114話 英雄の孫の観察
「じゃあ、俺はテマドの方でご飯食べてくるから」
そう言って教室から出て行くクラウをラフィ、リオネル、レオノーラの三人は見送った。
それを待ち構えていたように幾人かの女子生徒は後を追い、教室の外の廊下では黄色い歓声が響き渡る。
クラウの英雄の孫としての肩書は学園では大きく、関係を築きたいと考える女子生徒は後を絶たない。
一方で、関わりを持つことにそこまで関心がない生徒からは、嫉妬や疎ましさ、あるいはどこか冷めた視線が向けられていた。
教室に残された三人はその様子を見て話し合う。
「クラウ殿は大丈夫ですかね?」
「私たちを巻き込まないように気を遣っているんですわ」
「そういえば、ゼラという自分たちと同じ学年の少年と行動してるのを見かけます。彼も色々と複雑な事情がありそうですけど」
「ああ、あの子ですわね」
「レオノーラも彼を知ってるのか?」
「私の話は良いじゃありませんの。たまに感じていましたけど、クラウも冷たいところがありますわよね」
「……自分が頼りないせいか」
「本人が良いって言ってるんだから、放っておけばいい」
主にリオネルとレオノーラが会話をしていたところで、腕を組みながらラフィが一言だけ言い放つ。
「あら、どこへ行くんですの?」
「ちょっと用事」
ラフィはそのまま立ち上がり、教室から出て行く。
「私も頼られるように強くならないとな」
「お兄様。これはそういう話じゃないと思いますわよ」
リオネルが決心をしているところに、レオノーラが異を唱える。
「え? どういうことだ?」
「はぁ。もう少し頭を柔らかくしたほうが良いですわね。確かに、私たちが力を使えば、今のクラウの状況は多少良くなるかもしれませんわ」
「ああ、その方が簡単に解決できるじゃないか。みんなクラウ殿のすごさを知らないから、陰で悪口を言えるんだ。それに私たちがクラウ殿を守れば良い。時間が経てば周りも分かってくれるはずだ」
「でも、クラウはそれを望んでいないということですの」
「どうしてだ? 普段から私の考えが及ばずにクラウ殿の考えが分からないことはあるが、今回はいつにも増して分からない」
「それは本人に聞いてみないと分かりませんけど、おそらく私たちよりも先のことを見据えて考えているんですわ」
レオノーラの見解を聞いたリオネルは、妹の考えに驚きつつ、少しずつ脳内が整理されていく。
「そう、なのか? ……もっと考えを話してくれればいいのに」
「その意見には同感ですわ。そういうところが冷たく感じますわよね」
「いや、言われるまで気づけなかった自分では、クラウ殿の考えを聞いても、その真意を汲み取れなかっただろう。私はもっと視野を広げるぞ」
「そういうところがお兄様の良いところだと思いますわ」
兄妹は静かになった教室に残り、お互いにどうするべきか話し合った。
*****
「もういたのか。ゼラ、早くご飯を食べて清掃に行くぞ。今日は教官の会議で午後の講義もないみたいだし、仕事も数件で終わりだ」
「ゴクッ。……いい加減しっかりした休みが欲しいよ」
「じゃあ、明日は休んで良いぞ。明日の仕事は俺一人でも回れそうだからな」
「え!? いいの? でも、クラウはずっと働いてて休んでないでしょ?」
「今が頑張り時だからな。紹介された人たちの分の仕事はそろそろなくなりそうだし、次からは自分で開拓していかないといけないんだけど、これが難しくて面白いんだ」
「まだ引き受けるつもりなの?」
「ああ。俺たちが仕事を引き受けていることをもっと周知させるぞ」
テマドの研究室で会話するクラウとゼラの様子を窓から見守る者が一人いた。
「あなた、さっきからこそこそと何してるの! 不審者?」
「は? イーシャ、見えるのか?」
「ラフィじゃない! ここでなにしてるの?」
不審者の正体はラフィだ。
ローブで姿を消してクラウの後をつけていたところ、イーシャがそれを発見して追いかけていたのだ。
「シッ、黙って」
「きゃっ!」
ラフィは咄嗟にイーシャをローブに包み、姿勢を低くした。
すると、ガラガラと窓が開き、クラウが身を乗り出した。
「あれ? 誰かの話声が聞こえたような気がしたんだけどな」
「誰もいないよ?」
「ついにここまで付いて来るようになったのかと思って驚いたけど、気のせいか。ちょっと神経質になってるのかもな」
「た、大変だね……。やっぱり休んだ方が良いんじゃない?」
「そうだな。幻聴が聞えるなんて、思ったよりも疲れてたのか?」
クラウは首を傾げながら窓を閉め、離れていく。
「離れるぞ」
「ぷはっ、ちょっと何するのよ!」
「訳を話すから静かにして」
文句を言うイーシャを連れ、ラフィはその場から離れる。
十分に距離を取り、クラウとの関係と研究室を覗いていた理由をイーシャに説明した。
「へぇー、あの子が英雄の孫ね。そんなに強そうには見えなかったけど」
「ああ。戦いじゃ私より弱い」
「情けないわね。そんな子の護衛だなんて、あなたも大変ね」
「お前よりは強いぞ」
「は? なんですって?」
「力を隠してるお前よりはな。なんで、私の姿が見えた? 隠してる魔法と何か関係があるのか?」
ラフィはローブを見せつけながら、イーシャに問いかける。
イーシャは、ラフィとの戦いでも魔法を使わず、剣だけの勝負でラフィに勝ったことはまだない。
だが、イーシャの得意とする武器は剣ではないことをラフィは戦いの中で見抜いていた。
そして、それにもかかわらず負けず嫌いで戦いを挑んでくるイーシャに対し、大きな違和感を覚えている。
「それは言えないわ」
「そうかよ。それで、前に言ってた迷宮核の方は何か進展あったのか?」
「……ない。でも、絶対にこの学園にあるはず!」
イーシャは悔しがりつつも、確信をもって力強くつぶやいた。
「学園の迷宮の核なんだから学園にあるだろ。それとも別の物でも探しているとか?」
「あっ」
思わず失言をしてしまったイーシャは口を両手で塞ぐ。
「別にこれ以上聞くつもりはない。ただ早く見つけるもんは見つけてくれ。それできっちり勝敗をつける」
「はあ、そんな単純な話じゃないんだけど。でも、良いわ。いずれ本気を出してあげるから」
二人は本気で戦う約束をして、拳を軽くぶつけ合った。
「で、彼はあなたのボーイフレンドなの?」
イーシャは話を戻してラフィに問いかける。
「違う」
「ええ!? 護衛とはいえ、本人も気づいていなかったみたいだし、あんた、ただのストーカーじゃない!」
「違う。無理をしていないか様子を見るだけ。それに今日だけだから」
「それをストーカーっていうのよ」
「あいつは強いけど弱いから」
「訳が分からないわよ。じゃあ、トクレンはどうするの?」
「自主参加だろ? リファ教官も来ないし、休む」
そう言うと、ラフィはクラウの様子を見に移動を始める。
「あっ、もう! あたしも行くわ。あなた一人じゃ何をするか分からないもの」
「勝手にしろ」
イーシャはラフィが変な真似をしないように付いていくことに決めた。
*****
「あれは何? 箒が勝手に動いてるわ。あの二人も平然としてるし、なんなの?」
「クラウの魔法じゃないし、ゼラって奴の魔法だろ。物を操るとかか?」
クラウとゼラが掃除をしている光景を見て、イーシャは驚き、ラフィは魔法を分析する。
「みるみるうちに綺麗になっていくわね」
「どんな魔法か分からない」
「魔法を使ってやることが掃除ってどうなの?」
「クラウはもともと氷屋だからな」
「? 意味が分からないわ」
隣で満足しているラフィを見て、イーシャは困惑する。
そんなことをしている間にクラウとゼラの二人は掃除を終え、別の仕事へ向かった。
「今度は飼育場?」
「学園の外まで行って何をするかと思ったら買い出し?」
「また掃除をするの?」
結局、日が暮れるころにクラウとゼラは六件の仕事を終え、仕事をするたびにイーシャはツッコミを入れていた。
「じゃあ、明日は休みってことで。お金があるとはいえ、遊びはほどほどにな」
「うん。お疲れ様」
クラウとゼラは別れ、仕事は終わった様子だった。
「やっと終わったみたいね。まだ付いていくの?」
「一応な」
「もうここまで来たからには、私も最後まで付き添うわ」
ラフィは最後までクラウを尾行するらしく、イーシャは呆れたようにそれに従った。
「あなたの話だと彼は大変な状況なんでしょ? それなのに彼からはまったく危機感を感じないわ。現実から目を背けているってわけでもなさそうだし……」
「あの目は何か考えがあるんだと思う」
「目ね。雰囲気がロイクに似てて嫌だわ」
「あいつと一緒にするな」
「一緒にしてないわよ。ロイクの方がまだマシね」
「言ってろ」
二人がそんな話をしていると、クラウは建物の中へ入っていった。
「入るぞ」
二人はローブで身を隠し、建物に入ると、クラウと誰かが話しているところだった。
「突然のご訪問、申し訳ありません。お忙しい時間ではありませんか?」
「また君か。うちは特に困ってることないから、他を当たってくれない?」
「そうですか。それなら、せめて名刺だけでも。新しく作ったものなので、ぜひお受け取りください。何かあれば、すぐに駆けつけます」
「……分かったから。ん? “ワークギルド”?」
「はい。学園内でさまざまな仕事をお手伝いできる団体です。人手が必要な際は、名刺に記載されている建物へお越しいただければと思います。依頼書をご記入いただければ、すぐに対応いたします」
「分かった」
「お時間いただきありがとうございました」
クラウは頭を下げ、相手が見えなくなるのを待つと建物の外へ出て行った。
話している相手は団体の代表者だったようだ。
「頭をすぐに下げるなんて情けないわ」
「黙れ」
イーシャの言葉にラフィは反応して睨みつける。
すると、クラウと代表者の会話を陰で見ていたらしい男子生徒二人が近づいてきた。
「だっせえな。あれが英雄の孫だって? 嘘だろ」
「ああ、全くだ。カメラがあれば写真を撮ってみんなに見せれたのにな」
二人はクラウのことを知っているらしく、良い感情を持っていない側の生徒だった。
「さすがにそのために買えないだろ。でも、この話は明日みんな、にっ!」
「どうした? おいだいじょ……」
突然一人が倒れ、もう一人も後頭部に衝撃を受けて気絶した。
「ん? なんでお前も?」
「人の努力を知らないで見下してる奴らが一番情けないわ」
「そうかよ」
犯人であるラフィとイーシャは再びローブで隠れると、その場から離れた。
「もういいの?」
「もう十分だ」
「まだよく分からないけど、英雄の孫か。面白い子ね」
「ああいう奴だ。さて、トクレンの方に顔出すか」
「いいわね。今日は負けないから」
ラフィもイーシャも尾行を止めて、訓練をするためにトクレンの施設へ向かった。