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103話 戦闘試験Ⅱ

 倉庫から飛び出した飛行型の魔導兵が、受験者たちへ一斉に襲いかかる。


「きゃあ! また新しいのが来るなんて聞いてないわ!」

「落ち着け! 連携を崩すな!」


 飛行型魔導兵は人の頭二つ分ほどの大きさで、金属質の羽根を震わせながら高速で旋回している。

 鋭い鉤爪を持つ前脚がキラリと光り、風を切る音とともに急降下する。

 焦り声やそれを宥める声があちこちから聞こえる。


「来るぞっ!」


 一体ずつならば問題なく対処できる。しかし、奴らは群れで襲いかかる上、上空を自在に飛び回るため、射程の短い攻撃では届かない。

 しかも、地上ではゴーレムや魔導兵が動き回り、受験者の進路を阻んでいる。戦いながら移動するには、どうしても足を止めざるを得なかった。


 そして、消耗戦は受験者側にとって不利になる。


「……あれ? 刃が出ないぞ! 魔導刃が壊れたか?」


 戦闘の最中、突然武器の動作が止まった受験者が戸惑いの声を上げた。

 焦って再び起動させようとするが、何の反応もない。


「魔法が……撃てない!?」


 別の受験者が焦りの声を上げた。


「おい! もしかして、魔素がないんじゃないか?」

「本当だ……! いつの間にか空っぽになってる……」


 戦闘の高揚感と緊張のせいで、自分の魔素残量を把握できていなかったのだろう。

 そして、最悪なことに、この試験では魔道具以外の武器は支給されていない。

 魔素を使い切った魔法使いは、ただの無力な人間になる。


「せっかくここまで来たのに……」


 敵の第二陣によって、受験者たちの顔に絶望の色が浮かぶ。

 目の前には、敵が次々と出てくる倉庫が見えているが、まだ距離がある。


「どのみち、全部倒さなきゃ先へ進めないんだ。弱気になるなよ!」


 それでも、受験者たちは連携を取りながら、励まし合う。

 戦いの中で芽生えた仲間意識が、少しずつ彼らの士気を支え始めていた。


「くっ……空は無理だ。地上の支援にまわろう」


 俺は空中から地上を支援していたが、魔導兵の群れに攻撃され、地上に降りる決断をする。支給品の魔装があったため無傷であるが、魔装の方は敵の攻撃によりヒビが入り始めている。


 この魔装は想像以上に魔素の効率が悪い。

 使用してみたが、俺の場合、体感で五分の一ほどの魔素を使用した。

 かなり硬い膜に体が覆われ、体の動きが全く阻害されないというのは便利だが、それでも長期戦には向かない代物だ。


「エリオット! お前、的当てが得意なんだろ? 遠距離を指揮できないか?」


 俺は、孤軍奮闘しているエリオットの近くに降り、指揮が可能か確認する。


「どうして私が平民の指揮など」

「出来ないなら良い。別の奴に頼む」

「……待て。出来ないとは言ってないだろう」

「じゃあ、空中の敵は任せたぞ。俺たちは地上の方を何とかするから」

「ふんっ……」


 エリオットは一度鼻を鳴らし、大きく息を吸った。


「おい、試験に合格したい者は耳を貸せ! 上空への対抗手段がある者は、地上ではなく上空の敵だけを狙え! 今まで周りを気にして本領が出来なかったお前たちの実力を見せつけてやるのだ!」


 その鋭い声が響き渡る。

 受験者たちは顔を見合わせたあと、次々とエリオットの指示に従い始める。

 これまでの彼の実力を目の当たりにしていたからこそ、彼の指示に従うことに決めたようだ。

 ここはもう任せても良いと判断し、俺は他の受験者に声をかける。


「魔素がなくなって武器がないやつは、俺が補充する。上空の敵は気にせず、今まで通り、地上の敵に集中するんだ!」

「悪い……助かる!」


 今、残っている受験者の数は30人以下で、何とか戦線を維持できている。

 戦力が少しでも減れば、全滅の危険がある。


(この敵の多さなら魔道具以外の武器を支給してくれたっていいだろ! いや、でもそうしたら、俺やエリオットみたいにわざわざ魔素を消費してまで、魔道具を使おうとするものはいなくなるか)


 内心毒づきながら、魔素に余裕のある俺は、すぐに魔導刃の補給に回り、戦える人間を増やすことにした。

 氷魔法で地上の敵を一掃することも考えるが、それは味方を巻き込む可能性があるため、最後の手段として取っておきたい。

 氷甲虫に乗り、低空飛行を続けながら敵を倒していく。


「諸君、良い牽制だ! 私も負けん。複合、空魔弾(エアロ・バースト)!」

「地上班も負けるな! このまま押していけ!!」


 始めは個人で争っていた受験者は、徐々に少数のグループとなって連携し合い、今では地上班と対空班の二つに分かれて連携を取るまでになっていた。

 お互いに任された敵に集中し、競い合うことで、敵を押し返していく。


「倉庫はもう目の前だ!」

「ここを押さえれば、後はもう残りを始末するだけね!」


 敵の第二陣を攻略し、俺たちはやっとのことで倉庫までたどり着いた。

 すでに倉庫は空になったのか、敵が溢れてくるようなこともなく、あれだけ襲ってきた敵の数も数えられるほどになっていた。

 残りの敵を倒しつつ、俺たちは慎重に倉庫の中へと侵入した瞬間、


『戦闘試験終了です。受験生の皆さま、お疲れさまでした。これより担当者がうかがいますので、今しばらくお待ちください』


 戦闘試験の終わりを告げるアナウンスが、倉庫内に響き渡った。


「……お、終わったの?」

「疲れたー」

「しんどすぎ」


 アナウンスを聞いた受験者たちは、疲れ果てた表情を浮かべる。


「ふうー」


 俺も試験が終わったことに対して安堵する。

 もっと巨大な敵が現れるかとも思っていたが、流石にそこまではしてこないらしい。

 残りの魔素は3分の1程度なので、魔道具によってかなり消耗させられた。

 結果がどうなるか分からないが、できることは一通りやったはずだ。


 しばらくすると、担当者の女性試験官が倉庫までやってきた。

 淡々とした足取りで近づいてきて、冷たい視線を受験者に向ける。


「ご苦労だった。試験の合否は追って通達する」

「あの、どのような基準で合否が出されるんですか? 敵を討伐した数ですか? それともこの倉庫にたどり着くことが合格の条件ですか?」

「最初に伝えた通り、戦闘試験の目的は、諸君らの戦闘能力を測ることだ。戦闘能力とは純粋な武力だけではない。統率力、判断力、観察力、協調性――それらを総合的に評価し、こちらは採点を行う。当然、諸君らがこの試験で示した成果も判断材料だ」


 誰かが問うと、試験官は無表情でそう答えた。


「それでは、魔導刃と魔装を返却するように。持ち帰ろうとした場合、相応の処罰がある。変な気は起こすなよ」


 受験者たちは支給された魔道具を次々と返却し、試験官はそれを一つひとつ確認していく。


「途中で降参した受験者たちはどうなったんですか?」

「すでにゴーレムが医務室へ運んでいる。当然だが、全員無事だ。お前たちの戦った玩具共に大した殺傷能力はないからな」


 その言葉に、俺はゴーレムの拳を思い出した。

 あの一撃で魔装にひびが入った仲間がいたし、魔導兵の攻撃で血を流している受験者もいる。

 それを見てもなお「大したことはない」と言い切れるこの試験官の感覚が異常なのか、それとも、この学園自体がそういう場所なのか。

 そして、そんな世界に俺も足を踏み入れ始めている。


 何はともあれ、これで編入試験は全て終わった。



 *****



「やーっと終わりッ! もう自由にしてもいいよね?」

「駄目に決まってるだろう。ナディア、お前もこの学園の教師なら、職務を全うしろ」

「ナディちゃんだって大変だったんだお! 全試験会場の監視とドロップアウトしたひよこさんの面倒まで見させられてさ」

「それがお前の職務だ。それが出来ないというなら、お前のような愚か者は、再び監獄へ戻すしかないな」

「リファリファは真面目すぎなんだお! そんなんだから、その年で誰からも相手されないんだお」


 平民の編入試験が終わり、学園のとある一室で、女性試験官のリファとダボダボな白衣を纏った少女の見た目をしたナディアが会話をする。


「どうでもいい。それより、どうして学園長様はお前の考えた試験に賛同したのか……。まあ、ただの的当てに比べたらマシだが、お前の目的は自分の玩具で遊びたいだけだろ?」

「ぶっぶー、残念でした! これには色々とワケがあるんだお。リファリファは試験用の魔道具のことどう思った?」


 ナディアはリファを煽るように腕をクロスさせながら、魔道具の感想を尋ねる。


「とにかく使い勝手が悪いな。魔素を消費してまで使う価値があるとは思えん。魔導刃の方は、普通の武器の方が遥かにマシだ。魔装に至っては、あの程度の薄皮なら、使う気にもならん」

「ぷふふふふふふふ」


 リファの純粋な感想を聞き、ナディアは堪えきれずに笑い始める。


「その通りだお。どちらも試験用にナディちゃんが作った特別製の超負担型魔道具だからね。あーあ、魔法が使えなくなって、慌てるおバカちん達は面白かったな! ぷふふふふ」

「いい加減にしろ。私でも我慢の限界はあるぞ」

「はあはあ……。笑いすぎて死ぬかと思った。でも、与えられたものを疑いもせずに使う方が悪いよね。それに、最低限は機能するように作ってあるんだから、文句は受け付けないんだお」


 今度は胸を張って自分は悪くないとアピールするナディアに対し、リファは眉を顰める。

 ナディアの言う通り、試験用の魔道具はある程度機能するため、罠とも言い難い。

 学園側からしたら、試験を進める中で、受験者たちの緊急事態への対応や本来の実力を見るうえでも役に立つ。

 さらに普通の武器を支給してしまえば、この試験の難易度は大幅に下がってしまうため、ナディアが好き勝手する結果となった。


「……それで、お前から見て気になる奴は居たか?」

「居たんだお! ほら、この赤毛の子見て!」


 ナディアは録画された映像を映し、リファに見せる。


「このグループは、この子ともう一人別の子の二人で大半の魔導兵を倒しちゃったんだお」

「軍人を志すものならそれくらいやってもらわなくてはな。だが、あの玩具共相手なら、そういう受験者も中にはいるだろう」

「すごいのはそこじゃないんだお。ほら見て、この子も最初はナディちゃんの魔道具を使ってたんだけど、途中で魔道具が壊れたの。気になって調べてみたら、この子、測定器でも測れない魔素量だったんだってさ」

「……ほう。それは面白いな」

「でしょでしょ?」


 何故か自慢げに語るナディアを横目に、リファは映像に映っている少女の顔を記憶しておく。


「この子にナディちゃん自慢の魔導兵と戦ってほしかったな。せっかく倉庫に用意してたのに、着いた瞬間にアナウンスしちゃうんだもん」

「ただでさえ、お前の悪趣味な試験と魔道具のせいで例年よりも難易度が上がっているのに、そんな案が通るわけないだろ。各試験場の監視員には事前にそうするように伝えてある」

「来年はナディちゃんの魔導兵も参加させたいんだお」

「馬鹿なことを言ってないで、会議室に行くぞ。これから戦闘試験の採点だ」

「そんなことしなくても、ナディちゃんの中ではほとんど決まってるんだけどなー」

「いいからさっさと来い!」


 リファは面倒くさがるナディアを、無理やり会議室へと連れて行くのであった。


編入試験はこれにて終了です。

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