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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第三章
42/43

041○おにごっこ【陽】

 ヨミがいなかった。

 シランもシンもロウもいない。争った形跡だけが残されていた。


「美智乃っ!」


 うちが司令室に殴り込むと、美智乃は至って落ち着いたいつもの口調で出迎えた。


「あら早かったのね。いつもの第六感?」

「うちは冗談言いに来たつもりは微塵もあらへんで! どういうつもりや、ヨミらに何したんや!」


 ズカズカと司令室に入るとデスク脇に立つ美智乃に詰め寄る。

 しかし美智乃はちょっと楽しげに、珍しく目元を和ませて答えた。


「そう、冗談はいやなのね。じゃあ先に謝っておくわ」

「は? 何言って――」


「ふざけてごめんなさい」


 美智乃は机を撫でた。次いでカチリという音がしたかと思えば、唐突に足元の床が。

 下向きに観音開きした。


「なにぃ――っ!?」


 と叫んだ時にはもう風切り音で耳がいっぱいになり、バイバイと手を振る美智乃の姿が遠ざかっていく最中だった。


「またトラップ増やしよったな美智乃ぉおおぉぉおぉぉぉ――!」


 叫びもむなしく光源はあっさり閉ざされ、パタン、という音だけが聞こえた気がしただけだった。

 真っ暗闇を落ちてゆく。



○ ○ ○



 最初は安易な共通点だけだった。

 でも次第にまるで正反対でもないようだと思うようになった。


 まず黒い。実は怖い。


「あ、ハルさん!」


 友達宣言の翌日、初めて広い広い食堂で見かけた跳ね放題の純白の長髪の下にあったのは、超絶営業スマイルだった。


「おはようございます! 今日はいいお天気ですね、外には出していただけないようで残念ですが」

「お、おう」

「あの」

「ななんや?」

「どうして五メートル以上離れた柱の陰に隠れて話しているんですか? かくれんぼ……?」

「いやいやいやいや!」


 小首を傾げてとても可愛らしいがそれはないから! と心の中で叫びながら慌ててヨミの近くに向かった。

 さっきまで話していた職員が席を立つと、ヨミはにこやかに手を振っていた。やっぱりなんだか怖い笑顔。


「……えと、改めておはよう」

「はいっ、おはようです!」


 しかしうちが話しかけた途端、パァッ、と花開くような満面の笑みになった。これは本当。素直なスマイルだ。


「ヨ、ヨミ? さっきのやつと何話しとったんや?」

「情報収集ですよ。私たちへの今後の処遇を訊いてみたり、今後協力者として使えるかを見ていました」


 さらりとものすごいこと言った気するで、この子?


「だから、営業スマイル?」

「あ、良くわかりましたね。得意なんですよ。最近知ったんですが」


 ヨミがトントンと隣の椅子を叩いてすすめるので、素直に座ることにした。


「最近、なんか?」

「ええ。本当に数日前のことですよ。正確に言うと五日前です」

「近っ!? 何があったんや? てか五日って言うと――」

「シランさんたちと出会った翌日ですね。ちょっといろいろあったんですよ」


 多分手短に話したのだろう。

 人間が怖かったこと。それを忘れていたこと。それをシランに言われて思い出したこと。向き合えたと思えるようになったこと。

 そんな話をしてくれた、が。


「それでどうして作り笑顔がうまい話になるんや?」


 と問うと、ヨミは苦笑混じりに答えた。


「今までは自然に見えるように振る舞うため、笑顔を作っていたんですよ、無意識に。溶け込もうと必死でしたから。で、作り笑顔をやっと自覚したのがその一件です」

「で、得意だと気づいたから武器にしてみようかと?」

「はい!」


 ヨミ……恐ろしい子!

 うちが戦慄していると、ヨミは少しうつむき、髪の毛を指に絡めたりほどいたりしながら続けた。


「でもまあ……シランさんたちのおかげでもあるんですけどね。こんな風に開き直れるのも」


 照れたように髪を弄りながら、ハニカミながらうちを見上げるヨミは可愛かった。


「今はちゃんと嘘と本当がわかってますから、大丈夫です、よね?」


 彼女たちはまず黒い。実は怖い。

 優しいだけではなく強く逞しく美しく、必要ならば手段も選ばない。そんな彼女らは恐ろしくもある、が。

 本当の笑顔が素敵なのは間違いようのない真実だった。


「まあ大事なんはきっと、何が大切かってことやからな。『本当』を大事にできれば大丈夫やろ」


 だからうちは彼女たちが安心して笑えるように、笑顔で応えるのだ。

 そう、決めたのだ。



○ ○ ○



「まったく。美智乃は冗談が冗談になってないから腹立つわー。下手したら死ぬやろが!」


 うちは怒り心頭で本部棟一階の廊下を闊歩していた。まだ早朝なため人気は疎らだ。

 新品のトラップな癖に、落下地点は古びたトラップと途中合流したせいでクモの巣に埃だらけな場所になっており、おかげで悲惨な有り様になったうちは、クモの巣を引き剥がしながらズカズカドカドカ歩いていた。

 そんなうちに数少ない目撃者が唖然とした視線や呆れた視線を送る。前者は主に事務職の管理部職員、後者は一緒に仕事をする実働部の連中だ。たまに秋峰君の部下がぽかんとした顔をしていたが、ほとんどが呆れ顔だった。

 まあうちが変なことしてんのは日常茶飯事やからその反応はわからんでもないが……少しは心配せえや!

 とか変な方向にもふて腐れながら廊下を進んでいると。


 観月紫蘭を担いだ新見閑歌がいた。


「しぃいずぅうかぁああああああああ!」


 迷わずダッシュしたにも拘わらず、閑歌は数瞬早くスタートを切っていた。先に気づいていたらしい。


「止まって紫蘭(それ)置いて床に正座しいやぁあ!」

「ふふふ、お断り致します〜」


 斯くして鬼ごっこは始まった。


 うちの怒声に驚き立ち止まった隊員や職員を縫うように駆け抜ける。


「待ちぃやぁ!」

「待てませんよ。食い殺されちゃいそうじゃないですか」


 閑歌は軽々とシランを肩に担ぎ、なるべく人の多い方を選ぶように走っていく。相変わらずいやらしいやっちゃなぁ。

 しかし荷物があるのに敢えて障害物の多いコースを選ぶだなんて。


「うちを舐めとんのか!」

「いいえ、ちっとも」


 閑歌はひょいひょい通路を選び、すいすい人混みを抜けていく。うちも思いっきり走りたいが、油断するとぶつかりそうになるし、うちには閑歌のような柔軟さはあまりないから大ケガさせてしまいそうで怖くて全力で走れない――。

 って、それが狙い?

 ちっとも、舐めてなくて、これは本気の策。つまり、や。


 結構焦っとる?


「にやぁーり」


 いやらしく笑いながら決めた。ならうちの本気の本気を見せたるわ!

 うちは一瞬溜めるように体を沈めると、壁に飛び上がり、走った。

 壁を、走った。


「うりゃりゃりゃりゃぁあああああああ!」


 ダッダッダッ、と壁を駆けると唖然とした閑歌を悠々追い抜く。よっしゃ、と内心ガッツポーズをしていたらある人物の後頭部を発見してしまった。

 うちはニタァ、と笑うと最後にトンッと壁を蹴り、迷わずある人物の肩に飛び乗った。

 急ブレーキをかけて立ち止まり呆然とした顔でうちを見上げる閑歌を見下ろして、うちは勝ち誇った顔で問いかける。


「この人だぁーれだ?」

「おまっ、降りろ!」


 土台がジタバタするが持ち前のバランス感覚で落とされてはやらない。


「昴、さん……」

「閑歌?」


 うちを乗せたまま振り返った秋峰君は閑歌を見て目を丸くした。


「なにしてるんだお前……」

「仕事、ですよ」


 無理がほんの少し滲む笑みだった。そう言って身を翻した閑歌をうちは「そうはさせないで!」と秋峰君の肩をふわっと蹴って飛び上がり、蹴りを繰り出す。

 閑歌は避けるがそれは百も承知。うちは閑歌の脇をすり抜け、眼前に立ち塞がるように仁王立ちした。閑歌の反対側には秋峰君が走ってくる。

 さて。


「挟み撃ち、やな」


 ニンマリとうちは笑った。

 閑歌は目を細め、シランは意識がないのか荷物状態でぴくりともしない。秋峰君は不安と焦りをない交ぜにした視線をうちと閑歌に送っていた。


「てかようシラン担いで堂々と歩き回れるな。いつからここは人拐い屋になったんや?」


 フン、と鼻を鳴らして問うと、閑歌は飄々と答える。


「人徳ですよ」

「おかしいだろ、無理があるだろ!」


 と秋峰君がまっとうなつっこみを入れる、が――。


「……いや、閑歌ならケガ人でも担ぎそうやし……案外スルーしてまうかも」

「どんな人徳だよ! 閑歌! お前そんな認識でいいのかよ!」


 顎に手を当て、考えを改めそうになるうちにもつっこむと、秋峰君は当事者に叫ぶように問う。

 しかし閑歌は影のある笑みを浮かべ、静かに答えた。


「ええ。私はリーダーが輝いていれば構いませんよ。私のことは構わないんです」

「構えよ! それになんだよその言い種、輝くってなんだよ……そういう卑下するような言い方、やめろって言ったよな?」


 珍しく険しい、本気のお怒りモードらしき顔の秋峰君。対する閑歌は相変わらずの飄々顔だった。


「聞きました、耳にタコができそうなくらい。でも人はそう簡単には変われませんよ」

「それはお前が勝手に意固地になっているだけだろう? お前は昔とは変わった。ならその考え方も変えられるに決まってる」

「リーダーは性善説お好きですもんね。でも努力したって変えられないものもあります」

「ただの諦めだ、言い訳だ。賢いお前らしくもない馬鹿馬鹿しい言い分だな」

「私は賢くなどありませんから当たり前です。大体そういうテンプレートに押し込めてわかりやすくしようとするやり方が私は大嫌いなんです。貴方は相変わらず頭ガッチガチですね」

「ああ゛? もういっぺん言ってみろよ。てかお前こそ自分の作った枠の中に閉じ籠ってるだけだろ。自分で自分の限界決めてるんじゃない!」

「大きなお節介です!」

「ああどうせ俺はお節介焼きの厄介者さ! どうだっていいだろ、俺の勝手だ!」

「なら私も私の勝手です。自分を尊べなんて他人には言えても自分には不可能です」

「お前は少しは素直になれ!」

「貴方は頭ほぐして出直してください!」


「あー……ちょっとええか?」


 うちがおずおずと割り込むように声を出すと、二人は「え?」と揃ってうちを見た。ついちょっとたじろぐ。


「なんやその……えろう、仲ええな、お二人さん」

「どこをどう見たらそうなるんだ?」

「いや、なんか上司と部下の口論っていうよりもな……親子喧嘩ぽいな思たから」


 二人はきょとんとしてから顔を見合わせ、それから秋峰君が口を開いた。


「お前、知らなかったのか」

「何が?」

「秋峰昴は新見閑歌の後見人ですよ」


 ……は?


「……察してくれ」

「それは難しい注文やなぁ。つまりは秋峰君は閑歌の保護者っぽいもの、なんか?」

「まあ……そういうことだ」


 秋峰君は気まずそうにしながらおざなりに締め括った。この話は終わりにしろオーラが噴出してきたのでこれ以上の追及はやめておくことにする。


「とにかく閑歌。そういうことを考えてしまっても口にまでするな。言霊という言葉を知っているだろう? あと病は気から、だ」

「まあ、そうですね……気をつけましょう」


 やっと素直に頷いた閑歌に、秋峰君はちょっと強気に出た。


「だから紫蘭殿を返しなさい」

「それは無理ですね」


 一蹴されたが。

 ちょっと秋峰君が可哀想だったので「まあまあ」とがっくり項垂れる秋峰君と淡白な能面面な閑歌の間に再度割り込んだ。


「閑歌、美智乃に脅されとるんやろ? 言うこと聞かんかったら秋峰君クビにするとか、さ」

「……なんだそれは。本当か閑歌?」

「五辻さん当たりから?」


 完璧に秋峰君をスルーしてうちに確認してくる閑歌。目が怖いわぁ。


「ちゃうちゃう。てか多分秋峰君以外はほとんど知ってると思うで?」

「は?」


 またもや二人同時だった。

 てか、え? 閑歌も知らんかったの?


「だっていっつも仕事か秋峰君にべったりだったのに最近明らかに行動がおかしいし、美智乃のとこで良く見かけるようになったし」

「な、なぜ内容までわかるのですか?」

「だって閑歌を脅せる内容なんてそれくらいしかあらへんやろ」


 当たり前という風にしゃべるうちを二人は、ぽかん、と見ていた。あ、似てるわ。


「お前! なんで言わないんだ!」

「訊く相手間違っとるやろ!」

「なんで言わなかった閑歌!」

「言うと思いますか?」

「そうだけどさあ!」


 ちょっと半泣きでやけくそ気味に叫ぶ秋峰君。それを見てにこやかに笑う閑歌は超怖い。嬉しそうやなぁ、秋峰君いじめられて。


「でも安心してください、リーダー。それは――」


 急にふっと今までと違う、苦笑のような笑みを浮かべて彼女は囁いた。


「――八割ですから」


 え、と秋峰君が困惑した声を漏らした。


「それと今更ですが訂正です」


 しかしそれには取り合わず、閑歌はうちを見て、そして。

 ニンマリ笑って言った。


「私、挟み撃たれてないですよ?」


 やばい、と思った時には既に閑歌は身を翻し、秋峰君を避けるように壁を蹴って飛び越えていた。もちろんシランを担いだまま。


「閑歌ぁ!」


 うちは閑歌を追うように、壁に亀裂を走らせるのもいとわず全力で追い縋ると、閑歌になるべく近い、人のいない空間に着地した。

 したら思ったより近かった。

 届、く……?

 気がつけば息も絶え絶えながらも更に近づき、手を伸ばしていた。

 でも微妙に、届かない。


「シラン、手ぇ伸ばせえ!」


 起きてくれれば届くから。はよう起きて。頼むから。

 友達やろ――。


「シラン!」

「仕事の邪魔はいけませんよ」

「――っ!?」


 体を反転させた閑歌の顔がいきなり目の前に現れた。しかも次の瞬間には体が浮いていた。


「榊原!」


 壁に叩きつけられたうちに秋峰君が駆け寄ってくる。

 手加減なしの蹴りを食らった腹は穴が開きそうなくらい痛い。しかも蹴るだけでなく、突き入れてからの蹴り上げのオプション付きだったもんだからもう最悪。床に崩れ落ち、酷く咳き込む。そんなところに。


「これ、あげますね」


 チャリン、という音がして、顔を上げると目の前の床にタグ付きの鍵が転がっていた。


「地下倉庫の鍵です。ヨミさんを残しているので、一緒に第二医務室に行ってあげてくださいね、大将さん」

「待ち、いやぁ……」

「もちろん待ちませんよ」


 閑歌は宣言通り走り去っていく。秋峰君は追うか迷って走り出せずにいた。

 まったく……優しすぎるんは損やな。


「ヨミ頼む」


 起き上がり、鍵を拾ったうちは秋峰君にそれを押しつけた。


「待てよ、大丈夫なのかお前? それに場所――」

「秋峰君じゃ追いつけんやろ。第二は本館五階の西階段左行って次も左に曲がったとこや。頼んだで!」

「おい!」


 もう聞かない。

 うちは腹部の痛みはなかったことにして、鬼ごっこを再開した。


 だって決めたんだ。守るって。

 笑顔も大切に思うものもその意志も強さも優しさも。

 失って欲しくないから、彼女らしく在って欲しいから!

 だから立ち止まるわけにはいかない。ヨミたちを助けて、閑歌をとっちめて、美智乃を説得して、なんとかして笑顔ハッピーエンドにしなくちゃいけないんだ。

 全部守るって決めたから――。


 でも。


 うちは欲張り、なんかなぁ。

 これはうちのせい、なんかな。よみぃ……。

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