりも窃盗向きの魔法なので、強力な魔法使いの目線で見れば、それほど脅威ではないというのが、魔法使いの恐ろしさではあるが……。
「そっか。俺から見てもゼラは前より明るくなったし、今なら環境を変えてもやっていけるんじゃないか?」
「うーん、そうかな? ……そうかも。色々と仕事をやっていくうちに、自分でも役に立てるって分かったんだ。少し世界が広がったというか、なんであんなにデインたちに固執してたんだろうって。クラスでも、少しだけ話せる子ができたんだ」
ゼラの問題に解決の兆しが見えているのは良かった。
成功体験は自信を生むが、最初から大きな成功が必要というわけではない。
ゼラの場合は人に恵まれず、周囲に認められない環境にいたことで、自分が誰かの役に立てることすら想像できていなかった。
けれど、仕事を通して少しずつ貢献の実感を積み重ねた彼は、それを想像できる人間になりつつある。
一人で仕事をこなすという次のステップに自ら踏み出そうとしている彼なら、この先もきっと自分の目で目標を見つけ、達成していけるだろう。
忙しさに慣れて余裕が生まれ、後ろを振り返った時、かつては越えられないほど大きく思えた壁も小さく見える日が来る。
そして、当たり前のように壁を超えていた自分に静かな自信が芽生えるのだ。
俺が学園から逃げ出さないのは、アブドラハで経験したことの積み重ねによる自信が理由だろう。
「とはいえ、しばらくの間は気をつけたほうが良いな。向こうもゼラの変化に戸惑って手が出せてないだけってことも考えられるからな」
「うん。でも、前よりは怖くないかも」
「そうだろうな。俺はお前の魔法の方が怖いよ」
「ええー。僕に魔法の使い方を教えてくれたのはクラウじゃないか」
「はいはい。じゃあ、今日からお互いに一人で頑張ろうな」
何はともあれ、ゼラの提案で計画の初期段階では、最高効率で仕事を回せるようになった。
*****
「すみませーん」
「よく来たね。さあさあ、さっそく中で感想を聞こうか」
俺は学園のとある団体のいかにも怪しげな建物にやってきた。
建物の中は刺激的な香りが漂っており、棚には液体の入った瓶が並べられ、干された薬草が天井からぶら下がっている。
案内してくれる女性の先輩は保護グラスとマスクを装着しており、白衣を着ているので、今まで実験をしていたのだろうか。
「私たち魔法薬試験研究会のモルモットになってくれる学生は君くらいだよ。それに健康体なのも素晴らしい」
「あはは。ありがとうございます」
アルケミカとは、紹介された紹介先に紹介されて縁ができた、魔法薬を作っている団体だ。
テマドのように団員は少人数で、活動規模もそこまで大きくないようだが、被験者を募集しているとのことで、それを引き受けた形だ。
最初の頃はゼラも一緒に仕事を受けていたが、とある理由で俺一人になってしまった。
「それで、活力増進薬の効果はどうかな?」
「飲むだけで普段の1.5倍は活動できた気がします。ただ効き目が強すぎて、一日中寝れなかったですし、中毒性がありますね。授業中寝ちゃって、教官に怒られましたよ」
ゼラがこの仕事を嫌がった理由は、魔法薬の副作用だ。
魔法薬は効果が強力な分、負の効果も普通の薬に比べて強力になる。
アルケミカの被験者の仕事は、活力増進薬のように学園生活にも影響を与えかねないハイリスクな仕事だ。
そんな仕事を俺一人で受けているのは、純粋な好奇心もあるが、彼らとの縁を大事にしたいからだ。
リオネルには劣るが、体の丈夫さには自信があるので、なんとかなるだろう。
……やはり好奇心には勝てないものだ。
ちなみに、魔法薬の元となる魔薬草は、高濃度の魔素がなければ枯れてしまうため高魔素地帯や迷宮にしか植生しない。
麻薬と魔薬草は全くの別物で、魔薬草は効果が強いだけで健全なものである。
魔法薬も普通の薬とは特殊で、非魔法使いより魔法使いに強く効果が作用するようだ。
(こんなに面白く、不思議なものを埋もれさせてなるものか。俺以外にも被験者仲間を増やしてやろう)
やるべきことが多い中、そんな計画もこっそりと考えている。
「なるほど。炎草と百年根の調合量を見直すから、完成したら次も頼むよ」
「もちろんです」
「あと試してもらいたいのがいくつかあるんだが、今日も引き受けてくれるかい?」
「大丈夫ですよ」
この後、魔素を大量に消費させられ、魔素吸収促進薬というものを飲まされた。
その名の通り魔器の魔素吸収を促進する魔法薬である。
それは腐った卵の匂いが漂っており、鼻を抑えて、涙を流しながら飲み込んだ。
体感でしか語れないが、普段の数倍は魔素の吸収量が上がり、数時間で魔器の魔素は一杯になった。
「ところでミレイユ先輩、もっと魔法薬を広めたくありませんか?」
魔素吸収促進薬をなんとか飲み終えた俺は、微笑ましい顔で俺の苦悶の表情を見ていたアルケミカの代表である先輩に提案する。
「広める……か。魔法薬を研究しているのもほとんど私の趣味だからね。研究する以外のことは考えていないんだ。団員も私と同じ心持だろう」
「こんなにすごい効果なんです。認知が広まれば、被験体になりたいって人も増えますし、研究費用だって稼げると思いますよ」
「うーむ。確かに希少な魔薬草は高価で、私もまだ試せていない魔法薬はあるが……あいにく研究以外に興味がないのでね。試したくなったら自分で採りにいくさ」
「ほとんど俺に任せてもらえれば大丈夫ですよ。薬の効果でお願いすることはあると思いますけど、先輩たちは好きなように研究を続けてください」
「本当かい?」
「任せてください! 宣伝の報酬はこれから相談するとして、失敗したら報酬は要りません」
「分かった。君には被験体として役に立ってもらっているし、任せるよ」
「さっそくですけど、作ってもらいたいものがあるんです。こういう魔法薬ってありますか?」
仕事の縁とは不思議なものだ。
俺はワークギルドとは別で、アルケミカのプロモーションの仕事を請け負うことになった。
そして、プロモーションなどやったことはないが、俺には秘策がある。
魔法薬がどこまでやれるのか楽しみだ。
この日の夜、俺は魔素吸収促進薬の副作用によって気分が悪くなり、微熱も出て、しばらく被験者の仕事を受けるのはやめようと思ったのはまた別の話だ。
着実に規模が広がっていますね。
投稿が遅くなり申し訳ございません。
誤字報告ありがとうございます。