101話 編入試験Ⅱ
アフサール王国軍部魔法学園は、卒業するだけで俺たち平民にとってはエリートコースに乗ることができるため、全国各地から多くの受験者が集まっている。特に受験者は平民の中でも富裕層ばかりだ。
学園の入学金は平民が簡単に支払える額ではないので、当然と言えば当然である。
俺たちもフリード子爵という伝手がなければ、この学園には縁もなかっただろう。
受験者の目的は大きく分けて二つに分かれる。
一つは商人の息子のように、貴族とのコネを作ることを目的とする者たち。
もう一つは、軍人や騎士として出世し、爵位を得ることを目指す者たちだ。
サターシャが言うには、二十年ほど前は、純粋に魔法を学びたいという者は少なかったらしい。
入口で行われた魔素量測定では、多くの受験者が不合格になっているようだったが、それでも数百人は通過していた。
ただ、それだけの人数がいるにもかかわらず、明らかに貴族らしき受験者は見当たらない。
考えてみれば、平民と貴族が同じ場所で試験を受けるのは、身分の違いによるトラブルや不公平な扱いが発生する可能性があるため、問題も多そうだ。
おそらく、高位貴族は別の場所で受験するか、別日に試験が行われるのだろう。
編入試験は午前中に筆記、午後に戦闘試験の二部構成となっている。
学園の門をくぐり、最初に試験官に案内されたのは顔写真の撮影室だった。
受験者たちが静かに順番を待つ中、俺も列に並んでいると、無事に魔素量測定を通ってきたリオネルと合流した。
撮影と名前の確認を済ませると、次に向かったのは筆記試験の会場となる巨大な講堂 だ。
すでに大勢の受験者が席に座り、張り詰めた空気が広がっていた。
筆記試験を終えた俺とリオネルは、おそらく別の場所で試験を受けているラフィとレオノーラを食堂で待つことにした。
「リオネル、筆記はどうだった?」
「勉強していたところが出てきて、何とか見直す時間までありました。暗記の部分はほとんど解けたんですけど、算術とその応用が少し不安ですね。クラウ殿は?」
「俺も同じ感じだな。暗記の部分が全部解けてれば、筆記の合格ラインには乗るってサターシャが言ってたから、後は戦闘試験だな」
「そうですね。終わったことは一旦忘れて、気持ちを切り替えましょう。」
筆記試験の内容は多岐にわたる。
語学、算術、自然学といった基本科目に加え、 法学や軍規の知識 まで問われた。
制限時間は 三時間で、すべての科目を一度に解く形式だ。
中には複合問題も出題され、解答の道筋まで記述する必要があった。
暗記だけでは合格点ギリギリで、問題の意図を読み取れるまで理解してようやく余裕が出る難易度だった。
自分のできる限りは尽くしたと思うが、こういう試験では不安な気持ちは拭えないものだ。
リオネルの言う通り、終わったことは置いておいて、次の戦闘試験に集中しよう。
「やっと二人を見つけましたわ!」
「……」
「俺たちも待ちながら探してたんだ」
「合流出来て良かったですね」
そんなことを考えていると、レオノーラとラフィが俺たちを見つけ、手を振ってくる。
俺たちも手を振り、取っておいた隣の席に移動して二人を迎える。
近づいて来る二人を見ると、レオノーラは元気が有り余っているといった感じだが、ラフィの方は、
「……疲れた」
長時間の筆記試験に疲れたようで、魂が抜けたような表情をしている。
「お疲れ様。じゃあ、さっそく食べようか」
「すごい豪華ですわね。良い匂いがしますわ」
昼食は学園側が受験者全員に提供してくれる。
食堂には長いテーブルが整然と並び、用意された料理が各席に均等に配置されている。
受験者は指定された席に座り、各自の皿に配膳された食事を取る仕組みのようだ。
すでに多くの受験者が静かに食事を進めている。
「食事を出してくれるのはありがたいな。ここに入学すればこの料理を食べられるってことだし、やる気も上がる」
「戦闘試験もありますし、体力を回復しないと」
この編入試験の受験費用は無料だ。
アフサール軍部魔法学園は国家主導の教育機関であり、国からの支援を受けている。だが、それ以上に、この学園の目的が軍部の戦力確保にあるためだ。
受験者の多くは富裕層出身で、彼らはコネを活用し、魔法使いの血統を維持することができる。
しかし、非魔法使いの家系から突然変異的に魔法使いが生まれることもある。そうした才能を持つ者を逃さないため、受験費用は無料となっている。
合格すれば、軍部が学費を肩代わりし、卒業後に出世払いをする仕組みだ。
また、受験費用がかからない分、魔素量測定だけで不合格となる者がいるのは、不要な受験者を早い段階でふるい落とすためだろう。
「そういえば、魔素量を測った時に、俺は蒼二級って言われたけど、みんなはなんて言われた?」
「私は確か、蒼三級って言われましたわ」
「自分もレオノーラと同じです」
「同じなんだ。やっぱり双子だからか?」
性格も体格も似ていないリオネルとレオノーラだが、二人は 紛れもなく双子なのだ。
それなのに、魔素量まで同じというのはちょっと面白い偶然だと思ったのだが。
「それはちょっと……」
リオネルは微妙そうな顔 をする。
「お兄様、それはどういう意味ですの!? 別に魔素量が同じくらいどうでも良いではありませんの!」
レオノーラは、そんな兄の反応にむっとしたように眉をひそめた。
リオネルは 双子であること について、何か思うところがあるのだろうか。
俺はそれ以上踏み込まないほうが良さそうだ、と判断する。
「ラフィはどうだったんだ? なんかトラブルがあったみたいだけど」
「結局、分からないまま、なぜか通された」
「前から思ってましたけど、ラフィ先輩の魔素量って他の貴族よりも多いですよね。クラウ殿の魔素量が多いのは、生い立ちから分かりますけど」
「……」
「これ美味しいですわ! お兄様も話してばかりいないで食べたらどうですの?」
そこへ、レオノーラが料理を口に運び、嬉しそうに声を上げた。
「本当だ。上手いな」
「ほら、ラフィも食べますわよ」
「ん。……美味い」
「食べ過ぎないように気をつけないと」
「これなんの料理だ?」
俺たちは戦闘試験までのわずかな至福のひとときを過ごした。
*****
食事を終え、休憩の時間を過ごした後、俺たちは再び筆記試験の会場に戻った。
「戦闘試験の会場へ案内する。名前を呼ばれた者は前に出てくるように」
名前を呼ばれた数十人が集まり、試験官に連れられていく。
これを繰り返し、三グループ目で俺の名前が呼ばれた。
「第二試験区、第三グループは以上だ」
「私についてきなさい」
リオネルは呼ばれなかったので、別のグループになりそうだ。
試験官の指示に従い、筆記試験の会場を後にする。
「くれぐれも遅れないように」
俺を含めた受験者たちは、重苦しい空気の中、試験官の背中を追った。
歩いていると、改めて学園の広さを実感する。魔法区の中央に位置するこの学園には、いくつもの建物が立ち並んでいた。案内がなければ、間違いなく迷子になるだろう。
「おや、君は合格できたんだな。魔素量が足りずに落ちると思っていたが」
「ええ、なんとか。その節はありがとうございました。」
受付のときに会った金髪リーゼントの少年が、同じグループにいたようだ。
俺を見つけて、軽く笑いながら話しかけてきた。
「運良く通り抜けられたとしても、次の試験は通ることができないだろうね。君は見るからに筆記試験だけ努力してきたタイプだ。だが、それはあくまで足切りのようなもの。受験者の9割は、戦闘試験で落とされる。合格できるのは私を含めた十数人だけだよ」
今度は何も聞かずとも色々と説明してくれる。
「ずいぶんお詳しいんですね」
「私の父上はこの学園出身の名誉貴族だからね。平民の君たちとは違って、私には伝手があるのだよ」
「羨ましいです。ちなみにどんな試験かご存じなんですか?」
「もちろんさ。戦闘試験は魔法を使った的当てのようなものだ。そして、私の指弾魔法こそ、この試験に適したものはないのだよ!」
少年は余裕の笑みを浮かべながら、次の試験について教えてくれた。
かなり偏見を持っているようだが、悪い奴ではなさそうだ。
「教えていただいてありがとうございます。せっかくなので、お名前をお伺いしても良いですか?」
「もちろんだ。後世に語られるであろう私の名を覚えて帰るといい。私はエリオット・フェルスターだ。君は?」
「クラウ・ローゼンです」
「うん? 君も家名持ちだったか。まあ、今の時代、平民でも家名持ちは珍しくはないからな」
エリオット少年とそんな話をしていたら、試験官が足を止め、こちらを振り向いた。
「ここが試験会場だ」
そこは巨大な広場だった。
だが、ただの広場ではなく、簡易的な家が建てられており、土人形や機械でできた昆虫が何十体も停止している。
その周囲には、魔法区でも見た監視用の球体が設置されている。
「諸君には、これからゴーレムと魔導兵たちと戦闘してもらう。戦闘試験の目的は、諸君の戦闘能力を測ることだ。どう戦うかは君たちの自由だが、その選択が評価の対象となる。こちらからは武器と防護用の魔道具を支給するが、何を使うか、どのように使うかも君たち次第だ。各自の判断に任せる」
女性の試験官はそう言うと、支給する魔道具の説明を始めた。
「的当てなんですよね?」
「ば、馬鹿な! そんなはずは……」
想定外だと、エリオットはそのリーゼントを垂らしながら顔を真っ青にしている。
俺はそんなエリオットを横目に、試験官の説明を聞きながら、何を選択するか考えるのであった。