その4
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6.
1分にも1時間にも感じられる程の間、つまりは時間感覚の喪失感を覚えながらも私は目を閉じていたようだ。
開眼一番に目に入るものは、タイム・マイクロバスのハンドルであった。気づかずペダルも踏んでしまっていたが、前進も後進も停止もしない辺り完全に停車しているようだ。一呼吸置き頭を上げ、窓の外の世界を見れば、そこはあの時の居酒屋店舗横。つまり時間移動は成功したということだ。しかも夜間ということは、時刻まであの時と同程度ということになる。脱出作戦は大成功ではないか!いや簡単に感嘆の声をあげる訳にはいかない。大成功と言い切る為の重大な確認が未だなされていなかった。生存確認である。誰一人欠けてはならない。欠けては成功など呼べぬのだ。
皆の無事を祈りつつ後方を確認すると、道名に矢部に最中に倉持と、全員の姿が確認された。まずは良かった。そして彼らはちょうど目を覚ましたようであり、先程までの私同様の現状確認をなしていた。生存も認められ本当に良かった。これで脱出大成功だと私の中で胸を張って言える。
「おぉい、みんな、生きてるかぁ?大丈夫かぁ?」
「拙者は完全に無事でござるよ」
「僕もしっかり息してます」
少しだけ呂律の回らぬ道名の問いに、矢部と最中は彼ららしく答える。本当に無事戻って来たのだと実感できる。
その姿を見て何かしら感想を抱いた者は、私だけではなかった。
「その……」
「倉持さん?」
「本当に申し訳ない!」
突然に倉持は起立し、私達に謝罪の言葉を鮮明に告げた。最敬礼でのお辞儀を鑑みるに、相当の謝意を内含する謝罪であろう。友人達が彼に注目し、無論私も続いたところで、彼は再び口を開いた。
「私の身勝手と我儘で未来に引きずりこんだ挙句、生命の危機を覚える事態にまで遭わせてしまい、本当に、心底、申し訳ないと思っている!許しを請いたい訳ではない、到底許される行いではないのだから。ただ、それでも、謝罪の意を表明させてはくれないか!」
倉持は再び頭を深く下げる。
私と友人達は顔を見合わせ、視線を合わせた。それだけで皆の真意が伝わった気がした。
皆が同時に頷き、また一様に息を深く吸い、謝意への返答を発言に変える準備が整った。
「私以外の友人に謝ってはもらえないかね倉持さん」
「俺はどうでもいいから、まず友達みんなに先に謝ってくれよ」
「拙者は構わぬ。ただ第一に、友垣への謝意と誠意を表してくだされ」
「僕に対してよりもまず、僕の友人達にそれを言ってはどうかと思いますけどね」
一斉に声を発した。友人達は皆、自身よりも友人に対する態度を第一に求める内容の声明であった。
私達も、倉持も、共に驚きを覚えざるを得なかった。互いが互いを想い合っていたのだ、なんと喜ばしいことではないか。発言を耳から脳に届け語義を噛みしめ理解した後、友人達は笑い合っていた。同時に同じ意の発言を為したこと以上に、発言に友情を再確認した為であろう。
しかし私は、笑い声をあげることは出来なった。それを私自身が良しとしなかった。そもそも先の発言は、皆の場合は友人に危機を与えたことに対する憤りの意であろうが、私の場合はそうではない。「私こそが危機の元凶であり、それゆえに申し訳なさや謝罪の言葉を受ける立場にない」という意思であるのだ。責任感と言うこともおこがましい感情で先の発言をなしたのだ。倉持の謝罪よりも先に、私こそ断りを入れておくべきであったのだ。彼の行動は法規と道徳において無視できぬものではあるが、そこに至らせたのは私であるやもしれぬのだ。何を戸惑っているのだ佐藤三温よ!今白状せねばいつに言うのだ!薄情と苦情が来ても白状するのだ!
「皆、1つ聞いてはくれないか、倉持さんも、頭と体を上げて……」
「三っちゃん、どうしたよ?」
「佐藤君、何を……?」
「この場の皆に謝るべきなのは、真に謝意を示すべきなのは、私なのだ!飲み会より始まった時間移動関連事件の全ての元凶的根源は私であるのだ!!本当に申し訳ないっ!」
私も先刻までの倉持と同様、最敬礼の姿勢を取る。
しばらく頭を下げ再び上げた時、どんな罵詈雑言であれども受け入れようと覚悟を決め頭を上げた時、皆の表情はポカンとしたものであった。
「すまない佐藤君、私には君が謝る理由が全く……」
「突飛過ぎて何が何やらわからないのですが。もう少し詳しくお話してはもらえませんか?」
「あの面白くないゲームを使われたってことなら、そうかもしれないけども……」
「けれどもそれは佐藤殿も被害者とも……うーむ……?」
情報の重大具合に驚き戸惑い罪悪感が勝るあまり、理論不明の結果のみを投げつけてしまった。そうであった。私が自己の行いを顧みて最悪の存在であると判断するに至った理屈は、未だ私の頭の中にのみ存在しているのであり、その伝達が先決なのは鮮明であったはずだ。これでは単に、頓珍漢なことを大声で叫んだだけである。
こうあらば全て話し伝えなければ。
「ええと、ではちょっと聞いて欲しいのだけれども……、極めて個人的な情報であるが、重大ゆえに我慢して聞いて欲しいとお願い申し上げる!」
「分かりましたよ」
「皆も知る私作のRPG『素甘最高伝説』は覚えているだろう。そいつが、いや正確にはそいつとその製作に使ったパソコンが、未来支配者のテアライ大将軍なのだ。ゆえに私が、飲み会より始まった時間移動関連事件の全ての元凶ということになるのだ!」
また結論を急いでしまった。少しは学んだらどうなのだ私よ!
話を聞いてくれた皆も、首をかしげまたもや靄のかかったような表情を浮かべているではないか!
「佐藤さん?下手な天丼行為はなんにも面白くありませんよ?」
「いや最中君、理屈はあるのだ。次こそ詳しく話すゆえ、皆ももう一度聞いて欲しい!」
咳払いをし、一呼吸おいて、思考をまとめ、再び改めて話す決意を固める。
「先ほどの結論に繋がる理屈をきちんとお話しよう。未来にてテアライ大将軍と対面した時、奴がこちらに背を向けた時があった。これは車内からでも見えたことだろうし、何なら少し話も聞こえたやもしれない」
「背中にボタンがあったのは覚えてるぜ。あれを押せば何とかなる!みたいなやつだろ?」
「そうそのボタン付きの背中、私は訳あって凝視したのだが、なんとそこには『サトウミツハル』という7文字、即ち私の名前が書いてあったのだ。位置としては胸部画面のちょうど反対側。しかも手書き感溢れる油性ペン式で!」
「それは確かに気になる個所……、しかしこれだけで佐藤殿が根源だと決めることは……」
こたびはキチンと説明の形をとることができた。急ぎかつ焦らず続けねば。
「ここで『素甘最高伝説』の誕生時に時は遡る。倉持さん以外の皆が遊んだこのRPG、こいつは約3メガバイトと、ゲームにおける現代基準に従えば実にコンパクトな容量であるのは知っていたかね?」
「知りませんよそんなの」
「その理由はいくつかあるのだが、大きな理由は製作環境にあった。その時はメインのパソコンを修理に出しており、代理として旧式なブラウン管のどでかいパソコンを使っていたためなのだ。旧式で黄ばみありくすみありと傍から見れば粗大ごみに相違なさそうな本体ゆえ、意図せぬうちに捨てられぬよう私は背面に名前を記入したのだ。『サトウミツハル』という7文字を!それを受けてテアライ大将軍の姿を思い出して欲しい。胸のちょい古モニターに加えその背面の直筆風個人名、この2点の情報は、奴の正体が私のパソコンであることを示しているのだ。ゆえに私は奴を生み出した責任と、奴を止める義務があるのだ!」
「一応、三っちゃんしか知り得ない理由というか根拠というかがあったんだな」
私は力説の限りを尽くした、そのつもりであった。しかしながらまだもう1つ、皆には疑問疑念が残っていたようであった。どれだけ説明下手であるのだ私は!
車内を代表するかのように、倉持がそれを口にする。
「佐藤君、確かにテアライ大将軍が君のパソコンかもしれない。けれども、それはあくまで体を構成しているだけであって、君の行いが絡んでいるとはまだ断定はできない……」
「その指摘はごもっとも。現状、奴の物心のうち物にあたる身体構成要素のみの加担である。しかしそうとも言ってはいられない。物心の心まできっかけを生み出した可能性が高いのだ」
「心……?」
「いや行動理念と言うべきやもしれない。これは製作工程にあたる故に聞かされても面白くないだろうと、皆には欠片程も話してはいないが事実だ。旧式パソコンにて『素甘最高伝説』を製作する際、一番最初の根本根底根幹かつ基部基礎基盤にあたる原初的プログラムを組んだのだ。その内容は単純明快”最高に面白くあれ”というものだ」
更に倉持が反応を示す。恐らくこの場の人間の中では、最もその言葉を耳にする機会が多かったためであろう。
「その言葉は、テアライ軍の金言……」
「少尉か中佐かがそんなことを話していたような気がするでござる……」
「その通り。しかもこれは内部情報であるため、わざわざ元の旧式PCを探し当て、かつ分解して調べなければ知り得ぬ事柄なのだ」
「そのために佐藤君は『私が元凶的根源だ』と言ったのか」
「なるほどなあ」
これまでで最大的な理解納得了解了承な雰囲気を得たが、私の推論という名の所業における爆弾部分はこの後に控えているのだ。
「……そうなのだ、私が根源たる1番の理由は、その”最高に面白くあれ”をとにかく全ての底の底、誰よりも何よりも最優先に実行すべき事柄として実装し製作したところにある。つまり私が把握していようがいまいが、『素甘最高伝説』のデータが旧式パソコンの中にある限り、こいつは自ら勝手にそして強欲に貪欲に自己成長を続けるということになる。ここまで話をすれば予想が付くであろう。”最高に面白くあれ”という指示のもと、常に最大最上の面白き存在になる為には、そいつを永劫維持するには一体何を為せばよいのかを思案した時、自らの面白さによる圧倒的支配にたどり着き、200年の長い学習期間を経て、ついぞ実行したのではないだろうか!奴らの姿形も、私のRPGを利用しての支配戦略ではなく、RPGそのものが支配を決行したが故に、その中で最も強力であるテアライ軍の形を取ったのではなかろうか」
皆は口を開けて固まる。此度は、頓珍漢さに由来しない。私のしでかした事柄に対しての強烈過ぎる衝撃に由来するものであろう。
「それが、未来世界の支配者に身体も精神も与えてしまったことが、私が諸悪の根源たる理由なのだ!ゆえに倉持さんよりも先に謝罪し謝意を示すべき存在は私であるのだ!皆、危険な事態を生み出してしまい、本当に申し訳ない!」
私は声を荒げ、その勢いのまま深く頭を下げた。頭を下げる際、友人達の顔も倉持の顔も目に入らなかった。
皆の反応は返ってこない。ここまで重大な事柄ゆえ当然か。事態が事態である。次に誰かが言葉を発するまで、恐ろしく長い時間が経過した気がした。
「三っちゃん、気にすんなって!三っちゃんは悪くないし、なんだかんだで危険も楽しかったしな」
「佐藤殿、もともとRPG製作は、夢や目標を叶えるためのものでござろう?そのための行動に、罪悪感を感じる必要はないでござるよ」
「何を言い出すかと思えば、ただのRPG製作裏話じゃないですか。しかも謝罪がオチだなんて、なんの面白みのない話を長々と続ける……、いつもの佐藤さんがいただけではありませんか」
友人達の言葉は、私の肯定……というのはつけあがり過ぎであるか、私の行為への許容といった内容であった。
続けて倉持も口を開く。
「佐藤君、君はゲームを作っただけだ。後悔の念はあるかもしれないが、負い目引け目を覚える必要はない。」
彼もまた、友人達と同種の反応を示してくれた。
更に友人達は笑って話を続ける。
「でも、三っちゃんのセンスだったからよかったよな。俺たちは特に何をしなくとも対策できたし」
「その通りですねぇ。ロボットの質問回答癖やら、倒すべき将軍の背に全て解決するボタンやら、佐藤さんの持つ面白みの薄さが突破口を生み出している事例も多々ありましたからね」
「佐藤殿由来の感覚を悪用した支配もあれば、佐藤殿由来の感覚により案外簡単に突破口が見つかるとは、面白いものでござるな」
楽し気な話し声と笑い声は、私の精神にも光としてじわりと浸透する。最中の発言内容に小さな棘があるようにも感じるが、それすらもどこか温かみを覚えてしまう。オナモミのように、人間の心に引っかかり離さぬものなのかもしれない。
その様子並びにそこから放たれる光波は、接触時間の短い倉持にも伝わったのか、わりかし穏やかな口調で話しだす。
「しかしなにはともあれ、欠けることなく無事に過去に向かうことができ、何よりであるだろうな……」
私もその発言には完全に同意したいところだ。
呑気にも感じられる感想を抱いた直後、倉持の表情が変わったことに気が付いた。やや上方を向き、目を大きく開いたその様は、天啓にも似た閃きが脳髄に落下直撃したような顔であった。これは相当に凄まじいものであるに違いない。そう予想させる。
倉持は「過去に向かう」と一言ぼそりと呟いた後、はっきりとした声をあげた。
「そうだそれだ!佐藤君、君がそのゲームを作った日に向かえばいいのだ!過去の佐藤君に会って話をして、ゲームの内容やプログラムを変えれば、テアライ軍も未来に現れることはなくなるだろう!来てくれないか佐藤君!」
発言が終わる前であるのに手を握られ、強めの懇願をなされる。発案から実行要請までが高速過ぎるであろう。
しかし内容自体は理には適っている。過去に向かい過去の私へ対話説得等を試みて、未来の障害を取っ払ってしまおうという魂胆なのだ。
「なるほど確かに、それができれば話はとても速く解決に向かうに違いない」
「佐藤殿同士を対面させるということでござるな」
「なんか良さそうじゃないか」
「そうだろう?早速過去に向かいたい。佐藤君、ゲームを作った日の情報を教えてはくれないか?」
倉持は大分に気が急いているようだ。良案が浮かんだとあらば仕方がないであろうか。
「少々待って欲しい倉持さん。その作戦には賛成ではあるが、友人達は連れて行きたくはないのだ。私の若干偏屈な性格面からして、混じり気のない私同士の対話で無いと納得をしないことだろうから」
ああは言ったが、私の問題とあらば私が解決したい、友人達はあまり巻き込みたくはないという意思から、倉持との2人のみでの時間移動を願い出た。
「確かに佐藤さんはそんな感じしますよね」
「心得た。しばし離れるでござるよ」
「俺たちは休憩だな。説得頑張れよ」
「わかった。私と2人で行くのだな」
皆が私の発言を受け入れてくれた。友人達はタイム・マイクロバスから降りる。
こたびは倉持が運転席に着き、私は助手席に座りシートベルトを装着した。準備が整うにつき、倉持は車外の者達に声をかけた。
「かかる時間がどれほどかは分からんが、現在時刻より20分程の後の時刻に戻ってこよう」
「わかりましたよ」
「それでは皆、私は過去に向かう!」
「頑張れよ」
向かう先の位置時間指定やら車体の起動やら本人確認やらを終え、いよいよ時間移動の開始となる。
怪閃光の発動に合わせ車体の窓を閉める際、窓越しに「佐藤さんが説得できると思……」と少々不穏な言葉が放たれていたことに気が付いたが、そいつはお馴染みの轟音にかき消された。
そんなことを考えるうちに怪閃光は強くなり、2回の時間移動時と同じ感覚に包まれた……。
どれだけの時間が経過したのかはわからぬが、私は目を覚ました。倉持も同じタイミングで目を覚ましたようだ。
少し靄のかかった視界、車窓越しに見える風景は真昼の自宅である。つまり此度も、時間的にも空間的にも移動に成功したということになる。
「佐藤君、一番近くにあるあの家に、ゲーム作成中の君がいるのだね?」
「そうですとも」
私は改めて我が家を見やる。少々外壁の汚れが目立つが、立派で安心感を覚える我が家である。そんな我が家の2階にて、過去の私は『素甘最高伝説』の製作に取り掛かっているはずだ。
更に都合の良いことに、自宅より両親が自家用車に乗り込み外出する様子も確認できた。つまり現在に家にいる人間は私のみ。愛玩動物の類も飼育していない故、これ以上ないチャンスタイムということになる。
「よし、佐藤君、説得に取り掛かろう、私も一緒に向かおう」
「すみません倉持さん、ここは私一人に向かわせて下さい。私の事は私が一番知っているのです」
倉持には申し訳ないが、こればかりは私以外の存在には達成できぬ事柄だ。傍から見なくともわかる程に欠点的な小規模特化型偏屈ならびに少々の人見知りを持つ私に、鋭意製作中の事柄について口を出しに行くというのだから、私自身の発する言葉しか耳に入らないだろうし耳障りも良くはないだろう。
協力希望は精神のみ助けを借りることとし、単機攻略を申し出て、私は過去世界の我が家に向かった。
ここにきて1つの難題が浮上した。過去の自分にどうやって会えというのだ?いや正確には自宅への侵入方法が不明である事か。
インターホン経由で正当に侵入しようにも、自身と同じ顔の人間が訪ねて来たとあらば恐怖以外の何物でもなく、それならば不用心にも開いている窓はないものかと外壁周りをぐるりと回り歩き見るも、防犯意識が人並みに培われている以上きちんと鍵がかけられている。こうあらば仕方があるまい。下品で野蛮ではあるが、外側から窓枠に手や脚をかけよじ登のぼる。そうして2階部分、私の部屋にある窓にまでたどり着くと、数回のノックで室内の私に存在を伝えようと試みた。室内の私は窓からの異音に気づきこちらを見やる。注意は引けた。後は叫ばれ引かれ驚嘆される前に先手を打つのみだ。
「驚く気持ちはよくわかる!落ち着けと言っても無茶であるのもわかる!しかしここは1つ、話を聞いてはくれないか私よ!」
「うわぁ!何だ!なぜ私が目の前に写っているのだ!」
過去の私は数分間程驚いてはいたが、次第に落ち着きと冷静さを取り戻したのか、接近し私の顔をじっと見つめ始める。窓1枚を挟んで見つめ合う状態を5分程続けた後、ついぞ窓は開かれた。
「私がもう1人いるという事実を理解するためにも、君には私の部屋に入って欲しい」
「ありがとう佐藤三温君、いや私よ。失礼しますといこうか」
一応の許可を得て、過去の私の部屋に窓から入り込む。無論靴は脱いで屋根の端に置いた。
自宅で自室であるだけに、物の配置などは手に取るように把握できる。作業中で稼働中の旧式パソコンもきちんと机に鎮座していた。1年も過ぎていない出来事であるが、振り返ると懐かしいものだ。1つ気になる事があると言うならば、やはり部屋に既に私が存在していることであろう。しかしまあすぐに慣れるか。
立ったまま部屋の変わりなさを軽く眺めていると、私に向かい私から疑問が飛んできた。
「君は私に非常に近しい外観をしているが、一体何者なのだ?何の目的で私の元に訪れたのだ?」
「それには何よりも最優先に答える心づもりだった。担当直入に言うぞ。私は未来の君なのだ。重大な話があって君に会いに来たのだ」
「なるほど、面白みのある嘘だが、そんな突拍子もない話を信じろと言うのか、自称未来の私よ」
過去の私は私に詰め寄る。
しかし私も無対策ではない。未来由来の情報を伝えて、否が応でも信じてもらうのだ。
「ではとっておきの話をしてやろう。君しか知り得ない情報を、これから口に出すぞ。それを聞けばどれだけ偏屈な君であっても、信じざるを得ないだろう」
「変に引っ張るということは、相当に自信があるというのだな?いいだろう聞いてやる」
「しかと聞きたまえ。まず君は今、夢やらなにやらの憧れの為に、RPGの製作をしている筈だ。そうだろう?」
「……そんなことは机のパソコンを見れば誰でもかれでも嫌でも分かる。まさかそれで終わりではあるまいな?」
……我ながら私というのはこうも嫌な奴であるのか、可愛げも愛想も無く、それでいて疑り深くて偏屈だとは。両親にも友人達にも感謝せねばならないな……。
おおと返答を急がねばなるまい。私が私に信用されなければお終いである。
「無論終わりではないぞ。そのRPGの名前を当ててやろう」
「なるほど確かに、それは今現在私の頭にのみ留まっている情報だ。さて教えてはくれないかね?」
「ずばり、『素甘最高伝説』だろう?」
「なっ、何だと⁉」
分かり易い驚嘆の顔と声が上がった。さすがは私、思考感情がすぐに表情として現れる顔面テレビジョン体質であるゆえに、本当に分かり易いことこの上ない。
「その声、その反応、当たっているに違いない。そうだろう過去の私よ!」
「……その通りだ……。なるほど、これは未来由来かつ私由来の存在であると認めざるを得ないな……」
「本当か?信じてくれるか?約束してくれるか?」
「ああするとも、未来の私よ」
過去の私は信用宣言と共に手を差し出した。私もそれに応じ、握手を交わす。
「さて未来の私よ、君は『重大な話があって私に会いに来た』とのことであるが、一体何を伝えに来たのかね?」
「そうだともその通りだとも。私が伝えに来たのはその『素甘最高伝説』についてだ」
「何だと⁉私のRPGに、一体何が起こるというのだ⁉吉報か?凶報か?私は何をしでかしたというのだ⁉」
本当に分かり易く顔に出るものだ。『素甘最高伝説』の大事と聞き、過去の私は焦燥と不安が混ざったような顔で私の話に意識を向ける。……同一人物故にと言われればそうであろうが、今現在の私も同じ反応を示すであろう。自身の自信に基づき心血注いで製作した、小さき分身とも呼べる作品に対し、何らかの事件が起きたと眼前にて断言されたのだ。吉報だろうと凶報だろうと不穏に覚えることこの上ない。
「まあまあ落ち着きたまえ過去の私よ」
「……ああ、落ち着かなければな。改めて教えてくれ」
「心して聞いてくれ、それは……」
「それは……」
これより先、いよいよ本題に突入するという段階に至って、私は言葉に詰まってしまった。話し伝えるべき内容を忘却したりだとかすっぽ抜けてしまったりだとかそういう理由ではない。
過去の私に対し未来の事態を伝えるというのは実に残酷ではないのかという考えが、今になって思考に差し込み脳髄を伝うのだ。私が過去の私に行う仕打ちは実に残酷だ。自身の行いが極悪非道な大事を招くと告げるのだ。悪の根底になり得た未来を告げるのだ。更に最も悪いことに、私が持ちえ、愛し、追及し、生み出し、与えるべき対象たる『面白さ』が、私由来の夢が、人と世を苦しめているものであると告げなければならないというのが、私には堪えられない。過去の私も耐えられまい。
そもそもそれを防ぐための時間移動訪問ではあるのだが、だとしても1度衝撃的な事柄を告げるという行程は必須なのだ。「プログラムを変えてみようか」などという安易な提案を受け入れるような質ではない癖に、自らの行いの招く結果は人一倍気にする変な神経質さを持つのが私であるのだ。優しき言葉を与えてくれる友人もいない今、過去の私の精神神経に大きな激震動揺を与えたくはない。けれどもそんな事言っている場合ではない。
何をどのように伝えるべきか、はたまた伝えぬべきか……。いや伝えるために過去に……。思考が堂々巡りをし始めた。ペンローズの階段を登り続けているような気分だ。
「『それは』一体何事だというのか、未来の私よ!」
「おおっと、すまない……。ええと……」
思考の堂々巡りを繰り返し過ぎるあまり、返事を待たせ過ぎた過去の私は痺れを切らしたようだ。
急ぎ返答をせねばならないのだが、そう考え焦りが募るとかえって良案は引っ込み続ける。タイムトラベルから連続して閃き続けたゆえに思考用脳細胞が枯れてしまったのか?過去がそうであれば現在の私も当然に顔面テレビジョン体質である。違和感に不信感を与えぬ為にも、手早く素早く答えねば!急げ私よ!何か声に出すのだ!
「ええと……この『素甘最高伝説』は……」
「この『素甘最高伝説』は?」
「……この『素甘最高伝説』は、……皆の記憶に残る作品となったのだ!」
言ってしまった。切羽詰まっていたとはいえ、飛び出すべき言葉は他にあっただろう。一応、内容としては虚言ではないことが救いか。良くも悪くも、いやほとんど悪名轟く形で記憶は残っている。残ってしまっている。
しかしこの言葉は、ほとんどの場合においては、受け手にとっては非常に耳心地の良いものであろう。面白くある事を望んでいる者からすれば、尚更に良い意味合いで捉えたくなるものだろう。実際、過去の私の表情はパッと明るくなり、瞳にはそれなりの光を見出せる程に変化した。言葉が言葉ゆえに申し訳ない。
「そうか!やはりそうなのか!さすがは私だ!未来の私がわざわざやってきてまで言うのだから、こいつはとんでもないものを作ったに違いない!」
過去の私は会心で渾身のガッツポーズを決めている。こうなるとプログラム変更要請も出しにくい。
高揚感や肯定感や達成感にあたるポジティブな感情で満ちている過去の私に、無慈悲にもそれらを無かったものとし、その上で辛辣冷厳な事実で貫くのだ。上げて落とすといういう一言で片付けるにはあまりも惨すぎる。それこそ天国と地獄程の高低差であるのだ。かの犍陀多も驚くほどの急落下である。
「して未来の私よ、『素甘最高伝説』の構成要素のうち何が記憶に残る要因となったのか、よければ教えてくれないか」
やはり当然ではあるが、先の私の言葉がさほどよろしくはない意であるとは夢にも思ってもいないようだ。しかし答えぬ訳にはいかない。
「そうだな……、記憶に残ることになってしまった大きな理由としては……キャラクター名とか……」
「そうだったのか!『勇者グラニュー』に『テアライ大将軍』に……、いやあ面白さと耳馴染みのある言葉を名前に選択した甲斐があったというものだ。他には?」
「……ええと、敵に質問できるシステムがそれにあたる。助けられた場面も多かった……」
「なるほどそこか!質疑応答は面白の基本たるボケとツッコミに繋がるゆえか。他には?」
「他には……、そうだな、ドロップアイテムのくだりか。テアライ大将軍を倒すのに必要な伝説のマジックハンドの入手方法が、奴からのドロップのみだったろう?あれは本当に……」
「全てその通りだ!さすが未来の私だ詳細に覚えているな。いやあしかし、この渾身の1笑いが広く記憶に残ることになろうとは、努力は身を結ぶというのは本当であるのだなあ」
そいつは誤解であると、私には言えなかった。くどいようだが過去の私を落胆させることは出来なかった。確かに「記憶に残る要因」を回答したが、これもまた悪名じみた意義がほとんどである。同時に『素甘最高伝説』の構成要素の殆どでもある。事実と酷評の未来を知る者の前で、最高級の誉め言葉を貰ったとばかりに喜ぶ者の夢を打ち砕くことは出来ないと、精神内で唇を嚙みしめるばかりであった。なるべく顔には出さぬように努めた。
喜びを嚙みしめる過去の私は、その高まる気持調子のまま私に声をかけた。
「さて未来の私よ、わざわざ時間を越えて『素甘最高伝説』の成果を伝えに来てくれたとあらば、私も何らかの礼をしなければならない」
「……お礼?」
「そうともお礼だ。『素甘最高伝説』が大好評な未来への最大級のお土産を渡したいのだ!」
言うや否や過去の私は、室内の収納個所を開けて中から段ボール箱を取り出し、更にそいつの中からプラスチック製の何かしらを取り出した。二重取り出しである。
そいつは何かと目を凝らしたが、その特徴的な外観と構造から正体は即座に判断が付いた。
「マジックハンドだと⁉」
「そうとも、マジックハンドだ!」
私の反応に答え、過去の私は上に向けそいつを伸ばしてみせた。天井に届きそうなほどに長く、細身のひし形が縦に並ぶお馴染みの姿は、真にまごう事なきマジックハンドである。赤色の素材に黄色のネジという熱血的な配色と、先端のペンチ上のハンド部分の勇ましさたるや眩しく素晴らしい。また私の名前もきちんと表記されており、「サトウミツハル」の7字が真に私の所有物である事を示す。
「未来の私なら当然に知っているであろうが、こいつは先にちらりと話に上がった、テアライ大将軍を倒す為の伝説のマジックハンド……の一連の発想の元となったマジックハンドなのだ!」
過去の私は続ける。
「こいつを最上級のお土産として、私から未来の私に託そう。時には功績を思い出し、時には『勇者グラニュー』になりきり、時には近くの物を掴みと、是非とも万能記念品として活用してほしい!」
誇らしげにそして堂々と、過去の私はマジックハンドを私に手渡した。
適度に伸ばされたそれは、誰がどう見ても単なるおもちゃ以外の何物でもないだろう。また、勇者が悪の大将を倒す為に必須な武器として設定するべきものでもないだろう。しかし私にとっては、いや私達にとっては、私同士であるからこそ知り得る、自称傑作の為の閃きを与えてくれたものである。魔法のような天啓を、手に掴む為に私の前に現れ出でたという、まさにマジックなハンドであるのだ。
「あ、ありがとう過去の私よ。絶対に大切にし、役立てると約束しよう」
数秒間マジックハンドに注目した後、視線を上げると当然ながら過去の私と目が合った。
彼の目には確かな信頼と自信が宿っている。……両者ともに、私には欠けていたものだ。こうして思い直すことで、少しばかりでもよいので伝染的に湧きあがりはしないだろうか。いやそんな事を考えてはいけない。未来より来る私に何かあると見抜かれた際には、過去の私は更に感づきたくなるに違いない。明るい感情の者に、憂いなど無用なのだ。
マジックハンドを持ち直す。私は彼にどう見えているのか、そのような考えたくない事柄まで頭に過る。そんな折、彼は私をじっと見つめた後、大きく息を吸いこんで言った。
「……未来の私よ。いや私は私だからこそ、無責任な事を私に言いたい!」
「な、何⁉」
「頑張れ!未来の私!いいや今からもこれからも頑張ってやるのだ。とにかく頑張れ!頑張るのだ未来の私よ!」
放たれたのは私を鼓舞する声援であった。
実に真剣な面持ちである。髪は揺れ唾も飛ぶほどの熱を感じる。
「私のことであるからして、きっと未来の私は、同一存在たる私にさえ変に気を使っていて、何か腹に残しているに違いない!めっ、目を見ればわかるぞ、私には私の事などお見通しであるのだ!」
「……っ!」
「しかしところがだけれども、それを知って話をしたところで、互いに退き合い話にならぬことも目に見えている!」
大声も出し慣れておらず、上擦りもある力任せの指摘が飛ぶ。
私が私であるというのは、互いに同じ状況である。そんな単純な事実が私の盲点となっていた。
「ゆえに、私が未来の私に、建設的な助言や、情緒的な共感なども示すことは出来ない。けれどもこうして相見えたからには、その精神の奥が見えたとあらば、せめて一言は伝えたい!」
「そうか、それで『頑張れ』と……」
「その通り。言うだけ言ってそれっきりの、投げっぱなしで月並みな啖呵であるが、現状で私が告げる言葉として、相応しいものは『頑張れ』以外無いのだ!頑張れ未来の私よ!頑張れ!」
過去の私は力いっぱい叫んだ。
私はマジックハンドと共にそれを受け止める。
「……ありがとう。過去の私よ」
「……どういたしまして。未来の私よ」
私は目に涙が滲むのを感じた。ありがたさか、情けなさか、理由となる感情が候補過多で判別不能である。全く不躾なものだ。過去の私の姿も霞めば、最上級のお土産まで濡らしてしまう……。
涙を払おうとしたあたりで、窓の外、私の部屋の外からの機械的な振動音が放たれていることに気が付く。エンジン音のような音だということは……
「おや、これは我が家の自家用車の足音、つまりは両親が帰宅したようだ」
「なんだと……、急ぎここを離れねば……」
「……そうか、お別れか」
「……ああ、お別れだ」
私と過去の私は再び向き合い見つめ合い、涙腺と鼻腺に覚える刺激を我慢しながら、互いにお辞儀を交わし合う。別れの礼である。
「さよなら過去の私よ!最上級のお土産をありがとう!」
「さよなら未来の私よ!私には伺い知れぬ域であろうと、頑張れ!頑張るのだ!」
最後の言葉を投げ合った後、私は窓から外に出た。窓を閉める際に過去の私と目が合う。手を振る彼の姿が見える。こちらも手を振り返した。互いに感情をたたえていた。
その後私は、両親の感覚の外にあり続けるよう細心の注意を払い、自宅領域を抜けだし、倉持の待つタイム・マイクロバスに無事戻る。凹みのあるフロントの為分かり易い。車内の倉持もこちらに気が付いたようで、ドアの鍵を外す音が聞こえた。助手席部分に乗り込む。
「倉持さん、只今戻った」
「佐藤君、結果はどうだった?……ん、それは何だね?」
「過去の私よりいただいたマジックハンドだ」
「ほう、おお……」
私は倉持にマジックハンドを見せる。伸び縮みする様子までしっかりと見せつけた。
「しっかりしたマジックハンドだな……と、それどころではなかった。ひとまず君の仲間達のところに向かわなければな」
私が席に着きシートベルトを締めると、彼も時間移動装置の操作を開始する。
「さて、過去の君へのプログラム修正要請は達成できたかね?」
「はっ、ええと、それは……」
あれだけ言って勇んで飛び出しておきながら、私情によりそいつをし損ねる道を選んだとも言い難い。私としては八方塞がりであると同時に身から出た錆でもある。責任感と温情とは相容れぬ存在であるのか。
言葉を言い淀んでいると、行きと同様に時間移動時特有の轟音と怪閃光が放たれ始める。
「詳しくは、戻ってから聞こうか」
倉持がそのような意の言葉を発したことを聞き取ったあたりで、意識が遠のき始めた。毎度の時間移動感覚に神経ごと包まれながら、私は皆の待つ時間に戻る事となった。車窓風景も気が付けば夕方に差しかかる頃であり、その橙色の陽と怪閃光が混ざり合い奇妙な配色を見せていた。私は私自身の面白さの否定も、面白さが招く結果も、何もかにもを私可愛さを逃げ道に、告げることができなかった。得たものといえば、マジックハンドと熱き激励の言葉である。過去の私には悪いが、未来世界と比べれば惑星級に不釣り合いであろう。
……さて、皆になんと話せばよいものか……。
時間移動に慣れが生じて来たのか、此度はわりかしすっきりとした感覚で目を覚ます。
外はしっかり夜間であり、窓の外には友人達の姿が見えた。やはり時間移動の際には、現状確認行為が欠かせない。
友人達も私の帰還に気が付き、窓越しに声をかけてくれる。
「おお、お帰り三っちゃん」
「無事なようで何よりでござる」
「佐藤さん、過去のあなたには会えましたか?プログラムだか何だかの改善依頼は出せましたか?」
くそうやはり気にならぬ訳がないか。自然な帰還報告への応対挨拶から、突然に私の行動結果を尋ねにかかるとは……。
「私も気になっていたんだ。銅だったのか教えてくれないか」
「はい、ええと……」
またもや言葉に詰まる。少し前に体感したばかりの感覚に再び襲われる。なんとも学習というものをしない人間である。
私が口元を開閉し空気の抜ける音を出し始めたその時、遮るように最中が声を差し込んだ。
「上手くいかなかったのでしょう?」
何だと⁉
「んなっ⁉」
「そうなのか⁉佐藤君⁉」
私は驚きの声をあげた。倉持もまた驚きの声をあげた。思考がそのまま声となった。
「なっ、なぜ解ったのだ!……ではなく、なぜそうだと思ったのだ⁉」
「本当に上手くゆかなかったのか佐藤君⁉」
驚きのあまり聞き返し、また失態がポロリと漏れた。倉持も聞き捨てならぬ言葉を連続して耳にしたということになる。
私の疑問に対しては、最中がニカリと笑みを見せた後に皆から説明が返ってきた。
「僕たちが佐藤さんと、どれだけの期間の付き合いがあると思っているのですか。そのうえ顔面テレビジョン体質ですからね、あなたの取る行動はある程度予想が付きます」
「そんで、三っちゃんの性格を考えるとさ、多分こんな一大事、”たとえ相手が自分だとしても言えないし頼めないんだろうな”って思ってさ」
「過去の佐藤殿が愛し目指した『面白さ』が、酷評ならばまだしも人を傷つけているなどと当人に告げるなど、恐らく死刑宣告に等しい行いでござるよ」
「そういう訳で、僕たちは佐藤さんは目的を達成できないのではないかと予想していました。より詳しく言えば、車の窓を閉めた辺りからそう思っていました」
「そ、そうだったのか……」
どうやら友人達は、私が想定しているよりも私に対する理解度が高いようだ。推測の数々は、私の思考精神を一言一句全てにおいて寸分違わず正確無比な言語化を為したに等しい。
「いかがですか?当たっていますか?まあ先ほど『なぜ解ったのだ!』などという声が聞こえましたから、予想通りである事は疑う余地がありませんね」
「その通りだ最中君……いや鋭き観察眼を持つ我が友たち……」
私は友人らに圧倒されるのみであった。投げられた言葉の槍は窓を越え心を貫いたのだ。驚きの他に関心も隠せない。私を細かく理解する、素晴らしき友人達に出会えたものである。
しかしそんな事ばかりも言ってはいられない。さんざ濁していた回答結果は、倉持の耳にも脳にもしかと届いたのだ。
「つまりは、過去の佐藤君に頼み込む算段は上手くいかなかったということだな?」
倉持の精神は、無念と遺憾の意で満ちていたことに違いない。ハンドルを握る手が、一瞬ではあるが強くなった事は分かった。涙腺までも必死に留めようとすることだろう。
私が希望を与えておきながら、そいつを私が潰したのだ。少なからず持っていたであろう期待が、彼を余計に傷つけたということは想像に難くない。やってやると啖呵を切っておきながら、この仕打ちもまたあんまりというもの、また私由来の問題も解決された訳でもなく、私は自身から逃げ続けたのみなのだ。これでは私は外道以外の何物でもなかろう。
「その、倉持さん……」
「いや、よいのだ佐藤君……」
倉持の声は、押し出したような声であった。
始まりから中間から何から、私は何も成していないか、全て最悪の方向に空回りしたか、回避したか……、ともかく酷い有様である。無論「面白さ」なども生み出せず与えられもしない。
そんな者が最後の最後、絶対確実に求められる物は何か、そいつを端的に示した言葉がある。「自分の尻を自分で拭く」……即ち後始末である。全ての機会を不意にした私が、せめて人道的な行いを取ろうと思うたらこれしかあるまい。それだけの事をしでかした身として、どれだけの困難であろうと自力で解決せねば!
「良い訳も言い訳もありません!大言壮語な言葉の責任はしかと取らせていただきます。かくなるうえは私が、1人再び未来に出向きこの手でテアライ大将軍を止めてみせます!」
「なんだと⁉」
「今度の今度こそやり遂げてみせます。自分可愛さの失態も、情もきっと産まれないでしょう!だから……」
口調も語気も少しずつ強まり、シートベルト越しに倉持に接近せんとした時、再び最中が、いや友人達が声を差し込む。
「ちょっと待ってください佐藤さん。あなたは先の宣言通りの事を為そうとしている訳ですね?」
「そうだとも。私が未来の支配者どもを止めるのだ。それしかあるま……」
「やはり佐藤さんなら、そう言って動き出すと思っていたんですよ」
「……、まさか……?」
身に覚えのある感覚が、脳髄から全身に浸透する。しかも3分も経過する前の記憶と同じ感覚である。世にはデジャヴと名づけられたあの感覚現象である。
「そのまさかです。僕も道名さんも矢部さんも”佐藤さんなら単騎で未来に行く”とか言いかねないなと思っておりました」
「三っちゃんは変なところは真面目だから、さっきの失敗も含めると、すぐに取り返そうとすると踏んだんだ」
「加えて、佐藤殿からすれば、愛し与えるべき面白さで支配する者など言語道断でござろう?何があろうとも、いずれはそう言うと思っていたのでござるよ」
窓越しに移る3名の友人は、私に優しくかつ力強く説明を続けた。
「そしてですね。『また未来に行くのだろうなぁ』と思ったからには、僕たちもある程度の準備をしてきましたよ。佐藤さんも倉持さんも、こちらを見てください」
最中の話と同時に、皆がしゃがんだかと思えば、足元から何やら段ボール箱を持ち上げこちらに見せつける。車内からでは外の者の足元は死角であり、全く気が付かなかった。中身までは見えぬが、少々重たそうにしている様子ではあった。
「えぇと、三っちゃんのRPGみたいに言うなら、中身は武器と防具だ!」
「佐藤殿と倉持殿が過去に向かっている間、色々と集めて回ったのでござるよ!」
「さあドアを開けてください。武器防具の搬入ですよ。戦士たちの乗車ですよ!」
最中の催促に応え、倉持は車体のドアを開ける。3人が荷物と共に一斉になだれ込む。
「倉持さん。なぜ開けてしまったのですか!?」
「彼らが望んだからだ」
私の疑問は、倉持による強力な一言の回答により断ち切れた。
そんな私を横目に、友人達は席に着くなり段ボール箱を開け、物を取り出し始める。
「待ちたまえ、未来に向かうのは私だけで十分であろう?友人たる君たちを、何度も危険に晒す訳にはいかないのだ!」
「何を言うのですか佐藤さん。『二度あることは三度ある』とか聞きますでしょう?1回危険が増える程度なんて誤差ですよ誤差」
「そ、そんな訳が……」
最中に上手く返されてしまった。
「いや、それよりなにより、支配者が私由来ならば、私が決着をつけるのが筋というもの、君たちの巻き込み事故は事前に防ぐのが一番だろう!?」
「何言ってんだよ三っちゃん、俺たちはとっくに巻き込まれてるって。しかも半年くらい前からな」
「半年だと⁉」
「そうでござるよ。佐藤殿の『素甘最高伝説』を皆で遊んだあの時から、きっとここまでの縁は出来上がっていたのでござるよ。今更拙者達を部外者だとは、決して言わせないでござる」
「な、なるほど……」
道名と矢部にも上手く返されてしまった。つまり皆に上手く返されてしまったということになる。
「いや、しかし、それでも……」
納得感を感じた癖に、私の口からこぼれる言葉は、否定の意味を付与する単語ばかりである。
私は何というひねくれ者か。ここまで来ると最早、皆を突き返す為の理由をでっち上げようとしているに等しい。
そしてまた、友人達は上手く返しながらも、段ボール箱の中身を車内の皆に手渡していたようで、気が付けば私も何かを持っていた。それはヘルメットであった。
「ようし、全員何か持ってるな」
「さあ皆、装備も準備も万端にするでござるよ。ほら佐藤殿も」
矢部から更に物資を手渡される。そいつは、何故か2つ目となるヘルメットであった。まあ二重に被れば安心度も2倍であるか。
倉持は時間移動機能の起動確認をとり、道名は長めの安全靴を履き、最中は段ボール箱の中身を今一度確認し、矢部は手作りの忍者道具を仕込んでいいる。
皆着々と準備を整えているという訳である。ここまでの言動にて、皆が未来に向かう意志を示していることは十分すぎるほどに理解できるのだが、私の残念な人格ではもう一言だけ尋ねぬ訳には行かなかった。
「その、皆、本当にもう一度未来に向かうのか?良いのか?本当に⁉︎」
友人らは準備する手を止め、私と目を合わせる。実に真剣で芯の通った瞳である。
「三っちゃん……」
「佐藤さん……」
「佐藤殿……」
「な、何かね?」
皆が一斉に声をあげた。
「お前が居なければ、面白くないだろうが!」
「あなたが居なければ、面白くないでしょう」
「お主が居なければ、面白くはないのでござる!」
確かな意志と厳格な覇気を持つこれらの言葉は、私の脳髄に神経細胞さらには精神や自意識の奥底にまで焼きついた。私が持つ無為なデリケートも要らぬ捻くれも、綺麗さっぱり浄化された気がした。
あの言葉は、面白さを求める者として、無茶苦茶を希望した者たちの理由として、なにより友人として、これ以上ない言葉である。
憎き人格由来ではなく、感慨無量で声が出ない。どうにか形を持った言葉は、
「皆……、恩に着る」
の一言であった。
皆の熱きかつ厚き言葉を噛み締めるあまり、数拍間の双方の無言が生じる。落ち着きが広まった車内にて、運転席から声がかかる。無論、その主は倉持である。
「佐藤君……、それに道名君矢部君最中君、全員で未来に向かうということで、決定だな?」
倉持の顔は、確信を得た表情である。それは私も同じことだ。即座に答える。返事は当然に決まっている。
「はい!全員で向かいます!」
友人達も皆が頷いていた。意思も未来も、向かう先は1つに定まった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。