98話 ミルゼア出立
白霧の森の探索が終わり、冒険に満足した俺たちは、滞在する数日間を各々で好きなように過ごすことにした。
「一通り買えたかな」
「この街で稼いだお金もほとんど使い切ったし、良い買い物だった」
俺とラフィは、街でアブドラハの家族たちへのお土産を買っている。
魔物を売ったお金は金貨数枚ほどになり、みんなで均等に分けていたので、自由に買い物ができた。
お金はほとんど使い切ってしまったが、内訳としてはお土産7割、食事3割になる。
ミルゼアの街を十分に堪能したと言えるだろう。
俺が自由に使える金のほとんどは、アブドラハに置いてきた。
これには訳がある。商業組合では、お金を預けたり引き出したりすることはできるが、基本的には預けた街でしか引き出せない。
だからこそ、行商たちは信用できる両替商に資金を預け、預かり証を受け取って、別の都市にいる両替商のところで手数料を引いた分を換金する。
ほかにも、金や宝石といった価値のあるものに交換して運ぶ方法や資金のほとんどを商品に換える方法もあるが、そのせいで山賊や野盗に狙われることになる。
定住して商売する方が安全ではあるが、商品によっては距離が離れるほど希少価値が上がり、行商も儲かるので、ハイリスク・ハイリターンな商売というわけだ。
俺たちなら馬車が狙われても撃退できるだろう。
だが、ジョセフ父さんいわく、俺はどこか抜けているところがあり、街で持ち歩いている最中に盗まれることを考慮して、最低限のお金しか持たせてくれなかったのだ。
今のところお金を使う予定もないが、必要になったらまた一から金策考えなければならない。
ちなみに、ゼノンさんがこの街の滞在にかかる費用を払うという話は、その分をこの街のために使って欲しいと最初から断っている。
「後は宿に戻って手紙でも書こうか」
「うん。ミャリアがきちんと届けられるか心配だけど」
「……大丈夫なはず。シルヴァさんもいるし」
今日買ったお土産と手紙は、シルヴァさん達に持って帰ってもらう予定だ。
この前、お見舞いをしたときにシルヴァさんから許可をもらっておいた。
どちらかというとお土産より手紙の方が重要で、サターシャに魔霧草の栽培について管理をお願いする必要がある。
シルヴァさんに、白霧の森の主に出会って魔霧草の種をもらった話をしたら、珍しく顔をこわばらせて、騎士団管理のもとで責任をもって栽培すると言ってくれた。
アミルも興味ありそうなので、サターシャに手紙で紹介しようと思う。
俺とラフィが宿に戻ってきたところで、ゼノンさんとシルヴァさんに出会った。
「おや、ちょうど帰ってきたみたいですな」
「お二人ともお久しぶりです。ラフィ殿も元気になったようで何よりです」
「ゼノンさん、お久しぶりです。シルヴァさんも無事退院できてよかったですね」
「どうも」
二人もこちらに気づき、お互いに挨拶をする。
「ミャリアがどこへ行ったかご存じですか?」
シルヴァさんはミャリアさんを探していたようで、行方を尋ねる。
「ミャリアさんならリオネル達と白霧の森へ行きましたよ。レオノーラの訓練に付き合うとかで」
「街にいるのは私たちだけだ」
「そうですか」
しばらくグレイドール兵団に協力していたミャリアさんも一昨日から休みに入っている。
一昨日は一日中寝て、昨日は俺たちを連れて飲食店へ行き、大食いを始めた。
欲に忠実な猫の獣人の食べっぷりは、見ているこっちも気分が良くなった。
「何か用があるんですか?」
「私も動けるようになりましたので、そろそろこの街を出ようかと」
「なるほど」
この街に滞在してもうすぐ十日ほどになるが、色々なことがあった。
本来の目的はラフィの療養で、俺たちは学園に入学するために中央へ向かわなければいけない。
「私は皆さんに現状分かっている範囲でお伝えできたらと思って、立ち寄らせていただきました」
ゼノンさんは事件のことを伝えるために来たようだ。
「では、中で三人を待ちましょうか」
「そうですね」
俺たちは宿で三人の帰りを待つことにした。
*****
「森の主……ですか。存在することは、父上から聞いていて知っていましたが、私は見たことがないです。ですが、クラウ殿のおっしゃっていたように鹿の姿だと聞いています」
「じゃあ、やっぱりあれは……」
「間違いないでしょう」
三人を待っている間、俺はゼノンさんに鹿の魔物の話をした。
ゼノンさんも白霧の森を創った魔物が存在することは知っているようだった。
「これがその時もらった種なんですけど」
俺は袋から魔霧草の種を取り出す。
他の魔霧草の種に比べて、もらった種は色が濃い紫色なので、よく見れば違いが分かる。
「少し色が違いますね。でも、違いはそれくらいでしょうか」
「触っても良いですかな?」
「もちろんです」
シルヴァさんは慎重にそれを持ち、じっくりと観察する。
「……なるほど。お返しします。私の推測になりますが、その森の主というのは、魔物ではなく『幻獣』の一種でしょうな」
「げ、幻獣ですか!?」
「げんじゅう?」
ゼノンさんはシルヴァさんから出た言葉に驚くが、俺は聞きなじみのない言葉でピンとこない。
「その幻獣ってのはなんだ?」
黙って聞いていたラフィが、腕を組みながらシルヴァさんに尋ねる。
「私が知っている情報も大したものではありませんが、それでいいなら話しましょう。幻獣とは、伝説上の生き物で、目撃者も少ない希少な存在です。その知性は人より数倍高く、存在の格が違うとでも言いましょうか。山や海といった自然のように、幻獣もまた、ただの生き物ではなく、特定の力や役割を帯びた存在なのです」
俺とラフィは話の規模に息をのむ。
「まるで伝承や神話の中の存在が、そのまま現実に顕現したようなもの。一種の概念に近い存在でありながら、この世界に実態を持ち、時には世界の理に干渉することさえ許された存在……。クラウ殿に見せて頂いたその種も、新たに創造された種と考えられますな」
「この種ってそんなすごいものだったんですか!?」
「あくまで私の推測ですが」
少し特別な種だとは思っていたが、シルヴァさんの話だと、この世界で一つしかない種ということになる。
「あの、これはゼノンさんに渡したほうが良いですか?」
「いえいえ。それは、森の主様がクラウ殿ならうまく扱えると判断したからこそ、渡したんだと思います。私ではどうしたら良いか分かりません」
「そ、そうですよね」
(この種のことは、サターシャとアミルに任せよう)
植えたところで、すぐに枯れる可能性だってある。
今ここで考えても仕方ないだろう。
俺は少し震える手で、種を袋にしまう。
「……幻獣、次に会った時は負けない」
「相手が悪いんじゃないか?」
「いや、次は守ってみせる」
うちの騎士の負けず嫌いは相変わらずらしい。
そんな話をしていたら、三人も帰ってきたようで、足音が聞えてきた。
そのまま勢いよく、部屋の扉が開く。
「た、大変だニャー」
「レオノーラの魔法が!」
「新たな技を覚えましたわ!」
「ごほん。三人とも、落ち着いて一度座りなさい」
シルヴァさんが興奮する三人をたしなめた。
*****
「では、先に捜査で分かったことからお伝えしますね」
『はい』
三人が落ち着きを取り戻すのを待ち、先に待たせていたゼノンさんの報告を聞くことになった。
「犯人が魔法で操っていたすべての遺体から魔器が発見されました。ほとんどが移植されたものと思われ、中には体内に複数の魔器が移植された遺体も発見されました。また、遺体が使用していた魔法と行方不明者の魔法が一致しており、『魔器の移植』によって、非魔法使いでも、遺体なら魔法を使えるという可能性が出てきました。シルヴァ殿の証言では、主犯と思われる男がそれを『失敗作』と称していたことから、すでに何かしらの成功事例が出来ていると考えられます」
今回の主犯は、アリアではなく、ノウスという男らしい。
ノウスと言ったら、法衣の男、ネフェリウスの仲間だ。
何を企んでいるのかは分からないが、人道に反したものであることは間違いない。
「さらに、お墓から盗まれた魔器と今回の事件で回収した魔器の個数が合いませんでした。我々も捜査を続けましたが、それらしい保管場所を見つけることができず、盗まれた魔器はすでに外へ持ち運ばれた可能性が高いです。」
「小屋の爆発でなくなったんじゃありませんの?」
「それについては私から話しましょう」
レオノーラの質問にシルヴァさんが答える。
「主犯の男は、この街について実験体を集めるための採集所の一つと語っていました。ここで集めた実験体の一部はすでに輸送され、奴の研究所に運ばれているはずです」
「そうですの……」
レオノーラはそれ以上聞こうとはしなかった。
「捜査の結果、判明したこともあります。この街の地下をくまなく捜索した結果、街のとある施設とつながっていました。ミャリア殿、ご協力感謝いたします」
「気にしなくて良いニャ! アタシの鼻があれば、いくら隠しても通路くらい見つけられるわ。それに、ゼノンさんのところの獣人もなかなかやるニャ」
「部下も勉強になったと言っていましたよ」
ミャリアさんは地下の捜索に協力していたようだ。
「その施設を調べたところ、主犯格の一人であるアリアはその施設の出身でした。50年以上前から存在している施設なので、霧裂きヴェイルにも関係があるかもしれません。我々は関係者の身柄を押さえ、そこに出資していた一部の有力者も取り押さえが完了しました。これから、彼らに事情聴取を行うところです」
事件が解決してから数日でその裏まで調べ上げたということか。
グレイドール兵団に任せれば問題ないな。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。どのようにお礼をしたらいいのか分かりませんが、私にできることなら何なりと……」
「大丈夫ですよ。俺たちもこの街で十分に休めましたし、楽しめましたから」
「そうですわ」
「そうですね」
頭を下げるゼノンさんの言葉を遮り、俺たちはお礼はいらないことを伝える。
「そうですか……」
「だから言ったでしょう? 困った時はお互い様です」
「はい。……もし、助けが必要なら、いつでもおしゃってください」
シルヴァさんも俺たちがお礼を断ることを予想していたようだ。
「それで、なんでお前らはあんなに急いで帰ってきたんだ?」
「そうニャ! レオノーラの魔法がおかしいのニャ!」
ラフィが尋ねると、ミャリアさんは思い出したようにレオノーラの方を見る。
「私の新たな魔法を見せて差し上げますわ!」
レオノーラの足元から黒紫色の茨が螺旋を描くように伸び、薄紫色の花が次々と咲いていく。
「魔霧の茨」
花弁がふるりと揺れた瞬間、甘く妖しい香りとともに、白い霧がゆっくりと広がり始めた。
「なんか力が抜けてくる香りだな」
「戦意を奪う香りですの。ですが、それだけではありませんわ。吸精」
茨が螺旋を描きながらリオネルに向かって伸びていく。
突然の出来事にリオネルは目を見開き、避ける間もなく、茨が絡みついた。
「うわっ! や……やめろ……あれ?」
絡みついた茨の棘が淡く輝き、リオネルの体から力がじわじわと抜けていく。
リオネルは足元がおぼつかなくなり、そのままゆっくりと膝をつき、ついには崩れ落ちた。
「力を奪う魔法ですわ」
「すごいな。一体、何があったんだ?」
「昨日、あの鹿の魔物が夢に現れましたの。夢の中でこの魔法を使えるようになって……目覚めたら、実際に使えていましたの」
「まじかよ」
「流石、幻獣……」
レオノーラは誇らしげに微笑みながら、嬉々として語る。
しかし、それを聞いたラフィは胡散臭げに目を細め、俺は幻獣の恐ろしさを感じずにはいられなかった。
*****
「皆さん! お気をつけて」
「クラウ、この前はありがとな! また来たら遊ぼうな!」
「ゼノンさん、お世話になりました! ヒュウ達も、じゃあな!」
この街でお世話になったゼノンさんと連れ去られたところを助けたヒュウ達と挨拶を交わす。
ヒュウ達とは、数日間で二回ほど会って遊んでいたが、この街から離れることを伝えたら、見送りに来てくれた。
(こういう出会いもまた、旅の良さなんだろうな)
俺は、またいつかこの街に来ようと思いながら、ミルゼアの街の門を出た。
長くなりましたが、これで第3章は終了です。
ここまでお付き合いいただき、心から感謝申し上げます。
間話を少し挟みつつ、次章からは舞台が移り、いよいよ学園編が始まります。新たな展開をお楽しみに!
引き続き、マイペースに更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
皆様に楽しんでいただけることを願っています。