100話 編入試験Ⅰ
アルサラントの商業区には、高層の建物がそびえ立ち、精巧な装飾が施された街並みが広がっていた。
夜になれば魔導灯が街を照らし、広場には壮麗な石造りのアーチがかかり、都市全体に水路が張り巡らされている。
魔道具を扱う店も存在しており、アブドラハよりも一歩先を行く文化の発展を感じさせる街だった。
魔法区は巨大な壁に遮られ、商業区からはその内部をうかがうことはできなかったが、同じような都市の景色が広がっているものだと、当然のように思っていた。
しかし、目の前に広がる光景は、その想像を根底から覆した。
「……なんだ、ここは?」
そこには、あまりにも異質な世界が広がっていた。あまりに現実離れした景色に、思考が追いつかない。
人型の土人形が自由に街中を闊歩し、監視用なのか目玉の付いた球体がところどころに配置され、辺りを見回している。
空を飛んで移動する者もいれば、金属製のボードに乗って、高速で移動する者もいる。
「この建物すごいな」
「甘くて良い香りがしますわ」
ほとんどの建物は商業区とそこまで変わりはないが、一部には、お菓子でできたような外装の店や、四角いパンの外装の店などメルヘンチックな店も混ざっており、違和感を覚える。
一番違和感があるのは、壁を超えるほどの高さの塔だ。
あんなに大きな建物なら、街の外から見えていてもおかしくないが、見えなかったということは、何か仕掛けがあるのだろう。
「不思議な街ですわ」
「ここが魔法区……」
「あの塔に行ってみよう。シルヴァさんもすぐに分かるって言ってたし、おそらくあの塔が学園だ」
「そっ、そうですね」
「ウンウン、その通り! あの塔は学園の象徴なのだよ。早く私の元へいらっしゃいナァ!」
俺たちの会話の中に、陽気な声が混ざる。
「ッ! 誰だ!?」
ラフィがそれに反応し、剣に手を伸ばす。
慌てて俺もみんなの方を見ると、元から居たかのように、奇抜な恰好のおじさんが俺たちの輪の中に立っていた。
おじさんは右手にステッキを持ち、目が痛くなるほど眩しい黄色い派手な軍服を着ている。
「ファッファッ、いい反応だねぇ! 驚かし甲斐があるというもの。私は怪しいものではないのさぁ」
「どう見ても怪しいだろ。みんな、下がれ」
「オゥ、褒め言葉として受け取るよ! まったく、若者は血気盛んで素ン晴らしいねぇ! 全員、見どころがありそうで楽しみだ! ファッハーハ」
「うわっ!」
おじさんは笑いながら発光し、俺たちが目を開くと居なくなっていた。
「……今のは何だったんだ?」
「とりあえず、あそこが学園で間違いないみたいだし、行くしかないな」
想定外の出来事に驚きながらも、俺たちは塔を目指して歩き始める。
実際に歩いてみると街の風景は奇妙なもので、店の中が上下逆さになっている店や、完全に球体の形をしている店など、個性的な建物が目に付く。
こうしたものは魔法だと受け入れれば、違和感もなくなっていく。
だが、自由に歩き回る土人形や、虫のような形をした鉄製の乗り物にはどうしても目がいってしまう。
街の住人に声をかけて聞いてみることも考えるが、詳しいことはこれから分かるだろう。
しばらく歩き続けると、学園の門が遠くに見えてきた。
門の前には、俺たちと同年代くらいの子供たちが長蛇の列を作っている。
彼らも受験者なのだろう。身分は分からないが、まとっている服はどれも上質で、裕福な家庭の出身であることがうかがえる。
ここに来るまでに彼らの姿を見かけなかったことを考えると、どうやら別の入り口から来たようだ。全員緊張した面持ちで、空気もどこか重く感じる。
受験が目的である俺たちもその列に並ぶ。
「不合格! 次の受験志願者は前へ」
どうやら、受付でも不合格者が出るようだ。
俺たちのかなり前の方では、泣く声や怒り声も聞こえる。
俺たちの番が近づき、受付の様子も見えるようになってきた。
「不合格って、なんでだよ! まだ何も試験なんてやってないだろ!」
一人の少年がカウンターを叩き、試験官らしき受付の人間を睨みつける。
「すでに貴様の試験は終わっている。大人しく帰れ」
受付の試験官は淡々と告げた。
「ふざけんな! 僕はルミーア商会の跡取りだぞ! この僕に向かってそんな無礼を働いて良いと……」
「摘まみ出せ。貴様は一年間、魔法区への立ち入りを禁止とする」
試験官が指を鳴らすと、地面が揺れた。次の瞬間、土がせり上がり、人の形を作る。
「うわあ! 離せよ!! 僕はまだ……」
少年は土人形に抱えられ、遠くまで連れて行かれる。
「どういう基準なんだ?」
「分からないな」
俺たちは後ろのラフィと話しながら、どういう基準で決めているのか話し合う。
「これだから平民は野蛮で困る……。そして哀れだ。彼は試験を受けるに値しなかったのだね」
すると、俺たちの前に並んでいた金髪リーゼントの少年がつぶやいた。
「それってどういう意味ですか?」
試験を受けるに値しないとはどういう意味か気になり、尋ねてみる。
「なんだね君は? まあ、聞いたところで明らかに君は落ちるだろうし、聞く意味もないか。最後の土産としてこの私が教えてあげよう。受付では魔素量を測っているのさ! いくら魔法が使えても、その基準の魔素量を超えないことには、受験資格もないってことさ!」
「ありがとうございます」
俺が感謝を言うと、少年は気にもせず、前へと進んでいった。
「くそっ、ここじゃなかったらぶん殴ってたのに」
「ここじゃなくてもやめような」
あの少年の態度と話し方にイラついたラフィを宥めつつ、もうすぐ来る自分の番を待った。
「次の受験志願者は前へ」
俺の番がすぐにやってきた。
「はい。あの、すみません。後ろの3人を含めて推薦状があるんですけど……」
「推薦状? 受け取っておくが、試験は平等に受けてもらう。そこで贔屓にすることは……待て、この紋章は!? ごほん、贔屓にすることはないが、これはきちんと学園長に渡しておく」
「お願いします」
試験官にきちんと推薦状を渡すことはできた。
俺たちは贔屓などなくても受かるつもりでここに来たから問題ない。
「では、この魔道具に手を置くように」
目の前にあるのは、灰色の半球状の魔道具。側面には細かい目盛りが刻まれている。
試験官の指示通りに手を置くと、魔道具が魔素を吸い取り始めた。
すると、灰色だった表面が朱へと変わり、次に淡い蒼色へと移り変わる。
目盛りがじわじわと伸び、蒼色はさらに深く、濃くなっていった。
そして、美しい蒼色に染まったところで、変化はぴたりと止まった。
目盛りが示す値は、魔素の量を正確に測るためのものだろうが、不正に魔素を注ぐのを防ぐための措置でもあるのかもしれない。
「蒼二級といったところか。よし、この制約書に名前を記入して血印を押すように。引き返すなら今のうちだぞ」
針と共に渡された誓約書をざっと目を通すと、『いかなる理由で死亡した場合も、それは本人の意思によるものであり、学園は一切の責任を負わないこれに同意する者のみが入門を許可される』という内容だった。
教育機関として生徒の安全を保障できないのはどうなんだと思うが、ここでは全て自己責任なんだろう。
もちろん俺は……
「銀、金、どこまで伸びるんだ……煌、いや、白だと!? 故障か?」
慌てる試験官の声が聞こえ、隣を見てみると、ラフィが魔素量を測定しているようだった。
ラフィの異常な魔素量に驚いているのだろう。
「先に行ってるぞ!」
俺はラフィと、後ろで順番を待っているリオネル、レオノーラに先に行くことを伝える。
そのまま、慌てている試験官に記入した誓約書を渡し、先に進んだ。