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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第一章
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006☆吹雪と睡魔【狼】

初のロウ視点です。主にロウが頑張る話です。つかロウだけ頑張ってます。そしてさらっとシンの能力的なものをシランが言ってる、けど、まあ現時点ではあまり気にしなくていいとこですねー。

まあそんなロウ君の頑張る六話目をどうぞ~。

「シン大丈夫かあ?」

「…………ぁ……ん」


 全然大丈夫そうじゃなかった。今にも倒れそうな危なっかしいシンに不安になる。それにしても……。


「まっしろ」

「……ぅ……な」


 どうもシンは「そうだな」と相槌を打っている、と言うか打ちたいようだ。しかし言葉になっていない。それ程までに眠いらしい。

 これは、重症だ。


「シン戻ろ」

「……ゃ……ぃごとぉ、……なきゃ」


 ほとんど言葉にならない言葉。でも不思議と何となく伝わってくる。いやだ、仕事やんなきゃ。多分そんな意味だ。ロウはため息を吐いた。白く、吐く息すらも一瞬で凍り付いてしまいそうなくらい。いや凍る間なんてない程強く吹き付ける風があるからいくら寒くてもそれは無理か。


「ふぶき」


 見事に吹雪いていた。視界はほぼゼロ。寒さは無視出来ても、視界がないこの状況は無視出来ない。見えないんだけど。


「……シン」


 シンは今にもこの凍える風に吹き飛ぶか、生きた雪だるまになりそうな様子だ。動きが緩慢で、シンらしさが微塵もない。防寒具でぶっくりと太ったシンは、それでも寒さに背中を丸め、凍えていた。


「だからロウ行くって言ったのに……」


 話は少しばかり遡る。それは今朝のことだ。


「冬眠か、シン」

「………………ん、あ?」


 かなりの間があってようやく微かに反応があった。シンはとろんとした目をしばたかせ、ゆっくりとシランを向き、しばらくぼんやりと見てから言った。


「……呼ん、だか?」

「タイムラグがあるな」

「ん……あぁ」

「起きているか?」

「……ん……ぉ、てる」

「……」


 びっくりした。正直驚いた。シンが恐ろしく反応が悪い。と言うより、全く起きてない。一応意識がある、と何とか表現出来るレベルだ。一体どういうことかと、疑問をシランに視線という形で問い掛ける。案の定、シランは直ぐに気付き、溜め息混じりに教えてくれた。


「変温動物、に近いらしい」

「へんおん動物?」

「自立した体温調節ではなく、外部の温度変化により体温を調節する動物だ。トカゲやカメが当たるな」

「……シンは、何?」

「ドラゴン。……多分爬虫類に入るのだろうな。外見的にも、恐らく」

「シン、ドラゴン?」

「まあ自称、だがな」


 シランは不機嫌そうに顔をしかめた。わからないことがあるのがもどかしい、といったところだろうか。いつもの不機嫌をより深めたような顔をして眉間に皺を寄せていた。


「しかし実際、皮膚に鱗を出したり、火を吹くことを鑑みるに……まあ普通の人間ではないことは確かだな」

「火ぃ吹くのかシン!」

「ああ。今度見せてもらえ」

「うん!」


 凄いなシン、とか思っているとシランが深々と溜め息を吐いた。


「一番妥当なのが何か爬虫類の変異種の遺伝子を持った人間なのだろうが、火を吹くとなるとわからんなぁ……」


 どうもそれはシランの悩みの種のようでぼやくようにそんなことを呟いていた。


「なあシラン。変温動物だとどうなる?」

「……ああ続きか。変温だと環境の変化に弱いらしいんだ。自分で体温が調節出来ないから、体を動かすエネルギーを確保出来なくなる」

「暖かくないと動けないのか?」

「まあそういうことだ」

「ドラゴンなシンは寒いと動けないのかぁ」

「まあ人間部分もあるから全くではないが……かなり機能停止に近いな」

「ふぅん」


 話を聞いて改めてシンを見る。話の途中で力尽きたようで、机に思いっきり顔をぶつけて眠っていた。腕を触ってみる。人にしてはひやっとした感触だった。


「大丈夫かシン」

「駄目だろうな」

「……」


 返事はやっぱりなかった。そんなことをしている間にシンの仕事の時間が来てしまった。仕方ないからロウが行く、と出ようとしたら死霊のようなシンに足を掴まれ、結局半分寝ながらも意固地になったシンが無理矢理ついてきて──。


「………………っ、あ」


 シンは小さな小石に器用につまずくと、顔からもろに雪に突っ込んだ。


「……」


 目も当てられないような状態になっていた。


「シン、大丈夫かぁ?」

「……ぁぁ……うん」


 シンの首根っこ、と言うか防寒具をむんずと掴み、シンを救出してそう尋ねると、多少ましな返事がようやく返ってきた。しかしどうしたらいいんだろ、という感じだ。

 とりあえず面倒になってきたので掴み上げたシンを持ったままロウは歩いた。遅れ気味だった荷馬車に追い付くと、ふにゃふにゃなシンを荷台に放り、ロウは御者台に顔を出す。


「馬大丈夫かぁ?」

「なんとか、ね。シン君は?」

「多分だめだ」

「あはは、そっか」


 苦笑いをして答えるのは今回の依頼人さん、ハギノさん。シランと同じくらいの年格好の優しそうな男の人だ。切れ長の目を和ませて、吹雪の中とは思えない程安穏とした調子で話す。


「ロウ君が来てくれて良かったよ。ロウ君は寒さに強いのかい?」

「うん。ロウ寒いの得意だぞ」

「うんうん、頼もしいね。あと少しだからお願いね」

「うんっ」


 力強く頷くと御者台から今度は屋根の上に跳び移った。見晴らしは全く良くないが、多少はわかりやすくなる。痛いくらいに吹き付ける風とか雪の塊に負けず、毛皮のフードの中で耳をそばだて、鼻を利かす。何となく、何となくだけど予感がする。来るのか、来ないのか。

 じっ、と氷の彫像のように静止して集中していると、耳が何かを捉えた。目を見開き、辺りをよく目を凝らして警戒する。すると視界の隅に動くものを見つけた。直ぐに屋根から降りるとハギノさんの隣に立った。


「来たぞ。走って」

「ロウ君、流石にこの天候でこれ以上のスピードは無理なんだ」


 困った顔でそう返されてしまった。そっか。……ならわかった。

 ロウは御者台から小窓をするりと抜けて荷台に行くと、死んだようにぐたーとなったシンの肩を掴んだ。


「シン起きるー!」


 ぐいぐいと肩から体ごと容赦なしに揺らす。しかしシンは起きない。むぅっ、と膨れっ面になったロウ。もう本気なんだぞ、とばかりに今度は頬をバチンバチンと叩き始めた。


「シ~ン~!」

「……っ……って、ぇよ」


 弱々しくも何とか開いたシンの目はかなり涙ぐんでいた。


「ロウ、痛い……」

「シン馬車守る、ロウ行くっ!」

「守る、だな? わかった、わかったから痛い……」


 シンは腫れ上がった頬を泣きながらさすっていた。流石にやりすぎたので手短にでも謝ると、ロウは再び屋根の上によじ登った。

 いた。

 それは綿のような毛玉のような白い玉だ。いや白い玉のような生物だ。雪に紛れたそれが吹雪の中、ポンポン跳ねていた。たくさん。


「……」


 初めて見た。なんだろあれ?

 でもあんまり大丈夫ではなさそうだった。跳ねてるだけなら平和そうだけど……多分それだけじゃ終わらない。

 だからロウはフードをぐいっと深く被ると前屈みになり、爪を構えた。

 一つ、他より強く弾んでいたやつが一番乗りを決めたらしい。一瞬動きが止まったかと思うと、縮こまり、一気に伸び上がった。狙いは馬。白い玉はがばっと中身を見せるように開くと、上から馬目掛けて落ちていく。それを。

 べしっ。

 と叩き落とした。白い玉もどきは思いっきり地面、と言うか雪、に叩きつけられたが、特にダメージはなかったようでまた跳ねた。でも警戒はしたようだ。

 だからか今度は本気だった。待っていましたとばかり待機組が一斉に飛び掛かって来たのだ。

 ロウを狙って。

 赤い赤いおっきな口を広げて。


「ぅああああっ!」


 はっきり言って。

 悪夢だった。ホラーだった。

 白い玉の中は口だったんだ。口しかないのかって言うほど歯がびっしりと並んだ真っ赤な口腔を見せ付けるように跳ねてきたのだ。団体さんで!

 ロウはかなり必死だった。いくら野生児と呼ばれるような生活していても、こんなのに狙われたことも襲ったこともない。本気で恐怖を感じながらもロウは必死に対応する。

 まずとりあえず逃げた。避けた。まずあんなの正面から受けられないので避けた。幸いロウ目掛けてやってきたので馬には届かなかったから。

 そして落ちたやつらに狙いを定める。白い玉もどき。大きさはロウの両の掌をいっぱいに広げたくらいの幅で、丸い。頭くらいなら丸呑みされそうだ。だから狙いやすいと言えばそう。なので雪玉の山のようになったそれを、思いっきり。

 殴った。

 だって一つ一つ切りつけるにしたって、数が多すぎる。だから滅多に使わないようなことだけど、殴った。爪は収納してから。

 プギィ!

 変な悲鳴のような鳴き声がした。でもとりあえず。殴る。渾身の力で殴る。殺さなくていい。ただしばらくは襲ってこないように。

 あとは時間稼ぎ。

 馬車は上手くロウと白玉を避けてもう走り過ぎている。シンに頼んだから大丈夫。多分、大丈夫。……大丈夫だよな?

 とにかくロウは出来るだけ多くを引き付けて、適当に弱らせて逃げ切れば良い。

 脇から最初にあしらったのとか、殴打から逃れたやつが再度襲い掛かってきたけど。


「ロウは負けないぞっ」


 また爪を出すと、狼の瞳で笑った。


☆ ☆ ☆


 何とか白い玉ご一行を追い払ったので、大急ぎで馬車を追い掛けていた。でも多分そこまで先には行っていないと思う。この吹雪だし、護衛がシンだけでは今日は不安だろうから、多分待ってる。だから急いで走っているのだ。が。


「やな感じ」


 もしかしたら別の獣に襲われてるかも、と思った。

 案の定。


「ロウ君、シン君が……」


 熊がいた。多分熊。や、牛? ……わからない。

 はっきり言ってよくわからない生物がいた。でも多分、熊。全身に皮膚が弾けるんじゃないかってくらいに肉を詰めた、筋骨隆々な、熊だ。それとシンが戦っていた。眠気でふらふらなまま。

 急いで間に割り込むとシンを抱えてそのまま通り過ぎた。


「シン大丈夫か?」

「……まぁ、何とかぁ、ぁ」

「……」


 やっぱり駄目かもしれない。

 とりあえずシンは離脱させることにして馬車付近にほっぽると、ロウは二本足で堂々と立つ熊に向かい合った。

 ロウの獲物は大体こんなのだ。あんまり小さいと面倒で手間なので、大抵大物を一頭狩ったらそれを腹に詰め込んで数日もたせる。だからこういうある程度大きなのは得意だ。

 でも、ロウは狩りが得意なのであって、殺傷は得意ではない。そういうところは器用じゃないのだ。そして今は食事してる場合じゃないし、そんな時間はない。今立ちはだかる熊は、ただの障害でしかないのだ。

 なら、退かす。

 それだけでいい。


「帰ってくれ」

 …………。


 返答はなし。殺意はあり。

 それならいいよ。受けて立つぞ。

 そう無言の内に意思伝達を済ますと、ロウは腹を決めた。熊の目の前までずんずんと迫ると、熊の手に自分の手を伸ばした。

 ……届かない。

 身長差に理不尽を感じながら、少しいじけた気分になりながら、仕方ないのでぴょんと跳ねた。それでようやく熊の手を掴めたのでぐっと腹に力を入れ、前転をするように体を捻った。

 どったーん、と。

 ロウは全身を器用に一転させることで熊の巨体を思いっきりを投げ飛ばしたのだ。

 背負い投げ、というのを一応知っているが、多分違うだろう。掴んだ手を無理矢理引き寄せ、そうして強引に相手の体を浮かせて、これまた力任せに地面に叩き付けたのだ。熊は全く反応が追い付いていないようでぽかーんとした顔で固まっていた。

 まあ、いいだろ。

 ……ちょっと惜しいけど。けど。


「シンの料理が待ってるからなっ」


 だから帰りに会っても食べないぞ、熊っ。と聞いてなさそうな台詞を言うだけ言うと、ロウは馬車に戻ろうと振り返った。

 馬車が横転しかけてる。


「ロ、ロゥ……」

「シン!?」


 何だか呼ばれているので慌てて馬車まで駆け戻る。

 どうもさっき熊を叩き付けた振動で馬車が傾き出したのだろう。それをまあ仕事の一環だし支えようとしたのだろう。けれど睡魔という敵と戦っているシンにはあまり力が出せなかったのだろう。

 だからシンはピンチだった。今にもシンは馬車に押し潰されそうだった。


「ゥ、……」


 倒れる──!

 ロウは思いっきり地面を蹴った。弾かれた球のように、猛スピードで突っ込んで行き。


「……ロウ頑、張った」


 息切れしながらも何とか手を伸ばし、傾いた馬車の側面を支えた。間に合ったみたい。軽く力を入れて車輪で立てるように戻してやる。

 ロウにとってはさほど重くはなかったけど、シンにとっては重かったな、と思った。そして足元でどさっ、というシンの力尽きた音を聞く。


「ドラゴンも、大変だなぁ」


 限界を越えて本格的に眠り始めてしまったシンを見て、シランがいつもするようにロウは苦笑した。


☆ ☆ ☆


「ただいまー」

「……ぁ……ぃま」

「……苦労かけたな、ロウ」


 早速労われてしまった。シランは本当に申し訳なさそうに、背負われたシンを見ている。


「ロウ頑張った!」

「ああ、偉いなロウ」


 ぽん、と温かい手が頭に乗った。ちょっと硬い、でも優しい手。偉い偉い、とロウの頭を撫でてくれた。ロウは照れ臭くて、嬉しくて、えへへと笑う。

 シランはそうしてからまたシンに視線を移すと、苦笑しながら言った。


「さすがに寝かせてやるか」

「だなっ」


 毛布を引っ張ってくるとシンを降ろした。もうだるんだるんなシンはもぞもぞと毛布を体に巻き付けると落ち着いたのか、直ぐに眠ってしまった。


「だらしないやつだな」


 呆れ顔で呟くが、どこか安心したような雰囲気もあった。それを見て、ロウは閃いた。


「そっか」

「……何がだ?」


 いぶかしげに問うシランに向かってにっこりと笑むと、ロウは言った。


「シラン心配だったんだな、シンのこと!」

「……当たり前だろう。こんな状態、なんだからな」


 いつもより不機嫌そうでもあり、どこか照れたようにも見える、動揺したシランの言葉が返ってきた。

 ふと、仕事中に考えたことを思い出し、シランに質問する。


「明日はシンの料理、食べれる?」

「……さあ、な。気温が戻れば直ぐにでも復活するだろうが……そんなこと、誰にもわからないだろう」


 シランは窓の外、未だに真っ白な雪が舞い、吹き付ける景色を見て言葉する。


「昨日は秋晴れだったのにな……」

「ん?」

「いや……独り言だ」


 シランはそう言って深々とため息を吐いて、また一言漏らした。


「まだ十月のはず、なんだがなぁ……」


 その意味を知らないロウは、ただ小さく首を傾げることしかできなかった。


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