112話 ゼラの魔法と新たなビジネス
(ゼラの魔法は知っておきたいな)
魔法使いにとって魔法は大きな長所である。
ゼラの魔法次第では、大きな役に立つはずだ。
「俺の魔法はもう知ってるだろ?」
「あの時は焦ってて気づかなかったけど、英雄フリードと同じ氷魔法だよね! 僕もクラウみたいな魔法が使えたらなー」
「俺のことよりも、さっき言ってたゼラの魔法を見せてくれよ」
「僕の魔法なんて大した役には……」
「どんな魔法にだって良し悪しはあるし、見てみないことには分からないだろ」
(ゼラの自信のなさは、何とかしないとな)
環境のせいか、もともとの気質なのか、ゼラは自己評価が低い。
おそらく、自分を過小評価することで、万が一うまくいかなかった時のダメージを減らそうとする、防衛本能の一種なのだろう。これは決して不自然なことではない。
それに、今では頼りがいのあるリオネルも、昔は自信を持てなかったと聞く。
過信ではない適切な自信は、過程と結果がつながった成功体験を積み重ねれば、自然と身に付くものであり、その部分は改善できる。
運のいいことに、ちょうど俺の新しいビジネスプランがその“きっかけ”になりそうだ。
不安は周囲に伝染する。
だからこそ、ある程度の自信は、人と関わる上で必要不可欠な要素だ。
「分かったよ。……スナッチハンド」
ゼラは空中に手を伸ばし、一瞬でその手に何かが吸い寄せられた。
「これが僕の魔法だよ」
ゼラが広げた手の平の上には小石が乗っかっていた。
「何をしたんだ?」
一度見ただけではよく分からず、ゼラに尋ねる。
「あの場所に落ちてた小石を手元に引き寄せたんだよ」
「それは分かったけど、どういう魔法なんだ?」
「僕が欲しいと思ったものを引き寄せる魔法かな」
「はあああー」
想像以上に強力な魔法に、俺は開いた口がふさがらない。
「ね? 大したことないでしょ? 僕は人の物を盗むつもりもないし、この魔法のせいで何かなくなると真っ先に僕が疑われるんだ」
「ちょっと待った。一回認識を改めようか」
「どういうこと?」
この違和感はなんだろう。
自信がなくなるとこれほどまでに自分の能力を客観的に見れなくなるのだろうか。
(サターシャもこんな複雑な感情だったのか)
思い返せば、俺の場合、サターシャがズレている認識を合わせてくれていた。
サターシャがいなければ、俺も今のゼラと同じだったかもしれない。
懐かしい気持ちになりながら、俺はゼラと向き合った。
「その魔法はおかしい」
「だよね……。やっぱり僕の魔法じゃ大したことはできないよ」
「そうじゃない。良い意味でおかしいっていうか、すごいってことだよ! 便利だし、これから人の役に立てる良い魔法だ!」
「ありがとう。でも、慰めてもらわなくても良いよ」
「ああもう、本心だって!」
ここまで言っても自己否定を続けるゼラに少し怒りが湧いてきた。
だが、ここで諦めたらサターシャに顔向けできない。
「……そうだな。欲しいものを引き寄せるっていうのはかなり漠然としてるから、色々具体的にしていこう。まず、引き寄せられる範囲はどれくらいなんだ?」
「範囲……教室くらいの広さならどこでも引き寄せられるよ」
「かなり広いな。範囲は大体分かった」
俺は蔵書館の探索図をつくる際にも使ったメモ帳にゼラの魔法の詳細を書いていく。
「欲しいものって、例えば生きてる魔物の牙を抜くとかはできるのか?」
「やったことはないけど、牙なら頑張ればできるかな。でも、脚とか尻尾とかはできないと思う」
「不可視な上に引き寄せる力も強力……と。さっきの小石みたいに引き寄せた時の速度はどれくらいなんだ?」
「速度? 感覚としてはビュってやって気づいたら手元にあるから……」
「瞬間移動ってわけではないだろ? 手に収まる瞬間が俺にも見えてたし」
「感覚だけど、魔法を使ったら手が伸びる感覚がして、掴んだと思ったら手元にあるんだ」
(人の目には見えない何かを放出してるってことか? 感覚を聞く限り、不可視の何かを生みだし、高速で伸縮させる魔法と見た)
サターシャがいれば詳しく分かったはずだが、話を聞くだけでも推測はできる。
「一度に何本伸ばせそうなんだ?」
「え? えっと……二本かな」
「足から伸ばせるか?」
「足!? やったことないよ」
「今やってみてくれ」
ゼラの魔法研究は、俺の気が済むまで続いた。
*****
*ゼラの魔法メモ
・本人の感覚から、不可視の腕を伸ばしていると考察する
(地面を掴んでもらったところ、手で掴んだような跡を確認。俺の体に触ってもらったところ、形状は手そのものだった)
・手の平から生み出すため、足や体から魔法の腕を伸ばすことはできない
・魔法の腕の形状を変更することはできない
(巨大化、縮小化はできない。長さのみ変更できる)
・方向は一直線にしか伸ばせない
(魔法の腕は多少曲げられるが、人に巻き付けるほどの柔軟性はない)
・魔法の腕の力はゼラの素の力の数倍以上ある
(ゼラ本人の力に依存するのかは不明なため、今後は肉体改造も並行して行い、検証していく)
・器用さも数倍以上ある。
(俺の服は一瞬で盗まれた)
・手の平に収まらないサイズのものは盗めない
(木に向かって魔法の腕を伸ばしたところ、握った跡だけが残った)
*****
「よし、こんなところでいいか」
「こんなに色々やらされるとは思わなかったよ!」
「なんで今までやってこなかったのかが不思議だよ。それより、分かったことを共有しようか」
俺はメモを見ながら、ゼラの魔法を分析する。
「ゼラの魔法は、『欲しいと思ったものを引き寄せる』じゃなくて、『不可視の腕を伸ばす』魔法だな」
「ええ!? 待って、どういうこと?」
「じゃあ、メモを見ながら確認するぞ。まずは……」
言われるがまま検証に付き合っていたゼラは、結論だけ言われて混乱する。
俺はメモを見せながら、その結論に至った道筋を教える。
「というわけで、今調べた限りだと、不可視の強力な腕を手の平から生み出して、伸ばしているってところだな。ただ、魔法は進化するらしいから、体のどこからでも伸ばせるようになるかもしれないし、形状も変えられるようになるかもしれない。固定概念にとらわれる必要はないけど、現状はそうってことだ」
「頭が追い付かないや。でも、言われてみれば心当たりがあるかも」
「自分で魔法を試そうと思わなかったのか?」
「……魔法が使えるようになって、おじいちゃんと同じ魔法だって言われて、誰も教えてくれなかったから」
「自分のことなんだぞ? 誰かが教えてくれるものじゃないだろ」
「……」
ゼラは押し黙ってしまった。
少し言いすぎたかもしれない。
「そうは言ってもほとんどの人が自分のことをよく分かっていないもんだよな。俺も自分のことになると鈍いって言われたこともあるし、周りの方が自分のことを詳しいこともあるからさ。これでもまだ自分の魔法が大したことないなんて言うのか?」
「ううん。僕は自分の魔法さえきちんと知らないで、否定ばっかりして……。多分、クラウが言ってたみたいに、他の場所に行っても、今と同じ状況になってたと思うよ」
ゼラの表情が少し変わった。前を向こうとしているのが伝わってくる。
「その様子なら大丈夫そうだな。後はデインって奴とその仲間を見返すぞ」
「うん。やれるだけやるって言ってたけど、クラウはどうするつもりなの?」
「きちんと計画があるからな。ゼラには手伝ってもらうぞ」
「僕もできる限りはやるつもりだけど……。本当になんとかなるの?」
「それはもちろんやってみなきゃ分からないさ」
「ええ……」
ゼラも腹を括ったようなので、俺は計画を話すことにした。
「状況を整理すれば、そこまで複雑な話じゃない。俺とゼラの置かれてる立場は、けっこう似てるんだ。俺を敵視してるのは、デインみたいな、小さなコミュニティのリーダー格が中心だ。そいつらの影響力をどうにかできれば、この状況はかなり改善するはずだ」
「どういうこと?」
「そいつらが俺を嫌ってる理由は、大体予想できる。女子に好かれてると思って嫉妬してるか、俺が勢力を広げて自分の立場が脅かされるのを恐れてるか、あるいは、編入してきてすぐ人気を集めたのが気に食わない、ってとこだな」
もちろん、そんなつもりはまったくなかったし、俺から敵意を向けた覚えもない。
だが、周囲からずっと賞賛されてきた自尊心の高い連中にとっては、俺の存在が「突然現れた脅威」に映ってしまうのだろう。
商人の世界でも、こういう構図は珍しくない。
ただ、相手が成人している分、商人のほうがまだ理性的に対話ができる。
「それはなんとなく分かるよ。でも、なんでリーダー格をどうにかすれば状況が変わるの?」
「簡単な話、そいつらの周りにいる連中の多くは、リーダーの意向に合わせて動いてるだけの“日和見”な奴らだからだよ。リーダーの影響力が落ちれば、あっさり離れていく」
「でも、それって簡単じゃないよね?」
「もちろん、いきなりリーダーを潰そうなんて無茶だ。だからまずは、周囲の“日和見主義”のやつらを引きはがしていく。日和見な奴らは、自分に火の粉が飛んでこないと思ってるから、弱そうな人間を攻撃できる。でも、他人事ではなく、自分事だと思わせられれば、途端に動けなくなるのさ。そうやって敵の勢力を削ぎながら、俺たちで新しい勢力をつくればいいんだよ」
「……僕、もしかしてとんでもない人に付いちゃったかもしれない」
「俺の計画を聞いたからには逃がさないぞ」
「……」
ゼラの瞳に写る俺の顔は、悪人の顔だっただろう。
さて、ここから新たなビジネスを始めようか。