12話 虎の獣人対クラウ・ローゼン
今日もいつも通り、かき氷を売る。
一昨日は屋台を壊され、その片付けをするだけで解散した。
シータたちに給料を渡そうとしたが、「働いてないのにもらえない。店の補填に使ってほしい」と断られた。アミルにも謝ったが、「謝るべきなのはこれをやった奴らだから」と言われ、逆にみんなが俺を励まそうと気を使ってくれた。
俺は本当に人に恵まれている。
ジョゼフ父さんには報告して、エリーラ母さんには伝えないように言っておいた。
ジョゼフ父さんも状況は理解しているので、俺に協力してくれるとのことだった。
借りていた物の弁償代は稼いだ分から支払い、ジョゼフ父さんと一緒に今まで貸してくれていた人に会いに行き、謝罪と一緒に渡した。
そして今日、新しく屋台に必要なものを全部自費で購入して心機一転して、また商売を始めるわけだ。
「おう、坊主今日も来てやったぜ」
「いらっしゃいませ」
実は、氷が腹痛を引き起こす毒だなんて噂が街の中で広まっている。
前世の記憶を持つ俺からしたらあり得ないことだが、こっちでは氷を食べるという文化がない。
新規の客はなかなか来てくれなくなってしまったが、こうやって来てくれる常連の人たちには本当に頭が上がらない。
一応、この対策も考えてあるが、その前にやるべきことがある。
「あのー、私、ダンバ商会の者なのですが、是非うちの商会にも氷を卸していただけないでしょうか?」
「はい、もちろん大丈夫ですよ」
マルハバ商会との会談があってから、こういう感じで商会に氷を卸してほしいと依頼してくる客も増えた。
「では、案内するのでこちらへ付いてきてください」
「はい。じゃあみんな、あとは任せたよ」
俺はダンバ商会の商人の後をついていった。
「あのー、ダンバ商会ってどちらにあるんですか?」
「もうすぐですよ。ほら、見えてきた。こちらの建物です」
「えっと、これが商会の建物ですか?」
かなりの距離を歩き、俺が連れてこられたのは見るからに長い間誰からも手を付けられていない寂しげな建物だった。
「はい、いえ、今は倉庫として使っているんですよ」
「なるほど、倉庫に氷を卸してほしいんですね」
「そうですよ、どうぞこちらへ」
俺が疑うことなくその建物へ入った瞬間、
「悪いね、こっちも仕事なんだ」
ガシャンッ
今まで案内していた商人にドンッと背中を押され、鍵の閉まる音がして慌てて後ろを振り返ると、俺を案内した商人の姿はなく、見るからに厳重な扉には鍵がかけられていた。
「どういうことですか!? 開けてください」
ドンッドンッと扉をたたいても一向に開く気配はない。
「ようこそ、クラウ・ローゼン」
大きな声がして、振り返ると、先ほどまで誰もいなかった建物の中に顔見知りの人物が現れた。
「カリムか。お前どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も、俺はこの時をずっとずっとずーーーっと待ち望んでたんだぜ」
そういうカリムの顔は、醜く歪んでいた。
「俺は2度とお前の顔なんて見たくなかったよ」
「ハァァァ!? おいおい、そんな連れないこと言うなよ。どうせこの後嫌ってくらい俺様の顔を見ることになるんだからよ。お前は一生俺の下僕になるんだからな」
「お前、俺にやられて痛い目にあったのを忘れたのか?」
「グヒヒ、その余裕そうな面ができるのも今のうちだぜ。その顔が歪むのが楽しみだ。お前ら、出てこい」
カリムが指を鳴らすと、ぞろぞろと獣人と人間が建物の奥から現れた。
全員武器を装備しており、まさに悪党といった感じだ。
正直、獣人とは戦ったことがないので分からないが、相対してみると雰囲気は人間よりも怖い。
「今、俺様の前で跪いて一生下僕になることを誓うってんなら、許してやってもいいぜ」
こいつ、ここまで救いようのないクズだとは思わなかった。
だが、カリムの後ろにいる奴らはどう見てもヤバイ連中だ。
絶体絶命のピンチではあるが、
ピィーーーーー
俺は口笛を吹いた。
しかし、何も起こらない。
嘘だろ、計画と違うぞ。
何かトラブルがあったのか?
「グヒヒヒ、ヒャーハッハッハ。なんだ? 助けでも呼んでんのか? でも残念だったなぁ。お前の行動は想定済みだよ。入り口は高い金で雇った傭兵に守らせてるし、扉は簡単に開かないよう改造してある。お前はもう逃げられないってことだよ」
カリムは俺をここに連れ出すために相当計画を立ててきたみたいだ。
当初の予定では口笛の合図で助けに来てくれるはずだったんだが……。
「じゃあ、ゆっくり痛めつけてやるか。俺様を怒らせたこと後悔するんだな」
カリムがそう言うと、後ろから大柄の虎の獣人が現れた。
上半身裸で筋肉は膨れ上がっており、胸のあたりにプレートを付け、背中には大きな剣を背負っている。
「おい、本当にこいつを痛めつけるだけで残りの報酬を払うんだろうな?」
「もちろんだ。ただ、動けないよう半殺しにしてくれ」
「分かった」
話を聞く感じだと、カリムと話している獣人も金で雇った傭兵のようだ。
俺はどうしたら助けが来るまでの間、時間を稼げるか考える。
あくまで俺を戦闘不能にするのが目的みたいで、後ろの集団の中でも一番強そうな虎の獣人だけでかかってくるみたいだ。
非常に助かるが、そうは言っても逃げ場がない。
時間さえ稼げれば、あの人が絶対助けに来てくれるはずだ。
「ぐおおおおおおお!」
俺がどうするか考えていると、虎の獣人は襲い掛かってきた。
背中の武器を持たず、拳を直接振り下ろしてくる。
「大氷壁」
咄嗟に氷で壁を作って防ぐ。
そして、氷を床に伸ばしていく。
「グルォッ!」
バキバキバキッ
氷の壁は割れてしまった。
こいつ、力強すぎんだろ! かなり硬く厚く作ったはずだぞ。
「氷虫」
獣人の足元まで伸ばした氷の床から数十匹の氷虫を這いあがらせて、下半身から凍らせていく。
胸のあたりまで凍り付いたところで、
「ガウッ!!」
虎の獣人が気合を入れただけで、体の氷ははじけ飛んだ。
「おかしいだろ! なんで効かないんだ?」
「グヒヒヒヒ、良いぞ。その調子だ! やっちまえ」
この虎の獣人から逃げようにも、俺の後ろには扉があって逃げられないし、獣人の後ろにはカリムと他の悪党どもがいて逃げられない。
凍らせることもできないし……。いや、待てよ?
「氷蜂」
俺は虎の獣人の顔めがけて大きな蜂をイメージした氷を飛ばした。
当然、虎の獣人は殴って壊すが、それは狙い通り。
割った氷蜂の中から、小さな蜂が出てきて、攻撃してきた虎の獣人の目玉をめがけて一斉にとびかかる。
「グルォォォォォ」
氷蜂は体の中に何匹も子蜂を抱えており、敵に近づくとその子蜂がお腹から出てきて一斉に敵にとびかかる魔法だ。
もちろん、氷蜂を壊しても中の子蜂はとびかかるので、距離をとるか氷蜂と子蜂の両方を完全に壊す必要がある。
初見じゃなかなか見破れないはず。
虎の獣人は氷蜂を割った拳を戻す隙も無く、子蜂に目を刺されて痛そうに両手で目を押さえている。
その隙にもう一度氷虫で下半身ではなく、上半身の方から凍らせていく。
凍らせてもその氷を弾かれるが、それでも氷虫をしたから増殖して凍らせ続ける。
「グオオオオオ」
虎の獣人は背中から大剣を抜いて振り回し始めた。
俺のことは見えていないので、適当に振っているだけだ。
「氷甲虫! これで吹き飛べっ」
最後の一手だ!
俺は馬車サイズのカブトムシを氷で作り、空中で助走をつけさせて、虎の獣人を敵の集団の方へ吹き飛ばす。
氷甲虫は頑丈かつ空も飛べるため、逃走用に生み出した魔法だが、こういう使い方もできる便利な魔法だ。
「おい! 何やってんだ。剣を振り回すんじゃねえ」
「誰かこいつを止めろ」
今の虎の獣人は氷の寒さと目が見えない中吹き飛ばされた衝撃でパニックになり、敵も味方も関係なく大剣を振って、近づくものを片っ端から吹き飛ばしている。
視覚を失わせることで、不安と恐怖心を煽りつつ、冷静な判断能力を失わせるために、氷虫で体を何度も凍らせ続けて虎の獣人の体温を下げたのだ。
その状態で衝撃を与えられたのだから、虎の獣人がパニックになるのも仕方がない。
お前の敗因は、上半身裸だったことだぜ。
「チッ、使えねえ。もういい、全員でこいつをやっつけろ。倒した奴は特別に報酬も出すぞ!」
だが、そうはならない。もう十分時間は稼いだ。
扉の向こう、つまり外の方から足音が聞こえる。
「お前、やっぱ馬鹿だよな。というか、直接俺と戦うのが怖いんだろ? ビビり具合が透けて見えるんだよ」
「ああああ!? てめぇ、自分の立場分かってんのか!」
「図星かよ」
「てめえら! あいつがこれ以上生意気なこといえないよう痛めつけろ」
カリムがそう言うと、後ろのやばそうな奴らが俺のほうに近づいてきた。すると、
ドォーン!!!!
入口の扉が大きな音とともにふき飛び、白いローブを着た一団が勢いよく入ってきた。
ガシャンッ!!
うおおっ! 俺の近くに扉が飛んできた。
「団長、飛ばしすぎです! クラウ坊ちゃまにぶつかったらどうするおつもりですか?」
「すまん、すまん。気合が入りすぎてな。おい、そこの連中、武器を下ろせ。さもなくば、我々フロスト騎士団が今この場で成敗する」
「っ! 騎士団がなんでこんなところに来るんだ!? 高い金払ったってのに、あいつは何やってんだ!」
ふぅ、少し狂ったが、何とか計画通り事が進んで良かった。
「遅れて申し訳ありません。クラウ坊ちゃま、こちらへ」
「サターシャ先生、助かったよ」
「クラウゥゥゥ! ちょっと待てよ!!」
カリムが突然叫びだした。
「良いか! お前んとこの従業員のもとに俺の手下がいる。これで合図を送ればすぐにでも始末するよう言ってある。残念だったなああ!!!」
カリムが何かしらの機械のスイッチを押そうとすると、
「残念だが、それは無理だ。すでにそっちはうちの優秀な部下が対処してるだろうよ。眠ってろ」
「ふがッ」
白いローブの集団の団長と呼ばれていた人が、俺の目では追えない速さで移動し、カリムのもとに駆け寄ると頭をつかんだ。
何したのかはわからないが、それだけでカリムは気絶したようだ。
えー、重そうなハンマーを背負ってるのに、なんでそんな早いんですか?
「さて、お前たちもやるならかかってこい」
「さっ、クラウ坊ちゃま、出口へ。ここから先の光景はまだ早すぎます」
「うん」
俺はサターシャ先生に連れられて、建物の外に出た。
「危険な役目を押し付けてしまい申し訳ありません」
「いや、俺がお願いしたことなんだから、これくらいはやるよ」
想定外のこともあったが、何とか計画が成功して良かった。
何とか無事に終戦です。
戦闘描写が伝われば良いのですが。
次回はクラウの計画の裏側です。