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第一話

チュンチュン、とスズメの声が聞こえる。

カーテン越しに差し込んだ日光は、少年の瞼を煩わしい程に照らし上げていた。


あー、窓辺にベッド置くんじゃなかった。折角良い夢見てたのに。


少年はぎゅっと目を瞑った後、ゴロンと窓に背を向けた。

再び無意識の波に呑まれようとしている。

しかし直後、少年は急にガバリと起き上がり、目をカッと見開いた。

額に張り付いた大量の汗は、彼の焦燥感と絶望感を体現しているようだ。


「まって……今、朝の9時?……終わった、遅刻だ……。」



2年2組という看板を、間違いがないか何度も確認する。

ふぅぅっとため息をつき、覚悟を決めた侍のような面持ちでガラガラと扉を開ける。

普段よりも何倍もの音を立てる扉に、胸の鼓動は極限まで昂っていた。


「……遅刻だな。今2限目だぞ。」


先生は教室の真ん中からこちらをジロリと睨みつけた。

声が何ひとつ聞こえなかったのは、どうやら問題集を解いていた為のようだ。

周りの視線がさっきまで机に張り付いていたのを急にこちらにぶつけられ、身体が自然と萎縮する。


先生の元へ駆け寄り、「すみませんでした」と頭を下げる。

先生は気にも留めない様子で、「何故遅刻したんだ」と淡々とした言葉を続ける。


「目覚ましを、かけ忘れました。」


つい咄嗟に、正直に答えてしまった。

マズい、とうなじの金属体に指を添える。僕のアシストデバイスだ。今日の目覚ましは空白のままになっていた。


何処からかクスクスと笑い声が聞こえる。

それはそうだろう、何故なら本来このデバイスを持つ者は、()()()()()()()()()()()()()のだから。

先生は、僕のデバイスを一瞥すると、嘲笑うかのようにフンと鼻を鳴らす。


「それでいて遅刻か。…旧人類以下だなお前は。」


先生はボソッと呟く。旧人類、それは所謂、差別用語。

僕はただ言い返せず俯いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その言葉は正しく僕を表していた。


しかし、先生のその言葉を耳聡く捉えた者も居たらしい。

先生を非難する言葉がヒソヒソと聞こえ始め、それは瞬く間に教室を包み込み、複数の視線が先生を刺していた。


そんな周りの様子に焦ったのか、先生は普段は出さないような大声で「さっさと席につけ。問題集の答え合わせをする」と指示をする。

その重圧的で怒りにも似た声色は、今までの囀りを全て掻き消し、あっという間に教室を静まり返らせた。


流石、先生。謝りもせずに、やる事が違うね。

そんなちょっとした反抗を心に抱きつつも、現実の僕はただただ萎縮し、その静寂と化した教室を縫うように歩いて窓際の席に着席した。



人体埋め込み型生活アシストデバイス、みんなはデバイスとか、最近の人はアシデなんて呼んでいたりする。

役20年前から流行り出したこれは、「今、新人類へと生まれ変わる」というキャッチコピーと共に今や多くの人にとって必要不可欠となっていた。


うなじに設置して使用する小型機器で、手術を経て神経へと接合し、色覚異常や難聴、さらには精神的不調までこの機械1つでカバーできるとんでもない優れ物だ。

しかもそれだけでは無く、必要な機能をインストールすることによって、超人的なパワーや瞬時に難しい計算結果を導く能力など、まさに()()()と呼べる能力を得ることが出来る。

……まぁそれには最もらしい使用理由と入念な審査、莫大な資金が必要な訳だが。


初めは勿論「人体を改造するなんて!」という安全性に対する不安や倫理観的問題もあった。

しかし、ボディピアスや整形が当たり前のように浸透している今、「本来の人間の姿を」なんてものはもはや常識ではなくなり、さらにはとある有名人がその手術を受け素晴らしい能力を発信した事を皮切りにどんどん広まっていった。


今となっては、両親からの最初のプレゼントは、名前では無くデバイスというのが一般化する程に浸透し、逆に一部の間では、何かしらの事情でアシストデバイスを持たない人間は、キャッチコピーにある「新人類」と反対の人間という意味で「旧人類」と揶揄される程になっていた。


「新人類」「旧人類」という言葉が差別用語となったのはデバイスが流行り出して間もない話だ。

それは、デバイスを持つという者が多くを占め出した時、持たない者に対して差別が起こりだした為である。

それは、ときには大きなイジメに発展し、この差別問題はより深刻化した。


それを踏まえた対策はより一層強化され、先の言葉が規制されたと同時に、様々な学校で今まで学校内で使用が許されていた基本機能の「メモ」や「時計」といった機能までも禁止される所が多かった。

学校内では障がいの補助以外ではデバイスの電源を落とし、校門をくぐった学校外であれば自由に使用可能というわけだ。

世間の学校に対する風潮は、「本来の人間が持つ能力をまず第一に育て上げ、()()()()()()()()()()()()()()()()」というものだ。

……まぁ正直、うなじをみれば一発で分かるのだからそんな事で差別が無くなるとは到底思えないが。


まぁそんな世間の風潮とは異なり、僕の通う学校ではデバイス使用が可能だ。

デバイスにおける最先端を謳ったうちの学校は、デバイスに備わった基本機能はおろか、高い金で購入した超人的な機能も使用可能だ。


それは、この学校が「デバイスは生涯使用するものであるから、今の内に使い方を身につけておくべきだ」というデバイス使用者にとっては確かな理由とそれを売りにしている私立校という立場、それらの意見を支持する人々によって支えられているからだろう。


カリキュラムはデバイス使用者に適したものを用意され、テストでさえもデバイスの使用が可能であった。

即ちこの学校は、()()()()使()()()()()()()()()()()()()みたいなものだ。


さらには他のデバイス高校と一線を画す制度が存在する。

それは「学校内で機能を購入できる制度」だ。

ただし、この制度における機能はお金では購入できず、様々な方法により入手できるポイントを使用する。

そのため、高い学費で精一杯の学生にとっては、無料で実用的な機能を入手できる二度とない機会だろう。


購入できる機能は、有名プログラマーに依頼した物や、卒業生から有志で募った物、先生自身が作成したものも存在し、ちょっとした身体強化からヒーリングミュージック脳内再生機能という謎の機能まで多岐にわたる。

勿論有用的な物は手に入れるのに多くのポイントが必要だが、かといって少ないポイントで手に入れれる物はあまり実用性を感じないだろう。

すなわち、どこに購入ラインを引き、何を購入するかによって性格が分かるのだ。


その制度のおかげもあり、僕が入試を受けた時は、倍率がとんでもなく高かった。

デバイス信仰者の中ではトップクラスの学校、そんな学校に通えば、将来に通用する素晴らしいステータスとなる。

そんなギラギラした人々の中、僕は(自分で言うのもなんだが)見事勝ち残った優秀な生徒であった。


ちなみにポイントは一年の頃から迷いに迷い、折角なら優秀な高額機能を購入したいと思って未だ何一つ購入せずに貯蓄している。



「新人類なんて、ウイルスで一掃してやる!」


昼休み、僕は校庭のベンチでいつも通り昼食を取っていた。

隣に座った同じクラスの非デバイス所持者である雄介はそう悔しそうに呟く。

旧人類と呼ばれる事が嫌なら、新人類と呼ぶべきでは無いだろうに、と思いつつも口にすることは無い。

僕はただおにぎりを頬張りながら、デバイス上でクラスメイトから貰った1限の記録を確認していた。

ちなみにこのデバイスは他人から見ることが出来ないため、雄介には僕が何をしているか分からないだろう。


通りかかる人間がチラリと眉を顰めながら雄介を睨む。余程大声になっていたのだろう。

彼は気まずそうに箸に摘んだウィンナーを口に詰めた。


「……まぁそうしたいのは山々なんですけどね〜」


そのさらに横に座った一年の後輩、拓人はのほほんとした顔で相槌を打つ。適当に相槌を打つあたり、彼自体はそこまで興味の無い話なのだろう。

彼もデバイスを持っておらず、クラスの中ではかなり浮いているのか、決まってここで2年生の我々と一緒にランチをとっている。


「待って、僕死ぬん?」なんて会話に茶々を入れると、

雄介は「お前は新人類って感じがしねぇから」と笑った。拓人もそれにつられて「確かに〜」なんて呟く。

……果たして良いのか悪いのか。


雄介が何故こんなに過激になっているのか。それは4限目のグループワークの事だった。

グループで軽く意見をまとめて発表するといったものだったのだが、()()()()()()()()雄介の意見は無視され、

結果、自分の意思は全く反映されていない発表をおこなうことになったのだ。


さらには、質疑応答の時、難しい質問をわざと雄介ばかりに押し付けられ、雄介が答えるのにしどろもどろになったときクラスの数人が面白がって笑うものだから、雄介の怒りは最高点まで達しているのだろう。

側から見ていても、アレは酷いものであった。


「新人類ってなんであぁも性格悪いんだろうな。」


雄介がため息と共に呟く。「そうですよね」なんて拓人も続いた。

僕は、それはデバイス関係なく一部の人間だけだよ、なんて言いたかったが、この学校で実際酷い仕打ちを受けている雄介を見れば安易に否定などできなかった。


この学校ではその傾向が顕著である。デバイス非所持者に……特に雄介に当たりが強くなる人間が多い。

しかし、それは実際には雄介が優秀すぎる事の裏返しなのだ。


雄介は学校が構えているデバイス非所持者限定の特待生なのだが、「どこまで実力でデバイス持ちに渡り合えるか」という目的でここに入学している。

そしてそう豪語するのは、実際にそれ相応の能力を持っているからであり、入学初めの学期末テストで、彼はデバイス持ちを押し除けて首位を獲得したのだった。


「ポイントの使い道なんて無いだろうに」なんて囁かれていたが、それはデバイスを持ちながらも雄介に敵わなかった、いわば負け犬の遠吠えだろう。

もし、雄介が何もできない、か弱き人間だったら、哀れみの手を伸ばす人間も多かったのだろうが……。

()()()()()()()()()()、それが雄介という男だ。



昼食を終え、5限目の体育の着替えへと向かう。

残された拓人は手を振って、相変わらずぬぼーっと1人空を眺めていた。

デバイス持ちは大抵アラームの時間通りに動くから、混み合う時間が予想しやすい。

更衣室で早めに着替えを済ませ、運動場で雄介と駄弁る。


今日の授業は高跳びだった。

身体強化をしている人間は元々運動ができる事が多い為、全体で見れば未強化の僕でも成績が下位になることはあまり無い。

雄介もまずまずな成績を収め、測定終わりは2人で「まぁまぁだな」なんて地面に座り込んで談笑していた。

正午の太陽が運動場の砂を眩しいくらいに照りつけている。日焼け止めを塗り直している女子達がこちらを見てクスクス笑っているのを見て、ちょっと嫌な気分になったり……。


「すげー、あんなの飛べんのかよ…」

授業ももう終盤かという頃、誰かの声に振り向くと、そこには見上げる程のハードルが設置されていた。

飛ぶのはクラスの御曹司、満だ。

デバイスの身体強化を常日頃から使っている為か、足には膨大な筋肉が付いている。


皆んなが固唾を飲んで見守る中、満は助走もそこそこに軽く地面を蹴り上げた。

その体は一気に空中へと放たれ、さながらそこは無重力であるかのように身体を曲げると、ハードルの上を易々と通り抜ける。

ドサッとマットが砂埃をあげる。

ハードルは飛ぶ前と1ミリも場所を違うこと無くそこに存在していた。

見事に飛んで見せた満に、全員が悲鳴にも似た歓声を送る。例にも漏れず、僕もつい叫んでしまった。

チラリと横をみる。どうやら、超越した彼の所業は、隣にいた雄介にも響いたようだ。

彼もその姿に釘付けになっていた…が、直ぐに目を伏せる。


「金に物を言わせて手に入れた能力を、よくそこまで堂々と披露できるな。」


そうポツリと放たれた言葉は、直ぐに歓声によってかき消される。

しかし、隣にいた僕の耳には確かにそう残っていた。



6限目も終え放課後、僕は部活動も無いからそのまま家に帰るとこだった。

すると珍しく雄介からカラオケに誘われる。

あんなこともあり、雄介にも相当ストレスが溜まっているのだろう。思いっきり発散したい気分らしい。

勿論承諾し、制服のまま道を歩いていた。


「あ〜外の空気は美味いわぁ〜。」


雄介はため息と共に言葉を吐き出す。

確かに学校とは違い、非デバイス所持者の姿はちらちらと見かける。

非難的な目を向けられる事は無く、視線のほとんどは制服と、それに見合わない雄介のまっさらなうなじへの興味であった。


「ねー、お兄さん達、カッコいいね」

道すがら、ギャルを全面に押し出したような二人組の女に絡まれる。ぎゅっと腕に柔らかい感触がある。

胸や足の露出が多い彼女らに一目配ると、雄介はうざったそうにシッシッと追い払った。

「セクハラだろこれ」なんて思いながらも、僕は話半分にデバイスを弄り、カラオケで無料配布されていた予約機能を起動させる。

良かった、無事部屋は空いているようだ。


学校内の女子達は嫉妬で見えなくなっているのかもしれないが、雄介は実は男前だ。こういったことも珍しくない。

横にいる僕には結構その付随で声をかけられることもある。まぁ目当ては分かりきってはいるが。

しかし、どうやら今日のナンパはしつこいらしい。

「訴えるぞ」と一言放つと、ギャル達はムッとなってその場から離れていった。


雄介は大きくため息をつく。

「しつこかったな」なんていうと「いや……」と話を続けた。どうやら別のことを考えていたらしい。


「何で俺あんな学校に入学したんだろ。」


なんでそんなことを……まぁ、雄介がそう思うのも仕方ないだろう。

確かに彼は、()()()()()であればその能力から持て囃されてたに違いない。

それに、デバイス所持者への鬱憤もここまで溜まっていなかっただろう。


しかしどうしたのか、彼は親の反対を押し切ってまで入学する程に意思が強かったと聞いているが。……まぁ、時が経ってから過去の行動を後悔するのはよくある事か。

デバイスのメンタルケアも無い中で、その挑戦的な気持ちが今でも続いている事は賞賛に値するだろう。


「ちなみにさ、お前は何で入学したんだ?」


不意に雄介から質問が飛んでくる。

そう聞かれると、頭の中には正直な言葉が浮かび上がってしまう。「学校でデバイスを使用したいから」「制度の機能が気になったから」「家が十分な金持ちで学費を考えずに決められたから」……なんて、雄介に伝えたら気分を悪くするだろう。


実は僕は、()()()()()()()()()()なのだ。

何故非デバイス所持者とつるむのかなんて言われたら、たまたま雄介が非所持者だったというだけだし、今日の遅刻だってたまたま新しい目覚ましの機能を導入した時に再び目覚ましをかけるのを忘れていただけで……。


「まぁ一人暮らししてみたかったのと、偏差値的な……?」


無難な解答になっただろうか?

雄介はフゥンと返事をすると視線を前方に戻す。

そこにはデカデカと掲げられた大手カラオケ店の看板が構えていた。


中に入ると、ひんやりと冷房の効いた空気が身を包む。

「ちょっと寒いな」と、僕は貸し出しのブランケットを手に取った。

そのまま階段を登ろうとすると、「あ、予約してくれてたのか、サンキュ」と雄介はお礼を言う。

()ではデバイスに関しても素直になぁと、ちょっと残念に思ったり。


いつも通りデンモクは雄介に渡し、僕はデバイスから曲を送信する。

雄介は僕が入れるたびに「良いねぇその曲」なんて囃し立た。

雄介は相当ストレスが溜まっていたのだろうか、いつも以上に暴力的に歌っている。

それに対して「カッケェ〜」なんて茶々を入れたり。


カラオケ店から出る頃には、2人ともスッカリ喉がやられていた。

雄介には良いストレス発散になったのか、いつもより晴れやかな表情だ。


夕飯はどうするかと尋ねると、今日は事前に両親に伝えてなかったからとスマートフォンをヒラヒラさせる。

それは、非デバイス所持者が持つデバイスの代わりのようなものだ。スマホと呼ばれ、通信機能を主とする大きめの四角い板状の機器で、画面が発光する。


家に帰ると夕飯が待っている、それは一人暮らしになって気づく有難さというか、ちょっと羨ましいなんて思ったり。


もうすっかり日は沈んで辺りは暗くなっている。

他愛もない話を重ねながら、街灯に照らされた道を、駅に向かってただ歩いていた。

たまに、「大特価!」という機能が安売りされているのを横目で追ってみたり。


「あぁいう機能ってインストール用のアダプタが必要なんだろ?」


雄介がお店を指差す。そこにはデバイスとチップを繋ぐ変換ケーブルが売られていた。


「まぁチップで売られてる機能には必要だな。……しかしお前が興味持つなんて珍しいな」


そんな返事を聞いて、雄介はカラカラと笑う。

「明日は雪でも降るってか?」と小突いてくるが、雄介の小突きは小突きじゃない。痛い。

僕がやり返してもまるで効いていないようだった。


「まぁ、ちょっとな……」


そう言って雄介は再び前を向く。

その声には、どこか一瞬()()()のようなものを感じるような……。

その話を続ける気がないのか、雄介は別の話題を切り出した。


気がついたら最寄り駅に到着していた。

雄介の実家はここから急行列車で7駅程離れた所にある。

急行一本で行けるから楽と言っていたが、僕からしたら電車に乗るのすら面倒だ。

「じゃあな」と駅前の階段で軽く手をあげる。

しかし、どうしたのか。雄介は階段を登ることなくこちらをじっと見つめた。


「……なぁ、俺さ、実はお前に頼みたい事があるんだが……」


「なんだ」と僕は固唾を飲み込んだ。

雄介がこんな真剣に頼み事なんて、今日はとても珍しい日だ。本当に雪が降るかもしれない。

しかし、雄介はそこまで言って、「いや、明日言うわ」なんて話を切り上げた。じゃあまた明日と階段を駆け上がっていく。


いやなんなんだよ!人騒がせな奴だな。

そう戸惑いつつも、内心気になって仕方が無かった。

雄介が頼み事……真剣な話……街中の逆ナンにも目もくれなかった……まさか!

僕は震える体を両腕で押さえて、背後に……()()()()()気をつけながらそそくさと帰路に着いた。



……

翌朝は快適な目覚めだった。

そう、目覚ましの新機能が、僕の脳波を読み取り、最適なところで起こしてくれたのだ。


お父さんにねだった甲斐があったと、朝のコーヒーを一口飲む。「熱っ!」……次は猫舌改善の機能もねだってみようか……。


いつもより早く学校に着く。まだ生徒たちは殆ど来ていないようだった。

ただ1人が黙々と今日の課題をこなしている。今時珍しいおさげ眼鏡の沼田さんだ。内向的ではあるが、顔がそこそこ可愛いため密かに人気があったりもする。

どうやら彼女は朝早くに来て宿題を片付けるタイプらしい。


「はよ。」

「……おはようございます。」


沼田さんはチラリとこちらに目をくべた後、再び課題に目線を戻す。

彼女の机には、まるで邪魔と言わんばかりに、()()()()()が押し付けられ、食い込んでいた。

再び沈黙が流れる。沼田さんは、横に垂れる髪の毛を掻き上げながら、たまに手がデバイス追いつかんというばかりにぐちゃっとシャーペンが乱れていた。


「課題とかもデバイスで送信出来たら良いのにね。」


笑いながら話しかけると、一瞬彼女の手が止まる。

初めて話しかける相手に、心臓は高鳴っていた。

手が乱れていたのを見られていたのが恥ずかしかったのか、軽く左手を右手に添えた。

白く細い手には若干の汗が見える。


「そうですね、でも無理です。社会ではアシデ非所持者も多くいるので基本的に紙や、視覚的に映し出せるデータでしかやり取り出来ません。なので、そういった訓練の為にも、無理かと。」


彼女は無表情のまま答える。眼鏡の奥は反射して見えない。

「沼田さんは真面目だなぁ」なんて笑うと、何か彼女の気に触ったのか、何も言うことなく課題に戻ってしまった。

これはまずい。


僕は急いでカバンの中から小包みのチョコレートを取り出す。

……溶けてないのをきちんと選んで。

それを彼女の机にコツンと置くと、彼女はビックリしたように僕を見上げた。


「これあげるよ。お疲れ様。」

「……ありがとうございます。」


彼女は驚きの中にもどこか照れているようだ。しかしチョコレートを左に避けて、また課題に取り組む。

もしかして、チョコ苦手だっただろうか?

しかし、これで何とか友好的であるとは示せた……と信じたい。

僕はそのまま席に戻って、荷物を机の中に詰めた。



……

僕は放課後、雄介に屋上に呼び出されていた。

「先屋上行ってるわ」と雄介は軽く僕の肩を叩いた。

あぁ、この友情も遂に崩れる時が来てしまったか。

なんて断ろう。「僕はお前のこと親友だと思ってる」……いや、ハッキリとNOと言った方がいいか。


こんなことなら、女の子っぽいってチヤホヤされることに優越感を覚えず、この長めの髪を刈り上げてくるんだった。

一人称も俺にして、ゴリゴリマッチョの機能も導入して……。


屋上に着くと、雄介はフェンスにもたれかかって、スマホをいじっていた。

僕は決心して雄介に近づく。

すると、向こうもこちらに気付いたのか、片手を軽くあげる。


「お疲れ。」

「お疲れ。頼み事の話だろ?」

「そう。早速だが……ちょっと後ろ向いてくれねぇか。」


けつ穴が自然とキュッと締まる。「それは無理だ」と叫ぶと、雄介は「あ?」と眉を寄せた。


「……まぁ良い。頼み事っつーのはこれだ。」


怪訝そうな顔をする僕の目の前に出されたのは、一枚のチップだった。

商品名が何処にも書いてない、()()()()()()()

いかにも怪しい。


「お前、これは何だ……」

「あぁ、実はな、俺エンジニア目指してんだわ。」


「はぁ!?」と思わず声が上がる。いやいや、え?じゃあ今までの態度はなんだよ!あんだけデバイス使用者を非難しておいて!?


そんな表情を察知したのか、雄介は「旧人類が新人類にとって必要不可欠な機能を作り出すんだ。面白いだろ?」とニヤリと笑う。


「確かに新人類の態度は許せねぇ。しかし別にデバイス自体を恨んでるわけじゃねぇよ。」

「じゃあ、もしかして、このチップって……」


「あぁ、それが頼み事だ。俺の()()()になってくれ。」


雄介は目をギラリと輝かせる。

そんな話に、僕はどうしようもなく胸が高まっていた。

「不具合が多そうだ」「騙されていないだろうか」そんな感情は、「()()()()」の文字で上書きされていく。

「本当は勝手にインストールしようとしてたんだが」と豪快に笑う彼の手には、アダプタが握られていた。


「因みに機能はなんだ?」

「まぁ、なんつーか、カウンター?シンプルに、ボタンを押した分だけ数が上がってくやつ。」


確かに、基本機能にありそうで無いものだ。

贅沢を言えば、視覚情報だけで一発検知……なんてものは難しいか。


早速インストールして試してみる。

どうやら、本当にただのカウンターのようだ。1、2、3……リセット、ちゃんと使える……!


「成る程、シンプルだけど確かに使えるな……!」

「そりゃよかった!……そんで、改善点なんかはどうだ?」


雄介は興奮して僕の肩を掴んだ。ユサユサと振動で目が回りそうだ。

僕は「うーん」とひとしきり悩む。まぁ強いて言うなら、押した時にちゃんと押したか分かりづらいから、効果音かなんかが欲しいくらいか……。


それを伝えると、雄介は「分かった」とスマホにメモを取っていた。

それを見て、真剣にメモをする姿がおかしくなって、つい吹き出してしまった。



何回このカウンターの機能を試したのだろう。

空はすっかり夕日に染まっていた。

もうこんな時間か、なんてフェンス際の鞄を2つとも持ち上げ、片方を雄介に投げ飛ばす。

雄介もお礼を口にして、僕が放り投げた鞄を見事受け取った。


「因みに、まだいくつか開発中のものがあるから、完成したらまた頼むわ。」


そういう雄介の表情は、どうやらまだ興奮が収まらないらしい。

初めての体験が成功したんだ、そりゃそうだろう。

そういう僕も自分の口角が上がっていくのを抑えられずにいた。

「おう!」と僕は元気よく拳を前に突き出す。

果たしてこの同盟は、僕たちの未来をどのように変えていくのか。

その拳に雄介も拳をぶつけ、僕たちは学校を後にするのだった。

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