その2
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3.
居酒屋店内にて不審者男性に遭遇してからの一悶着がおこってから、どれほどの時間が経過したのだろうか、気持ちとしては30分程度の睡眠を終えたような感覚がある。
……睡眠だと⁉確かに私は今現在、柔らかい床に倒れている。目を開けても怪閃光はない。いやそれどころか……、
「……ここは何処なんだ?」
起き上がった私は、ここが居酒屋店内ではないことに気が付いた。というか私が倒れていたところは見る程触る程に知っている素材である。これは自動車のシートだ!
これに気が付いてからは早い。首をぐるりと回し、ここがマイクロバスに近い規模感の車体の中であることを理解した。天井にはサンルーフ、窓にはカーテン、前の席にはドリンクホルダー、そして何より重大なのが、私の友人達もシートの上に横たわっているということに気が付いた。姿は3つ、全員分だ。
私は急ぎ皆に近寄り、脈やら呼吸やらの確認を取った。順繰りに回り全員の生命の無事を確かめる。皆しかと生きていた。良かった、本当に良かった!
喜びの声を上げたあと、私は再び皆に近寄った。次は皆を叩き起こす目的だ。体をゆすり肩を叩き、意識を呼び戻す。
「皆、目を覚ましたまえよ!」
「おおっ、三っちゃん、どうした?」
「まさか佐藤さんに叩き起こされるとは……」
「ここは一体……?」
よし、全員が復活した。今回の筆頭被害者でもある道名も無事だ。顔からして酔いもだいぶ減ったようにも感じ取れる。
各々が各々を確認し、安堵的な表情を浮かべる。
その時である、運転席の位置にある若干大きなシート越しに、聞き覚えのある嫌な声がこちらに向けて飛んできた。途端に私達の表情も、嫌悪感丸出しの表情に変わる。物凄く露骨な表情に。
「君たち全員が起きたようだね。ついでに酔いも収まっていそうだ。そして私は倉持というものだ」
「何用だ不審誘拐犯!」
「倉持さんというのですか、もう未遂では済まされませんよ!」
「待ってくれ、一旦話を聞いてくれ!」
「何を話すつもりでござるか?」
私達の嫌な顔と語圧に、倉持とかいう奴はたじろいだ。
「協力してくれる者が必要だったんだ!とにかく人の手を借りたかったんだ!強引だったのは悪かったと思ってはいるけれども、どうしても急がねばならなかったんだ!」
「人が欲しければ求人でも出せばよいではないか!」
「そうだ!なんでわざわざ下手な誘拐を、しかも俺に向けて」
「一挙一動が気になる気持ちもわかるが、頼む、私の言葉も聞いてくれ、一旦聞いてくれれば、その後どうするかはあんたらが決めればいいから!」
「『決めればいい』って、なんでこうも上からものがいえるのですかあなたは⁉」
「わかった、分かったから、細かいところの指摘は後にしてくれないか、話聞いてもらわないと進まないぞ⁉」
なんだか倉持の側も実に必死であり、こちらも変に刺激するのは控えたいと考えが一致したため、「一応黙って聞くので、話聞き終わったらここから返らせてください。お会計も終わってないと思うので」と強めに断ってから聞くことにした。
「よし、やっと私の話を聞いてくれる気になったか……」
「早くしてくださいね」
「わかってるから。いいかいよく聞きなさい。信じられないとは思うが私は未来から来たのだ」
「……もっと面白い嘘付けないのか?」
「佐藤さんの面白センスに比べれば、ギリギリ勝っているでしょう」
「黙って聞いてくれると約束したばかりだろう!?」
大きめの咳ばらいをして、倉持は続ける。私達は空気を読んで一旦は黙った。
「来た理由は1つ、未来を救う人員を探しに来たのだ。私の市は、突如発生したロボット達により支配されてしまったのだ。その現状をどうにかすべく、対策できそうかつ来てくれそうな人員を探して、あんたらに巡り合ったというわけだ」
「……市……でござるか?」
「そういう事態でしたら、僕たちのような凡人ではなく、もう少し頼りになりそうな人に掛け合ってください」
「いや、君たちでなくてはならなかったのだ。君たちはこの時代の人間であるし、なおかつタイムトラベルをしたがっていただろう?私にも立場がある。誘拐じみた方法ではなく、なるたけ双方の合意の元で人員を勧誘したかったのだ」
「建前があるのは伝わったでござるが、時代にこだわる理由は何ゆえ?」
「それはロボット達の支配方法にある。奴らは『面白さ』により、人々を抑えつけているのだ」
「『面白さ』でだと⁉」
「そんな事あり得んのか!?」
「あり得るからこそ、私がここにいるのだ!」
拗らせない為にも突っ込むのは控えようとと決めておいた筈なのに、飛び出す小さな違和感に突っ込まずはいられない。加えて私が気にする事柄も絡んでいるとあらば、気にせずにはいられない。
「『面白さ』で人を惹きつけ、自分らに従う人間を着々と増やしているのだ。方向が笑いであれ興味深さであれ何であれ、人間の意思と感情の隙間にスッと入り込む術を奴らは持っている。そうなってしまえば奴らの虜で思うつぼだ。武力のような苦痛を伴うやり方とは異なり、支配されている側も反抗の意思を生み出しにくいというのは実に質が悪い。一番に被害を受けた私の市民は、もはや奴らの一挙一動を肯定してしまう程の精神状態にある……」
「……支配する悪者というよりも、大人気のアイドルが誕生したような話にも聞こえるのですが……?」
「言葉にすると確かにそう思えるかもしれない。しかしその度合いは、私が見る限り洗脳的領域に達している。先日なんて、奴らに不逮捕特権が定められたり、テレビ局、しかも民放キー局が丸ごと譲渡されたり、市を外部と隔離する声明が出されたりと、散々にやりたい放題されたというのに、市民はほとんど疑問を呈さず、文句も反感も無く、すんなりと受け入れてしまったのだ。この事態を正気の沙汰とは思えないだろう⁉」
「確かに正気ではないな……」
「こんな暴挙を前にして、そのままにしておけるか?いやそんなことはできない。市議会議員としてそれを許せない!」
「議員であったのでござるか……」
「奴らに立ち向かおうと決意したが、既に先駆者達は皆、面白さの前に屈している。ここをなんとかしなければならない……。そこで私は閃いた。"面白さは時代の常識観にも少なからず依存する。ならば、それが異なる人員を集めて立ち向かえば良い。"と。そうとあれば話は早い。私は愛車たるマイクロバス型タイムマシンに乗り込み、ちょうど200年前の市に向かった。……あとは君たちに会ってからと同じだ」
「……なるほど?なのか?」
「いや道名君、私には少しなるほどだ」
時代が変われば面白さの受容され方も変わるというのは、私としては飲み込みやすい理屈であった。
「そういう訳で、私は君たちに声をかけたのだ。タイムトラベルがどうこうと話していたゆえに、私の突飛な発言を受け入れ、その上でなるべく双方の合意という形にて、未来に同行してくれる可能性が高いと踏んでのことだ。……私の話は以上だ」
長き話を終え、倉持は大きく息を吐いた。顔といい声といい、全て大真面目に話していたように窺える。おかしな事を言い続けた自覚がたるのか、信用を半ば諦めているのか、眉間には悩ましい際に現れる皺が覗いている。
「すみません、少々お時間を……」
「……ああ、無理もない……」
そんな彼を横目で見つつ、私たちは本日5度目くらいの全員見合わせタイムに入る。
「皆さん、あれ信用できます?僕はできません。危険な誇大妄想ですよ」
「拙者も同意見でござる」
「俺もよ」
「そこには私も同意見だ。けれども……、人間を支配するほどの面白さとはどれほどのものなのか、気になって仕方がないのだ」
友人達は皆、「佐藤ならそう言うだろうな」という感情を全面に押し出した目で私を見る。肯定よりも呆れの意味合いが強いか。
「……三っちゃん、まさか信じるのか?」
「いぃやいや信じる訳ではない!」
興味関心が先立った本心を漏らした結果、変に上擦ってしまった。
「しかしこちらがどのような立場であれ、倉持殿を納得させてここから離れるにはどうすればよいものか……」
「うぅん……」
「素直に『嫌だ!』って言いたいけど、また変な事されたくないしなぁ……」
私も友も皆一様に頭を捻る。
興味こそ抱かない訳でもないが、滅茶苦茶な事柄を伝え何かさせようとする者にはどう対処するのが良いものか。それも可能な限り穏便に。下手なクレーマーよりも応対が困難だ。
発言者本人を待たせている手前、早急に何か発言せねば。信じがたい無理難題に、当事者が目と鼻の先にいるというこの状況、まるで昔話ではないか。一番近いものは有名な『屏風の虎退治』のような……、それだ!
「皆、聞いてくれないか、私に算段がある」
「なんだい三っちゃん」
「ほぼ嘘であろう倉持の話を受けた上で、私達が奴に対し取るべき行動は、一時肯定ではなかろうか。『信じて着いていく』と伝えるのだ」
「……?続けて欲しいでござる」
「無論それだけではない。『そのためには、私たちが未来に向かう必要があるゆえ、まずはそれを叶えてはくれまいか』と必ず足す。そうすれば奴はどうなるか?時間を移動する術などある筈がない。必ずたじろぎ、自身の無茶苦茶な言動を顧みるはずだ。そして私達は快夫包される」
「なるほど……、傍から見れば禅問答と屁理屈に片足を深く突っ込んでいますが、効果はありそうですね」
「そう思うか最中君。ちなみに私は、この算段を与えてくれた昔話より名前を拝借して『屏風の虎作戦』と名づけようと思う」
「あっ名前つけるあたりは本当に要りません」
「けれども、そいつを試すでござる」
「任せたぞ」
こうして私は最上の算段とともに、倉持に奴に立ち向かう。
「倉持さん、待たせてしまって申し訳ないが、私達の意見を聞いてはくれまいか?」
「ああ、私をどう思うのか、聞かせて欲しい」
「ようし、私達の意見はこうだ!『一応は信じてみたいので、まずは未来に連れて行ってもらませんか?」
決めたとおりに言ってやった。
これで倉持のやつもひっくり返るに違いない。そして私達も居酒屋に帰るに違いない。
しかし私達の希望的観測とは裏腹に、倉持は嬉しそうな顔を浮かべている。
「そうかそうかわかったぞ。そんなことならば今すぐにでも証明してやろう!さあ未来に行こうではないか!」
「はあぁ⁉」
そう言うや否や倉持は、手足をアクセルやらクラッチやらの位置に設定したかと思えば、鍵をかけエンジンを付けシートベルトの着用を促した。
「君たちシートベルトを着けたまえ。当タイムマシンはこれより、未来世界のこの位置に向かうぞ!」
「えっ、ええ……」
高らかな宣言である。こなれた高速の運転準備は、私達に停止を要求する隙を与えない。
友人達はシートベルトをしながらも、私をにらみつける。なんだ皆だって肯定してくれたではないか裏切者!
「さあ未来に向かうぞ!ロボット達から市を開放するのだ!」
「いやちょっと待って倉持さん……」
「200年先へ、タイム・マイクロバス、発進!」
私の苦しまぎれの停止要望は届く気配もなかった。
合図のもと、一般車両のエンジン音の数十倍もの轟音が鳴り響き、居酒屋店内でも遭遇したあの怪閃光に再び包まれる。2種の轟きに2度も対面したとあらば、これは誰であろうとひとたまりもない。1度目で体制などつくはずも無く、聴覚の端にて知覚できる友人たちの声が徐々に小さくなっていくことを感じながら、私は再び意識が遠のいていくのであった。しかしそれでも、一言の人道は残した。「皆申しない!」と、失敗の謝罪を叫びながらいよいよ気を絶することに……。
……もう少しで前回と同じ形式にて気を絶してしまうと、薄れる意識の中で考えていたあたりで、轟音も怪閃光も消えた。同時に倉持の声がはっきりくっきり鮮明に聞こえる。
「よし、未来に、私の時代に着いたぞ」
とんでもない宣告がなされてしまった。
「屏風の虎作戦」は惨敗である。原作からして、無理難題を実現する手段が不可能でないと成立しないこの作戦は、まさかそいつが不可能ではなかったという抜け道にて屑籠に放り込まれた。
「遂に着いてしまうとはついてないな……」
「……佐藤さん、本当に心底全く持って面白くありませんよ……」
「さあ君たち、タイム・マイクロバスから降りるぞ。悪しきロボット達に気を付けるのだ」
倉持がドアロックを解除した。ドアを開けると同時に入りこむ外部の光は、ただただ私達を不安にさせるばかりであった。……実のところは、面白さを学び求める者として、支配できる程の面白さとはどのようなものか、訪ね知りたい意欲と期待も、少なからず有していたのだが、ここは空気を読み黙ることとした。
信じ付いていくと言ってしまった手前であるゆえに、また別時間に行ってしまった手前であるゆえに、嫌々という気を募らせながらも、未来の地に足を踏み出すのであった。
4.
「君たちよ、ここが未来だ」
「今降りるでござるよ」
倉持に促されるままに車外に出る。
「こ、これが未来……」
恐る恐る目を開き、付近の視覚情報を掴む。
金属の壁、コンクリートの床、白い電灯、油の臭い、工具箱……、
「ってここはガレージではないか!」
「そうとも、ここは私の家のガレージだ。ロボットが支配するこの市にて、ひとまずの安全空間となるのだぞ」
皆の降車を確認した後、倉持は車に鍵をかけた。
改めてガレージを見渡す。確か200年先と聞いたが、私の知るガレージと相違ない機能しかなさそうで、なぜかどこか安心してしまった。
「まだ、危機的状況という感じはしませんね……」
「そう思うかもしれないが、事実だ。これを見てはくれないか?」
そう言うと倉持は何処からかリモコンを取り出し、天井に向けてボタンを押す。その直後には機械の起動音が響いたと思えば、天井より大きなモニターが下りてきた。
「ガレージテレビジョンに注目してくれ、現状を知るのには手っ取り早いだろう」
耳馴染みのない合成単語を聞き、やはり未来なのかと思いつつも、テレビは200年後も需要があるのかと関心しながらも、ガレージテレビジョンの画面に注目する。
まず流れたのはコマーシャルだ。なるほど確かに異質である。我々の時代ではテレビタレントが現れるべき個所を、見慣れぬロボットが担当しているのだ。しかもロボットは特段に人間に寄せているという訳でもなく、自動車の衝突実験で用いられる人形のような姿である。これは確かにロボット王道の流れができているのかと考えると、台詞があることに気が付く。コマーシャルならば当たり前である。
「良い将来の招来の為に!投資はテアライ証券!」
私は嫌いではないタイプのダジャレが流れたが、まさかこれが倉持の言う『面白さによる支配』なのか?
まさかと思いつつも、次のコマーシャルを確認してみる。
「クスリどころか大爆笑!笑って治そうお薬で。テアライ製薬でした!」
先程とそっくりなコマーシャルである。連続は偶然なのか?
そして次のコマーシャルに続く。友人達の目は冷めを帯びている。
「テアライ大将軍からの勧告!幸福は降伏から、市民は我々に降伏を!テアライ軍からは以上!」
ダジャレを使うことが課せられているようなコマーシャルの連続であったが、これは確実にロボット達の支配的行為の証明であると断言できる。明瞭すぎるプロパガンダである。
倉持は当然の事ではあるが、私も友人らも、このコマーシャルだけは一段と別段に神妙な面持ちで見ていた。
しかし私達の頭には、支配の現状がどうのこうのという前に1つ根本的な疑問が生じていた。……そして皆のそれとは別枠に1つ、私には引っかかってならないことが頭に生まれたのである。……あるのだが、こちらも偶然の一致だと信じたい。
「君たち見ただろう。市民の生活に関わる企業も行政も、みんな『テアライ大将軍』率いる『テアライ軍』とかいうロボット達に乗っ取られてしまったのだよ。そのうえ一丁前に広告付きの番組まで製作して……」
「すみません倉持さん」
「何かね」
先陣を切って手を挙げたのは最中である。
「ロボットが支配していることは何となく把握しましたし信じたのですが、同時に新たな疑問が生まれました。『面白さ』で支配されているらしいこの現状、まさかとは思いますが、あの笑えないダジャレも含まれているというのですか?あのつまらないダジャレで?佐藤さんのセンスと同等に酷いあのダジャレで?」
「最中君流れ弾が……」
「いかにも、あれも奴らの面白支配戦略の1つだ。精神に入りこまれないように気を付けたまえ」
私達は言葉を失いかけた。
理由は至極単純明快、タイムマイクロバスで倉持より聞いた惨状から想像される解釈よりも、いささか、いやさ非常に程度の低い面白さが世に蔓延していたためである。時代が変われば常識も変わり、常識も変われば面白さも変わると言ったところであるが、こうも極端な形での現象となるとは、誰しも夢にも思わなかったであろう。未来に到達してしまった際に、何らかの覚悟を決めた友人もいるであろうが、これでは拍子抜けというものである。また私個人は、ロボット達から面白さについて何か学べるものがあるやもしれないと、少々不謹慎な希望を抱いていたがそれも打ち砕かれた。
そんな私達の感情など詳しく知る由もない倉持からすると、また我々は違って見えていたようだ。
「しかし私は安心している。奴らのプロパガンダを『つまらないダジャレ』と一瞥できたということは、君たちは奴らへの耐性を持つということになる、なんと心強いことか」
「あ、ええと、まあ……、そうなるのですかね?」
「さすがは過去からの人員!一体どのような常識のもとで、耐性を身に付けたのか?」
「ええとですね、あの程度かつあのタイプで面白さを語る輩が僕たちの友人に……というか今ここにいましてね、付き合いも長ければそら自然と抗体ができるというものです。ねえ佐藤さん」
最中の奴は、こういう時の会話を作る脳の回転は常軌を逸して素早い。これをもって流れ弾は大砲射撃に変わった。
道名も矢部もうんうんと頷いており、倉持は更に期待を込めた目で私を見つめる。
「なるほど、目には目を、面白さには面白さという訳か。そして君、サトウ君だね、君が勇者戦士の筆頭となる!これで我々の勝利は固いな!」
「勇者!?」
「まあレベルを合わせるという面ではその解釈ですよね」
倉持がめったやたらな期待をかける。まだ未来に到達してから15分程度しか経っていないだろう。
そんな確認会話をなしていると、テレビジョン画面が変わったことに気が付いた。画面構成における常識と時刻の表示方法が変わっていなければ、これはお昼の報道番組である。ロボットのレポーターが別のロボットにインタビューを行うという構図だ。
「あれ、ニュースにもロボット出てるなぁ」
「どこか物騒な様子でござるな」
「なんだと⁉」
画面にはロボット達の他に装甲車や要塞車に似た車両が並んでおり、先ほどのレポーターではない方のロボットもよく見るとアーミーな恰好である。まさしくこれから武力を行使せんといった雰囲気だ。
レポーターは抑揚のある機械音声で、マイクをアーミーなロボットに向ける。
「はい、こちらテアライ軍本拠地前、これより進軍を開始するセッケン少尉さんにお話を伺うおうと思います」
「よろしくであります」
「セッケン少尉さん、今回は一体どのような目的での進軍を?」
「はい、偉大なるテアライ大将軍より賜りし任務は、制圧範囲の拡大であります。我が軍は先ほど、『倉持とかいう元市議会議員が反旗を翻そうとしている』との情報を確認したのであります。ゆえにそやつを抑えつけると同時に、周辺地域の人間も面白く制圧してやろうと決まったのであります」
「はい、ありがとうございます。なんとも心強いですね」
「いかにもタコにもナマコにも、我々は心強く頼りになる存在であります! ”最高に面白くあれ”という金言を背と胸に、全力を尽くすのであります!」
「それではセッケン少尉さん、頑張ってください!応援して……」
レポーターの発言が終わるよりも早くテレビジョンの電源が落とされた。当然か。自身を狙ってロボットが襲撃すると決定したのだから、おとなしく画面を見ている暇もない。
……そしてやはり、完全に個人的な別枠の事柄が、頭に引っかかってならないのだが……
「ちょっとあんた、大丈夫なのかい⁉」
「いざとなったら、拙者が皆の盾に……」
「奴らがこの辺りに来るまでまだ時間がある。君たち、私が成そうとした作戦を聞いてくれないか」
「作戦なんてあったのか倉持さん⁉」
「当然だとも。平常な人間が合計5人いれば勝機の見える作戦だが、それが揃わず難航していただけではあるからな」
皆精神に不安を覚えながらも、倉持の話を聞く。
「作戦は実にシンプルだ。私のタイム・マイクロバスでロボットの首領たる『テアライ大将軍』を跳ね飛ばすのだ!」
「跳ね飛ばす⁉」
「そう。跳ね飛ばすのだ。ロボットを破壊し反旗を翻す第一歩とするのだ。これは危険ゆえに私が行う。」
これはこれで想定外にシンプルであった。言葉に偽りはない。
「君たちに行って欲しいことは、人間の安全確保だ。本拠地とあらば、洗脳的に面白さを植え付けられ、盲信的に奴らに従う人間が結構な数存在する。彼らを傷つける訳には行かないゆえ、君たちに開放の手伝いを行って欲しいのだ。その後に一直線にテアライ将軍を跳ね飛ばす」
「人員がどうとか言っていたのはこのためだったのか……」
「何もかにもが突然の連続でござるが、つまるところ人助けとあるならば、こうなった以上前向きに強力するでござるよ」
大まかではあるが作戦の開示により、私達が未来に誘拐された理由も、ようやっとかなりに鮮明になってきた。
私達も今一度顔を見合わせ、円陣を組む。先の矢部の発言の内容にも若干重なるが、何もかにも解らないまま事が進み過ぎているが、何らかの危機の到来と機械支配の2点は、この身体で知覚した事柄として現実である。未来世界に思い入れが無いとか、倉持さんのこともよくわからないだとか、そんなこと言っている暇も考えている暇もない。目の前に火の粉が降りかかる以上は、こちらも洪水的覚悟を持って振り払って鎮火し火種ごと葬り去って見せようではないか!
まずは決意の一言をば。
「皆、この私佐藤三温は、君たちと友人となれて幸……」
ドカゴロドドン!!!
「うわっ⁉」
「なんだ⁉」
「奴らめ、もう来たのか?」
私が格好良く言葉を発している最中、硬い物が崩れる時に聞こえる音が響く。解体工事級の轟音である。
音の鳴った方向を見やると、案の定ガレージの壁が壊れており、そこにはロボットが数体立っていた。成人男性、つまり私達と同じほどの背格好の2足歩行人型ロボットがぞろぞろと到来する様には、圧と言い無機質さといい、どこか恐ろしいものがある。
そんな奴らの先頭に立つロボットは、先ほどの中継で見たあのセッケン少尉であった。
「『倉持』、元市議会議員の『倉持』、テアライ軍に逆らう『倉持』!見つけたであります。既に貴様の周りは我々が取り囲み終えたゆえ、大人しく降伏するであります!」
「あいつさっきの!」
「君たち、タイム・マイクロバスに乗りなさい!強硬突破する!」
私達は狭いガレージを必死に動き、鍵を解除した車両のドアに手をかける。
道名と最中まで乗り込めた時である、
「逃げようと言ったって、そうはさせないであります!」
セッケン少尉はスライディングの如き姿勢で倉持に急接近し、その勢いを活かし強力なローキックを直撃させたのだ。
「ううっ!」
弁慶の泣き所への一撃に、倉持は顔を歪める。至近距離でその様を見ていた私も同様だ。
この場から全員が無事に逃げるためにも、倉持に迫る危機を脱さねば、考えるのだ私よ。車内には既に2名存在しているならば、しばし奴らの気を引き、その間に車内組が彼に肩を貸し、乗り込ませることも可能!つまり私がすべき事は時間稼ぎだ。
しかしどうすれば……。『屛風の虎作戦』程簡単には名案は湧いてはこない。名案に明暗がかかっているのだぞ私よ!だからダジャレなど考えていては……。……『ダジャレ』だと?
「自分のローキックは効くでありましょう?まさしくロー効っく(キック)であります。おおっとこれは面白過ぎるでありますなぁ」
機械ながらも、分かり易くニヤリと笑うよが伝わる覚悟を見せながらにじり寄るセッケン少尉。
やはりそうなのか?あのロボット達がお好みで、私も結構好きなダジャレ……。そういえば奴らと私は好みが、いや面白さに求めるセンスが似ているな……。
いやもうこれは頭に留めて置くだけでは済まされない!ずっと頭に引っかかっていた事柄が、「どういう訳かロボットは友人達に酷評されたあの自作RPG『素甘最高伝説』に寄った特徴を持っているのではないか」という仮説が、偶然から半信半疑の段階に至った今、それを試すほかあるまい!じっとぼうっと考え過ぎていては危険である。どうせ何もせずとも、また失敗した場合にも、辿る末路が同じであるというのなら、試してから後悔するのだ!
「やあやあセッケン少尉とやらとその部下たちよ!」
「おおっ、もう自分の名を知る者が現れたとは⁉報道番組恐るべしであります!」
「キックが効っくか聞っくあんたらに、こちらも大事な事を聞っくぞ!あんたらの弱点は何だね?」
私の仮説の通りであるならば、奴らは弱点を問う質問には必ず答えるはずなのだ!珍しく褒めてもらった個所ゆえに、忘れるはずのない面白ポイントなのだこの性質は!
「自分らは『物が割れる音』が非常に苦手であります!あっこれは他言無用でありますよ」
「そう言うと思っていたさ!」
実に思った通りだ。
私は華麗な半歩下がりを取りつつ、工具箱から覗くスパナを手に持ち、天井の電灯に向かい思い切り放り投げた!
グワシパリィン!!
電灯は大きな音を立て粉々に砕け散り、破片が降り注ぐ。
「お、も、『物が割れる音』であります!これだけはぁ!」
「倉持殿!」
「さあ乗ってください!」
「助かった……」
ロボット達は体を震わせ動きを止める。この瞬間を矢部と最中は逃さなかった。倒れる倉持を素早く車内に運んだのだ。
無論私と道名もこの機を逃さず急いで乗り込む。
「三っちゃん、運転頼む!」
「ああ!ってええっ!?」
「ロボットから逃げる事が先決でござる!」
「免許は持っているでしょう?」
「そうだなそうだよそうだとも!私がハンドルを握ろう!」
2割のやけっぱちを含みつつ、大急ぎで運転席に着く。ハンドルにペダルにクラッチ、ありがたいことに私の知る現代使用である。
このタイム・マイクロバスが未来に向かう直前に聞こえた起動音も、現代自動車のそれと同質であったからには、きっと同じ原理にて動くはず!
エンジンストールに最新の注意を払い、教習所依頼の必須事項をへてアクセルを強く踏む。ロボット襲来の際に砕かれた壁の大穴を更に大きくする形でぶち抜き、また数体のロボットも吹き飛ばし、勢いよくガレージから脱出する事に成功したのだ!
「ああっ、倉持達が逃げおおせるであります!」
後方でそんな声が聞こえた気もするが振り返ることもない。声の主は既にバックミラーの中だ。
久々の運転ゆえによろけた走行であるが、取り合えず目に見える道を走り抜ける。怖いので時速はまだ60キロ前後に抑えているが、報道番組で目にした装甲車達もまだ見えない。
よくよく考えるとあてもなく飛び出したという、字面のみで判断すると家出とでも誤解されそうな状態であるため、目的地やら何やらを運転しつつ指示を仰がねばならない。
「倉持さん!今こちとら行く先も解らぬまま運転する運びとなったが、どこに向かえばいいのかね?」
「ああ、テレビ局に向かってくれないか!」
「テレビ局⁉」
「テレビ局が奴らの本拠地なんだ。頼むぞ!」
支配者が居座るであろう場所にしては制圧的能力が低いとも思われる一方で、あの妙なダジャレ式プロパガンダを電波で伝搬しているあたり妥当とも思えなくはない個所に陣取っているそうだ。
「いや『頼むぞ!』と言われても位置がわからないのだけれども……」
「そうだった。カーナビをセットしてくれ。200年前と操作に違いはない」
繰り返すが私は運転なぞ久々であり不慣れである。ましてや未来という初めて走る場所で、信号機やら標識やら路側帯やら対向車やら歩行者やらを気にしながら運転しているのだ。視覚情報は未知の道に、両足はペダルに両手はハンドルにと、それぞれ取られているのだ。それでカーナビだと?「未来でも信号機と交通標識は変化も無く安心だ」という思考が精いっぱいなのだ私は……。あともう1つ「支配下にあるからなのか市民の姿が見えないがその分事故回避に繋がるので助けられる」という思考もあった。
「ちょっと、手が空かないから、誰か代わりにお願いをぉ!」
「ようし、三っちゃん、任せろ!」
道名が身を乗り出し画面を操作する。
「痛いて、肘がっ」
「我慢しろ、よし、完了っ」
「案内を開始します」
機械音声とともに、何とか私でも分かる画面表示がなされた。そいつによると所要時間は約30分程度か。
「加えて、手の空いている者は視界を取ってくれないか」
「わかりましたよ」
「御意!」
最中とは天窓から、矢部は後部座席の窓から身を乗り出し、外部の確認に取り掛かる。また倉持も窓カーテンを取っ払う。
追っ手からの逃走を図る一党の構えとしては実にそれらしい。
「えー、ロボットは遥か後方ですね。離れていってます」
「こちらも同じでござる」
急ではない瞬間が無かったが、現状は付近にロボットの追っ手もないこともあり、皆の呼吸も少しは穏やかになる。
落ち着いたということは、思考を巡らす暇も生まれるということ。足の痛みもだいぶに引いてきた倉持は、私達に、というよりもほぼ私に対し、いくつかの疑問が生まれていたようだ。
「ところで……、君たちの名前は何というのか、教えてくれないか」
確かに、私は倉持に名前を伝えた記憶はない。最中がバラしはしたが。
「あれ、まだ話してなかったっけ?俺は道名だ」
「拙者は矢部でござる」
「僕は最中です」
「私は佐藤」
「改めて、私は倉持だ」
各々が順番かつ別方向から名前を伝える。位置の違いから、名前は伝わり易かったであろう。
また倉持は別の疑問をこちらにぶつける。私も私で、何を尋ねられるのかは9割9分9厘の予想がついていた。ガレージでのセッケン少尉との問答の辺りであろう。私も倉持と同じ立場にあったとしたら、気にならずにはいられまい。
「佐藤君、あのガレージでの時、なぜロボットに質問が通用すると気が付いたのか、教えてはくれないか?」
やはりそうであった。
このくだりを心当たりのあるままに、超付近で確認していた友人達も、きっとそう思っていることであろう。
私は大きく息を吸い込んだ。運転しながらの会話は集中を要する。
「ええと倉持さん、これはほぼ確信的な仮説なのだけれども、どうやらあのロボット達、私がよく知るものが素になって誕生したと考えられるのだ。ゆえに、奴らの欠点というか習性というか、その辺りを利用し質問からの弱点入手といった具合となったのだ」
「何だって⁉」
当然の驚愕反応である。支配者の裏側を知っていそうな者が真隣にいるのだから。
倉持は相当に驚いたようで、周りを見回し道名と最中と目を合わせる。本当かと聞きたそうであったが言葉が発言処理に追いついてはいなさそうであったゆえか、言葉を待たず2名は頷いた。
「そ、その、より詳細な説明を……」
私にとっての恥ではあるが、ここは話さねばならないか。恥部を知る者が増えるというのは、何人目であっても堪えるものである。
ゆえに改めて割り切った私は、現状での私の仮説、というよりも自作RPG『素甘最高伝説』について説明した。現実の事象と、RPGでの仕様並びに私の面白ポイントが重なりを見せた点は特に重点的にである。いや、友人達がダメ出ししてくれた良くない点か?ともかく、友人間で悪名高き私の傑作にして欠作については分かり易く伝えた。なお、途中からは見張っているはずの矢部を含む友人皆まで説明に参加し始めた。
「何⁉ストーリーも会話も何もかも壊滅的なのか?私にはタイトル名から面白そうに聞こえるが……、全部滑り散らかしているだと?まさか⁉」
「ダジャレも出てくる?何が変なんだ⁉物凄く面白いだろう⁉」
「敵組織の登場キャラクターと、ロボット達の名前が同じとはどういう……?『セッケン少尉』と『テアライ大将軍』は出てくる上、後者は悪の頭領だと?ここまで一致しているのか……」
「敵に弱点を聞ける上、相手は質問には答えずにはいられないだと⁉その面白仕様までロボット達は習得していたのか……」
「必須アイテムと入手方法がタマゴニワトリ問題状態だと⁉面白くない訳ないじゃないか!」
「なんだと、200年前の価値観によるとこのRPGは、基本的に全域にわたり面白くなく、何ならロボット達の面白センスも同程度だと⁉」
この全てが倉持の驚きの声である。
正直なところ、私の渾身の面白ポイントに好奇で好意的な反応を示しており、作者としては嬉しく喜ばしい限りであった。しかし、友人に酷評されたものにここまでに楽しみを見出してしまうとは、倉持ひいては200年後の面白さに関する価値観は私達と絶望的に異なるということを改めて実感させられもした。……思考にコペルニクス的転回を加えるのであれば、私の『素甘最高伝説』もいつかは評価されるということになる。この場合、こいつが日の目を見るまでに、私が寿命を迎えてしまいそうなのが悔やまれる。
私が余分な感想を抱いているうちに、説明はある程度終了したようである。友人達は私弄りとあらば、こんな突飛な状況でもいつも通りだ。それがこの時ばかりは嬉しいものだ。
また、倉持も内容の大分を理解したようだ。
「なるほど、君たちありがとう。色々分かったし、何より楽しかった」
「それは何より」
私は再び、運転とカーナビ確認のみへの絞った集中を行う。
矢部は上部見張りの姿勢に戻ったものの、横からは道名らの話声が通る。
「まさか三っちゃんの酷いゲームが、こんな大事に関わるなんてなぁ」
「全くですよ」
「私から言わせてもらえば、これだけ気になるゲームだったからこそ、目を付けた奴らがいたということにもなる。佐藤君恐るべしだよ」
「この場合、俺たちと倉持さんで意味が真反対だな」
まったく、軽口を叩く気の余裕まで生まれたとは羨ましい限りだ。運転も対ロボットも変わってもらいたい。
しかし束の間の安定平和状態ということもあり、その部分のみは手放しに喜んで享受せねば、などと思っていると、橋らしき個所に突入した当たりで上部より矢部の声が聞こえる。
「皆、右手をご覧になるでござるよ!」
「何ですかね」
「おおっ!こりゃ凄いっ!」
「あそこか、いつ見てもいいものだな」
橋の上、車窓越しに見える景色は、とても美しい都市風景であった。建造物の高さからして、1つか2つは隣の市の風景であろうか。それ故にまだ都市として輝きを残しているのだろうか。ともかく白銀的壁面発光と燦然硝子の組み合わせの妙と美は過去からの素人でも分かる。実に美しいと何度でも言ってやろう。私達の良く知る姿に見えながら、どこか異なる外観の建造物が立ち並ぶ様は、まさしく未来的建築といったところ。……いやそうであったここは未来であった。それ故に未来的建築であることは至極当然のことであり感心する前にそうでなくてはならない。
「実に美しい!」
「良いものを拝めたでござるな!」
当たり前の事柄に気が付いた後であっても、広がる景色が美しいという事実は変わらない。
運転中ゆえにちらちらと見る事しかできないが、それでも伝わる未来風景、それはまるで私達に、ロボットに対峙した現状でありながらも明るい未来の到来を暗示しているように感じさせた。
友人らは配置に戻り、私もハンドルを握り直す。カーナビは直進を示していた。
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