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110話 困った時こそ蔵書館

 俺は、四英雄の孫であるという自覚がなかった。というよりも、中央で四英雄という存在がどれだけ大きな影響力を持っているのか知らなかったのだ。

 そしてその無知が原因で、俺は大きな問題を抱えることになった。


「クラウ君、今日は私とお話ししましょう?」

「いいえ、わたくしが先ですわよ」


 入学してから数日が経ち、当初は周囲から視線を感じる程度であったが、女子生徒たちから直接声をかけられる機会が増えた。  

 最初に話しかけてきたのは、ファウベル重工商会の娘、ミレイ・ファウベルだ。

 その後も様々な商会の令嬢たちが次々に声をかけてくるようになり、今では貴族クラスの女子生徒たちまでもがお茶会に誘うようになってきた。


 一見するとモテているように思えるが、彼女たちの目はまるで獲物を狙う獣のようだ。熱い視線の奥に、明確な目的が透けて見える。

 新興商会であるローゼン商会が、中央の貴族や大商会にとって魅力的な存在とは考え難い。

 彼女たちが俺に近づこうとするのは、その背後にいるフリード子爵やフロスト騎士団の存在が大きいだろう。

 どこで情報が漏れたのかは分からないが、四英雄のフリード子爵が扱う氷魔法を堂々と使っているのだから、情報収集に長けた女子生徒たちが気づかないはずがない。


「申し訳ございません。クラリス先輩から急の要請がありますので、またの機会に」


 こういう場合、テマドの代表者であるクラリス先輩に許可を取り、名前を使わせてもらって回避している。

 ただ、使いすぎたせいでクラリス先輩と俺が恋仲なのではという噂まで出回り始めているのだから、手に負えない。


「あいつ調子に乗ってるぜ」

「フリード様の血縁なんだってさ。どうせコネで入学してきたんだろ」


 問題なのは、女子生徒から狙われていることではない。

 女子からの人気に嫉妬した男子生徒からも、こうして陰口を言われるようになったことだ。


(ああ。もっと注意して魔法を使うべきだった)


 氷魔法を安易に使ったことは悔やまれるが、試験を通じて使う必要はあっただろうし、この状況になるのは時間の問題だったのだろう。

 俺の平穏な学園生活は、入学して早々に終わりを迎えた。


(何より一番大きな問題は……)


 レオノーラ、リオネル、そしてラフィ。

 俺と三人の間に少しずつ、だが確実に“溝”が生まれ始めているのだ。

 この原因はおそらく俺にあると思う。

 女子生徒から狙われ、男子生徒から避けられるようになった俺は、三人と距離を置いた。

 ある時は――


「私があいつらを追い払いますわ」

「いや、失礼になるし、俺が何とかするよ」

「……本当に、それでよろしいのですの?」

「ああ、大丈夫だよ」


 また別の日には――


「自分にできることはありますか?」

「リオネル。今は俺に構わないほうがいい。助けが必要な時は俺から言うからさ」


 そんなやり取りを最後に、俺たちは午前中の講義を除き、ほとんど会話を交わさなくなった。

 権力目当てで近づかれようが、陰口を叩かれようが、その理屈は理解している。

 それに自分の意志でその世界に足を踏み入れたのだから、何を言われようと受け止める覚悟はある。


 ただ、俺だけならまだしも、三人を巻き込むわけにはいかない。

 三人には学園生活を楽しんでもらいたいし、今の俺と関わることで不利益を被るなら、距離を取るべきなのだ。

 溝が生まれたとしてもこの選択に間違いはないと思う。


(さて、やっと学園の迷宮のことを調べられるな)


 そう思いながら、俺は重厚な扉を押し開けた。

 やっとのことで時間をつくることができ、たどり着いたのは学園の重要施設である蔵書館だ。

 蔵書館は塔のつくりになっており、中は階層ごとに分かれている。

 静謐な空気と魔法灯の光のなか、膨大な知識が積み上げられた本棚が俺を迎えてくれた。

 その光景に圧倒されていると、目の前に男性が降ってきた。


「うわっ!」

「学生証の提示をお願いします」

「……はい」


 現れたのは、どうやらこの蔵書館の管理人らしい男性だった。

 いきなり空から降ってくるのは心臓に悪い。そう思いながらも、言われた通りに学生証を差し出す。


「中等部一年は、五階までの本を閲覧可能です。本の貸し出しは行っておりませんので、ご理解ください。それと、館内での飲食、魔法の使用、大きな音を立てる行為は禁止です。

 最後に一つだけ。この蔵書館では、あなたの望む知識のほとんどが手に入るでしょう。ですが、受け身になってはいけません。自らの意思で行動し、求め、掴んでこそ、それは価値ある知識となるのです。では」


 そう言い残すと、管理人は軽やかに跳び上がり、上の階へと姿を消した。


(……すごく身軽な人だな。気配もほとんど感じなかったし、暗殺者とか向いてそう)


 感心しつつ、無事に入館できたことに胸をなで下ろす。


(とはいえ、この中から探すとなると骨が折れるな……)


 一階だけでも、ざっと千冊以上はあるだろう。これだけの本の中から目的の情報を見つけるのは、正直なところ至難の業だ。

 案内板や目録らしきものも見当たらない。

 つまり――片っ端から探すしかない。


(あの様子じゃ、管理人さんに聞いても教えてくれなさそうだしな。蔵書館ほど情報収集に向いている場所はないのに、学生があまり利用しないのは納得だ)


 広々とした蔵書館の一階には、学生の姿はほとんどなく、静まり返っている。

 上の階には少し人影が見えるが、背丈からして大人だろう。

 インクの香りと久々の静かな環境に安心感を覚えつつ、まずは一階の端の本棚からタイトルを見て探していくことにした。


(マーブルの玄海宮殿探索記、リリベットとカルベン、煌騎士リュゼルの英雄譚……ここは童話が並べてあるな)


 てっきりバラバラに置かれているのかと思っていたが、意外にもジャンルごとにきちんと分類されているらしい。童話、歴史、宗教、軍事と、棚ごとに分かれている。


(へぇ、意外と整理されてるんだな)


 本の背表紙に軽く指を這わせながらタイトルを読んでいると、その中の一冊『煌騎士リュゼルの英雄譚』が、一瞬だけ淡く光った気がした。


(……ん?)


 思わず手を伸ばして取り上げる。表紙の中央には、赤く輝く宝石がひとつ、埋め込まれていた。

 まるで心臓のように、わずかに脈打つような光を放っている。


(これ、霧石に似てるけど……違うか? どこかで見たことがある気がするんだけど)


 どうにも思い出せない。けれど、本自体はかなり古いもので、手触りからして高価な装丁が施されているのがわかる。

 きっと昔の金持ちが贅沢につくらせた一冊なのだろう。


「あっ」


 光る宝石にそっと触れた瞬間、それはカチリと音を立てて外れ、床へと落ちていった。


 とっさに手を伸ばして受け止める。


(やば……!)


 もともと留め具が緩んでいたのか、それとも触れたことが引き金になったのか、とにかく、宝石は本から外れてしまった。元に戻そうとするも、うまく嵌まらない。


(……これで出入り禁止とか洒落にならないぞ。目的を果たしてから謝ろう)


 宝石をそっと懐に仕舞い、本を元の棚に戻す。


(よし、切り替えよう。まずは、この蔵書館の探索図をつくるところからだな)


 気を引き締め、俺は歩き出した。



 *****



「あった!」


 一階から五階まで、徹底的に本棚とその中身を記録した探索図を作り終えた。ようやく、学園の迷宮に関する本棚を五階で見つけた時には、思わず声を上げてしまった。

 本棚には、かつてこの国に存在した迷宮や、今も現存している迷宮に関する本がずらりと並んでいる。


(階ごとに情報の重要度が増していく感じだな)


 探索図を改めて確認しながら思う。

 一階から三階には、学園とは関係なく、一般的にどこでも手に入るような本が並んでいた。

 四階には、魔道具や魔物に関する書籍や論文が集められている。

 この国に生息している魔物の情報が一堂に集められているという点で、蔵書館の価値は計り知れない。

 四階には俺以外にも少しの生徒が見受けられたが、目立っているわけではない。

 そして、俺が閲覧できる最高の階、五階には、目的の迷宮に関する本が並べられた本棚が待っていた。


(アルサラント地下迷宮のゴーレムについて……これを読んでみるか?)


 中央の名前が入っているし、学園が管理している迷宮というのは、これで間違いなさそうだ。

 本を手に取り、読んでみる。


 ……………

 …………

 ………


(なるほど。『迷宮とはこの世界と隔絶された一つの世界』という言葉がぴったりだな)


 本には、迷宮というものを知らない俺にとって、作り話のような内容が書かれていた。

 アルサラント地下迷宮には主にゴーレムが出現し、彼らは体内に小さな核を持っていて、その核が迷宮の指示に従って動くという。

 ゴーレムの生態系については詳しく書かれているが、面白いのは、ゴーレムの本体がその核そのものであるという点だ。

 その核は魔素を利用して周囲の岩や土を生み出し、まるで生物のように自らを人型に変えて行動するというのだ。


『迷宮はゴーレムと同じである。迷宮核こそが本体であり、迷宮核は岩や土ではなく、世界を生み出し、拡大する。魔物はその過程で生み出され、その世界で繁栄している異世界の動物であると筆者は考察する。迷宮核を中心に一つの世界が拡大し、我々のいる世界と接触したとき、迷宮の入り口として私たちの前に姿を現すのである』


 あとがきには、この筆者の見解が書かれており、アルメスト学園長の考えと似ている。正誤は分からないし、かなりの暴論だと思うが、迷宮=ゴーレム理論は純粋に面白いと思った。


(でも、どうやって迷宮の指示に従っているゴーレムを魔法区では自在に操っているんだ?)


 そんな疑問が浮かぶが、この魔法区に居れば、いずれ分かるはずだ。


(結局、学園長とロイクたちが迷宮核を狙っている理由は分からなかったな。世界を生みだすという点は気になるけど、それなら他の迷宮核にも言えることだ。アルサラント地下迷宮にしかない何かがあるはずだ。まあ、また来て調査するか)


 現状、俺にはテマドくらいしか居場所がないため、蔵書館の存在はありがたいし、これから何度も訪れることになるだろう。

 迷宮への理解は少し深まったものの、謎は解消されないまま、今日は調査を終えることにした。


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