その1
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1.
「面白さ」というものは、何においても必須不可欠この上ない、史上に至上な概念である。
時と場所をわきまえて、時には「ユーモア」、時には「滑稽」、さらにある時には「ひょうきん」などと名を変えて、さらに「笑顔」へと形も変えて、人間文明における心の潤滑油的な点滴的な、とかく健全で健康な精神の維持をしっかりがっつりと支えてくれているものである。
この「面白さ」というものががこれだけ重要なものとあらば、そいつを追い求めたくなってしまうのが人間のさが。世にいうお笑い芸人や漫談師などのコメディアン系列の人間でなくとも、誰しもが一度は追ってみたくなるものだろう。日常・非日常問わず、ワンポイントを添えるだけで、つまらない世も面白く、面白い世は更に面白くと、誰しもが各々の人生を向上できるのだ。そのうえ、そいつを誰かに届けられ、さらに受け入れられたとあらば、送り主と受け取り主の分で2倍いや2乗もの幸福が生まれ、最終的には世界が明るくなると言っても過言ではないかもしれない。
しかし良いことばかりでもない。こういったものにはタブーや御法度というものがキチンと存在している。それは時と場合に反する不適切具合などのことではない。無論それも思案必須の事項であるのだが、何より先んじて留意すべきものは、価値観の強要にある。己が世界に映る者は皆他人であれども、意思を持たない訳もない。他者の感情を捻じ曲げてまでも、信ずる面白さに幅を利かせようというのであれば、それは感情の支配に外ならない。放るままにしておけば、果てにはいわゆるディストピアというものの始まりである。こんな事態は即刻に停止しなければならない。
さて、長々くどくど詭弁が流れていったところであるが、それだけ「面白さ」という概念は奥が深いのである。此度のお話で大立ち回りを見せる予定の彼もまた、そういったものに肯定的な心当たり&残り&変わりのハートソートトリオを心に住まわせていたようで……。
2.
明るく騒がしい居酒屋店内にて、私は1人酒類を口に運んでいた。
本日は友人らとの飲み会である故に、こうして開催地に開催時刻に合わせ足を運んでいるのだが、どうにも彼らは時間にはちょっぴり締まりがないようで、到来を待ちつつ1人軽く飲み始めたという訳だ。就職活動真っ只中のお互いを労うという名分である筈だが、これはいかがなものか。社会人とは時間に縛られる生物であるのにも関わらず、この就職活動の時点で時間への感心が低いというのは問題ではなかろうか。
そして1人じっと待つというのはどうにも退屈なので、私は自身に課した永遠的課題に対し思考を巡らせる。さすれば頭に第一に浮かんでくる事柄があるのだ。
「まったくもって、『面白さ』というものは難解過ぎる!」
私は只今、人生における越えねばならぬ壁にぶち当たっている。仮に交通事故だとするならば、重傷必須の向こう見ずな正面衝突である。
心内に留めて置くべき事柄が独り言という形で現れてしまったことから実に分かり易いだろうが、その壁というのはズバリ『「面白さ」の会得』である。そしてそいつを求める理論理屈は実に単純で、私の夢の達成に必要不可欠という点にある。
私の夢はゲームの製作に携わる職業に就くこと、世に言うゲームクリエイターとして働くというものなのだが、そこに最大かつ最上級に求められるものは人の心を打つ面白さにあるだろうと私は考えている。ここでの面白さとは、あらゆる種類・形式の全ていずれもが該当する。笑い転げるギャグ、軽妙な会話、惹きつけ離さないストーリー……などといった背景的なものから、インターフェースやらシステムやら……といった機能面まで、多岐にわたり面白さは構成要素して多分に含まれているであろう。そうとあらば、ゲーム業界を目指し志す者にも、そのも白さを求められるというのは、火を見るよりも明らかで当たり前な自明の理ということになるのだ。
……なるのだが、現実とは非常に非情なものである。
先の独り言のように、私には面白さが足りないのだ。無論、私なりに努力鍛錬の類はこなしてきたつもりではあるのだが、どうにも私のやる事為す事、特に面白さについて渾身で会心の出来だと自負できる行為が、周りの人間に対し特に不評であるのだ。
このあたりまで思考を巡らせた時には、必ず思い出してしまう嫌な記憶が2つ程存在する。忘れた方が精神衛生上望ましいものなのかもしれまいが、私自身の向上のためにはそれらも糧とする覚悟が必要であるのだ。これは勇気と決意の回想である。
1つ目は3月ほど前の出来事である。
大学3年生時点でも応募可能な企業を発見した私は、意気揚々と必要事項を記入し履歴書などを提出、その結果選考は進み、面接段階まで到達したのだ。ここまでは良かった
ノック三回に一礼などをこなし、氏名や動機等のもはや儀礼と化した挨拶も無事に終え、ここから企業様の個性溢れる質問タイムが始まるのだが、この時に悲劇の暗雲が思い切りに立ち込め始めた。
面接官の出した質問はなんと「あなたの持つ最も面白い話を教えてください」というもの。この時の私はまだ、この質問は願ってもない大チャンス・果てない完封試合・無双のサービスゲーム等々と舐めくさり、高を括りに括っていたのだ。日ごろから面白さの獲得向上を目指している者からすると、こんなものはお茶の子さいさいであると。
私は一刹那の内に、脳は海馬にある記憶を呼び起こし、質問回答に適切な時間配分となる小話を引っ張り出した。私のお気に入りのやつである。
「はい、では私は、面白きお話として、近所の寿司職人の話をさせていただきます」
「わかりました。続けてください」
「その寿司職人はの趣味は読書で、よく本の感想を聞かせてくれました。何度も出会い話を聞くうちに、私はあることに気が付きました。それは彼の好むジャンルです、一体何だと思いますか?」
「わかりません。続けてください」
「なんと、ミステリーな”推理”小説だったのです!寿司職人だけに”酢入り”という訳ですよ。いかがです?面白いでしょう?」
私の目論見ではこの瞬間に、面接官の笑顔やら感心やらといった好意的な反応が飛び出すはずであったのだが、おかしい、何も感じられない。
これは先ほど立ち込めた暗雲が活発化していることを示す。もはや暗雲はエネルギーを十分に帯びており、雷となり轟き落ちたのだ!
「いいえ、面白くありません」
「そ、そんな……」
この13文字の一言は、私の精神に多大なる一撃を与えた。
渾身の面白話は微塵も効果を発揮せず、真正面から突っぱねられた。自信や余裕は、余分に蓄えていた分も含めて全て取り払われてしまったのだ。
この時の私は、顔面蒼白となり虚脱脱力感に包まれふらふらと起立する事しかできなかった。その姿は面接官の目には汚い葦のように見えたことだろう。パスカルな名言でお馴染みな葦ではあるが、そちらは考える方だ。私は考えられない方ということで幾段にも劣る。質問に手も足も出ない葦として、葉はあるのに話(葉無し)絡みでしかも下手な葦として記録されたことだろう。
「お話は以上ですか?」
「以上です……」
力なくそう答えるほかなかった。
「ええと、では、佐藤三温様のより一層のご活躍を心よりお祈り申し上げます」
「あっはい、失礼します……」
選考に落ちた者に送るお決まりの言葉を貰い、私はただ名前を含む数個の個人情報を伝えたのみで、面接会場を後にした。その姿ははまるで枯草が風で飛ばされるように惨めなものであった……。
……というのが2つの嫌な記憶のうちの1つの全貌である。
得意分野における渾身の一撃が通用しないというのはどんな時代でもどんな場所でもどんな人物であっても、等しく皆一様に大なり小なりの衝撃を受けることだろう。”得意分野”が”得意だと思い込んでいた分野”へと転落していく様は実に辛く悲しいものである。しかし面白さを求める者として、先の決意の通りこいつは糧としてポジティブに受け入れなければならない。私の面白さの向上が必須であると、重大事項を確認させてくれたと、そう捉えなければやっていけない。
向かって超えるか壊すかはたまた避けるかしなければならない壁のことを考えていると、それなりの時間が経過していたようで、気が付けば友人達も居酒屋に入店していたようだ。1人であるのに複数人用のテーブルにて寂しそうに待つ私に、彼らは敏感にも気が付き声をかけてくれる。なんと優しい友たちか。
「よっ、三っちゃん!」
「遅れてしまって申し訳ありません。いやぁ赤信号に引っかかり続けてしまいまして……」
「友情の4名がそろったでござるなぁ!」
「おおっ、皆。飲み会の開始という訳だな。さあさあ座った座った」
友人の到来というものは、やはりいつでもどこでも嬉しく喜ばしいもので、時間通りの到着とならず待たされたことによる小さなむかつきなど、どこかに吹き飛び消えてしまった。
本日の午前以来の顔合わせゆえに当然のことではあるが、皆変わりないようでなによりである。私の友人歴の長さでは一番の道名剛君、口調は柔らかでも言葉は鋭いことが魅力の最中倫斗君、変わった口調でムードメーカーな矢部つとむ君という、私にとっては普段通りの安心感を覚える面子が揃い踏みだ。
皆着席し注文し、酒類を手に取り構える。その後に控える言葉は1つだろう。大きく息を吸い準備を整える。
「それでは、乾杯!」
「カンパイッ!」
「かんぱ~い!」
「乾杯でござる!」
タイミングもイントネーションも文字数もバラバラな乾杯宣言が飛び出した。綺麗に揃わない辺りが我々らしい。
皆が一様に酒類を喉に流し込む。私は先んじて飲んでいた故に二度目の飲酒となるが、皆と飲む方がやはり格段に別段に美味しく感じるものである。
さて酒を一口飲んだとあれば、ここからは始まるものは会話である。そもそもこの仲間内飲み会の主目的、即ち飲酒の為の大義名分は「就職活動真っ只中のお互いの労い」であるゆえ、互いの現状というものを話す運びとなった。
「皆、現状の就職活動の程度はいかほどかお話しし合おうではないか」
「ええと、俺はそこそこ」
「僕もです」
「拙者も同様でござるよ」
「……そうか、皆それは何よりだ、何よりだけれどもだな……」
連続返答を受けた率直な感想を、私は即座に口にした。
「何故に揃いも揃って同じ答えを出してしまうのだ!合唱でもあるまいに!たとえ前の奴と同じでも、もっとこう何というか、個性というものがあるだろう!思考をさぼるな思考を!」
私の中途半端な面白センスは、この連続返答は一つのボケまたはフリとして捉えるには十分であったのだ。こうとあれば突っ込まざるを得ないだろう。ボケには突っ込む、もはや人類世界の不文律である。
そしてここまで声に出してから気が付く。やり過ぎたのやもしれないと。なぜならば発言後に場が突如として静まったためだ。
しかしそれは、全くの杞憂であったとすぐに気づかされた。
「ふふっ、やっぱり三温殿は期待を裏切らぬでござるな!」
「なんだよ三っちゃん。返答の個性ってのは」
「まあ『合唱でもあるまいに!』というツッコミが面白いのかはさておき、こういう細かなところを取りこぼさずに拾ってくれるのは佐藤さんの良いところですよね」
皆が笑いと肯定の反応を見せてくれた。最中の一言が気になるものの、安心感が胸に根を張った。……この場において、「面白いと言ってもらえた」のではなく、「反応に安心感を覚えた」という感情が真っ先に浮上してしまうのは、面白くありたいと望む者としては不適切ゆえに改善点である。記憶しておかねば。
「話は戻るけども、本当に就活の出来はそこそこよ。よくわからんところの内定が1つある程度」
「そうか真実だったのか」
「拙者らは嘘などつかないでござるよ」
「そうですとも。ちなみに僕の内定経験は3回です」
私としても、ここまでの2、3口は軽口の範疇であった。
奇しくも同じ回数である2、3口酒類に口をつけ、最中が会話に続く。
「しかしまあ、労働が社会人の義務であるとしても、近況報告し合えるほどに力を込めなくともよいと思いますよ。どうせいつかは働くのですから。その時期が早いか遅いかです」
「おっ、倫斗もそう思うか?」
「いやいや最中殿、就活は何もそれほどに後ろ向きな事ばかりではないでござるよ」
「おやおや、では矢部さんはどのようにお考えで?」
疑問文が発された時、矢部は待ってましたと言わんばかりに表情が明るくなった。さながら懐中電灯である。
「それはずばり、就活とは夢の実現のための布石!これに尽きるでござる」
「へえ、随分と自信ありげに断言しましたね。いったいどうお考えなのですか?」
「簡単な話!なりたいものになるための、やりたいことをやるための、望みを我が物にするための手順の一つでござるよ。お金を稼ぐというのもそう、技術を身に付けるというのもそう、果ては一見対極の事柄が、夢の達成を手助けする科学反応を示すことだってあり得る、そう言えば働くといのも、楽しき鍛錬の一つでござる。そんな重大事項であれば、背伸びして努力して手に入れたくなってしかるべきよ」
「ほおぉ」
「カッコいこと言うじゃない」
「なるほど、矢部さんは前向きですねぇ」
長い言葉を話し終え、矢部は大きく息をついて酒類を大きく飲み込んだ。皆があげた感心の声を受けたこともあり、彼の顔はやり切った感満載である。
勿論私も感心した。高杉どころか凄過ぎである。就職活動に仕事に労働にという、世間一般では忌むべき呪物として捉える声すら目にする程の嫌われ者達を、こうも楽しみ受け止める姿勢を見せている。「面白きこともなき世を面白く」という有名な言葉があるが、まさに矢部の思考はそれを地で行き証明する物やもしれない。面白さの直結事項への思考を享受できるとは、さすが私達の友人である。
さて、矢部が話している間には、私達が何もしていなかったかと問われればそうではなく、しっかり飲酒しつつ話を聞いていたのだ。良き話、気になる話と飲酒量は比例関係にあるようで、皆存外に飲んだようである。そして飲んだということは当然にアルコールが体内を巡り浸透し始めたということであり、さらにそれは脳に「もっと話をしろ!」と働きかける。より会話をしたくなるほどに口が滑らかになるのだ。私の場合は、泥酔ではなくとも、確実に酩酊の段階には突入したことであろう。
「しかし夢、……夢ですか、そういえば皆さんの夢やら目標の類って、あんまりお尋ねしたことないですね」
「確かに、三っちゃん以外はそういうこと、あんまり話してなかったな」
「そうとあらば、皆のそれをこの機にお聞かせ願いたい。まずは復習を兼ねて佐藤殿から!」
「んなっ、私か!」
思いがけない弾丸パスに驚くも、期待に応えるのも面白後追い人としては必須事項、ちょっぴり気が進まないような事柄でも、答えぬ訳にはいかない。
「聞かれたとあらばお答えしよう皆々様、私の夢はゲーム制作に携わる事!そんでもって、面白さに重きを置いた、とんでもなく面白いゲームを作ってやるのだ!」
「おおっ、どの程度面白く?」
「それは勿論どでかく出よう。私の作ったものが、いやもはや私が面白さの基準になれるような、そんなとんでもゲームをこしらえてやる!」
私は勢いに任せて言い切った。
……夢を語るというのは素晴らしいものではあるのだが、私自身の心の実のところでは、この話は避けたい節もあった。面白く言えば、話は無しにしたかった。
言葉を聞いて、皆やれやれと言った表情が浮上する。最中に関しては意地の悪さも含んでいる。
「おやおや佐藤さん、本当にどでかく出ましたね。ちょっと前に惨状を生み出したとは思えないほどに本当に大きく図太く猛々しく出ましたね」
「なんだね最中君、まだその話をほじくろうというのかね?」
「いやぁ、でもさ、三っちゃん、あれはまあ……」
道名が言い淀んだということは、彼は私が考えている事と同じものを想定しており、またそいつは私にとって糧にせねばならない嫌な記憶である。皆が居酒屋に入る前に思い出していた、2つある嫌な記憶の内のもう一方である。酩酊の段階にあるというのに、吹きこぼれの如き勢いで思い出されていく。嫌な物事程、復活の際は早いのだ。
「拙者も覚えているでござるよ!ここの皆で佐藤殿作のRPGを遊んだあの出来事でござるな⁉」
「忘れる方が難しいですよあれは」
「確か……『素甘最高伝説』と題していたような……」
「そうそうそれそれ、それですよ!『素甘最高伝説』とかいう滑り散らかしたタイトルのゲーム!」
矢部はノリに乗り、最中が手を叩く。顔つきからして道名も思い出したがっている。
……そう。嫌な記憶というのは、遡ること半年前、自作RPGのプレイを皆に頼んだ時の、友人間に悪名を轟かせたという思い出、即ち皆からの酷評である。
ゲーム製作に携わる面白い奴を将来の目標に据えた私は、思い立ったが吉日とばかりに完全オリジナルなRPG『素甘最高伝説』をこしらえたのだ。私の技術にセンスに才能を3メガバイトに詰め込んだ、最高級の処女作を世に産み落としたと自画自賛に一生懸命であった私は、さっそく友人達3名を呼びつけて遊んでもらったのだが、評価は全く持って芳しくなかったという辛き記憶、涙鼻水その他を無しには語れない記憶であった。先程「思い立ったが吉日」などと言ったが、それがあっての今日(凶)であると何か物悲しい。悪名であれ名前だけでも覚えてもらったと、漫才師的ノルマ達成を喜ぶわけにもいかなければ余裕もない。
どうやら私が思い出すよりも早く、出来事の再確認がなされそうで実に辛い。過去からの刺客による、何度目かもわからぬ刺殺が起こるようだ。
「あれは例えるならば白昼夢……、何から何まで果てなく不可思議で、開いた口がふさがる事は無かった……」
「いや、言っちゃ悪いが、面白かった記憶があんまり……、『直立盾』だの『蛍光刀』だの、わけわからんものが押し寄せてきたことはしっかり覚えてるけども……」
「佐藤さんの性格からして、どれもこれもなにもかにも、笑わせ楽しませ面白がらせようと試みていることはわかるのですが、そのどれもが滑りこけているのですよね。骨折ものの大転倒です」
ちょっとばかし嫌な事柄でも、こう言われたとあれば返したくなる。
「何を言うかね!これでも完成した時は、『絶対確実に面白いRPGだぞ』という自信に満ち溢れていたのだ!」
「でも結果は……?」
「っむう……、惜敗……」
「惜敗?そんないい勝負したかのような言葉で印象操作を図っても無駄ですよ佐藤さん。誰がどう見てもあの反応は惨敗だったでしょう」
「そんなことは……」
「ありますよ佐藤さん」
「あるのかい最中君……」
「大ありですよ。大あり」
私が飛びついて返答してしまったがために、手痛い正当防衛型の言論連撃を食らってしまった。正論も現実も、非常に非情なもので、突きつけられたのならば手を上げ降参するほかない。
更に悪いことには、最中の掘じくり返しは止まらない。このままでは滑り散らかした事柄を、根掘り葉掘り花掘り茎掘り全てしっかり再確認されてしまうことだろう。
そんなこと知らんとばかりに最中は続ける。
「まず名前でふざけるのが失敗してましたよ。何ですか『素甘最高伝説』って、デフォルトネームが『勇者グラニュー』って、悪者達が『悪のテアライ大将軍』に『ハンドソープ中佐』に『セッケン少尉って』。ネーミングセンスがよろしくないのか、弱い笑いを狙った不発弾なのかわからないのですよ。ただ一つ確かであるのは、どちらの場合だとしても、何らかの感性が欠落しているのは事実でしょう」
「一笑い欲しくて……」
「それだけじゃなかったぜ三っちゃん」
道名も続く。さながら2hitのコンボである。
「会話もイベントも、支離滅裂なところばかりだったぞ。会話中に突然新キャラ出てきては消えるわ、何もするわけでもない奴が最後までのうのうと生き残るわで……、あと、操作説明の天丼は何も面白くないからな、つまらないだけだ!」
「どれもこれも面白いかなと……」
「拙者もまだ言い足りぬでござる。王国が舞台かと思えば実際のところは、その中の更に小規模な自治体だったり、敵味方ともに行動理念が弱かったり……」
矢部も続く。分かってはいたことだ。
「……と言いたいところ、佐藤殿の気持ちも鑑みてあと一つだけにするでござる」
この気遣いはむしろ特大の裂傷を生むのだ矢部よ。しかし私はテレパスを習得してはいないので、それを伝えることができない。
「佐藤殿、理不尽からは面白さというものは生まれないでござる。なにゆえ、『テアライ大将軍を倒す為には伝説のマジックハンドが必要』でありながら、『伝説のマジックハンドを手に入れる術はテアライ大将軍からのドロップのみ』なのでござるか?初めて耳にする形のループ構造でござる。どうにもならぬ理不尽は、苛立ちを増やすばかり、行くところまでいけば乾いた笑いもでるやもしれぬが、それは佐藤殿の望むものではないでござろう?」
「はい、おっしゃる通りで……」
友人からの3連撃は全て、私にクリティカルで会心で痛恨な一撃を叩き出した。
指摘が適格過ぎてこちらが返す言葉もない。言論では勝てない。しかし指摘が見事であるということは、面白さの取得工場の為の糧になるということ。勝てないが糧になるのだ。1つ目の嫌な記憶と同様に、過去を受け入れ、努めて前向きに捉えよう。
しかし愛があるとはいえ、やはり精神の負傷はあまり受けたくはないもので、私は自然さなどかなぐり捨てた願望実現のための提案をなした。
「いやあ皆様、歯に衣着せぬ指摘は堪える故、そろそろ他の方の夢にまつわる話をお聞かせ願いたいなぁと……」
「ああ、それは悪かった三っちゃん、あまりにも衝撃的過ぎて、集まるたびに話したくなっちまうんだ」
「あれは消そうとしても消せぬ記憶でござる……。あっでも良いところもあったでござるよ。戦闘中に仲間は勿論敵と会話できたり、それで敵の弱点がわかるというのは斬新であった。」
「もう少し飲んでから、僕も夢を話しましょうかね」
皆手に酒類を持ち、再びの乾杯とまでは行かないが、更にアルコールを喉に流し込む運びとなった。こうなると酔いが回るのは早いもので、未だ泥酔には至らないと強がりながらも、意思と思考、2つの「思」に影響が出始める。
しかしそれでも、酔おうが罵倒されようが、なんだかんだと言って友人達との飲みと語らいは楽しいものである。
正確な経過時間並びに消費量は不明瞭であるが、飲み放題サービスを最大限活用した飲み方をなした後、最中が此度は自分の番として口を開いた。
「ようし、結構飲みましたので、私の夢をお話しましょう」
「おお、最中にも夢があったのか」
「初耳でござる」
「まあ引っ張る程のものではありませんから手早く手短に……。僕の夢は『製粉業界での労働』です」
「して、何ゆえ?」
息継ぎと酒注ぎをして、最中は答える。
「大した理由じゃありませんよ。僕の父も母も兄も姉も、みんな製粉関連の企業に就職しているのです。そのためか家族同士なのに会話に参加しにくいこともザラでしてね。身内で気を使わせるのは何か嫌ですし。どうせ働くというのなら、その辺の悩みが軽くなるようなところを選びたいなと思いまして」
「家族のため、素晴らしい理由でござる」
「話半分にしか来ていませんね矢部さん。僕は僕の為、自分のエゴが夢なんですよ」
「夢の為に行動できるとは、さすが最中殿でござる」
一言くらいで語られた話であるのに、私は聞き入っていた。私の面白センスにメスを心臓に到達する程深くに突き刺す最中にも、彼なりの考えと未来像があるのだ。
また、どうやら矢部の方にも発見があった。彼は酔いにより肯定上戸となるようだ。泣きに笑いに怒りにと、様々な上戸は聞いたことがあるが、これはレアケースであろう。いつか生きるやもしれないと、私は心の面白関連メモ欄にしかと記録した。
そしてそんな矢部が、次は夢を語る。
「拙者の夢は1つ、ずばり忍者になる事!これは齢5つの頃よりの憧れよ!」
「忍者!?」
「いかにも。けれども勿論、暗躍やらを志すわけではない。現代に順応した、一種のエンターテインメントとして求められる『忍者』になりたいのでござる。そのためには日々修練。多くの忍者ファンとのコミュニケーションに必須な言語学、時代背景を理解しより本物に近づく為の歴史学、世の中が求める忍者に付き物であるアクション性に応えるためのスポーツ実習……等々、大学生の内にできる範囲で近づこうとしているのでござるよ」
「あっ、だから矢部さんは、『世の中が求める忍者』らしくあるために、こんな口調だったのですね。てっきり佐藤さんの面白センス級に壊滅的な自己主張だとばかり思っていましたよ」
「ちょっと最中君⁉不意打ちは卑怯ではないかね!?」
「はははっ。そう最中殿の言う通り、この語り口も『忍者』らしくある為の日ごろよりの鍛錬の1つよ」
矢部は笑いながら酒類を啜る。
私はまた感心してしまった。最中からの不意打ちにより思考は乱されたが、それでも気は変わらない。矢部は自信の目標達成と、世間への供給の、両者を同時にやってのけようとしているのだ。私も世間に面白さを届けつつ、自身も面白くなりたいう両得型の願望を持っている訳ではあるが、私の現状の悲惨度合いからして矢部の方が数段も格が上である。
さて次は道名の番……と思っていたが、妙に静かであった。どうやら意識の半分を泥睡に呑まれており、相槌が極端に苦手になっていたようである。それでも話したいという気概であるようなので、皆は彼の方を見やり発言を待った。
「う~ん、俺の夢……」
「酔いが1回り激しいですね」
「したいことだったら、なんでもいいんだよな?」
「なんでもかんでも自由でござるよ」
小ぶりな後押しを受け、道名は酒で赤くなった顔にて答える。
「俺は、タイムトラベルするのが夢だなぁ」
一瞬だけ一同が一様に静まった。理由は単純明快、予想外過ぎたためである。
「っむむ、将来目標的な事柄ではなく、己が最も為したいことを述べたのでござるな?」
「ホントにやりたい事言っただけなのね道名君!?」
「そうよ、タイムトラベルって昔っから人類の夢だろみんなぁ?」
「これは道名さんだいぶ飲まれてますね……」
酒類というのは恐ろしいもので、道名は呂律が平常時の2割減となり、話す内容も微妙にかみ合っていないように感じる。
しかしこの後、そいつを過去のものにする程のとんでも恐怖体に遭遇することとなった。
「そこの君たち、今タイムトラベルと言ったかな?」
「えっ、ああっと……はい……」
見知らぬ男性が突如、私達に話かけてきたのだ。その姿は「黒縁眼鏡に黒いスーツを着用した黒髪の中年男性」という情報以外には大した特徴がないようなものであった。
そのような謎の存在に、注意等が目的なのではなく、こちらの話に興味を持たれた上でしっかりと話かけられているのだ。これは結構恐ろしい。誰であれどんな顔であれどんな格好であれ、見知らぬ者からの声かけというのは身構えてしまうものであろう。
私達は即座に一同で顔を合わせ、互いの目を見て意思の疎通を図った。互いの真意を理解できたのかはさておき、『この男性を避けたい』という考えで一致したような気がした。しかしこやつはこちらに接近を試みてくる。
「タイムトラベルは可能だ。興味があるならついてきなさい」
「分かり易い嘘をつかないでくださいよ」
私達は彼の発言をあしらうつもりでいたのだが……
「本当かいおじさん⁉」
恐らく誰よりも酔いの影響を受けていたであろう道名は、揺れる意識と判断能力の低下故に怪しすぎるこの男性に興味関心を抱いてしまった。正気に戻るんだ道名よ!
「本当だとも。案内するからついてきなさい」
「ようしついていこう」
だから止めるのだ!酔いはこうも人間を狂わせてしまうのか⁉
「いや待ちたまえ道名君!冷静になるんだ!」
「そうですよ!こんな奴についていったら終わりですよ!」
「幼稚園児を誘拐するような手口に引っかかってはならぬでござる!」
「余計な事を……」
謎の男性はあからさまに残念そうな顔をした。
ここまでの挙動から、私はこいつについて1つ確信を得た。奴は不審者だ。もう既に市の不審者情報に登録されているかもしれない。
「ええい仕方がない。タイムトラベル志望の者よ、私が夢を叶えてやろう」
「うん?わあっ⁉」
いうや否や、不審男性は道名の左腕を掴み、居酒屋の出口方向に向かい駆けだす。出会ってすぐであるが実力行使に出始めたのだ。
道名を攫って何になるのかやら、彼の実家は狙われる程の資産を有していたのかやら、奴の行動目的を考えるより早く、私は道名体を羽交い絞めにしていた。酔いで正常な判断と抵抗ができぬことを良いことに、友人を不審者に攫われてなるものか!
いや動いたのは私だけではない、最中は右腕を矢部は左足をと、道名の体を掴み抵抗の意思を見せたのだ。
居酒屋店内で暴れるというのは気が引けるが、この際それを気にしている暇などない!
「何をする⁉離さないか!」
「それはこちらの言葉だ不審者め!!」
「そうでござる!道名殿は何もさせないでござるよ!!」
「あなたには僕たちの友達は絶対に渡しません!!これ以上何かするようでしたら、警察への通報も辞しませんよ!!」
「なっ、止めないか!」
「あんたが誘拐を止めるのが先だぁ!」
不審者男性の顔が明らかに歪んだ。私達の妨害が作用している証拠だ!または通報をされたくはないと感じている証拠!何が何でも、友人を奴から引きはがしてやる!
「何事⁉いんや、てか、痛いて⁉」
「少しは酔いの世界から戻ったようだな道名!」
「我慢してください。あなたを悪者から引きはがせそうなのですから!」
「あと一歩でござるよ!」
「観念しろ!不審者!」
道名も痛みから現実に引き戻され、私達も団結した。もはや彼を奪われる道理などない。飲み会を妨害し友人に手をかけるという横暴もこれで終いだ!
「……こうなったら仕方がない……、君たち全員に来てもらおう」
不審者男性はそう呟くと、片腕を道名から離し上に掲げた。
何を訳の分からないことを言って為しているんだと思っていると、突如として眼前に強い光が轟いた。凝視どころか軽視もできぬ光だが、光源はあの不審者男性の掲げた腕であるのか?
視覚並びに視界の確保と、友人らの現状確認をなそうとするも、瞼を閉じども貫いて眼球に突き刺さる故に困難であった。ただ唯一、白とも黄色ともとれる怪閃光は既に一面を染め上げる程のものとなった事のみ何とか理解できた。
「皆、無事か?目には異常はないか?」
「わっ、わかりませんよ……」
「わからないだと?」
最中の声は聞こえたが弱気だ。私も周りを見ることは出来ないが、少なくとも1名の生存の確認はとれた。
光は依然として放たれている。なぜだか次第に、付近からの音が聞こえずらくなり始めた。次第に無音に近づいていく。光で聴覚器官がやられたというのか?加えて妙な浮遊感まで覚え始めた。身体ごと何か限界的な事態に至ってしまったのか?まさか生命活動の停止寸前……?いやそんなことはあるまい!理屈も根拠も何にもないが、そいつは真っ向から否定してやる!せめて面白い奴となってからこの世を去ると決めたのだ!ここでくたばってはなるものか!
「う、うわおぉぉぉおお‼」
声にならない勇みの雄たけびを上げた。無我夢中であり、何が何だかも考えれられなかった。酔い、友人、嫌な記憶、不審者、そして私という自我……、全てが混ざり合い混濁し、気づけば意識はかき消されてしまった……。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




