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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第一章
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004◇願い事と優しい人【紫蘭】

シラン視点だとついつい詰め込みがちになるようです!……や、なんかいろいろ説明してたら一万字ほど行ってしまいました。後回しに出来る説明は削ってみましたが、今回は前回の二倍ほどです。ちょっと真面目パートだし、地の文が多めですが、一章と言うか大きな一話がようやく終わる感じなんでお付き合いください!

では引き続きシラン君視点な第四話始まります。


追伸。

この前置きの文章が邪魔臭いと思う方は言ってください。その場合は短くするか、ばっさり消すことにします。

「人間と変異種の間の子、というやつか」

「んー?」


 能天気な顔を向けてくるロウに、少し言葉に迷ったが、ここで止めるのも気分が悪いので独り言覚悟で続きを口にする。


「変異種の遺伝子を使って作られた、人工的な人間の変異種。そんな噂を、よく聞く」


 今日の日本は生態系がものの見事に崩れ去っている。

 ある時期、異常気象を耐えるために様々な生物の突然変異が大量に現れた。それが次第に落ち着き、定着したのが現在変異種と呼ばれる常識はずれな野生生物たち、なんだそうだ。

 しかし俺達は普通の生物とやらをほとんど見たことはない。遠い過去のことは書籍の中にしかない。百年以上も前の日本は、もう本でしか知り得ないのだ。


「お前は人間の変異種なのか? 狼の遺伝子を持った、人間なのか?」


 様々な生物が突然変異を繰り返し、今の姿を獲得したが、人間は特に例外だった、というのはよく聞く話だ。……本の中で、だが。

 何故か人間は大きな進化も退化も、突然変異も何も起こらないらしい。理由はわからないが、人間だけは百年前も変わらない姿をしているそうだ。その事実は、人間にとって何だか安心してしまう事実だと俺は思う。

 しかし、そうは考えない人がいるらしい。そうした人々は無謀にも、非情にも、生命の神秘というものに手を入れ始めた。という噂、なのだが……。


「ロウはロウで、狼……だと思うぞ?」

「……そう、か」


 心の内で密かにため息を吐いた。こいつらは本当に、どうしてそう自分のことに無関心というか無頓着なのか。何だかんだでやっぱり似ている。シンとロウは。


「まあ、お前が話す必要がないと思うなら、それでいい」

「……ロウ、覚えてない。いろいろ」

「記憶喪失なのか?」

「わかんない」


 要領の得ない会話はそれが原因でもあるのか、と妙に納得する。ロウは気にした風もなく、ぱちゃぱちゃと水面を軽く叩いて遊んでいた。

 いい湯加減。今はのんびりと二人並んび、がらんとした広い湯船に浸かっていた。

 風呂に入る前に発覚したロウの尻尾。俺には判断しきれないことだったのでとりあえず受付のお婆さんに確認を取ったが。


「平気よ。大丈夫だから入ってらっしゃい」


 と普通に言われてしまった。何でも常連客にも尻尾がある人がいるらしい。寛容な銭湯だと感心してしまった。寛容なこの街らしい判断だとも思う。

 なので結局普通にロウは銭湯に入った。と言ってもあの汚れ具合。まず湯船には浸かれない。ロウはたどたどしい手付きながら自分で身体中を洗い始めたが、あまりに終わりそうになかったので助けてやり、何とか許容範囲だと言える程度まで綺麗に出来たので、こうして一緒に温まっているのだった。


「平和、だな」

「そうだなー」


 ロウは大人しくて助かる。昔初めてシンを銭湯に連れてきた時、あれは最悪だった。非常に苦労した。


「シンは水怖い?」

「らしいな。飲んだり触る程度なら気にならないようだが、浸ったり浴びる程の量になると何故か怖いらしい」

「なんでだろ?」

「さあな。当人も理由はわからないと言う」

「不思議だ」

「不思議だな」


 でもその水嫌いのせいでシンはこの銭湯で大暴れしたのだ。

 まず銭湯、風呂というものを理解していなかったらしい。初めての風呂を見て、使用用途を告げると逃走した。無理矢理なだめて体を洗わせた、と言うか洗ってやったが、今度は頭からお湯をかけるというところでまた暴れた。何人か犠牲者を出しながらも何とか泡を流してやり、そこで俺は放棄した。シンは必死な顔で逃げようとしたが、何故か悪乗りした男達がいて、そいつらが上手く言いくるめたようでシンは恐る恐るだが湯船に入り、一応肩まで浸かった。良くもまあ犠牲者が屍のように散乱している中でそんな無謀なことを、と思った。

 だがまあそこまでは良かったのだが、とうとう恐怖が許容範囲を越えたらしく、なんとシンがぼろぼろと泣き出してしまったのだ。すると男湯内はまた別の意味で大混乱に陥り、俺は溜め息と困り顔でシンを連れ出し、再度なだめるはめになったのだった。


「シン大丈夫だったか?」

「しばらく混乱気味だったが、まあ何とかなったな。でもそのおかげで銭湯はトラウマの象徴だな」

「だからやだって言ったか?」

「だろうな。まあ、湯船には漬からないが体を洗う程度ならたまに行っているはずだ」

「怖いのに、すごいなっ」

「恐怖心と気遣いの葛藤の末、だろうな」


 シンの仕事と言えば専ら都市間の護衛だ。依頼は多いし、割と実入りのいい仕事だから腕に自信がある人は副業のようにやっている。本業と言うと恐らく、一年契約などを交わして長く護衛したり、旅して回っている人を呼ぶのだと思う。

 半田さん経由で斡旋してもらっていたが、次第に指名で依頼が来るようになり、一部では結構有名人のようだ。……と、話が脱線したな。

 そういうわけでシンは護衛の仕事をしている。そのため泥や血で汚れやすい。だからそういったものが酷い時は銭湯なり近くの川で洗ったりしている。慣れただろうがあの嫌がりようだとやっぱりまだ苦手だろうな、と思う。


「案外匂いを気にするんだ、あいつは。血の匂いを家に持ち込みたくないらしい」


 気にしなくてもいいのに、と思ってしまうが、意地のようなものがあるらしく、曲げる気はないようだった。


「でも多分シン、鼻良いからやなんだよ。ロウもあんまり好きじゃない」

「そうか……そうだよな」


 俺はあまり匂いは気にしない。でもシンやロウは多分俺と比べられない程に鼻が利く。それは仕事をする上では有利だし便利だが、日常生活を送る上では、優秀過ぎる。だからあいつは様々な匂いが混在する街中は苦手だし、ロウも戸惑っていた。

 一般人基準で出来るだけ考えてやりたいが、やはり、違うんだよな。シンは人間の枠には収まらない。可哀想と思うのは筋違いかもしれない、が。


「あいつの願い、俺には叶えてられそうにないな……」

「願い? シンのか?」

「ああ」

「きいても、いいか?」


 ロウは遠慮がちにと言うか、無理に話さなくていいんだ、と言うように優しく確認した。シンなら絶対に無遠慮か、好奇心を隠しきれずに相手に苦笑されるのが常だが、ロウはその点、丁寧だった。やっぱり記憶がないだけでちゃんと誰かに育てられていたんだろうという確信を持つ。

 そして改めて幼い顔には少し違和感を覚える、誠実そうな顔を見返すと、小さく溜め息をついた。こういうのは苦手なんだ。


「人間に、なりたいんだ」

「……人間になりたい?」


 俺がぼそっと言った言葉を、ロウがおうむ返しに言った。俺は何となく気が抜けて軽く頷くと、天井を仰いだ。


「そう。あいつはな、優しい人間になりたいらしい。だからかいつの間にか母さんから料理やら家事を習って、ああしている」

「なんでなりたい?」

「……あいつは勘違いしてるんだ。あれで頑固だからな、ちっとも考えを改めてくれない」

「何を勘違いしてるの?」


 素朴な疑問、と言った感じにロウは無邪気にそう訊いてきた。出来ればはぐらかしたいところだった。俺は何とも苦い顔をした。最後の抵抗にロウの顔をちらりと見たが、あまりに純粋な子供の顔に、結局逃げられず、溜め息混じりに答える。


「……あいつは、俺を……優しいと思ってるんだ……優しい、人間だと」

「シランは優しいぞ?」


 迷うことなく返ってきた言葉に、思わずげっそりとした顔になる。


「冗談を言うな。優しいという意味すらわかっていないやつが優しいわけがない」

「でもシラン優しいっ」

「どこがだ……」

「洗うの手伝ってくれた!」

「昼食が遅くなりそうだったからだ」

「でもシラン優しいよ?」

「……」

「だってシン優しいの、シラン優しいからだぞ?」

「……なんでそうなる」

「そんな感じした!」

「……はぁ……大体気紛れに手当てしてやっただけなんだ。なのに家にまで来て……俺と居たって何も変わらない」


 あいつに必要なのは本当に優しいやつだ。母さんとか、半田さんとか、それにロウだってそうだ。なのになんで俺を選ぶのか……。

 そんな思考は次の言葉で遮られた。


「じゃあなんでシラン、シンといる? シランはいやって言えた」

「……」


 真っ直ぐ過ぎて、少し痛い言葉だった。なんせ俺には答える言葉がないのだから。だから苦し紛れのように、言い訳のように呟いた。


「……感謝の言葉も知らない馬鹿を、放置できるか」


 何となく気まずくて、俺は天井を睨むように見詰めた。誰かの描いた青空が、俺を見返していた。



◇ ◇ ◇


「おっ、おかえり~」

「……只今帰った」

「ただいまっ」


 狭い家の中を器用に駆けるとロウはシンに飛び付いた。


「おーおー、さっぱりしてきたか。見違えたな、ロウ」

「お風呂おっきかったぞ! 銭湯すごいな、はじめて!」

「そっか~、銭湯は初めてだったんだな。なあ、天井見たか?」

「んー?」

「あそこ空の絵が天井に描いてあんだ、しかも青いのが!」

「ロウ見なかった……」

「あー、出掛けに言えば良かったな。悪い、さっき思い出したんだ」

「……俺としてはお前が気付いていたことが意外なんだが」


 初めての銭湯の取り乱し様からして、銭湯では冷静を保てないだろうと思っていた。斯く言う俺も今日初めて気が付いた口だ。


「いやさ、水見ると落ち着かないなら上見てれば、って言われて見たら青空の絵があって、軽く感動して……やっぱり青っていい色だよなー。空は青だろ。なんで晴れねえんだー!」

「……」


 ほとんど説明になってない、と言うか最後なんて文句になっているシンを見て、会話にならんな、と諦めた。コートを脱ぐととりあえず椅子にかけ、ロウもシンから引き剥がすと上着を脱がせ席に着かせた。俺も席に着く。

 何だかんだで手際の良いシンは、数分で仕上げを済ませると料理を並べ出し、昼食の準備は終わった。上機嫌なシンが音頭をとる。


「んじゃ、命に感謝して、いただきますっ!」

「戴きます」

「いただきますっ」


 皆一斉にスプーンを持つとカレーに取り掛かった。しばらく黙々と食事をしていたが、皿を半分ほど空けた頃に俺は顔を上げると、訊きたかったことをようやく口にした。


「シン、なんでロウの尻尾のことを言わなかった?」


 これは尻尾の衝撃から落ち着いてまず思い浮かんだことだ。ロウを着替えさせたシンなら見ているはずなのだ。では何故何も言わなかった?


「え? 尻尾ってダメなの?」

「……?」


 逆に首を傾げてしまった。シンが慌てたように言葉を繋げる。


「だって尻尾あるからって何も問題ないじゃん。それにロウ、一応隠してたし、大丈夫だろって思って」

「風呂に入る時には見えるだろう?」

「でも前に尻尾ある人入ってたし」

「……」


 もしや普通なのか? 尻尾があるなんて常識なのか? ……っていやそれはないか。流石にシンも尻尾はない。しかしまあ……。


「今更、か」


 そもそもこの街にはシンやロウのような人、と言うか人種は他にも何例かあるようで、シンの受け入れも案外簡単に通ったことを覚えている。その中に尻尾のある人だっているだろう。そういう街だった。


「わかった。そうだな。いけないことではない……ただ、驚くから先に言って欲しかった、な」

「あ、悪い」

「いや……すまん、今のは意地が悪かった。気にしないでくれ」

「……シランってほんとめんど臭いよな、たまに」

「……悪かったな」

「別にぃー。慣れてるからなっ」


 シンは仕返しとばかりに意地悪な顔をしてみせると、けらけらと笑った。俺は苦笑するとカレーを口に運んだ。そんなやり取りをぼんやりと見ていたロウがご飯を飲み込むと口を開いた。


「シンはいつからシランとこ来た?」

「んん? オレがいつからここに住んでるかってこと? えーと……」

「……四年、ほど前からじゃないか?」

「おーそっか、四年かぁ」


 シンは自分のことなのに俺の言葉で納得顔。まあここに来るまでは年を数える習慣を知らなかったようだし、最初の頃は数字を知らなかったのだから無理もないか。ロウは何故か嬉しそうに頷いていた。


「長いなっ。仲良しだなっ」

「だろー」

「……」


 男二人にその言い方は、言葉は……逆に少し不気味な感じがするな。と顔をしかめそうになる。いや、もうなっているかもしれないな。

 そんなことを心中でぼやきながら、ロウを見た。


「ずっと二人?」

「ううん。前まではスズさんもいて三人暮らしだったよ」

「二年前だったか。因みにそのスズさんと言うのは俺の母親だ。観月鈴蘭みづきすずらん

「優しい人でな、綺麗な人なんだ。今はシランの父ちゃんとこだけどな。シランも二十歳になったし、オレもいるから大丈夫だろうって、そっち行ったんだ」


 俺の父親も鍛冶師だ。正しくは父親が鍛冶師で、俺も鍛冶師になったというところだが。偏屈で人が苦手な父は、数年前に人里離れた辺境で新しく工房を構えた。なので残った工房を俺が貰い、一人で仕事をするようになり、母は心配だからと一緒に残っていたが、シンが来てそれもなくなったようで、二人目の心配な人、つまり父の世話をすることに決めたらしい。


「だから今は二人暮らしだな」

「……」

「ロウ?」


 シンが気遣うような声で名前を呼んだので俺もロウの顔を覗き込んでみる。視線は上の方を向いて、顔は呆けたようだった。しかし直ぐに二、三度瞬きをすると何でもないように首を傾げた。


「なんだ?」

「……大丈夫なら、いいけど」

「ロウは、両親は覚えてないのか?」


 何となく予感があった。ロウの記憶の穴は、これだという勘が。そしてそれは当たりだった。

 ロウは目を見開くと、直ぐに固く閉じた。耳をふさぎ、膝に顔を埋めると、椅子の上で小さく丸まってしまった。

 俺とシンは驚いて思わず顔を見合わせた。


「……ロウ?」

「うー」

「ロウ、どうしたんだよ。何か悪いことしたか? オレ駄目だったか?」

「……」


 シンがいくら優しく話し掛けてもロウは顔を上げなかった。たまに唸り声を発するだけだ。居たたまれない気持ちになって、俺は立ち上がった。


「……ロウ、俺が悪かった。親のこと、不用意に訊いていいことじゃなかったな」

「……」

「もう言わない。許してくれとは言わないが……まだご飯残っているんだ、顔を上げてくれ」

「……うー」

「……」


 困った。しかし俺の心ない言葉が原因だ。なら、仕方ない。


「わかった。俺は外にいるからな。シンなら大丈夫だろう?」

「おいシラン……」


 シンが不安そうな顔で引き留めてきたが、俺はそれを無視して裏戸から出ようと歩き出し、ロウの隣を通ろうとした時だ。


 ぐい、と。


 弱いけれど、小さくだけれど、服の裾を摘ままれ、俺は驚いた顔で振り返った。


「シラン、居なきゃだめ……シン悲しい。ロウも、悲しい」


 黄玉の瞳が、泣きたそうに潤みながらも、真っ直ぐに俺を見ていた。俺は苦笑も出来ず、間抜けな顔でそれを見返す。


「……いい、のか?」

「……ごめんなさい」


 よくわからないけど……許してもらえたらしい。だから俺は小さく、戸惑いながらも感謝の言葉を告げた。


 湿っぽくなったが再び三人席に着き、昼食を再開する。未だにロウはぐすぐす言っていたが、一応は平和な昼時が戻ってきたようだった。


「あー……」

「……なんだ?」


 何か言いたげな、けれど言いにくいらしい中途半端なシンを、少し呆れながらも促した。シンはちらちらとロウを伺いながらも俺に向き直り、口火を切った。


「あのさ、その……」

「はっきりしろ」

「……頼みがある、んだけど」


 その言葉に、ん、となった。似たようなやり取りが既にあったな、と思った。あの時の願いは昼食に招待する、だった。……。


「言ってみろ」


 そう言いながらも、何となく予想は出来ていた。しかしそんな様子には全く気付いていないシンは必死な顔で、願いを言った。


「ロウも一緒に、住んじゃダメかな……?」

「この狭い家で三人生活する気か?」

「でもスズさん居た時も三人だったし、いけるだろ? なあダメか? なあシラン……」

「わかった」

「やっぱり普通の人じゃないの二人も抱えるの大変だもんな。シランにこれ以上迷惑かけるなんて図々しかったよな。ごめんよシラン、でも──」

「……お前、話聞いてたか?」

「……へ?」


 間抜け顔のシンに思わずため息を吐きながらもう一度言ってやる。


「わかった、と言った」

「えと……何が?」

「だからロウがこの家に住むことを了承すると言っている」

「ほ、ほんとか? シラン嘘吐かない?」


 ……そんなに信用ないのか。今度は自分に対してのため息を深々と吐いていると、ようやく理解してくれたシンが跳び跳ねた。


「やった、やったぞロウ! 住んでいいって! 嘘吐かないって!」

「ぇ……」


 ロウも信じられないというような顔で俺を見ていた。……本当に信用ないのか、俺。と軽く落ち込みながらもシンに文句を言う。


「最初からそう言えばいいだろう。こんな回りくどいことをせんでも……」

「うえ! き、気付いてたの?」

「流石にわかるだろう」


 一度目のお願いの時、こいつは迷った。多分シンの中ではロウを住むことを俺に了承させるための計画があったのだろう。でも最初のところで悩んだ。普通に頼んでみても良いんじゃないかという気持ちになったから。でも結局はやめて計画通りにした。


「なんで遠回りな方を選んだ? 断られてからやっても良かっただろう? ロウを知ってもらって納得させようという計画は」

「ううっ。全部ばれてるじゃん……」

「ほら、吐け」


 これがあまりに信用がないため、直ぐには了承してくれないだろうと思ったから、と言われたらもう今日はふて寝だ、とか思っていた。しかしそうはならなかった。


「シランなら多分何だかんだで良いって言ってくれると思ったけど……やっぱりシランに決めて欲しかったから。シランがちゃんと断るなら断るで理由が言えるように、したかったから……」

「……はぁ」


 贅沢かもしれないが、信用されすぎも俺には荷が重いことだがな……。


「俺だってお前を信用してる。お前がちゃんとした理由を言えて、ちゃんと納得出来るものなら反対はしない」


 それに、と続ける。


「俺の一存でこの特区に住めるようになるわけじゃない。半田さんに許可取って、住民登録の必要もある。それにロウにも働いてもらう」

「ロウは強いから働けるよな?」

「ロウ、がんばる……っ」


 ロウは少し赤くなった目で、力強く俺を見返した。まあ大丈夫だろうと思う。ロウは素直で誠実な子のようだから。


「でもシラン。なんであんなにあっさり良いって言ったんだ?」

「……」


 やっぱり素朴な疑問。俺は少し困って、目線を泳がした。たまたま目が合ったのは、涙に濡れた、でも何だか嬉しげに笑った黄色の瞳。それが何だか重なるんだ。

 森の奥。暗がりに心細そうにこちらを見上げている、切なくなる程のひとりぼっちな目が。大きな体をしていても小さな子供のような少年の、寂しげに光る紅が。


「……ほっとけないから」

「ん?」

「いろいろと、事情がありそうだからな……。そう言うお前の理由は?」


 そう問い返すとシンは何だか満足そうな顔で答えた。


「シランと同じだ。ロウは何かたくさん忘れてるみたいだけどさ、思い出すにはいろんなことして、たくさんきっかけを作ればいいと思うんだよ。でも森にいても何もないから……」

「……」


 酷く説得力のある言葉。でも釣られて俺まで切なくなる。シンはうつ向かせた視線を直ぐに上げると意気揚々と言った。


「だから! ここで一緒に住めば何か思い出すと思う。それに一人は寂しいかんな、うん、オレもほっとけなかったんだ」

「……ありがとぉ」


 ロウは泣きそうな顔で笑っていた。

 もし俺が拒否したら、ロウはまた一人になる。一人で生きられるのと、一人でいられるのは違う。拠り所のないやつを一人にはしたくない。思い上がりも甚だしい、と言われるかもしれない。でも多分そうなんだ。俺はこいつらを……助けたい。


「……共同生活の基本は、助け合いだからな」


 何故か二人はその言葉を真面目な顔で受け止めていた。そしてシンはにっと笑うと、やっぱり満足そうに言った。


「やっぱりシランは優しいな!」

「……どうしてその結論になるのか」

「シラン優しいっ。ありがと!」

「……」


 俺は大きくため息を着くと、ほんの少しだけ愉快そうに苦笑いをした。


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