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111話 現状打破

 蔵書館に通う中で、分かったことと、疑問に思ったことがある。

 まず、分かったことからだ。

 迷宮に関する本には、二人の作者の主張がある。


 一人目は、『アルサラント地下迷宮のゴーレムについて』の著者、ゴルディオ・メザールだ。

 どこかで聞き覚えがあると思い確かめたところ、学園長の名前がアルメスト・メザールだったので、学園長の血縁関係にあたる人物だろう。

 彼は、“迷宮核こそが迷宮の本体であり、新たな世界を生みだす力を持つ”という主張をしている。


 二人目は、ネヴァン・F・スノウという人物だ。

 彼は、“迷宮核は異なる世界に残された残滓であり、迷宮とは六つの世界の成れの果てである”と主張している。

 ネヴァンの方は、ルミア教信者のようで、世界の創成に関する話を文章に織り交ぜて解説している。

 迷宮核は六世界の守護神の残滓が結晶化し、残された世界を別の形に進化させ、この世界に浸食しているらしい。

 現在の混沌世界と六世界の境界が近づくとき、迷宮への入り口が開くと書いてあった。

 要するに、迷宮核は「世界を一から創る」ものではなく、「もともと存在していた世界を歪め、変えている」ものだという。


 この二人は、時代こそ異なるが、まるで争うように本を執筆しており、迷宮関連の本棚は、彼らの著書でほぼ半分以上が埋め尽くされている。

 ここまで迷宮に人生を賭けられるのは、もはや狂気としか言いようがない。

 ただ一つ引っかかることがある。


(なんでアルサラント迷宮に関するネヴァンの本がないんだ?)


 それが俺の抱いた疑問だ。

 中央に位置し、研究も最も進んでいるアルサラント迷宮について書かれた本は、過去から現代に至るまで、多数並んでいる。当然、ゴルディオの著作も揃っている。

 だが、ネヴァン・F・スノウによるアルサラント迷宮の本だけ、どこにも見当たらなかったのだ。


 それだけではない。

 迷宮関連の棚には、他の棚に比べて、妙に大きな隙間ができていた。


(本当は置いてあったはずの本が取り除かれたとしたら、このスペースはあり得るか? ここの本棚だけあまりにも不自然すぎる)


 管理人は『本の貸し出しは禁止している』と言っていた。

 誰かが本を借りて今はないというのはあり得ないだろう。


(ネヴァンの本があるなら読んでみたいし、確認してみるか)


 なんだかんだで、二人の迷宮に関する研究は面白い。

 文章を追っているうちに、まるで異世界に飛び込んだような感覚に陥る。

 前世で異世界の記憶を持つ俺が、そんな感想を抱くのも奇妙な話だが。


 俺は一階に降り、管理人用の机へ向かった。

 幸い、男性の管理人は机に座り、本を読んでいるところだった。


「おや、なにかありましたか?」


 俺が近づくと、すぐに気づいた管理人が声をかけてきた。


「たいしたことじゃないんですけど、五階の迷宮に関する本棚に、不自然な隙間があったので。もしかして、前はそこに本があったのかなと」

「……はいはい、あそこですね。私が管理を任されたときから、あの棚は今ある本だけでしたよ」

「そうなんですね。管理されてどれくらいなんですか?」

「もう四年になりますかね。学園長様から直々に任命されまして、最高の職務をいただきました」


 管理人は満ち足りた笑みを浮かべ、心の底から誇りに思っているのが伝わってくる。


(学園長直々、ね。こんなところで名前を聞くとは……もう少し突っ込んでみるか)


「それまでの管理は、どうされてたんですか?」

「学園長から聞いた話では、前任の方がご高齢で体調を崩されて、私に白羽の矢が立ったそうです。結局、その方とは会わずじまいでしたが」

「では、最初におっしゃっていたルールは、どなたが決めたものなんですか?」

「ほとんど私の独断です」


 そんな気がしていた。

 この管理人は本や蔵書館への愛が強すぎる。

 別に理不尽なルールではないが、常に視線を感じるような居心地の悪さがあるのは、そのせいだろう。


「ですが、本の貸し出し禁止については、学園長様からの提案です。どうも、貸した本を返さなかったり、飲み食いしながら汚したりする不届き者がいるそうで、私も全面的に賛成しました。私の管理下では、そんな真似は絶対に許しません」

「あはは、お疲れ様です」

「いえいえ」


(……俺も童話の本を壊した件がバレたら、タダでは済まないだろうな。欲しい情報は一通り得たし、さっさと退散するか)


 管理人にお礼を言い、俺はなるべく自然な足取りで蔵書館を後にした。



 *****



(あれは……)


 蔵書館を出て、男子寮に戻ろうとしたところで、人気のないベンチで座っているゼラの後姿を見つけた。


「ゼラだよな。こんなところで何してるんだ?」

「うわあああっ!」


 声をかけると、ゼラは跳ね上がって驚いた。


「ごめん。そんなに驚くと思わなかった」

「……君はクラウだっけ? 僕に何の用?」

「たまたま見かけて、何してるのかと思って声をかけたんだけど」


 ゼラも俺のことを覚えていたようだ。

 数日前とはいえ、衝撃的な出会いだったので当然か。


「僕は君のせいでひどい目に合ってるんだけど」

「あはは、話を聞かせてくれよ」


 初めて出会った後、何かしら進展があったのだろう。

 ゼラは渋々といった表情で隣の席を空けてくれた。


「僕なりに変わろうとしたんだ。いつもはあいつらの言いなりだったけど、初めて反抗して……」

「前から気になってたけど、その『あいつら』って誰のことだ?」


 俺が促すと、ゼラは小さく息を吐き、観念したように口を開いた。


「……ふぅ、まあ、言ったところで何も変わらないよね。──デイン・ラザフォードって知ってる?」

「いや、知らないな」

「準男爵家の長男で、僕と同じ平民クラスにいるんだ。でも実力もカリスマも兼ね備えた、すごい奴でさ。最初は別に関わりもなかったんだけど、ミレイと僕が幼馴染だって知った瞬間、仲間を使って嫌がらせをするようになったんだ。……たぶん、あいつ、ミレイに気があるんだよ」


 ゼラとミレイとデインは同じクラスらしい。

 初等部の頃からというのは、ゼラも相当苦労してきたのだろう。


「なるほどな。……そういえば、ミレイと幼馴染ってことは、ファウベル重工商会と何かつながりでもあるのか?」

「僕のおじいちゃん、実は有名な義賊上がりの貴族だったんだ。今は没落しちゃったけど、昔は僕も大きな家に住んでたんだよ」

「それで盗人呼びか」

「それは僕の魔法も関係するんだけどね。親の期待を裏切りたくはないんだけど、正直もう退学したいよ。今は試験にわざと落ちて退学になろうかなって考えてたところだよ」


 そう語るゼラからは、諦めの空気が漂っている。


「さっき俺のせいでって言ってたけど、状況は悪くなったのか?」

「……最悪だよ」


 ゼラはかすかに笑った。けれど、それは諦めきった笑みだった。


「あれから僕も変わろうって思ってさ。思い切って、『もう関わりたくない』って言ったんだ。そしたら、デインの奴、仲間を集めて、僕を魔法の練習台にしてきたんだよ。体に当てたら二十点、顔に当たったら百点だってさ」


 ゼラは淡々と語るが、その内容は想像以上にひどかった。


「ずっと避け続けると、だんだん本気の魔法を撃ってくるんだ。だから、急所だけは必死に避けて、わざと痛がるふりをして……そうやってしのいでる。でも、そんな小細工、いつまで持つかな。はは、ね」


 笑いながら、ゼラは視線を伏せた。


「まずい時は俺に言ってくれよ。俺の責任でもあるし」

「……クラウのせいって言ったのは、冗談だよ」


 ゼラは小さく首を振った。


「でもね、前にクラウの話を聞いて、自分なりに考えてみたんだ。結局、僕がこんな情けないから悪いんだって」


 これは本格的にまずいやつだ。

 長い間、劣悪な環境に晒されたせいで、ゼラは自信を失っている。


「実は今、俺も同じような状況なんだよな」

「え? どういうこと?」


 俺はゼラに女子からは狙われ、男子からは嫌われている状況を説明した。


「それクラウの話だったんだ! うちのクラスの女子もクラウの話をしてたよ。デインもそれで最近機嫌が悪いんだ。僕より悲惨じゃない?」

「別に不幸自慢したいわけじゃないんだけどな。そっか、そこまで噂が届いてるのか。もう別にいいんだけどさ」

「クラウはなんでそんなに余裕があるの?」


 同じような厳しい状況にも関わらず、他人事のように話す俺を見て、ゼラは疑問に思ったようだ。


「理由は色々あるけど、一番大きいのは、俺を受け入れてくれる人がいるのを知ってるからだな」

「どういうこと?」

「俺はアブドラハっていう辺境出身なんだけど、そこには俺がどんな結果になろうと、戻れば受け入れてくれる人たちがいる。だから、俺はどんな状況でも、自信をもって学園にいられるんだ」


 そんなみんなの期待に応えるためにも、俺はこの学園で学びたいんだ。


「へぇ、うらやましいな。僕もそんな場所に行きたいや」

「……学園って狭い世界だし、逃げたっていいと思う。俺も、本当にどうしようもないならそうするつもりだしな」

「だよね」

「でもさ、——環境を変えても同じ状況に陥ったらどうする? 環境が人を変えることもあるけど、今のゼラが別の環境に移って、もう一度対人関係で困難があった時、ゼラは逃げるのか?」


 俺はゼラに問いかける。


「その時は……」

「俺は卒業するまでアブドラハに帰ることはない。今の環境が悪いなら、自分が過ごしやすい環境に変える選択をするよ。何が言いたいかって言うと、環境を変える前にやれるだけやってみないか?」

「……」


 ゼラはしばらく考えこんだ。

 正直、計画はまだ完璧ではないが、環境を変える方法はいくらでも思いつく。

 他責の部分は見え隠れしているが、ゼラの優秀な一面は話を聞いていて見えてきた。

 自分で一歩を踏み出したゼラの協力があれば、俺の計画の成功率は上がるはずだ。


「分かったよ。僕もやれるだけやってみる。もう今より下がることもないだろうしね」

「そう言ってくれると思った。よし、まずはゼラのことを教えてくれ」


 俺はゼラと組み、現状を変えることに決めた。


新たなビジネスが始まる予感。

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