109話 三人の目的
学園では、午前は決まった講義を受け、午後は自分で選んだ10講義を5日間かけて1日2コマずつこなしていくスタイルだ。
午前の講義は主に座学、軍事行動、鍛錬で構成され、午後はより実践的な内容が多い。
俺たちは、リファ教官から受け取った講義の履修案内を手に、それぞれの選択について話し合う。
「この中から10講義選ぶのはなかなか大変だぞ」
「どれを選ぶか、悩ましいですわね」
「自分は、レオノーラと同じ講義にします」
「お兄様、その優柔不断な性格はそろそろ直した方が良いですわよ」
「うっ、わ、分かってる……つもりだ」
リオネルは団体選びのときも、どれにするか散々悩んだ末、自分では決めきれずに、ラフィに勧められるまま特練軍育団体――通称“トクレン”という、いかにも物騒な団体に所属することにしたようだ。
ラフィにしては珍しい積極的な行動だったが、それが何か裏があるのか、それとも騎士団の先輩として後輩を導こうとしたのか、彼女の真意は俺には分からない。
そんな迷いやすい性格のリオネルは、履修リストに並ぶ膨大な講義の数に早々に戦意喪失し、妹のレオノーラと同じ講義を選ぶことにしたようだ。
「ずいぶん熱心に見てるけど、何か気になる講義があったのか?」
「これ」
ラフィの指差す先には、魔裁縫と書かれていた。
アブドラハでも裁縫にはまっているとシータが言っていた気がするし、普段の荒々しさとは違い、細かな作業も好きなのだろう。
(でも、魔裁縫ってなんだ?)
そんな疑問は浮かぶが、本人は受講する気満々な様子なので、変に水を差すのは止めておく。
「一回受けてみて、面白そうなのがあったら報告しようか」
「そうですわね。色々受けてみて、その感想を参考にするのは良いかもしれませんわ。他の子にも呼び掛けないと」
レオノーラは、魔獣を飼育する団体や魔法の研究を行う団体等、複数の団体に所属することに決めたらしい。
すでに友達もできているようで、その行動力と処世術を羨ましく思う。
俺も同世代がテマドにいれば良かったが、いないものは仕方ない。
情報が少ない中、講義決めですら人脈が大切なんだと思い知らされた。
「あっ、ここに居たの! ラフィ!」
講義決めの方向性が決まったところで、教室の入り口から威勢の良い甲高い声が響き渡った。
声の主は、蒼い髪を風に揺らし、褐色の肌をきらきらと輝かせた少女だった。
ラフィの姿を見つけるや否や、一直線に教室の中へと駆け寄ってくる。
「もう一度戦いなさい!」
「やだ」
「どちら様?」
あまりの勢いに驚いたものの、初めて見る少女が誰なのかラフィに尋ねる。
「こいつが前に編入試験で喧嘩売ってきた奴だ」
「ああ、なるほど」
その光景が容易に想像できて、納得してしまう。
「昨日戦って力の差は分かったはず。それに本気を出さないお前じゃ私には勝てない。手を抜いてるくせに突っかかってきて面倒なんだよ」
「はあ? どういう意味よ!」
「あははっ、初めて会った時のラフィもこんな感じだったな」
『どういうことだ(よ)?』
正直な感想を言ったら、二人に睨まれた。
だが、初めてサターシャに連れられて来たラフィも目の前の少女と似てた雰囲気を放っていた。
この二人は意外と相性がいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、初めて見る青年が早足で教室に入ってきた。
「イーシャ! 他のクラスにまで迷惑をかけるなって」
「君は……」
その青年を見たリオネルは、目を見開いて驚く。
「今度はリオネルの知り合いか?」
「はい。自分も編入試験で彼に会って」
青年の方は、前にリオネルが褒めていた人物のようだ。
「あれ? リオネルじゃないか。君も合格していると思ったよ! このクラスだったんだな」
「ロイクも別のクラスだったんですね」
「ああ。もっと話したいところだが、先に用事を済ませてからだ。イーシャ! どうしてじっとしていられないんだ」
「うるさいなぁ。別に何しようがあたしの勝手でしょ?」
「皆さん、お騒がせしてすみません」
「なんでロイクが保護者みたいなことを言う訳? やめて欲しいんだけど」
「俺だってお前のお目付け役なんてやりたくないんだ」
蒼髪の少女はイーシャ、青年の方はロイクというらしい。
イーシャとロイクの二人は俺たちの前で喧嘩を始めた。
「落ち着いてくれよ」
「そうですわ。まずは自己紹介からしましょう」
二人を落ち着かせるために、俺たちは順番に自己紹介をしていく。
「見苦しいところをお見せしました。俺はロイクです」
「ふんっ、あたしはイーシャ」
「お二人はどういう関係ですの?」
「ただの腐れ縁です。こいつと俺は同じ町の出身でして」
「あんたが勝手に着いてきただけでしょ? あたし一人で大丈夫って言ってるのに」
「お前一人じゃ何をするか分からないからな」
「何ですって?」
「まあまあ」
再び喧嘩を始めた二人に、リオネルは軽く頭を抱えながら宥めに入る。
(一人で大丈夫って、どういう意味だ? 学園に一人でって話ならロイクが過保護なだけかもしれないが、別の意味な気がする)
俺はイーシャの言葉に違和感を覚えた。
「二人はなんで」
「おい、何故こんなところで油を売っている!」
違和感を追求しようとしたところで、三度目の乱入者が現れ、俺の言葉は遮られた。
「エリオット!」
「む? クラウか。お前も合格していると思っていたが、ここにいるとはな」
「お前は何の用で来たんだ?」
「そうだ、こんなことをしている場合ではない。私はこいつらを引き戻しに来たんだ」
エリオットはイーシャとロイクをにらみつける。
「お前たちに協力するとは言ったが、勝手な行動ばかりするようなら一人の方がマシだ」
「すまない。イーシャ、早く行くぞ」
「指図しないで」
「待った。三人で何をするつもりだ?」
話を聞く限り、この三人は協力関係を結んでいるようだ。
俺がその理由を聞こうとすると、少しだけイーシャとロイクの表情が強張った気がした。
「聞きたいなら少し場所を変えるぞ」
「エリオット、彼らに話すのはどうなんだ?」
「おそらくだが、こいつらも話を聞いているはずだ。別に話すのは問題ないだろう」
「まあ、別に話すくらいなら問題ないんじゃない?」
「……分かった」
「付いてこい」
三人で相談した後、移動を始めたため、俺たちはそれに付いていく。
俺たちは人がいない教室を使って話を続けることになった。
「単刀直入に聞くが、お前も学園長から聞いただろ?」
「ああ、その話か」
エリオットからの直接的な質問で、三人の目的は概ね分かった。
「俺たち四人も聞いたよ。迷宮核探しの依頼だろ?」
「やはりか。学園長の話し方からして、他にも依頼している者がいると思っていたが、お前とはな」
「でも、学園長は探さなくて良いとおっしゃっていましたけど」
「もし見つけたら学園長に報告するだけで良いっていうから、俺たちは探すつもりはないぞ」
優秀者だけにしか教えないのも、探そうとして命を落とした生徒がいたからだと聞いている。
気になるが、長年見つかっていない物が簡単に見つかるとも思えないし、わざわざ危険を冒してまで探すつもりはない。
「そうか、それなら問題ない。俺たちは学園長と正式に依頼を受けていて、その報酬が目的だ」
「依頼なら報酬も期待できそうだもんな。ちなみにどんな報酬を?」
「私は卒業後、学園長から便宜を受け、フェルスター家をさらに高みへと導くつもりだ」
「なるほど、健全な理由だな。二人もそんな感じなのか?」
「ああ、俺たちもエリオットと同じような理由だ」
「……」
(エリオットはともかく、二人は何か隠しているな?)
エリオットの理由は納得できるし、ロイクも同じというのはあり得る話だ。
だが、イーシャの何かそわそわした表情を見る限り、何か別の理由がありそうだ。
「もしかして、見つけるためのアテが何かあるのか?」
「それは」
「すまない、クラウ。これ以上この話は止めよう。手を組んでくれるなら話すけど、ライバルになる可能性もゼロではないだろ?」
「その通りだな。興味本位で聞いたけど、これ以上は止めておこう。危険らしいから気をつけてな」
詳しい話は聞くことが出来なかったが、これ以上は部外者が聞いて良い話ではないだろう。
「言われるまでもない」
「もし、手を組んでくれる気になったら、いつでも言ってくれ。特にリオネルには手伝ってほしいところだな」
「考えておきます」
「ラフィ、次のトクレンで戦いなさい!」
そのまま、俺たちは三人と別れた。
「迷宮核か……。学園長も何か企んでいるようだったし、何かあるのかもな」
「私たちも探すのか?」
「どちらでも良いですわよ」
「自分も」
「少し調べてみてからだな。先に言っておくけど、あの三人と争うつもりはないぞ。ただ、手を組むとしてもあの二人の目的が分かってからだな」
「へ? 二人の目的ですか?」
ロイクの言葉を真に受けているリオネルを放置して、俺は迷宮核を調べることにした。