107話 手作り魔道具団体“テマド”
想定外の学園長との対談を終えて外に出ると、学園内は生徒で溢れかえっていった。
「魔素研究会に興味はありませんか?」
「おおっ、その筋肉! 君、筋肉同盟でバルクアップに興味はないか?」
「いえ、無いです」
生徒の多くは中等部の二年や三年といった先輩たちで、パンフレットや看板を手にして団体への勧誘活動を行っているようだ。
「私はリファ教官のところに行ってくる」
「行ってらっしゃい。俺たちも解散して自分の見学したいところに行こうか」
「分かりました。気を付けてください。レオノーラ、変なところに誘われても付いていくなよ」
「大丈夫ですわ」
俺たちは解散してそれぞれの見学したい団体へと向かうことになった。
(やっとこの学園に来た目的を果たせるかもしれないな。それにしてもどこにある?)
俺は、生徒たちの波を避けて目的の団体を探すが、なかなか見当たらない。
「そこの白髪の子、討伐連盟で魔物を討伐しないか?」
「すみません。もう見学する団体は決めてあるので」
途中で勧誘されることもあるが、付いていったら逃れられなくなる気がするので断る。
「これだけ団体があるなら、ありそうなものなんだけどな」
一通りまわってみたが、俺の所属したい団体は見つからない。
(ないというのなら仕方ないが、諦めるしかないのだろうか)
別の団体にも目を向けようとしたところで、小さな声が聞えた。
「……魔道具、あるよ。……研究、しようよ」
「うわあっ!」
その言葉を聞き逃さず、そちらへ視線を向けると、前髪で顔が見えない幽霊がいた。
いや、黒髪に白衣を着ているせいで幽霊に見えるが、普通に人間だろう。
「先輩、それじゃ誰の耳にも届かへんて言うとるやろー」
隣にいる同じように白衣を着た生徒が話しかけているし、間違いない。
「あの、もしかして魔道具関連の団体ですか?」
「……そだよ?」
「君、興味あるんか?」
「はい。魔道具をつくってみたいなと」
「来たな運命の出会い! テマドに入りたいとか、君ええセンスしとるやん!」
「て、てまど?」
「手作り魔道具の会、略してテマドや」
なんという省略の仕方だろう。
とはいえ、俺の探していた団体に間違いないようだ。
俺はずっとこの学園に来て、魔道具の作り方を学びたいと思っていた。
この団体なら、それを学ぶことができるかもしれない。
「……来て。案内する」
「やっと一人目確保やな。なんでか知らんけど、うちらの団体人気ないねん」
「お二人のお名前は?」
「こっちの喋らんのは、中等部三年、テマド代表のクラリス・ネブラで、うちが中等部二年、副代表のゾーイや」
クラリス先輩は静かに頷くが、前髪に隠れた表情が読めず、少しだけ不気味だ。
ゾーイ先輩は訛りのある喋り方をしており、どこか陽気で親しみやすい印象を受けた。
「君は?」
「クラウ・ローゼンです」
「なんや、あんたも貴族かいな。うちは礼儀やら知らんさかい堪忍してや」
「いえ、家名持ちの平民なので、むしろ俺の方が気をつけないと」
「……学園内で身分差は意味ないよ」
「そうなんですね」
「とはいえ、最低限礼儀は必要やさかい気つけなや」
「忠告ありがとうございます」
俺は色々と学園のことを教えてもらいながら、二人に案内される。
「ここがテマドの研究室や」
「うっ、臭い」
「嘘、臭うか?」
「……ごめん」
案内された研究室の中に入ると、部屋中に部品や道具が散乱し、机の上には機械製の脚や、胸部だけの魔導兵の試作体が雑に置かれていた。
床には何かの試作品から漏れ出した液体が広がり、刺激臭が鼻を突いた。
先輩二人は慣れているせいか、何も感じないらしい。嗅覚が壊れているようだ。
「窓を開けてください。掃除しましょう」
「えぇー」
「……えぇ」
俺がそう提案すると、明かに先輩たちは嫌そうな雰囲気を漂わせる。
「いいから、やりますよ」
そんな二人を放置して、片付けられるところから片付けることにした。
*****
「やっと終わったー」
「片付けなんて半年ぶりや」
「……疲れたよ」
ごみをまとめ、必要なものは残して机にまとめただけだが、ある程度は見栄えが良くなった。
魔道具に触れたことがない俺には何が必要なもので何がごみなのか分からないかったが、先輩二人は全て必要だというので、自分の判断で捨てることにした。
明らかにごみでも捨てられない人がいるし、この二人はそういう気質なのだろう。
研究室が散乱してごみ屋敷になるのも納得である。
掃除を終え、ひと段落ついたところで、“テマド”の活動内容を聞くことにした。
「先輩方は何を作ってるんですか?」
「今研究してるのは新しい機能を持った魔導兵や。魔導兵は陸上型と飛行型に分かれてるのは知っとるか?」
「編入試験で戦ったと思います」
「へぇー、あんたも編入試験を通ってきたんか。どうりで見ーひん顔や思たわ。ほんで話を戻すけど、今は陸空両用の魔導兵を作ってる最中やねん」
「なるほど、じゃあ魔導兵をつくるのがメインですか?」
「……色々つくるよ。武器も小道具も」
クラリス先輩は首を振りながら、小さな魔道具を持って説明してくれる。
「……これはキラキラ光るメガネ。こっちは自動で背中を掻いてくれる孫の手。このスイッチを入れて」
「おお! すごい、便利ですね」
反応に困る物でも、色々な可能性が見えてくる。
クラリス先輩から渡された魔道具のスイッチを入れると、魔道具は動き始めた。
「今はこないなもんやけど、テマドには壮大な目標があるんや」
「目標ですか?」
「ああ、それはな――『非魔法使いでも使える魔道具をつくること』や」
「おお、すごいですね!」
言われてみれば、この魔道具はスイッチを入れただけで動き出し、俺の魔素はまったく消費していない。
「せやろ? 魔道具って一口に言うても、いろんな種類があるんよ。うちらが作っとるんは、魔晶石を動力にした魔道具や」
「魔晶石を動力って言うと、冷魔庫が思い浮かびますね」
「おっ、よう知っとるやん。……実はな、あれの開発者、この学園の教官なんやで」
「ええ!?」
しれっと重要なことをゾーイ先輩に言われ、俺は驚きの声を上げてしまう。
この学園で魔道具の作り方を学ぼうと思ったのも、冷魔庫を見て、魔道具の可能性を感じたからだ。
「……たまに呼ばれて手伝わされる」
「最近やたらと魔導兵を作らされると思っとったら、あんたの話を聞く限り、編入試験用だったみたいやな。まあ、おかげで資金集めも十分出来たしええけど」
(試験で戦わされた魔導兵はこの人たちによって作られたということか)
あの試験を思い出し、なんとも言えない気持ちになった。
「魔道具を作る団体ってここだけですか?」
「いーや、もっとあるで。ただ、大抵の団体は魔法使いのための魔道具作りばっかりやな。魔晶石を動力にするより、魔法使いの魔素を使った方が出力はええからな。魔晶石やと出力に限界があるし、逆に魔法使いは魔素の量が多ければ、それだけ強い力を引き出せるんよ」
どうやら、魔道具団体が見つからなかったのはたまたまだったらしい。
でも、おかげで“テマド”の先輩に会えたのだから、運が良かったのかもしれない。
俺の魔道具作りの方向性に合っている気がする。
いや、待てよ……。
「あれ? でも試験で魔導刃を使ったんですけど、魔素を凄い消費して、やっと普通の剣より少し切れるくらいで、そこまで強いとは思えませんでしたよ」
「嘘やん。うちの少ない魔素でも鉄を斬れるはずやで。うちらが作った魔導兵くらいなら、バター並みに斬れるはずやけど」
「……ナディアが笑いながら改造してるのを見た」
「原因それやん」
「ナディアって誰ですか?」
「さっき言うてた、冷魔庫の開発者や」
(話が見えてきた気がする。試験で使わされたあの魔道具は、全て罠だったということか。いや、リオネルのように攻撃手段が少ない魔法使いにとっては、確かに一つの選択肢になった。使い方次第では、強力な武器になり得た……そう考えれば、一概に罠とは言えないか)
「なんでそんなことを」
「……多分、困ってるのを見たかっただけ」
「あいつ趣味悪いしな」
「……えぇ」
なぜそんなことをしたのか、その意図を考えていたのが馬鹿らしくなった。
この学園の教官らしいし、一度会ってみたいところだ。
「……でも、天才だよ。人工魔器を発明したのも、ゴーレムの核を分析して、魔導兵に応用したのも彼女」
「人工魔器とは?」
「魔法使いは、魔器によって魔法が使えるやろ? それを人工で作ったんや。冷魔庫にも使われとるで」
「難しいですね」
よく分からないことばかりだが、魔道具の世界が広いことだけは分かった。
「まあ、ナディアのやってることは、魔道具の領域を超えてるからうちらでも詳しいことは分からん」
「……ゆっくり学べばいいんだよ」
「さて、クラウ」
ふと周囲を見渡すと、いつの間にかクラリス先輩とゾーイ先輩に挟まれていた。完全に包囲されている。
「前の先輩が抜けて、テマドは人手不足やねん。それに団体の所属者数は、三人以上いないと研究室が借りられへん。このままじゃ、うちらはここから追い出されてまう」
「……三人まであと一人」
「入ってくれるやんな?」
「分かりました。テマドに入らせていただきます」
こんな形で決まるとは思ってなかったけど、ちょっとワクワクしている自分がいる。
俺もテマドの一員として、魔道具をこれから作っていこう。