99話 中央都市アルサラント
「あれがこの国の首都アルサラントニャ!」
ミャリアさんが外を覗き、前方を指さす。
俺たちも顔を出して、その方向を見る。
「こんな遠くから見えるなんて、相当広いですね!」
「あそこに学園があるんですのね」
「あの壁、魔法で作ったのかな?」
「そうじゃない? まあ、こんなもんか」
全員が中央を訪れるのは初めてだが、それぞれ違った反応を見せている。
俺たちは荷馬車で進み続け、やっとのことでアルサラントが見えるところまで来た。
整備された道のはるか先には、地平線まで続く巨大な壁がそびえ立っており、そこを目指して進む荷馬車がいくつも見える。
中央都市アルサラントは、『調停都市』や『聖都』などさまざまな呼び名を持つが、アフサール王国の中央に位置するため、この国の住人からは『中央』と呼ばれている。
「アルサラントは4つの区画に分かれているんですよね? 今見えてる壁はどこへの入り口なんですか?」
俺が事前に調べた情報では、都市は商業区、軍事区、貴族区、魔法区に分かれているとのことだ。
それをもとに、ミャリアさんに聞いてみる。
「えっと、その……実はアタシも2回くらいしか来たことないから、あんまり詳しくないニャ」
「何で知ったかぶってたんだよ」
先ほどから中央について得意げに語っていたミャリアさんに対し、ラフィが容赦なく突っ込む。
とはいえ、彼女が話していたのはもっぱら「どの料理屋が美味しいか」ばかりで、都市の構造についての話ではなかった。
「うるさいニャ。田舎者だと思われたくないのは誰だって同じニャ! シルヴァ、教えて!」
ミャリアさんは操縦席にいるシルヴァさんに助けを求める。
「今向かってるのは、商業区になります。アルサラントは中央に貴族区、中央から見て北側に軍事区、南西側に商業区、南東側に魔法区がございます」
「じゃあ、南西側が今見えてるってことですね」
「その通りでございます」
4つ区画があることは知っていたが、貴族区の周りを他の区が囲んでいるということか。
商業区だけで、アブドラハの大きさを超えるかもしれない。
「魔法区ってなんですの?」
「魔法区に俺たちが編入する予定のアフサール王国軍部魔法学園があるんだって」
「なるほど。他にはどんなのがあるんですの?」
「いや、俺も詳しくないんだ。あんまり情報がなかったんだよな」
中央の情報を集めるために、中央から発行される新聞や観光案内の雑誌を読んでいたが、魔法区について詳しいことが載っているものはなかった。
「そうでしょうな。あそこは、魔法使いしか入ることが出来ませんから」
「え? どういうことですか?」
「他の区画も同様でございます。実際に足を運べば分かるでしょうが、アブドラハとは異なり、アルサラントでは各区画が防壁で隔てられております。商業区は基本的に誰でも立ち入ることができますが、それ以外の区画には厳格な入場規制が敷かれているのです」
「色々と複雑なんですね」
入場規制によって、情報の流れを制限しているということなのだろう。
もう一つ、気になることがあったので聞いてみる。
「アルサラントが大陸で最も安全な場所っていうのは本当なんですか?」
俺が読んだ雑誌に書かれていた内容で、特に印象に残った一節だ。
『不落のアフサール王国』がその名を冠する理由は、アルサラントが絶対的安全地帯であることに由来するらしい。
あの広大な防壁を見れば、その堅牢さは想像がつく。
だが、ミルゼアにも同じような立派な塀はあったし、アブドラハにも防壁はある。
それでも、アルサラントが“特別に安全”とされるのには、何か決定的な違いがあるのだろうか?
「それはアタシにも分かるニャ! 貴族がたくさんいる場所では戦闘ができないのニャ」
「どういう意味だ?」
ミャリアさんがここぞとばかりに教えてくれるが、いまいち要領を得ない。
ラフィはもっと詳しく話せとミャリアさんへ視線を送る。
「えっと、戦おうとすると、不思議な力で動けなくなるのニャ。経験すれば分かるはずニャ」
「ミャリアの言うとおり、貴族区では戦闘行為が禁止されているのです。詳しくは申し上げられませんが、機会があれば試してみるのが良いでしょうな」
「それは貴族区だけですの?」
「ええ」
シルヴァさんは何か知っているようだが、俺たちには話せないということは、やはり何かしらの重要な秘密があるのかもしれない。
それにしても、戦闘行為が禁止されている……か。
どういう理屈なのか分からないが、貴族区に入る機会があれば、試してみよう。
俺たちはこれから滞在する土地に胸を躍らせながら、少しずつアルサラントに近づいて行った。
*****
アルサラントの商業区。
いわば、アフサール王国で最も経済が活発な場所であり、国内外から多くの商人が集まる一大交易拠点だ。
「お祭りでもやってるんですの?」
「レオノーラ、そんなに視線を動かしてると学園でも田舎者だと笑われるわよ! アタシみたいに堂々とするニャ」
「まだ、言ってんのかよ。そんなくだらないことで笑う奴らなんてぶん殴れば済むだろ」
「レオノーラはこんな野蛮になっちゃだめニャ」
長い列を並び、ようやく中に入ることが出来た俺たちはその賑わいに驚きを隠せずにいた。
街路は広く整備され、建物はどれも立派な造りをしている。露店や店舗が軒を連ね、人々の活気ある声が飛び交っていた。異国の衣装を纏った商人が珍しい品を売り込んでいたり、荷馬車が行き交っていたりと、アブドラハとはまた違った賑わいを見せている。
「今日は明るいうちに宿場街で宿を見つけましょう。編入試験は明後日なので、今日と明日で旅の疲れを取るように」
シルヴァさんの指示により、俺たちは宿場街へ移動した。
宿へ向かう最中の荷馬車の中は、静かなものだった。
想定外のミルゼアでの滞在を挟み、気づけばひと月近くの長旅になっていた。それも、今日でようやく終わる。
それぞれ余韻に浸っているのだろう。
俺も初めての長旅が終わろうとしていることを自覚すると、疲れがどっと押し寄せてくるような感覚に襲われた。
「私が宿を取ってきますので、休んでいてください」
「アタシも行くニャ」
シルヴァさんが宿の近くに荷馬車を止め、受付へ行こうとする頃には、レオノーラとリオネルは眠りに入っていた。
ミャリアさんも二人を起こさないようにそっと荷台から降りる。
眠気まなこを擦っていると、ラフィに隣から袖を引っ張られる。
「明日、例の件でちょっと付き合って」
「分かった」
そんな約束をしながら、俺も睡魔に負け、眠りに落ちた。
*****
アルサラントに着いてから二日経った。
アフサール王国軍部魔法学園の編入試験の日がやってきたのだ。
「疲れは取れましたか? いつも通りの実力を発揮すれば、問題ないでしょう。結果を待ってから、私たちはアブドラハに帰還します」
「みんな頑張るニャ!」
「余裕だぜ」
「ああ、自分だけ落ちたらどうしましょう」
「お兄様、こんなことで緊張してるようでは、バッカス先輩に叱られますわよ」
「はっ! そうだな。いつも通りやるだけだ」
「戦闘だけ不安だな」
各々想いを言葉にしつつ、緊張をほぐしながら魔法区へと向かう。
「ラフィ、勉強の方は大丈夫かニャ?」
「副団長に嫌ってほど教えてもらったからな! あとクラウとシータ姉にも」
「なら良いニャ。アタシは勉強とか全く分からないから、学園に通えるのも少し羨ましいニャ」
「戻ったら色々教えてやるよ。それとこれ」
ラフィはミャリアさんに小さな袋を手渡した。
「一体何ニャ?」
「紅茶のセットだ。いつもありがとな」
「ラフィ!! 大好きニャ!」
ミャリアさんは、目を潤ませながらラフィに抱きつく。
ラフィは少し照れたように顔を赤らめながらも、満足そうな表情を浮かべる。
無事に感謝の贈り物を渡せたことに、心から安堵しているのだろう。
実は、ミルゼアでのお土産選びの際から、ラフィはミャリアさんにお礼をしたいと考えていたが、何を贈れば喜んでもらえるか決められず、長い間悩んでいたのだ。
そして、昨日も悩み抜いた結果、ラフィは紅茶のセットを選んだ。
ミルゼアで買っていた紅茶のカップにぴったりのものを、アルサラントで探し、ついに見つけた。
言葉で感謝を伝えるのが苦手なラフィにとって、この贈り物が最良の方法だったのだろう。
その温かなやり取りを見ていると、少しの緊張もすっかり消え去り、心が落ち着いていった。
「魔法区の入り口に来ましたので、一度止めます」
しばらくして、シルヴァさんが操縦席から俺たちに声をかけ、荷馬車を止める。
すると、外でシルヴァさんと誰かが話し始めた。
外を見てみると、門番と話しているようだった。
「魔法使いであることを証明するために、全員降りるようにとのことです」
シルヴァさんに言われた通り、俺たちは一度荷台から降りる。
「たとえ推薦状があろうと、ここから先は魔法使いしか入ることはできん。通りたい者はこれに触れるように」
俺たちは順番に門番の目の前で差し出された小さな球体に触れる。
触れた瞬間、魔素が吸収された感覚と共に、兵士は『良し』とうなずく。
「お前たちは全員魔法使いだな。そこの二人は?」
「私と彼女はここから先に行くつもりはありません」
「そうか。では、お前達四人はここから先に進んで良し」
門番はそう言うと、扉に触れる。
すると、門は音を立てて開き始めた。
「私たちが送れるのはここまでですな。学園までの道は、すぐにお分かりになるかと思います。どうか、お気をつけて。」
シルヴァさんの落ち着いた口調に、思わず心が落ち着く。
「アタシが魔法を使えればもっと先まで送れたのに、申し訳ないニャ。みんなが終わるまで待ってるから、頑張るニャ!!」
ミャリアさんの言葉に、胸がじんと温かくなる。
ここからは俺たちだけで進むことになるのだ。
シルヴァさんとミャリアさんの存在が、どれだけ心の支えになっていたのか、改めて痛感する。
けれど、俺たちは先に進まなければならない。
「ありがとうございました! 行ってきます!」
言葉を交わし、頭を下げながら、俺たちはそれぞれお礼を言い、魔法区へと足を踏み出した。
新章スタートです。
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着実に更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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