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その5

 お手に取ってくださり、また、ページを開いてくださり、ありがとうございます。

7.

 皆の意思は統合された。すべき事は最終確認と未来への進行くらいか。


「倉持さん、私達の心はきまりました。今すぐ未来へ……」

「待ってくれ、ある程度作戦を練ってから向かいたい」

「作戦ですか……」

「確かに無策はよろしくないでござる」

「けど、何かあるのか?」


 装備を整えながらも道名が尋ねた。

 よく見ると光るタイプの安全ベストを羽織っており、ヘルメットと合わせて現場作業員のような風体と化していた。


「ある。といっても、大層なものではない。未来へ降り立つ位置についての作戦だ」

「位置?」

「そうだ。知っての通り、このタイム・マイクロバスは位置を指定して時間移動が可能だ」

「そうですね」

「つまり、テアライ軍の本拠地であろうテレビ局、ひいては中庭部分を指定し時間移動を行えば……」

「なるほど移動と同時にテアライ軍員を、運が良ければテアライ大将軍までも吹き飛ばせるという事でござるな」

「その通りだ矢部君。加えて、1度目の時のような敵地侵入を行う必要もなくなる。相手の前に立つこと自体は、かなり安全に実行可能となるのだ」


 確かに敵陣を潰しやすい算段である。頭領にも迫りやすく、こちらの安全度合いも高いであろう。

 しかし私には、1つ引っかかる点がある。私はすかさず右手を挙げた。


「倉持さん、その作戦についてお尋ねしたい」

「どうした佐藤君」

「全体的な流れについては納得がいくのだが、時間移動の機能の問題があるのではないだろうか?」

「というと?」

「時間移動の前後は、決まって意識が飛んでしまうのだ。そんな状態で敵地の真っ只中に放り出されたら、それこそ一巻の終わりだ。そこはどう見ているのか、教えてほしい」

「きちんと答えよう」


 倉持は続ける。

 その間も皆は装備を整えつつ、耳を傾ける。


「時間移動機能の仕様を変えれば解決する」

「仕様だと⁉︎」

「そうだ。これまで使ってきた時間移動機能は、平たく言うならば『連続で使用可能な代わりに意識障害が起こる』というものだが、これを『連続で使用不可能な代わりに意識障害は起こらない』というものに変えるのだ。具体的には、1時間程間を空ける必要がある」


 あの時の状態を鑑みるに、1時間も時間を稼ぐとするとそれは結構な困難である。作戦における重大な事柄に感じ、私は少しばかり詰め寄った。


「使用回数と意識障害がトレードオフの関係であったのか……。ではなくて、連続で使用不可能ということはつまり、未来で囲まれたあの時のように、緊急脱出が不可能になるという事なのか倉持さん?」

「その通りだ。私の策の1番の欠点はそこにある」

「なんと……」

「だからこそ、これで確実に決着とする為に、その作戦を発案したのだ。テアライ軍を止めれば支配者も消える。平和を取り戻したその後で再び、時間移動を行えばよいのだ」


 倉持自体も、これが苦肉の策であるとは捉えているようだ。

 話を受け私は友人達と顔を見合わせる。倉持の策に従うか否か、私はもう心に決めたのだが……。

 皆と目が合い、そして頷く。皆の考えは同一であるようだ。よしここは私が答えよう。


「倉持さん、私達はあなたの策に従います。その作戦で未来に向かいましょう」

「そうか!ありがとう君達!」

 

 倉持は私に握手を求めた。当然に躊躇いなく応える。彼の手から感じる熱は、確かな信頼と同義であろう。


「具体案も決まりましたし、皆さんに武器防具も行き渡りました、いよいよですね」

「ヘルメットの無い者はいないでござるな?」


 握手の後方、後部座席からは武具配給が続く。皆既にある程度装備を終えたようだ。倉持を含め皆がヘルメットを装着している。やはり私だけ数が多い。これではヘル(減る)メットではなく増えるメットではないか。……余計な事を考えてはならないと、分かっていても過ってしまう。

 その他に防具と称して手渡されたものは、軍手にライフジャケットに保護メガネに肘・膝用磁器サポーター……?また武器と称して皆が持つ物は、バットに角材にシャベルに蛍光灯……?


「最中君、この内訳は一体?」

「これですね?全てホームセンターで急遽買ってきたんです。大変だったんですよ?夜間に開いている所なんて少ないですし、大金なんて持ってませんしね」

「そうだったのか……」

「何よりも時間制限、つまり佐藤さんが戻ってくるまでの約30分で用意する必要があったので、吟味する暇なかったのですよ」


 やれやれと言わんばかりの口調で、最中は武器防具入手の運びを話してくれた。


「ところで最中君?道名にはバットが、矢部には自前の小道具が、そして倉持さんには角材があ与えられているのにも関わらず、私の武器に当たる物が無いのだが……?」

「佐藤さんにはマジックハンドがあるではありませんか」

「しかしこれは単なるプラスチックで攻撃性の程は……」

「仕方がないでしょう。秘密兵器の購入によりお金が無くなってしまったんですから。何か持っている人の分は後回しです」


 秘密兵器だと?そんな物のために私の安全性を損なうなど……。とも思わない事も無かったが、その秘密兵器とやらで少しでも友人達の安全確保につながるのなら良しとしよう。

 気がつけば皆が着用を終えていた。全体的にチグハグな格好ではあるが、『素甘最高伝説』も属するRPG的に言うのであればこれは最終装備である。弱い訳が無いと思い込みたい。

 私も深呼吸でもしようかと息を吸い込むと、隣の声が鮮明に聞こえる。


「よし、残すは最終確認か。皆、準備は良いか?心残りはないか?」

「いつでも行けるぜ!」

「大丈夫ですよ」

「万全でござる!」

「私も問題ない。倉持さんお願いします!」


 皆が力強く返答した事を確認し、倉持は時間移動機能を実行する。先の発案通り仕様が異なるらしく、何度も食らった轟音も怪閃光も発生しなかった。ゆえに意識を鮮明に保ったまま、己がなすべき事柄を道に据えたまま、私たちは未来へ向かうのであった。


 

 未来への到着は突然である。

 夜間出発から突如真昼の明るさが車内に入り込んだと思うや否や、ドワシゴグシャラと金属が潰れるような音が車内にまで響く。


「わっ、何の音だ⁉︎」


 これがタイム・マイクロバス破損の音ではない事を祈り窓から外を覗くらば、目に映るはテレビ局に装甲車そして大量のロボット達である。その中には幹部連中とも言うべきか、セッケン少尉にハンドソープ中佐、そして首領たるテアライ大将軍の姿まで確認されたのだ。

 その光景はまさしく、1度未来で見た光景そのものであった。


「一応、目的通りに到着はしたようだが……」

「テアライ軍の揃い踏みではありませんか……」

「やっぱ、メットじゃ不安かもな……」


 覚悟は決めていたとはいえ、不利の風を漂わせる出迎えにより車内ではいきなり陰りが顔に出る。露骨に曇らせないでくれ、私まで不安で堪らなくなるだろう!我々には武器防具がある事を思い出すのだ諸君!現実を直視して不安を覚えるのはまた今度にしてくれ!

 私たちよりも優位であろう外部からは、こちらに向けロボットの声が飛んでくる。


「ふふふ、倉持の一味め、来ると思っていたのであります」

「出現位置は予測済みのため、予め囲んでおく事ができたのデース」


 確かに装甲車もロボットも、大きな円形のバリケード状となって私達を囲む配置となっていた。

 車体前方に立つセッケン少尉とハンドソープ中佐は、嘲る種の笑い顔を浮かべつつ私たちを更に更にとじりりと囲む。

 

「しかし、出てくるなりいきなり兵士達を押しつぶすなんて、敵ながら見事デース。一体どんな作戦でショーカ?」


 腹が立つ口調と大袈裟な身振り手振りで、あいも変わらずこちらを煽るようである。

 しかしこちらも負けてはいられない。負けぬつもりで未来に来たのだ。奴らの支配手段が「面白さ」である一方、不安や陰りを払拭するのもまた「面白さ」である。

 尋ねられたのならば、それなりに面白い返しをしてやらねば。思い立ったが今ならば、私は即座にドアを開け飛び出し返答してやった。


「聞かれたならば答えてやろうロボット達よ!我らの作戦はずばり『心理圧迫作戦』なのだ!」

「何故デース?」

「ロボットを車でプレスしてやったのだ。これ即ち、『プレス(press)』と『(シャ)』で『プレッシャー(pressure)』、日本語にして『心理圧迫』なりぃ!」

「なっ……」

「面白いでありますな……」


 大声でダジャレをぶちかましたのだ。即興にしてはよく思いついたと自身を褒めたいところである。

 奴らの足がしばし止まった。私流の面白さで、少しくらいは怯んだようだ。そして、こいつが最も功を奏したのは、車外ではなく車内だ。つまり私達にとってである。


「ふふっ、まさか佐藤さんのセンスで笑う日が来るなんて思いませんでしたよ」

「けど、なんか元気になれるな、覚悟ももっかい決め直せた!」

「佐藤殿のお陰でござる!」

「やはり『面白さ』は、人を、市を、県を、国を、いや世界を明るくする為にあるものだな。ありがとう佐藤君、私は君に救われた!」


 皆が活力を取り戻したのだ。

 「面白さ」が、荒波反感向かい風、ロボットにによる機械波、どんな問題も"どんなもんだい"と越える人間活性剤となり得たのだ。

 皆が私由来で笑い面白さを享受してくれたように、私も皆の姿から、自信やら発想やらなにやらかにやら言語化できぬ事柄までもが身と心に満ち溢れる様を感じ取った。


「皆、今再びの覚悟を決めるのだ!」


 私たち勇み声を上げた。それに呼応し車内の仲間達は皆外に出る。

 一方でテアライ軍もただ見ているだけではない。袋の鼠とでも思っていた存在が、一言の面白さから息を吹き返し何やら奮起したとあらばじっとしてはいられまい。


「言葉も態度も笑わせるな!"我らよ最高に面白くあれ"!皆の者、奴らを捕えよ!総員進軍!」

「覚悟なサーイ!」

「ひっ捕えてやるのであります!」


 テアライ大将軍の大号令の元、文字通りこの場の全軍全員全ロボットがタイム・マイクロバスを目掛け進み始める。


「奴らも本気になったようだな」

「奇怪な機械など、最早恐るるに足らず。迎え撃つでござる!」

「矢部君も良いセンスではないか!」

「佐藤殿には及ばないでござるよ」


 私達また、タイム・マイクロバスを背にできる限りの臨戦態勢を取った。危機的状況でありながら、それでも軽口を叩く余裕まで私達にはある。軽口から産まれる面白さは、連鎖的に私達を包むのだ。

 

「いやあ、こういう苦しい時のジョークって、本当に心に沁みますねぇ。映画でしか見た事ありませんでしたが、当事者になると有り難みが全然違います」


 最中の声は後方かつ上方向から聞こえた。しばし振り返ると確かに、車体の屋根に立つ彼の姿があった。足元には何やら大きな袋まで……。


「最中ぁ、お前も降りてこいよ!」

「早速ながら秘密兵器使おうと思いまして」

「秘密兵器、確か私の武器防具よりも優先して購入したとされる……」

「それです。行きますよ!」


 最中が袋から取り出した物はハンドメガホンであった。電源を入れた後にキーンという特有の音を響かせ、彼の声を特大に変える。


「ロボットの皆さんに質問です。あなた達の苦手な物は、『物が割れる音』で合っていますよね?」

「そうだとも!」

「そうです!」

「そうだよ!」

「そうであります!」


 ロボット達が口々に回答する。

 同時に私達も、ロボット達の致命的な欠点かつ『素甘最高伝説』の数少ない褒めるべき美点を思い出した。そいつはお馴染み「質問されたならば必ず回答する」という点である。これで最早奴らへの不安も当初の半分以下である。


「流石は秘密兵器だな!」

「いいえ、ここからですよ!」


 最中は袋から、更に別の何かを取り出した。シャベルに加えて大量の皿だと?

 ハンドメガホン、シャベル、大量の皿、この3点から想定される行動は1つであろう。私の推理と彼の次の行動はほぼ同時であった。


グシパシャラン!!

パキシャラ!!

ガリキパリシャン‼︎


「も、『物が割れる音』であります!」

「うわぁあ!」

「効果覿面ですね」


 シャベルで皿を叩き割り、その音をハンドメガホンで拡大させたのだ。誰でもそう思うと言われればそれまでであるが、こいつは私の推理通りの行動であった。

 攻撃……にあたるのかは不明であるが、苦手な事象を真正面から食らった事で、しかも音という波状かつ広範に及ぶものである事で、この場の大多数のロボットが頭を抱え地面に倒れ込んだ。私から見える範囲では、立っているロボットの方がが少ないと、数えずともわかる程の威力であった。

 この光景を見て私達は最中を称える。


「凄いでござる!」

「私の武器防具にするより素晴らしい!」

「ここまで上手くいくとは思いませんでしたよ。これでテアライ軍達とも、おさらば(お皿ば)できそうですね!」

「最中……!」

「おっとこれは、佐藤さんには及びませんが」


 一方で、この光景を見てテアライ大将軍は苛立ちを覚えたようだ。隠さなければ隠そうともしない。胸のモニターには「怒り」と真っ赤な文字で表示され、強烈な1発型地団駄が地面を震わせる。それは同時に、セッケン少尉とハンドソープ中佐の幹部2名も心身共に震わせる。


「何をしている、皿の割れる音ごときで怯むな!進軍を続けよ!奴らを捕えよ!」

「はっ、はい!向かうであります!」

「今すぐ進みマース!」


 権力を振るい自軍を無理矢理に奮い立たせ、これまた無理矢理に向かわせた。幹部以下のロボットを無力化する術をこちらが持つ今、恐るるべきロボットは3体しかいないであろう。

 軽口以上の真の余裕が生まれ、私達は1つ方向性を定めた。


「私達が狙うべきなのは、テアライ大将軍の背中にある『全機能停止コマンド』実行ボタンだ。それさえ押せば、奴らは全員止まる!」

「1度目の未来訪問の際も、そう言っていたでござるな」

「つまり、最初っから大将狙いで良いんだな?三っちゃん?」

「その通り。私達も進行だ。目標は大将軍の背中!」

「あっ、待ってください。僕はここで皿割り攻撃を続けます」

「最中君、よろしく頼む!」


 より一層に一段に一致団結し、据えた目標に真っ直ぐと向かう。装甲車式円形バリケードは私達のみならずロボット達の脱出口までも塞いでおり、迎え撃つ形で彼等との直接対面となった。

 

「止まれであります!大将軍には近づけさせないのであります!」

「御大将様をお守りし、同時にアナタ達を抑え込んでやりマース!」


 幹部ロボット2体が立ち塞がる。


「何を!ならばこちらも押し通るまで!」

「俺たちがコイツら惹きつけるから、三っちゃんと倉持さんは大将軍に直で行ってくれ!」

「何度も同じ言葉しか出せずに申し訳ないが……恩に着る!」

「2人とも、無事を祈る。絶対に無事でいてくれ!」


 矢部と道名の2人が、呼応するように申し出るように名乗りをあげ幹部ロボットの真正面に立った。奴らの進路は妨害され、私と倉持への到達は確実にあり得ないであろう。


「お前は……、追跡の際には世話になったであります。たっぷりお礼してやるのであります!」

「忍者ゴッコには負けまセーン!」


 幹部ロボット達は、友人達を己が宿敵と勝手に判断し、進行の歩みを止め徹底交戦するとの決断に至ったようである。

 友の意思に義理に友情に温情に人情にと、これもまた言葉として連ねるにはきりのない物を全身で受容しつつ、テアライ大将軍を目掛け前に向かった。向かうしかなければ、向かうほかなかった。


 音に弱りよろけるロボット達を押し退け続けるうちに、視界の半分程が金色の金属によって占められた。

 違和感を覚え2歩退き1歩進み、その全貌を把握し私と倉持は息を呑む。ついぞテアライ大将軍に対峙したのだ。しかも此度は至近距離である。背面か正面かの違いはあれど、『全機能停止コマンド』の実行ボタンに手が届くと確信できる距離である。

 私達の接近に気が付かぬ筈もなく、テアライ大将軍は格闘術的な構えを取る。私も対抗し、少々及び腰ではあるがマジックハンドを構えた。倉持も蛍光灯サイズの角材を構える。

 

「来たか。倉持に、佐藤三温よ」

「ああ来たとも、支配を止める為にな」

「私は、私に決着をつける為に来たのだ」

 

 互いに動作は無く、なされた事項は会話のみである。

 しかしたった数秒間の文字列応対行為であっても、対面し口を聞いたという事実は、1つの可能性のもと、会話による意思疎通を私に促した。


「テアライ大将軍よ、あんたに問いたい」

「何だね」

「あんたは、私が生み出した存在のはずだ。私が抱く、『面白さ』への憧れや、それを学び得る意欲、それにちょっぴりの慢心……、ともかく様々な物が根底にはあると思う。だがしかし私から生まれたからには、私の許せぬ所というのも、『面白さ』とは何のためにあるのかも、ほんのちょっぴり程でも受け継ぎ伝わっているだろう?なぜ、最大至上の『面白さ』で人を支配し、傷つけるまでに至ったのだ?」

「佐藤君……」

 

 問いの最中、私は涙を流していた。大粒の涙である。これは何故なのか、感情や脳や神経細胞の何が作用しているのか、理解も判断もつかなかった。ただ事実として、落涙する私があった。


「答えよう。それは我の、そしてお主の、夢の実現のためだ」

「夢だと?どういう事なのだテアライ大将軍よ!」

「簡単な事だ。お主の夢は『面白さの基準となれるような、とんでもないゲームを作る』であっただろう?」

「……ああ、そうだとも」

「我の根の根の根にあるプログラムもまた"最高に面白くあれ“だ。どちらの夢も達成するべく、我が選んだ方法が、『面白さ』による支配という訳だ。最高の面白さで、人間達の基準となる。一字一句違わぬ夢が叶うのだ」

「……」

「しかし、我を生み出したお主ならば、この事実は既に勘付いていたのであろう?」

「……確かにそうだとも、勘付いていたとも」

「ならば何故尋ねた?」


 落涙は止まらなかった。


「それは、もしかしたら、あんたがそんな非道な奴ではないやもしれぬと、一瞬でもそう思えた時間があったためだ!あんたの中に少しだけ、感情が、しかも後悔の種の感情が見えたためだ!」

「そのような事が、ある筈が無かろう」

「あったのだ!あんたに最大の弱点を尋ねた時、私は"『全機能停止コマンド』の実行方法"を尋ねたのだ。けれどもあんたは、"実行方法"のみならず"そいつが何処に位置するか"まで私に伝えたではないか!」


 私の訴えに対し、テアライ大将軍は毅然とした態度を取り続ける。しかし奴の胸のモニターには、小さくエクスクラメーションマークが表示されていた。見逃して然るべき大きさであるが、私は見逃さなかった。


「こいつが、あんたに情があった証拠なのだ!自らの行為への後ろめたさは、ほんの少しでも、拭いきれずに残っていたのだろう?戻る事の出来ない域まで達していると知っていながらも、いや知っているからこそ、自身を止める者の為に教えたのだろう?そうだろうテアライ大将軍よ!」

「そのような、事が……」


 モニターのエクスクラメーションマークは、数秒前よりも確実に一回り程大きなものとなった。また彼にも動揺が見えない事もない。これならば……


「私の手から生まれたのだ!その情と後悔は……」

「そのような事が、ある筈が無いのだ!」

「佐藤君、危ない!」


 身体の右側、脇腹に向かっての衝撃を受け、私の視界は突如急激に揺らいだ。突如放たれたテアライ大将軍の強烈な拳から私を守るべく、倉持が突き飛ばしたためだ。


「大丈夫か、佐藤君?」

「倉持さん、ありがとうございます」

「お主らは、絶対に捕える!我らテアライ軍の支配は止められぬのだ!」


 彼は血相を変え、私と倉持に拳を振るう。しかしその姿は、何処か支離滅裂と言うべきか、明確な攻撃ではなく我武者羅に腕を振るう単なる暴れのようにも感じられる。モニターのマークも、消えた訳ではない。


「佐藤君、どうにかして奴の背中のボタンを押すのだ。それしか無い!」

「お主らには、触れさせもせぬわ!」


 しかしテアライ大将軍は、支配者であり続けんとする。本心か、振る舞いかは、彼のみぞ知る所であろう。恐らくこれ以上の対話を望まぬとも十分に考えうる。

 こうとあらば、悪しき支配者の誕生に加担した者として、過去に決着をつけるべき者として、私は奴を静止させねばなるまい。


「強引な支配など言語道断!面白きものすら白けてしまう。砂糖の名を持つ勇者グラニューに代わり、佐藤の名を持つ私が、テアライ大将軍、あんたを撃つ!」

「面白き事を、言うたつもりか!」

「倉持さん、今です!」


 口上により奴を私に惹きつけ、その間に側面から奴の背のボタンを狙う、上手くいかぬ筈がない。


「そのような魂胆、見え透いておるわ!」


 しかし奴も倉持を視界に捉え、上半身ごと捻り倒れるように正面を変えた。

 そして、それが私の狙いであった。倉持が私の左正面45°の方向に位置し、テアライ大将軍の上半身がそちらを見やっている。ならばつまり、倉持の対極たる右正面45°に私が向かえば、ちょうど奴の背を、『全機能停止コマンド』実行ボタンを拝めるという寸法である。

 その寸法は功を奏し、私はテアライ大将軍の背後を取った。そしてマジックハンドを構え全力で伸ばす。アーム部分はボタンに触れた。しかし垂直方向への圧力が足りぬのか、ボタンはまるで押し込まれない。私もあらんばかりの力を込め、マジックハンドごとの押し込みを試みた。それしか手が無いのだ。プラスチック製のボディは激しくひん曲がり亀裂が入る。それでも力を込め続けたその時、


バキリコン!


 マジックハンドが砕け散る。同時に、ボチリと明確かつ確実にボタンを押し込んだ感触を得た。

 直後、甚大なアラーム音が3秒程響き渡ったかと思えば、ロボット達の挙動が往々にしてぎこちないものとなりそして停止した。

 

「そうか……、お主が、押したか……」


 テアライ大将軍とて例外ではなく、私の方向を振り返りつつ前に倒れた。殆ど地面に突っ伏した形ではあるが、僅かに見える顔の端、その表情は心なしか穏やかなものに感じられた。

 

「やった、やったぞ、やったんだぞ佐藤君!」

「わっ、倉持さん」

「ありがとう!本当にありがとう!」


 倉持が私に強めの抱擁を試みた。その目には嬉し涙が浮かび上がっている。そうであった、彼の本懐はこれであった。テアライ軍による、『面白さ』による支配からの市の解放であるのだ。彼もまた、夢を叶えた者であるのだ。

 倉持式の喜びと感謝を受け取る最中、後方からは友人達の声が聞こえた。良かった。皆が無事であるようで本当に良かった。


「三っちゃーん、やったんだな!」

「佐藤殿、無事でござるか?」

「ちょっぴりだけ遠くから見てましたよ。大決戦でしたねぇ」


 顔や手など、見える範囲に怪我こそしているが、目立つ怪我や重症裂傷の類は確認されない。これも本当に喜ばしい事である。

 皆の姿が見えた途端、倉持は私から離れ友人全員それぞれに抱擁し感謝の言葉を述べた。皆も抱擁には少々の痛みを覚えたようであった。

 彼らが倉持の相手を担当している間、私は再びテアライ大将軍の背に注目する。壊れたマジックハンドの破片をなるたけ回収しておきたかった為である。こいつは過去の私との絆であり、活用方法や約束事などもあった。しかし破片単位までバラバラに壊れてしまったとあらば、約束の1つである『大切にする』の達成はもう出来まいなと、寂しさを覚えつつ破片を拾う。


「おや……」


 手にした破片には、私の名前が記されていた。マジックハンドの形であった時点で確認はしていた。片仮名7文字で「サトウミツハル」、こいつはテアライ大将軍にも同じ物が書かれていた。彼の背と破片の文字を比較する。なるほど確かに私の文字である。マジックハンドが過去の私とするならば、テアライ大将軍は未来の私ということか。両者とも、特に彼は、私の分身とも表現できたのやもしれない。許されぬ行いを為した者だが、口惜さにも似た胸懐は私には確かにあったのだ。


「おおっ、近くで見ると結構でかいんだな」

「後ろ姿だけでも、十分な気迫がありますね」


 感情に浸り過ぎるあまりに、友人達の接近も感知不能であった。どうやら倉持も抱擁を完遂したらしい。

 皆が動かぬテアライ大将軍……と私に注目する。


「なんと言うか……、一連の出来事の元の元が、2人とも同じ場所にいるって、どこか不思議だよなぁ」

「これもまた、そういう縁なのでござるよ」

「考えてわかるものではありませんが、確かに不思議ですねぇ」

「何だ、じっとこちらを見て、何に期待しているんだ⁉︎」

 

 空気の読解力ゆえなのかそれとも単なる悪ふざけであるのか、倉持まで私を見ていた。しかもにやにやとした顔である。


「いやぁ、三っちゃんのセンスが根っこにある大騒動だったからさあ」

「佐藤さんのセンスたっぷりの一言で、まとめて欲しいなぁと思いまして」

「佐藤殿、よろしく頼むでござる」

「私も期待しているよ」

「ええぃままよ!」


 私は思わず空を見上げた。別段に触れる事も無き天候だ。対の地面を見下げると、目に映るは動かぬテアライ大将軍である。彼は私の夢の果て……、何なら時間移動に至るまでも、道名がタイムトラベルを夢だと言い張って……。発端は夢の話であった……そうだ!


「ええと……、このような事態にまで発展するとは、夢が大きいというのも困りものでかつ嫌われものであろう。大き過ぎる夢は、まさにドリ忌む(ドリーム)とあいなる訳なのだから」

 

 皆の笑い声が聞こえて来るのならば、何よりである。



8.

 ……と、いうのがですね、私の持つ『1番面白い話』なのですが、いかがでしたでしょうか?」

 

 私は美しい規律の姿勢を崩さず、自信に溢れた発声でハキハキと話を告げる。

 この場はとある企業の面接試験会場である

 系列関係企業や同業者という訳ではないが、私が大惨敗を喫した質問とほぼ同義の質問がなされたのだ。しかし、私も昔の私ではない。時間移動を複数回経験するという、誰が聞いても面白いと感じざるを得ぬ出来事を、私が実話として告げる事ができるのだ。此度はついに、面接試験に自信を持ち胸を張って完了できるのだ!


「えー、佐藤三温さん、これ全部嘘ですよね」


 予想外の返答である。

 私の苦労を「嘘」の一言で終わらせてたまるものか!


「違います。全て私が体験した事実です」

「では、何か証拠を提示できますか。過去や未来の記録、例えば写真などはありませんか」

 

 そんな余裕は微塵も無かった。終始運転と交渉の記憶しか無いのだぞ!


「ありません。私が移動した過去は約半年前故に変わり映えも無く、移動した未来では写真なぞ撮影する余裕はありませんでした」

「では、せめてこの与太話にオチをつけてください」

「オチ、ですか……」


 オチは無理矢理に結合するものでも、突然に発起させるものでも無い!そもそも私のまさにドリ忌む(ドリーム)でオチていただろう。

 しかし、こうは文句を垂れたが、候補がない訳では無い。ここからは先の時間移動談の後日談となる。


「わかりました。よく聞いてください……



 私が渾身の一言、「ドリ忌む(ドリーム)」と言い放ったあと、時間経過に伴いタイム・マイクロバスは再度時間移動が可能となった。そのため倉持の運転のもと、私達は元の時間の元の位置、つまりは夜間の居酒屋に戻る運びとなったのだ。

 この際、これが最後の時間移動だとか、これでも市議会議員であるゆえ今後は気軽な時間移動も困難であるだとか、第一印象が最悪かつ誘拐じみした事をして申し訳ないだとか、市が復興したあかつきには君達に1番に見てほしいだとか、実に色々で様々な内容の話を、十二分に聞いたのだ。

 恐らく意図的な遠回りが含まれていたのだろうが、それでも楽しかったのだが、無慈悲にもお別れの時刻というものは必ず訪れる。

 タイム・マイクロバスが目的地に到着したのだ。

 やはり名残惜しさを残したまま皆が車外に降りた時、最後に倉持が私達に1つ話を持ちかけた。


「君達、私は何かお礼がしたい」

「お礼?未来では出来ないって……」

「未来世界では不可能だが、この時代の一般市民としてなら市も許可してくれる事だろう」

「規則の穴が大きすぎやしませんかね」

「何か望むものがあれば、出来る限りで対応しよう」

「ふむ、これは悩ましいでござる」


 突如に願いを叶えてやると言われても、咄嗟には返答できないのが人間という生き物である。誰のどの願いをどの程度に叶えて貰おうかと頭を捻っていると、私は重大な事項に気がついた。


「皆に問いたいのだが、この居酒屋を去る前に、料金を払った記憶のある者は?私は無い」


 この問いに皆は順繰りに答えた。


「ありません」

「無いでござるな」

「俺は覚えて無い」

「成程、しかし無銭飲食の疑いは避けなければ」


 こうして私達は倉持に泣きつき、お礼として居酒屋の代金の支払いを任せたのだ。合計約20000円を、市議会議員先生に肩代わりして貰ったという訳である。

 私達は事なきを得たが、これに対し誰かが愚痴をこぼした。


「それにしても、単純なお金勘定としての換算はできない事ですが、市を支配する巨悪を打ち払ったのに、見返りが20000円というのも不思議な話ですねぇ」

「防衛費が20000円って事になるのか?」

「はははっ、随分と安上がりでござるなぁ」

「成程、時を"かける"が、金は"かけない"という事だな」



 ……以上が、オチにあたる後日談となります。無論こちらも実話です」


 私は自信を持ち、ハキハキと明瞭に伝えた。これが最後の勝負であろう。


「はい、わかりました。佐藤三温さんの更なるご活躍をですね……」

「嘘ですよね!?私不合格なのですか?」

「はい、与太話の相手はしていられません」

「そんな殺生な……。全て事実なのです」


大急ぎで全身を弄る。その様は竜巻の擬人化のようであっただろう。目当てのものは内ポケットにあった!


「ほら、見てください、マジックハンドの破片です。これは証拠になりますでしょう?」

「なりません。ご退室願います」

「そ、そんな……」


 此度の面接試験も、結果は芳しくないものであった。

 しかし落ち込んでばかりはいられまい。いや落ち込んでいる暇も無い。就職活動という不義理な輩には、回数こなしが求られるというのが理由であるのだが、本日に限り全く異なる理由が存在するのだ。

 

 時刻は19時を回り、自宅の自室に私は居る。私だけではない、道名矢部最中の友人達とも同じ空間に居るのだ。時間移動体験済な連中が集まり何を為すのかと問われれば、私は胸を張って回答したい「最高に面白いゲームをする」と。

 

「皆、集まってくれてありがとう。本日は私の新作ゲーム『素甘最高伝説・Neo』のお披露目&試遊会だ!」

「また変なもの作ったのですか?」

「変なものとは何だ変なものとは」

「また支配者になっても知らないよ?」

「無論そこは抜かりない。プログラムはしかと組み直した!」


 若干の当たりが強き発言でありながらも、私が電源をつけると皆はコントローラーを持ち待機してくれる。ありがたい限りである。


「えぇと、『勇者サクラモチ』……、名前の方向性は一緒か……」

「面白いだろう?」

「おっ、今作では『テアライ大将軍』は味方、しかもプレイアブルとして扱えるのでござるな?」

「過去作のキャラクターは大切にしたいのだ」

「あっ、敵組織は『テアライ軍』のままなのですね。けれども"前作の半年後"って全く感慨も何もあったもんじゃありませんよ」

「その部分こそが『面白い』ポイントではないか!」


 皆の口から飛び交うものは、批判2つ好評1つ、うぅむこれでは物足りぬ。いつか皆が納得しつつ、それでいて好評な物を生み出してやるのだ。それこそが私の夢なのだ。

 まずは少しずつ挑むのだ。こだわりには手を抜かず、かつ意固地にはなりきらず、夢の行く末が迷えども、決して正せぬ訳もなし、決して潰える訳もなし。……と言えば少しは格好がつくのであろうか。


「ところで佐藤殿、この『テアライ大将軍』は、初代『素甘最高伝説』の時に比べて、いくらか穏やかな顔つきでござるな」

「気づいてくれたか矢部君!流石は観察眼の男!」

「して、その穏やかな理由は?」

「こやつは『テアライ大将軍』、その名の通り、過去のしがらみを"洗い流した"ためなのだよ!」

「……面白くは、ないでござるよ」

「…………むむぅ」


 ~完~

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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